花に願いを

水乃谷 アゲハ

第11話

「ミララ……ごめん」


負けたシュウをごみの様に見下すミララへとシュウは頭を下げた。冷たい目をしたミララは少しの間シュウ見つめ、やがてピンクの帽子を脱いでシュウの頭へとかぶせた。


「悔しいよ。負けた事もだけど、シュウが一度も相手に触れずに弄ばれて負けたのが本当に悔しい。あいつはシュウをつまらなそうにずっと見たまま動かなかった。戦う気も無かったんだ。そんな悔しい負け方をしたシュウをもうあたしは責められない」


そう言って悔しそうに歯を食いしばり、拳を握って舞台へと足を掛けた。
その時、不意に左方から軽猫の喜ぶ声が聞こえた。


「陽朝ちゃん! あぁ良かった。コロノ! 陽朝ちゃんは目を覚ましたよ!」


コロノはそれを聞いて、ミララへと向けていた目を顔ごと軽猫へと向けた。ミララがその隙を狙わないはずもなく、自分の立っている場所から地面を蹴って飛び上がる。
常人では目で追うことすら難しいそのスピードを維持したまま、ミララはその場で回った。そのまま遠心力を利用してコロノへの顔を狙って膝を出すが、コロノは読んでいたかのように膝の軌道上へ自分の手のひらを構える。


「掌拳、しゅの型。こうこう『流水』」



まっすぐコロノの頭を狙って飛んだ膝を、手に込めた魔力で横へと受け流したコロノは、軽猫達へ向けていた顔をミララへ向けなおす。


「……空中を歩けるのか」


蹴りを受け流されてそのままの勢いだったら場外になるところを、空中で方向転換して飛び上がったミララを見て感心したようにコロノは呟く。そしてかなりのスピードで天井を跳び続けるミララを目で追う事はコロノでも不可能だった。


「シュウはパワー、シックは守りに優れている。二人はあんたみたいに魔法は使えない。自分の力を最大限に生かして特訓した。あたしは二人の真似をして自分の特徴を最大限に生かすために特訓した。そしてあたしは魔法も使えるから、こうして目で追いつけないどころか消えて見える程のスピードを生み出す事が出来た」


コロノが天井の一点を見つめて固まっているのを見て、ミララは少し冷静に戻り自慢げに話す。


「あなたがどれだけ強かろうと、あたしに目が追い付こうと、攻撃に転じる時にはその場から逃げる事が出来る。スピードがあれば力も守りも手に入れる事ができるのよ。あなたの幻覚もこのスピードなら効かないでしょ」


「……それは認める」


自分の有利な立場になっても、ミララは油断せずに跳びまわってコロノの隙を伺った。そして背中に回り込み跳び蹴りを背中へと叩きつける。
油断していなくても、見えない攻撃にコロノは思わず膝をついた。がら空きになった背中へ追撃を加えようと天井を蹴ったミララが耳にしたのは、遠くから見ていた軽猫の言葉だった。


「コロノ……? 左上ちょっと前から来るよ!」


その声に素早く反応したコロノは、思わず跳び上がろうとしたミララの足へと魔力を込めた拳を向けていた。
しかし、ミララは拳に足が当たる瞬間、膝を曲げて衝撃を殺した。そのまま曲げた膝を伸ばして天井へと跳び上がる。


「あっぶなぁ……なんであいつあたしの動きが分かるの……?」


「軽猫、ありがとう」


体を起こしたコロノはそう言って軽猫に頭を下げると、ミララを見上げた。その油断のない視線に思わずミララは怯えて天井を移動するべく跳び上がった。


「あ……れ?」


違和感に気が付いたのは狙いを定めた場所へ、着地するために魔力を手に込めた時だった。


「ちょっと! 魔力が使えない!? な、なんで!?」


それでも勢いを殺さなければ場外になると判断したミララは、シュウを真似て天井へとその拳を突き出した。しかしシュウと違って、筋力もない拳では勢いを止めるために天井を貫通させるなんて芸当はできるはずもなく、勢いは止まった為に場外は免れたものの、重力に引っ張られて舞台へ背中を叩きつけることになってしまった。


