花に願いを

水乃谷 アゲハ

第10話

シュウとコロノは舞台で向き合うと、二人とも固まった。お互いがお互いの出方を見ている様だった。


「シュウつまんない! 早くそいつ倒しちゃってよー。私もう寝たいからさー」


後ろでミララが駄々をこねるようにぴょんぴょんと跳んでいる。
シュウは大袈裟にやれやれという態度を取ると手を合わせた。すると、先ほど来ていた動きにくそうな着物は消え、動きやすそうな服に変わっていた。


「まぁ、ミララがああ言っちゃってるし、このまま睨み合いもつまらないから、早速始めようかね」


「……分かった」


シュウはその返事に二ヤリと笑うと、一緒に持ってきていた瓶を飲み干し上へと投げた。陽朝に持っていたタオルと水で看病をしながら試合を見ていた軽猫は、その宙に舞った瓶を目で追う。
上へと向かう力を無くした瓶が重力と釣り合い上昇する動きを止めた時、意識していなかった舞台の上からに轟音が響き渡り、その視線を急いで下へと向ける。
すると、シュウがその大きな身長を生かして舞台へと叩きつけようと伸ばした手をコロノが軽々受けとめ、シュウの力で地面が二人を中心に凹んでいた。


「コロノ!」


軽猫は驚いて思わず声を掛けるが、コロノは一切表情を変えずにシュウの叩き潰そうとしている手を押し返している。


「私と張り合うなんてやるじゃない。どのくらい持つか楽しみね」


身長差のせいでコロノが変な力の入れ方をさせられているのは、戦闘経験の少ない軽猫でもすぐに分かった。腕を身体の後ろへと持っていかれている状態でずっと堪えている事が信じられないぐらいであった。


「コロノ、負けないで」


陽朝を置いておく訳にもいかない軽猫は、陽朝のそばでコロノの勝利を願うしかなかった。


「無理よ無理無理!」


軽猫の願いを込めた小さな呟きが聞こえたシュウは余裕の表情で彼女へと言い捨てる。


「だってこいつの腕、さっきから震えているもの。むしろそれで表情一つ変えずに堪えていることの方が驚きよ」


シュウの一言に軽猫が絶望的な顔をするのがシュウには滑稽だった。そして余裕の表情を今度はコロノに向ける。


「あんたもそろそろ限界なんじゃないの? 私みたいな身長と力比べしようなんて無駄よ無駄無駄! 若干ピンチを感じて垂れている冷や汗が面白いわよ」


「……流石にこのままじゃ無理か」


何を言っているのか理解が出来ないシュウは、危ない事が起こる前に叩き潰す作戦に出た。確実に勝てる確信から緩めていた力を、コロノの上を行くぐらいの力まで強くする。


(こんな奴に本気になるまでも無いわね。半分の力で十分だわ)


しかし、シュウが力を一気に加えた手は、徐々にコロノに押し返されていた。


「なに……?」


コロノは腕を伸ばしきるまで押し返すと、シュウのがら空きになった腹へと蹴りを入れた。手と手が離れてシュウは後ろへと吹っ飛ぶ。
突然の出来事に呆然としていたシュウはすぐに我に返って自分の腕を舞台へと叩きつけて後ろへ飛ぶ勢いを殺した。


「あっぶなぁ……」


「もう油断はしない」


(偉そうに……! 私があれで全力だとでも思ってい……?)


そこで顔を上げたシュウの思考は止まった。コロノの体の周りから細かい魔力の粉が放出されていて、その異様な光景と綺麗な色に思考ごと奪われたのだ。
飛び回っていた魔力の粉はやがて、コロノの元、というよりは彼の背中へと戻り始める。


