プラスチックの兵士

阿刀翼

第四話 観光開始

 目を覚ましたのは女性型アンドロイドの声が私の耳に突き刺さったからだ。


「おはようございます。アンカル様」


「……うわ!?あ、あぁ…おはよう」


 どうやらアンドロイドが私の耳元まで近付いてモーニングコールをしてくれたらしい。


「女将から朝食の時間とのことで起こしてくるようにと申し付けられました」


 アンドロイドは一礼すると、カーテンを開け始めた。


「そうだったか。えーっと…済まないが今は何時だ?」


「現在は朝の十時四分でございます」


「そりゃ、どうも」


 どうやら随分と長いこと眠っていたらしい。
 いつもなら、ほぼ日が昇ると同時にヒナラキが吠えて起こしてくれるはずだが…。
 きっと、昨日に飲んだ葡萄酒ぶどうしゅとこの素敵なベッドのせいだろう。
 意識が完全に目覚めていない中、隣のベッドで寝ているだろうエダマメとヒナラキを確認したが既にそこには誰もいなかった。
 私は急に心配になり、首を動かして部屋のすみやベッドの下などを確認していると様子を見かねたアンドロイドが答えてくれた。


「エダマメ様はすでに起床されて食堂におられます。ペットもご一緒です」


 私はホッとすると、エダマメに対して伝言をしてくれるように頼んだ。


「なんだ、そうだったのか。支度したくが済んだらそっちに向かうとエダマメに伝えておいてくれ」


「かしこまりました」


 命令を受けたアンドロイドはクルリと後ろを向き、本館の方角へと向かって小屋を後にした。




 私はベッドから立ち上がり小屋の窓を開けると、外の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
 天気は前日と同様の快晴で、心地よい朝だった。やはり、村の周りが自然に囲まれているからなのか爽やかな空気が村には流れていた。
 昨日に飲んだ葡萄酒の酔いは残らず、翌日の私を苦しめることはなかった。
 昨日はそのまま眠ってしまったため、シャワーを浴びることにした。女将がおんぼろと言ってた割にはシャワー室はとても綺麗でしっかりと熱い湯も出た。アメニティグッズもしっかりと整備されおり、何一つ不自由さは感じなかった。
 身体の汚れを落とし、髪型を整え、歯を磨いて支度を済ませると私は小屋を出て食堂へと向かった。


「おや?寝坊助ねぼすけさんがようやくお目覚めになったようだね?」


 食堂の扉を開けると女将とエダマメが既に席についていた。


「ああ、随分と長いこと眠ったらしい。あんなにすばらしい食事やベッドを準備してくれた人々には感謝しなくてはいけないな~」


 私は馬鹿にされたのに対して、少しだけ皮肉を込めて言い返してやった。


「そうだね、なんなら礼をはずんでくれてもいいんだよ?」


 女将はニヤリと笑い、手をクイックイッと動かして追加の報酬金をせしめてきた。


「勘弁してくれ…」


 私は両手を上げて“降参だ”とうなだれると、その表情を見て女将は勝ち誇った声で笑いだした。


「アッハハハ!」


 エダマメはもう朝食を食べ終えそうだった。両手にはスプーンとフォークを持ち、お子様ランチのようなものをモグモグと食べていた。
 ヒナラキはエダマメの隣の床にいて、もう食べ終わってしまったのか空の皿の前に伏せていた。


「おはよう、エダマメ。朝飯は旨いか?」


 エダマメは両手と口を動かしたままコクリと頷くと、また食事に戻った。


「この子は偉いのよ~。私が目覚めるころにはもう起きていたんだよ。まだ、朝食の準備や宿屋の開業準備は終わってないよって伝えると、何か手伝えることはないか?だってさ」


「それから、一緒に食堂の清掃を手伝ってもらったよ。だから、そのご褒美ほうびにうちの旦那に特製のお子様ランチを作らせたのさ。まあ、うちは飲食店じゃないから国旗こっき玩具おもちゃはないけどね」


 女将はエダマメの頭を優しく撫で、一生懸命食べる姿を優しい目つきで見つめていた。
 エダマメがなぜそのような行動をとったのか不思議に思えたので、聞いてみることにした。


「エダマメ。なんで、女将の手伝いなんてしたんだ?」


 すると、エダマメは食事を止めてこちらを向いた。


「はやく、アンカル達とこの村を周りたかったから。でも、アンカルはまだ寝ていたから少しでも早く出発できるようにヒナラキと一緒に手伝った。」


 そう、エダマメはこの村を巡ることを子供が遊園地に来たように楽しみにしていたのだ。


「そうなのか、寝坊して悪かったな」


 私は、ばつが悪い顔をした。少しだけ申し訳ない気がしたからだ。
 そもそも昨日、花について村で調べようと提案したのはこの私だ。そんな私が寝坊をするなんて示しがつかない気がした。
 エダマメは無表情で気にすることないと首を横に振っていたが、少しだけふてくされているように感じた。




