Untitled

雁木夏和

Untitled 01-009

「がはは。見えてきおったわ」

 松前殿の言う通り前方に何かが見えてきた。旋風つむじかぜが時折、吹き荒れている。前方に嵐のような男がいた。間違いない。あいつが武者奉行むしゃぶぎょうの竹内に違いない。

 竹内は数十を超す敵兵に囲まれ、孤軍奮闘している。危機的状況のように思えるが、そうではない。これが彼の力を活かす最大の戦法なのだろう。竹内の周りには目視で確認できる規模の風が巻き上がっている。彼が長槍を振り回すたびに、竜巻が起こり周囲の兵士を巻き上げている。

「凄いーーー」

 思わず感嘆の声が漏れる。迂闊に近づくことは出来ない。巻き上げられた敵兵は上空に巻き上げられてから重力に捉えられるまでの間に、体は鎧ごと無造作に切り刻まれ、誰が誰で、何が何やら分からぬものになり、あたりに拡散していく。

「竹内殿は、相変わらずえげつないのう」

 松前殿の実力もさることながら、竹内殿のそれは群を抜いている。あれは人の姿をした兵器だ。敵に同情せざるを得ない。人の身で天災に逆らうことは出来ないよう。あれには、人では決して太刀打ち出来まい。

「松前殿かー!負傷したと聞いて、救援に参りましたぞ!加勢いたしますので、存分に戦われるがよかろう」

 竹内殿は敵兵をいとも容易くほふりながら、こちらに向かって話しかけてくるのだが、竹内殿は何を言っているのだろうか。松前殿を追い越し、前線も前線、最前線に一人で敵兵を蹂躙するそれは、もはや救援とは呼べない。そして加勢するもなにも、竹内殿一人がいれば他に何も必要に見えない。

「なーに!ちと戻っておったのじゃー!それと言伝を預かった!……えーっと、なんじゃったかのう。泰盛ー!」

 松前殿は後方から必死に、付いて来る松前隊の中から泰盛を探す。泰盛は……いた。畝助もいる。左之助も、甚八もどうやら遅れながらもしっかりついてきているようだ。

「……松前殿……!……早すぎまするぞ。……少々お待ち下され」

 泰盛は乱れた呼吸を整えながら続ける。その間にも突風は吹き荒れ、敵兵はバラバラになりながら空中に舞う。こちらに向かってくる余裕のある兵はいない。

「総大将からの伝言であります!間抜けな人の子が戦場に迷い込んだ。敵本陣まで連れていきき、戦のなんたるかを見せてやれとのことです!」

 竹内殿がその言葉を聞き、敵に繰り出される攻撃の手をやめる。すると次第に風はおさまりを見せる。ようやく武者奉行、竹内殿の姿をまともに確認することが出来た。将であるから、ある程度年を重ねているのかと思ったが、今までみたつわものどもの中でも、若く見える。

「なんと人の子とな!……相判った。では、この戦も終わりということか。垣内殿は俺にその役目をくださったか!有り難く拝命つかまつる。伝令ご苦労であった!そなたは戻って垣内殿に、勝鬨の準備をして暫し待たれよと伝えられよ!」

 そうして泰盛たちの任務は果たされたのだ。結局松前殿に終始守られていて、泰盛たちに守られたという実感が湧かないそれでも伝令の任を全うさせ、花をもたせてやるあたり、松前殿の懐の深さが伺える。

「お断り申し上げます!我らも隊列にお加えいただきとうございます!」

 泰盛は何を言っているのだろうか。さらなる褒賞や武勲を上げるためであろうか。そこまでして彼らはこの戦に何を見ているのだろうか。千人規模の戦など、俺の世界の歴史でも、この世界の歴史でもそこまで大きな戦でも攻城戦でもない。褒賞などたかが知れている。

「我ら五人は垣内殿よりその者の護衛を賜ったのですが、逆に我らが助けられてしまったのです。このままで帰るわけにはいきますまい!」

 畝安、左之助、甚八も横に並び、異論を挟まない。なるほど、そういうものなのか。俺だったら絶対に大手を振って引き返していただろう。しかし、竹内殿と松前殿さえいれば、敵など意に介さない。安全に手柄も立てられることだろう。せっかく救ってやった命だ。せいぜい安全なところで死ないように頑張ってほしい限りだ。

「相判った。斉泰なりやすよ!我らがこれより本陣を攻め落とす。その旨、垣内殿に伝えられよ」

 松前殿の手勢の者が、周囲にわずかばかり残った敵兵の排除や、死に損なった敵兵の止めをさして回っている。その中のひとりの若い足軽と思しき青年に伝えた。

 青年は畏まって承り、本陣へと駆けいく。入れ違いに遅れてやってきた甚八も加わる。

「ふはは!実に小気味の良い連中よ。付いて参れ!この俺と共に戦場を駆るということは、級長戸辺命しなとべのみことの加護を得ると同義!存分に手柄を立てるがよい!」

「ははっ!ありがたき幸せ!」

 松前殿の手勢はあらかた処理が終わったと見て、こちらの方に戻ってくる。それを見て竹内殿はつぶやく。

「敵が減っていくというのは、もはや新鮮なものよな。終わりは近い、皆これより先は、命一つぞ。覚悟してまいれ!ハァーっ!」

 そういった竹内殿は手綱を引き、敵本陣を目指す。松前殿、松前殿の配下、泰盛たちもそれに続く。しかし言葉の意味を理解出来ない。敵が減るのが新鮮?これから先は命が一つ?一体どういうことなのだろうか。

「何、じきにわかるであろう。別に隠し立てするつもりはないが、泰盛たちも意味を理解しているとは思えん。そなたも気にする必要はない。ただそなたは我らを観測しておればよいのだ」

 松前殿はそんな俺の疑問を察して、言葉をかけてきた。松前殿にはその言葉の意味がわかっているのだろう。しかし、泰盛たちは理解していないと来た。一体どういう意味があるのだろう。

 気になり出してみると疑問は次々と出てくる。なぜこのような場所で戦が行われているのか。この世界の知識を得たとき、戦が行われていることは知ったが、最近は盛んに行われていない。

 そして執拗なまでに言われ続けている。見ろという言葉の意味。松前殿は観測と言い換えた。それが俺にしか出来ない仕事で、この戦いの趨勢を担っている。つまり、どういうことなのだろうか。てんで理解が及ばない。

 しかし、この戦はこちら側に必勝の流れにのっている。竹内殿と松前殿さえいれば、俺はものの数刻で開放されることとなるだろう。まさか、垣内たちが甘言で俺を騙していて、敵を滅ぼすだけ滅ぼして、俺を殺すということは、万に一つありえないだろう。

 垣内という男は、いけすかない男ではあるが約束を違えるような男には見えなかった。それに万が一が起きようと、松前殿だけはきっと俺のことを守ってくれるだろう。

「この戦が終われば、俺は開放してもらえるのでしょうか?」

 しかし、疑問を口にせずにはいられなかった。松前殿はなんと答えるだろうか。

「うむ。この戦が終わればぬしも、わしらも自由じゃ。しかし、おぬしことと次第によってはーー」

 しかし、ことと次第にはよってどうなるしまう。

「我が配下に加えてやっても構わんぞ」

 嫌だ。死ぬのもいやだけど、それも嫌だ。

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