プラスチックの兵士
第一話 当然と選択
現在の季節は眠りの冬から目覚めの春に移り変わる時期で気温は心地よかった。
先ほどの林を出発してから二時間ほど歩いただろうか、幸い今日の天気は良好で三人の足取りも幾分か軽やかである。目の前には見渡す限りの大草原が広がり、遠方の山岳までくっきりと見えていた。地面には草原の中央を分けるように土肌が露出していて、小石や木の実が点々と落ちている平坦な道が続いていた。きっと誰かが整備したのだろうと思った。
風は朝より強く吹き付けており、草原の匂いを巻き上げながら体をすり抜けていった。これなら日差しを浴びながら歩いても汗もかかずに済みそうだ。
前日は雨が降って大変だった。旅人にとって天候を読むことはとても大切なことなのである。
雨が降れば気温が下がり、濡れてしまえば体は冷えてしまい体力を奪われてしまう。それを防ぐため動きにくい合羽やフードを被らなくてはならないし、さらに、地面はぬかるんで足を取られてしまうため余計に疲れてしまう。
また、風が吹けば味方にも敵にもなる。追い風であれば背中を押してくれるので頼もしいやつなのだが、向かい風になれば一変して私たちを進ませまいと押し返してくる。本当に困ったやつだ。
ましてや私とは違い、老犬と少女の体力を考えるともっと慎重にならざるを得ないだろう。今日のヒナラキとエダマメは横に一列に並び、水溜りのない場所を選びながら私の足のペースに合わせて着いてきていた。時折、二人の顔をチラッと横目で見ていたが、疲れた表情を一切見せないため不安だった。
エダマメの旅をするには乏しい歩足取りを見て私は、旅に出る以前のことを思い出していた。
私が旅に出たのは今から十年ほど前の話だ。
私らが今いる場所、『ゴニロ・ゴサ』は海に浮かぶ大きな人工島で、島中央の都市部を大きなドーム状の壁で覆い、そこを中心として四方に高い山岳が連なっている地形をしていた。
都市部には一級品の防衛設備や兵器、厳重な法規制と十分すぎる福利厚生を備えて経済的に裕福な人間や重要人物を住まわせていた。
一方でドームの外には貧困な人や都市部での生活を望まない人が村や独自の国家を形成し、時には戦争や移民問題、食料問題、奴隷制度などで争いながら日々を送っていた。
私は良いか悪いか都市部の出身で、裕福な家庭であった。
ドームの外のことはニュースや学校の授業で知る程度だったが、都市部はとても安全であることを知っていた。
最先端アンドロイドからレベルの高い授業を小・中・高校と受けて波風立てずに学生生活を過ごしていた私は、進路について漠然と考え始めていた。
「なあ?アンカルは進路どうすんだよ?」
「うーん…分からないなー。そう言うお前はどうするの?」
「俺か?俺は大学に行って……」
なんて会話が学校の友人と始まるある夏の日のこと、私が部屋で勉強をしていると怒号が部屋の扉を突き破って耳に届いた。
「大学に行かせるに決まっているじゃない!向かいの息子さんも大学に行くのよ!」
「そうやって君は自分の息子を他と比べて!!アンカルの自由を考えないのか?私はあの子が自分で決めた進路を応援してやりたい!」
どうやら両親が私の進路について揉めているらしい。
母、ミルナの言い分は都市部での家庭の経済格差や身分による差別が激しく、世間対を考えて私をどうしても有名な大学に行かせたかったそうだ。それが「当たり前」で私の一番の幸せであると信じて疑わなかった。
反対に父のカイムは私に選択の自由を与えるべきだと訴えていた。確かに大学へ行かなければこの都市部では将来、金銭面で不自由になることは確かだった。それでもあの子には自由であるべきだと主張していた。
二人の意見はとても正しいものだと感じていたが、同時にこうも思っていた
「どうして私の意見はきかないのだろう」かと。
私は結局、その喧嘩を聞かないふりをして勉強を続けてその場をやり過ごした。
やりたいことがあったのかと聞かれれば、両親どちらの選択肢でもない三つ目の「何もない」が答えであり、このまま進んでいけば「当たり前」のように自分の進路は決まっていくものだと思っていたのだ。
無感情なアンドロイドから授業を受け、与えられた課題をこなしてテストで良い点を取り両親を喜ばせることしかしてこなかったのだから「将来の夢」なんて到底あるわけがなかったのだ。
この気持ちを打ち明けてみようとも考えたが、どうせ喧嘩がヒートアップしてしまうと察し、私は両親が揉めていた「選択」から「放棄、逃走」することにした。
その日から家族の間では重たい空気が流れ、会話も少なくなっていった。
ヒナラキもこの空気を読み取ったのか私の部屋で生活するようになった。