 私は急いで朝食を食べると、村を観光するために宿屋を後にした。
 初めに村の位置関係を把握はあくするため、再度、北門の案内板へと向かうことにした。
 案内板の場所まで歩いて行く間も、エダマメは目を輝かせてはキョロキョロしていた。


 案内板を確認すると市場や商店、城や商会の位置をある程度把握することができた。
 北門を背にして南方角に伸びた楕円形だえんけいの形をしているこの村は、北門からは主要な道が三本延びており、西側へは宿屋などの宿泊施設、南側へは市場から城へ、東側へは商店街や商会
 などが連なるような道筋であった。最終的にどの道も奥に進んでいけば城に辿り着けるようだ。
 その、道筋の間には居住区に囲まれた通り道があり、それぞれ主要な道につながるような形をとっていた。


 案内板を見て、行先を決めていると私の傍にいたはずのエダマメとヒナラキが居なくなっていた。二人の名前を呼んで辺りを見渡すと、この先の商店街のショーウインドウを覗くヒナラキとエダマメの姿が見えた。
 どうやら、アンドロイド専門店に展示されているエダマメと同い年ぐらいの少年を見ているようだ。


 私は二人を呼ぶために近くに寄ると、店の硝子がらすに反射した少女の悲愴ひそうな表情が目に入ってきた。


「アンドロイドが気になるのか?」


 エダマメは頷くとアンドロイドを識別しきべつするためのマークがある部分の首元を自身の手で触れ、薄い声色で私に問うてきた。


「アンカルにはこの男の子がどう見えるの?可哀想?使用したい?育成したい?助けたい?」


 私は突然、少女が投げかけたその質問がとても繊細であると共にその答えの難しさに驚いた。


 そもそも『アンドロイド』とは人間よりも賢いコンピュータの頭脳を持ち、外見のほか、思考や行動などを人間同様に模倣もほうしたロボットのことを指す。
 初めて完成させたのは確か〈未来のイブ〉という開発チームらしい。
 人間と区別がつくように首元の左側には緑色に発光するマークがついているのだ。


 本来、物として扱われるように開発されたアンドロイド。感情があるように捉える人もいれば、ただの鉄屑てつくずとプラスチックが人間の皮を被った物と捉える人もいる。
 私は都市部に住んでいた頃に家にいた、家事手伝い用アンドロイドのことを思い出していた。
 しばらく考えると、ありのまま出てきた答えをエダマメに伝えてやることにした。


「俺はこの少年を見てもどうも思わない。そもそも、必要が無い物だしな」
「ただ、もしこの少年になんらかの意思が働いて「助けてほしい」って言われたら助けてやると思う」


「………」


 エダマメは私の返答に反応せずに悲愴な表情のまま、そのショーウインドウを覗くのをやめた。


 結局、その後もエダマメは私の返答に対して何も答えなかった。
 さっきのエダマメは、自身が過ごしてきた人生とその少年の姿を重ね合わせているような気がした。


 私はこの少女の過去を知らない、
 出会った村は火薬と煙、血の臭いが混ざり合う戦争真っ只中まっただなかの状態だった。
 生まれて九年しかたたない少女が暮らしていくには辛く、きびしかっただろう。
 きっと私が幼少期の頃、都市部で生活してきて感じることよりも、何倍も多く、苦痛だったのだろう。
 それに、この子の両親はどうしたのだろうか?捨てたのか、死んだのか、それともエダマメ自ら逃げだしてきたのか。
 だが、今ここでその質問を尋ねるのは無粋ぶすいな気がしたので辞めることにした。




 落ち込んでしまったエダマメをどうにかして元気づけようと考えた私は、服を買ってあげることにした。
 決して、えたけものえさを見せびらかしてしたがわせようとしているのではない。
 今のエダマメの服装が旅には不向きすぎるのだ。
 大人用のブカブカの合羽かっぱとフード、靴は出会った村でもう必要のない人間から頂いてきたもの。サイズも合わず、靴擦れくつずれを起こして時折、痛がっているエダマメの姿をみていたからだ。


「よし、エダマメ。まずはお前さんの服を買いに行くぞ。そんな服装じゃ旅がしにくいだろ?それと、合羽がないと俺が雨で濡れてしまうからな」


「……私の?……服?」


 エダマメはさっきの表情とは打って変わって、首を傾げながらはと豆鉄砲まめでっぽうを食ったような表情になっていた。


 北門から東へと続く、商店街の通りを進むと道半ばで服屋の看板が見えてきた。
 人通りは中央通りの市場や夜の酒場周辺に比べてまばらで、挨拶をしてくれるご婦人や花屋のお爺さんがいて穏やかな雰囲気だった。


 入店するため、ヒナラキを店の外にある小さなベンチに上らせて待つように言うと、伏せて眠るような素振りをとった。
 入口の小さな階段を上り、木製で大きな押戸の扉を開けようと手を伸ばすと自動ドアだったため勝手に開いてくれた。