「背中から……蝶の羽?」


やがて周りに飛んでいた全ての魔力の粉が彼の背中で動きを止める。全てが集まり、コロノの背中に出来たそれは、正しく蝶の羽だった。


「僕の本当の姿。こうして僕たち人蝶は魔力を全て開放する。あなたにはこれじゃなきゃ勝てない。でも、こうしたらあなたは簡単に倒せる」


そう言ってコロノは片腕を前に向け、シュウを挑発する態度を取った。


「な、なめんなぁぁ!」


シュウはその態度に怒り、自分の持っている魔力をコロノと同じように開放した。全身の筋肉へと魔力を伝え、余った魔力が彼女の体表を動き回り、彼女の体は魔力の色で真っ黒になった。


「私はね、弱い癖に勘違いしている奴が本当に嫌いなの。ぶっ潰してやる!」


「出来ないと思うけど……」


神経を逆なでするようなことを言うコロノにシュウは怒りが頂点へと達した。コロノともう一度つかみ合う。二人の魔力がぶつかりあい、今度は凹むどころではなく、粉々に砕けて宙に舞う。そして飛んだ破片さえ二人の魔力で粉々になる。
しかし、舞台が無くなってもお構いなしに二人は力比べを続ける。


「言うだけあってやるじゃない。でも、私には負けてるわよ」


「均衡している状態で言われても説得力が無い」


「……もういい分かった、もう何も言わなくていい。潰して上げるわよ」


シュウは握りあっている腕に全身のすべての力を込める。徐々にコロノの腕が先ほどの位置へと持っていかれ始める。


「ぐっ……!」


「ほらほら、どうしたのよさっきの威勢は。簡単に倒せるんじゃなかったのかしら?」


先ほどの位置へと戻ったコロノの手からシュウは手を離し、コロノの肩を持って地面へ叩きつける。


「肩の骨から完璧に粉々にしてやるわ」


固い地面に押し付けられたコロノの肩から鈍い音が鳴り響いた時、シックの声が背中から聞こえた。


「シュウ! おいシュウ! 大丈夫か!?」


「はぁ? ちょ、この状況で何言ってんのよシック。正気は持っているから大丈夫よ。待ってなさいこいつの身体粉々にしてやる。次は頭蓋骨よ」


怒りが収まらず、地面に叩きつけたコロノの顔を今度は掴んで押しつぶす。


「お前! 気付けよ! お前の押さえつけてるのはミララだ!」


「はぁ? シック本当に……え?」


そして肩を粉々にしたそれに目を向ける。いつの間にかその肩は見慣れた仲間の小さな肩になっていた。


「……え、え?」


そのまま自身が押さえつけていたその顔からゆっくりと手を離す。そこには、自身の込めた力によって顔をつぶされた幼い少女の顔があった。


「い、いや……いやぁぁ!」


思わずその少女を抱き上げて泣きわめいていると、その泣き顔に平手が飛んだ。


「……あ」


「いい加減目を覚ませシュウ、お前は負けたんだ」


「え?」


そして後ろを指さすシックの指に導かれるまま自分の視線を後ろへと向けると、先ほど壊したはずの舞台と羽も生えていないつまらなそうな顔をしているコロノが立っていた。


「……どういう事?」


「幻覚だよ。お前が瓶の酒を飲んだ瞬間、お前は何かに憑りつかれたみたいに固まって、しばらくしたらお前が後ろを向いて自分から舞台を降りたんだ。そしてそのまま何かに謝ってるみたいに地面に手をついてずっと押してる姿にしか俺たちには見えなかったよ。いや、もっと前から幻覚を掛けられていたのかもしれないが、とりあえず舞台を降りたお前の負けだ、シュウ」


「な……んで? じゃああいつの羽は?」


有り得ないという様に、自分の今まで見た光景をシックに聞くが、当然シックが知るはずはない。


「はぁ? あぁ、多分それは幻覚だからあいつの本当の能力じゃないんだろ。それに、噂ではまだごく少数残っていると言われているとは言え、こんな所にアルカリアの人蝶がいるわけがない。あいつの作り出した幻覚だよ」


「負けた……この私が……?」


「事実だ。受け入れるしかないさ」


そんなシックの冷たい真実を語る言葉に、シュウは肩を落とす。コロノの勝利が確定した。

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