ここからの記憶はもう曖昧になってしまったが結局、両親は最後まで互いの意見に折り合いをつけられずに離婚してしまった。
「あなた達には失望しました、私は出ていきますのでどうぞご勝手に」
母は選択から逃げた私を見限り、今までに貯めた財産と父からの補助金ですぐに他の男を見つけて出て行ってしまった。
その日から父はというと毎晩、虚ろな目で涙を流してリビングで酒を飲みながら明け暮れていた。
「どうして…どう…どうしてこうなってしまったのだ…うう…」
私は一人、部屋にこもりその声を聞こえないふりをし続け、高校卒業の日を迎えた。
その後、父は離婚のショックから立ち直れずに酒や向精神薬に溺れてしまい、最後に「お前のやりたいことをやれ」と書置きを残して行方不明になってしまった。
一人残された私はヒナラキと一緒に父が残こした貯金と祖父母からの支援にてかろうじて生活をし、家に閉じこもって自分の「生きる意味」や「選択」についてずっと自身に問う日々を送っていた。
しかし、いくら問うても答えなんてものは見つからなかった。
当たり前だが十八歳なんてまだまだ子供だ、そんな死の間際の老人が出すような答えを出せるはずがなかった。自身の知る世界なんて小さく、考えは浅はかだとこの時始めて気づかせられたのである。
そこで私は「生きる理由」を見つけるため、旅に出ることにしたのである。
どうせこのまま「当たり前」殺され、将来の様々な「選択」から逃げ続けてこの家で死んでゆくぐらいなら、少しでも世界を回って考えを深めてみたいと願ったのである。今、思えば都市部での生活や待遇を考えれば普通ではなかったと思える。
そう思った私の行動は早く、最低限の旅の準備をして自身のことを判別できる機器や情報を全て消してヒナラキと共に都市部を旅立った。
そこからの旅は都市部出身の私にとって、地獄のような日々だった。
ナイフの使い方や火の起こし方、綺麗な水の飲み方も知らず、全てを一から自身の試行錯誤で学ばなければいけなかった。
これほどまでに都市部での甘やかせられた生活を憎んだ日はなかった。
さらに、食べ物を買うにも交渉やコミュニケーションが必要だし、うまくできなければ暴利を貪られてしまうことなんてざらにあった。一、二年程にしてようやく旅の基礎を覚えたが、盗賊や人さらいに襲われそうになったことは今でも教訓としてしっかりと脳に焼き付いている。
先ほどの林を出発してから二時間ほど歩いただろうか、幸い今日の天気は良好で三人の足取りも幾分か軽やかである。目の前には見渡す限りの大草原が広がり、遠方の山岳までくっきりと見えていた。地面には草原の中央を分けるように土肌が露出していて、小石や木の実が点々と落ちている平坦な道が続いていた。きっと誰かが整備したのだろうと思った。
風は朝より強く吹き付けており、草原の匂いを巻き上げながら体をすり抜けていった。これなら日差しを浴びながら歩いても汗もかかずに済みそうだ。
前日は雨が降って大変だった。旅人にとって天候を読むことはとても大切なことなのである。
雨が降れば気温が下がり、濡れてしまえば体は冷えてしまい体力を奪われてしまう。それを防ぐため動きにくい合羽やフードを被らなくてはならないし、さらに、地面はぬかるんで足を取られてしまうため余計に疲れてしまう。
また、風が吹けば味方にも敵にもなる。追い風であれば背中を押してくれるので頼もしいやつなのだが、向かい風になれば一変して私たちを進ませまいと押し返してくる。本当に困ったやつだ。
ましてや私とは違い、老犬と少女の体力を考えるともっと慎重にならざるを得ないだろう。今日のヒナラキとエダマメは横に一列に並び、水溜りのない場所を選びながら私の足のペースに合わせて着いてきていた。時折、二人の顔をチラッと横目で見ていたが、疲れた表情を一切見せないため不安だった。
エダマメの旅をするには乏しい歩足取りを見て私は、旅に出る以前のことを思い出していた。
私が旅に出たのは今から十年ほど前の話だ。
私らが今いる場所、『ゴニロ・ゴサ』は海に浮かぶ大きな人工島で、島中央の都市部を大きなドーム状の壁で覆い、そこを中心として四方に高い山岳が連なっている地形をしていた。
都市部には一級品の防衛設備や兵器、厳重な法規制と十分すぎる福利厚生を備えて経済的に裕福な人間や重要人物を住まわせていた。
一方でドームの外には貧困な人や都市部での生活を望まない人が村や独自の国家を形成し、時には戦争や移民問題、食料問題、奴隷制度などで争いながら日々を送っていた。
私は良いか悪いか都市部の出身で、裕福な家庭であった。
ドームの外のことはニュースや学校の授業で知る程度だったが、都市部はとても安全であることを知っていた。