「いらっしゃいませ~」


 店内はヒノキの木と白熱灯の明かりを使った暖かみのある雰囲気の店だった。
 店員であろう女性型アンドロイドがカウンターから出てきて、入店すると同時に店舗のシステムについて説明を行ってくれた。


「当店の服は全てオーダーメイドで、『クローズ印刷機プリンター』を使って作成して頂くシステムとなっています。また、この村出身のデザイナーで当店の店長『オリビオン』が作成した独自のカタログから選んでいただくこともできますので合わせてご覧下さい」


 このような店舗形態は珍しくない。店長が人間一人で、雑務や店舗管理等々は全てアンドロイドに任せる店舗は一般的だ。
 アンドロイドを使うことにより人件費も発生せず、通勤の遅刻やマナーの面々で問題を起こすことは無い。また、都市部で開発された服の印刷機を使用することで責任者が一人で手軽に経営できてしまうので、各地の発展が進んだ村や都市部ではよく見られていた。


 早速、私は店員のアンドロイドにエダマメの服について相談した。


「今回、購入したいのはこの子の服装一式と靴だ。目的は旅をするためで、動きやすく、丈夫で機能性があるものを頼みたい。金額は多少、高額になっても構わない」


「かしこまりました。では、初めにサイズの計測から行いますので奥の部屋に入ってお待ちください」


 エダマメは少し心配そうな表情をこちらに見せたが、私が心配せずに行ってこいと言うと、頷いて奥の部屋に入っていった。


 私は休憩用のソファーに腰を掛けて電子パッドのカタログをしばらく眺めていた。
 すると、奥の部屋からエダマメが小走りで戻ってきた。しかし、戻ってきたエダマメの表情は少し俯いており、顔を赤らめていた。


「うん?どうした?」


「…………」


「なんか、あったのか?」


「……私のサ、サイズを測るために服、脱がされた///……」


「別に普通のことじゃないか。なんでそんなに恥ずかしがるんだよ?」


「…………下……下に///……なにも着てないからっ///……」


 私の頭に電撃でんげきが走った。 


 やってしまった!


 そういえばエダマメは拾ったあの時から下着を身に着けてはいなかった。ボロボロの服装がその姿を直視できない状態にしていたから、私のものを貸してあげていたのを思い出した。
 いつもなら私の大きな合羽を着て、下の部分をしぼっているため上から下まですっぽりと隠れている。さらに、靴もブーツなので肌の露出面積ろしゅつめんせきはそこいらの子供の普段着よりも少ないため気がつかなかった。
 また、エダマメにとってこの印刷機を使った服の購入の仕方は初めてのことだったかもしれない。


「……すまない、俺の気が回らなくて。先にそっちから買うことにしよう」


「……うん」


 恥ずかしがるのは当然だ。
 たとえ店員が感情のないロボットだとしても相手の視線を感じる前で全裸になったとすれば、たとえそれは大人だとしても恥ずかしい。
 私は急いで後から出てきた店員に駆け寄り、服より先に下着を頼むと伝えた。すると、店員はカタログにあった大人用のデザインの下着を子供用に変更、採寸さいすんして印刷機にデータを入力してくれた。
 さらに、三分程待つと印刷機から下着が作成されたようで、奥の部屋で着替えてくるようにエダマメに伝えると足早に奥の部屋と向かって行った。


 私はソファーに腰を掛けながらエダマメに対しての罪と後悔の意識を吐き出すように一つ、ため息をついた。
 せっかくエダマメを元気づけようとしたのにこれじゃ台無しじゃないか。


 とはいえ、こんな時に都市部が開発してくれた『服の印刷機』には感謝せざるを得ない。
 この印刷機には様々な材質に変化できる特殊な繊維せんいが組み込まれており、サイズや形状、選んだ材質をデータとして入力すると中のコンピュータが自動で衣類を作成してくれる便利なものだ。また、あらかじめ設定された型およびデータをカタログ化することにより、有名なデザイナーがデザインした衣服や他村で人気の服を他店舗に行かずともすぐに試着・購入することができる。
 こういう機械等の知識は実際に利用した体験と学校で軽く学んだことで身に付けたのと、父がこういう系統の仕事についていたおかげで大体の機械は戸惑とまどうことなく扱うことができた。
 しばらく猛省もうせいしながら待機していると、身に着けてきたであろう下着と合羽をしっかり着て、奥の部屋からエダマメが出てきた。
 先ほどよりか幾分いくぶんかは恥じらう姿は治まったが、緊張からか動きがまだぎこちなかった。


 それから、店員はカタログや私らの意見から印刷機で何パターンか服を印刷しては試着させてくれた。
 しかし、当の本人や私はこれといった服を決められずにいた。
 店員は自身が対応するためのプロセスが限界に達したのか、到頭、店長を呼びに行ってしまった。


 しばらくして、カウンターの奥の古く重そうな扉がギイッと開いて小柄こがらな女性が出てきた。

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