花に願いを

水乃谷 アゲハ

第8話

「なんだその魔法、転送魔法の応用か?」


シックはいまだ余裕の顔を崩す事無く、それでも冷静に陽朝の動きを見ている。


「い、いえ……これは必要なものを取り出すためです」


答えながら、地面の奥深いところまで伸ばしていた手をゆっくり引き上げる。


「おいおい嬢ちゃん? 俺が敵じゃなかったらその間に殺されるぜ?」


「あ、一応私が攻撃された場合この子達はすぐに来てくれるので多分大丈夫です……」


言葉とともに、陽朝が地面から引っ張り出したそれは彼女の手から離れる。そしてそのまま風に流され、地面に落ちずに宙に浮いた。


「……コ、コロノ? あれ何? ひ、人の形をしたか、紙だよね?」


軽猫が思わずコロノに確認したそれは確かに人型をしたただの紙だった。しかし、その紙を見て、そこにいる軽猫と、出した本人である陽朝以外の人間は驚いた顔をして陽朝を見る。


陰陽星おんみょうせい……」


一番最初にその口を動かしたのは、シックの後ろで待機しているミララだった。ミララのつぶやきに、少し陽朝は笑う。


「はい、私は陰陽星最後の生き残りです。この子たちはカタシロといいます」


シックはそこで初めて余裕の表情を崩し、数歩後ろに下がった。


「コロノ、陰陽星ってどんなところなの?」


「……陰陽星はつい最近爆発した星。星の人間は爆発に巻き込まれてほとんどが死んだ」


「え……」


「延命、死者蘇生、口寄せとかの、死に関わる研究が一番進んでた星で、その星に行けばどんな病でもどんな傷を受けても、すぐに治せるっていう伝説があった星」


「そ、そんなすごい星なの!?」


普段はあまり喋らないコロノの多弁に軽猫は少し嬉しくなりながら、その内容に驚く。


「それだけじゃねぇ」


シックは警戒を強めて陽朝の動きに細心の注意を払いながら、軽猫の言葉に答える。


「星の表側では確かに『陽族ひぞく』と呼ばれた医療専門部族として有名だが、星の裏側では『影族えいぞく』と呼ばれる、戦闘が趣味というイカれた奴らがいたんだよ」


「詳しいですね……でも、私は影族の方じゃないですよ」


驚いた顔をしてシックに感心していた陽朝は、その表情を引き締めて構える。


「カタシロ、あの人を攻撃」


シックを指さしそう命令すると、カタシロがかなりのスピードでシックの方へと飛ぶ。シックはというと、最初に宣言した通りその攻撃を正面から受け止めようとする。
まっすぐシックに直進していたカタシロは、突然方向を右へ変えた。当然予想していなかったシックは構えを崩してカタシロを目で追う。


「がっ……!」


シックの振り向く動きより早く背中に回り込んだカタシロが、隙だらけのその背中に腕を差し込んでいた。


「……来た」


「終わったね」


腕が深々と体に刺さっているシックを見て、ミララとシュウは勝ち誇って笑う。


「な、なんだこいつ。紙……じゃねぇだろこの硬さ」


「いえ、陽紙ようしと呼ばれる本当にただの紙です……ただ、人の体を貫くぐらいの硬さはあります」


「は……」


シックが陽朝の解説に驚いて後ろを振り向こうとした時、彼の胸をカタシロの腕は貫いていた。そして腕をゆっくり引き抜いて陽朝の元へ戻る。


「え……け、決着?」


コロノの後ろに隠れていて最後を見ていない軽猫は、シックの胸元に空いた傷に思わず目を丸くする。


「いや……」


目で見た試合結果に嬉しそうではあるが、少しまだ不安のこもった軽猫の言葉をコロノは首を振って否定する。


「す、すごい腹筋ですね……お腹のど真ん中を空けたはずなのですが……」


陽朝が驚くのも無理はない。シックはお腹を貫かれたところからの血が体を垂れる程度しか出ていないのだ。


「忍び装束って、なんでこう前が見えるようになっているのかね?」


血は出ていないとはいえ、背中からお腹に穴が開き本来ならすさまじい痛みで立っているのも限界のはずが、シックは余裕な顔をして自分の体に独り言を言う。


「俺さぁ、自分の血を見なきゃやる気にならないんだけど、やる気になったらすぐ試合が終わるからあんまり好きじゃないんだよな……。まぁ、動きやすいからいいんだけどさ」


言い切ると、後ろで見ていたコロノや軽猫さえ構えてしまう程不気味な笑みを浮かべたシックが陽朝を見た。陽朝は動かずにシックを見つめ返す。


「ひ、陽朝ちゃんすごい……私ならすぐ離れるな……」


「まずい……」


「え?」


感心している横で、冷や汗交じりにつぶやくコロノの言葉に思わず振り返る。


「場外にいるものが敗北宣言をするのはありか?」


コロノが珍しく声を張り上げシックに聞いた。シックはその言葉を馬鹿にしたように笑う。


「別にいいぜ? タオルを投げるって意味だろ? 確かにこの嬢ちゃんさっきから足震えて動けなくなっているからな。いい判断だとは思う」


「え……」


陽朝は並外れた度胸で彼の不気味な視線を見返していた訳ではなく、まるで小動物のようにその目を見て動けなくなってしまったのだ。
後ろで見ていたコロノにも前で見ていたシックにも彼女の足の震えはすぐに分かった。しかし陽朝が次にコロノに向き直り発した言葉は、


「……お、お気遣いありがとうございます。……でも、ここは私が選んだ戦いなので、終わるのも続けるのも私に任せてもらえませんか? 足を引っ張りたくはないので」


無理に笑いながら彼女はそう言った。そして、彼女は自分の腕からゴムを外し、薄い紫色の髪を一本に結ぶ。


「ごめんなさい、もう大丈夫です。どこからでもどう……ぞ!?」


落ち着いた陽朝が前を向くと、視線の先にシックはいなかった。陽朝はすぐに回りを確認する。シックの姿が見つからない事を確認すると、すぐに上を向く。


「……冷めるんだよなぁ」


シックは、天井に刺したかぎ爪にひもをつけ、それに捕まってあたかも宙に浮いているように見えた。


「なんかこう……勝てないと分かったはずなのにあきらめずに突っ込んで来ようとするやつって、相手の方からしたら冷めちまうんだよなぁ……」


冷たい視線と言葉に、陽朝はまっすぐ相手を見つめて構える。


「……勝てないかどうかなんて、まだわかりません」

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