「ガハッ!」


魔力が使えない筋力の無い体にはかなりのダメージだったらしく、ミララの肺に残っていた全ての空気が吐き出される。そんなミララの体はすぐに酸素を摂取しようと息を吸おうとするが、その口と鼻にコロノの手が伸びていた。


「っ!?」


声にならない声を上げてミララはその手を振り解こうと暴れるが、身体の酸素に余裕のないミララに力がはいるはずもなく、びくともしない。
幻覚の線を疑い、精神を集中するが何も変わらない。そしてそんな事をしている間にも自分の体の酸素は失われていく。


「……ギブだ。そいつを離してくれ」


ミララの意識が薄れてきた時、シックの悔しそうな声が舞台に響き渡った。その声にコロノは手を離してつまらなそうな顔をしたまま舞台の端へと移動する。


「っはぁ、はぁ」


すぐに荒い呼吸をして意識を取り戻したミララは、ゆっくりとその体を起こす。コロノはステージから降りて軽猫たち脇で足を止めてミララを振り返った。


「握拳二式、魔喰ましょく。触れた相手の魔力をしばらく自分の物に出来る技だよ」


コロノの語った真実を聞いて、ミララは納得した。コロノの言う通りならば魔力が使えなかった事も、自分が落ちた時にまるで瞬間移動したかの様に自分の頭を抑えたのも納得できたのだ。
ミララが納得した顔になったのを確認して、コロノは陽朝へと向き直る。


「軽猫、陽朝の様子は?」


「うん、さっき一回目を開けたんだけど……なんか呟いてまた目を閉じちゃった……」


「ちょっとそこのあなた! あなたはなんであたしの動きが見えていたの?」


勝敗に未だ納得がいかないミララが軽猫へと聞くと、軽猫は首を傾げて答えた。


「え? なんでもなにも、あんなスピードじゃ見え見えだと思うけど……? いや、確かにコロノ達に比べると早かったけど」


当たり前の様に答える軽猫にミララは心からショックを受ける顔をして、天井へと跳び上がる。


「そんなに言うなら、フルスピードのあたしを目で追える?」


そう言ってコロノの目には消えている様に見えているミララの動きを、軽猫は天井を見つめてずっと追い続ける。


「右に跳んだ。後ろに引いたね。フェイントをかけても見えてるよ? 前に行ったよね」


次々と言い当てる軽猫にミララの方が折れた。舞台へと着地して軽猫に頭を下げる。


「負けました……」


「軽猫は……」


悔しそうに震えている頭を下げたままのミララを見かねたコロノが答えを口にした。


「軽猫は見た目は人間でも猫の様な能力を持っている。猫の動体視力は人間よりもすごいから、軽猫には普通に見えるんだと思う」


コロノの答えに、頭を上げたミララは、完璧に敗北を認めてくれたのか後ろを向いて舞台を降りた。


「あ! 陽朝ちゃん起きたよ!」


軽猫に支えられながら、ゆっくりと目を開く陽朝に軽猫は嬉しそうに笑いかける。


「陽朝ちゃん?」


陽朝は心配そうな軽猫の声が聞こえていないのか、それとも状況が分かっていないのか何度も瞬きして固まっている。


「陽朝ちゃん、私達勝ったよ! 私達の勝ち!」


もう大丈夫そうだと判断した軽猫は、嬉しそうに陽朝にそう語りかける。すると、声を掛けられていた陽朝は起き上がって自分の影に触れると、まるで黒い炎で作られたかのような不安定な揺らぎを見せる剣を取り出した。


「試合は勝ったとしても、死んだら意味が無いじゃろうが!」


そう叫んで手に持った剣をコロノの方へと突き刺す。

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