最先端アンドロイドからレベルの高い授業を小・中・高校と受けて波風立てずに学生生活を過ごしていた私は、進路について漠然と考え始めていた。
「なあ?アンカルは進路どうすんだよ?」
「うーん…分からないなー。そう言うお前はどうするの?」
「俺か?俺は大学に行って……」
なんて会話が学校の友人と始まるある夏の日のこと、私が部屋で勉強をしていると怒号が部屋の扉を突き破って耳に届いた。
「大学に行かせるに決まっているじゃない!向かいの息子さんも大学に行くのよ!」
「そうやって君は自分の息子を他と比べて!!アンカルの自由を考えないのか?私はあの子が自分で決めた進路を応援してやりたい!」
どうやら両親が私の進路について揉めているらしい。
母、ミルナの言い分は都市部での家庭の経済格差や身分による差別が激しく、世間対を考えて私をどうしても有名な大学に行かせたかったそうだ。それが「当たり前」で私の一番の幸せであると信じて疑わなかった。
反対に父のカイムは私に選択の自由を与えるべきだと訴えていた。確かに大学へ行かなければこの都市部では将来、金銭面で不自由になることは確かだった。それでもあの子には自由であるべきだと主張していた。
二人の意見はとても正しいものだと感じていたが、同時にこうも思っていた
「どうして私の意見はきかないのだろう」かと。
私は結局、その喧嘩を聞かないふりをして勉強を続けてその場をやり過ごした。
やりたいことがあったのかと聞かれれば、両親どちらの選択肢でもない三つ目の「何もない」が答えであり、このまま進んでいけば「当たり前」のように自分の進路は決まっていくものだと思っていたのだ。
無感情なアンドロイドから授業を受け、与えられた課題をこなしてテストで良い点を取り両親を喜ばせることしかしてこなかったのだから「将来の夢」なんて到底あるわけがなかったのだ。
この気持ちを打ち明けてみようとも考えたが、どうせ喧嘩がヒートアップしてしまうと察し、私は両親が揉めていた「選択」から「放棄、逃走」することにした。
その日から家族の間では重たい空気が流れ、会話も少なくなっていった。
ヒナラキもこの空気を読み取ったのか私の部屋で生活するようになった。
ここからの記憶はもう曖昧になってしまったが結局、両親は最後まで互いの意見に折り合いをつけられずに離婚してしまった。
「あなた達には失望しました、私は出ていきますのでどうぞご勝手に」
母は選択から逃げた私を見限り、今までに貯めた財産と父からの補助金ですぐに他の男を見つけて出て行ってしまった。
その日から父はというと毎晩、虚ろな目で涙を流してリビングで酒を飲みながら明け暮れていた。
「どうして…どう…どうしてこうなってしまったのだ…うう…」
私は一人、部屋にこもりその声を聞こえないふりをし続け、高校卒業の日を迎えた。
その後、父は離婚のショックから立ち直れずに酒や向精神薬に溺れてしまい、最後に「お前のやりたいことをやれ」と書置きを残して行方不明になってしまった。
一人残された私はヒナラキと一緒に父が残こした貯金と祖父母からの支援にてかろうじて生活をし、家に閉じこもって自分の「生きる意味」や「選択」についてずっと自身に問う日々を送っていた。
しかし、いくら問うても答えなんてものは見つからなかった。
当たり前だが十八歳なんてまだまだ子供だ、そんな死の間際の老人が出すような答えを出せるはずがなかった。自身の知る世界なんて小さく、考えは浅はかだとこの時始めて気づかせられたのである。
そこで私は「生きる理由」を見つけるため、旅に出ることにしたのである。
どうせこのまま「当たり前」殺され、将来の様々な「選択」から逃げ続けてこの家で死んでゆくぐらいなら、少しでも世界を回って考えを深めてみたいと願ったのである。今、思えば都市部での生活や待遇を考えれば普通ではなかったと思える。
そう思った私の行動は早く、最低限の旅の準備をして自身のことを判別できる機器や情報を全て消してヒナラキと共に都市部を旅立った。
そこからの旅は都市部出身の私にとって、地獄のような日々だった。
ナイフの使い方や火の起こし方、綺麗な水の飲み方も知らず、全てを一から自身の試行錯誤で学ばなければいけなかった。
これほどまでに都市部での甘やかせられた生活を憎んだ日はなかった。
さらに、食べ物を買うにも交渉やコミュニケーションが必要だし、うまくできなければ暴利を貪られてしまうことなんてざらにあった。一、二年程にしてようやく旅の基礎を覚えたが、盗賊や人さらいに襲われそうになったことは今でも教訓としてしっかりと脳に焼き付いている。
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