Untitled

雁木夏和

Untitled 01-006 take 02

 俺が垣内たちのために、戦場に出るのではなく、垣内の配下の者が俺の自由のために戦うのだ。そう自分に言い聞かせて鼓舞させる。そうでもしないと、戦いと遠い生活を送ってきた俺が揚々として死地には向かえない。

「竹内殿は右翼に広がる松前殿の増援に向かわれた。我らも右翼を目指すぞ」

 集団の戦闘を走る泰盛が右前方、五百米ほど先に広がる松前隊と思しき集団を指差して言う。そして俺を囲うように左前方に左之助、左後方に畝助。残りの二人はその反対側の守りを固めて右翼を目指す。

 松前隊は総勢百名ほどの部隊だったのだろう。しかし今は白兵戦の真っ只中であり、敵味方入れ交じる大混戦となっている様子が伺える。

「おい、間抜け。いつまで槍を持ってんだ?しまったほうが、走りやすくないか?」

 左之助から間抜け呼ばわりされると、殊更苛立つ。しかし、左之助の言うとおりいつまでもこの長槍を持って走るのは走るのに不便だ。

「しまいかたが分からない。納刀は分かるんだが、やった事がないんだ」

「はぁ?どんな生活送ってきたんだ、おまえ」

 どんな生活って、俺の世界でいう普通の生活を送ってきたんだ。納刀なんて技法は存在しなかったし、存在しないものだから不便に感じたこともない。しかし、それを左之助に言ったところで埒が明かない。

「見様見真似でやってみろ。難しいことじゃない。しまうことは容易だ。ただ、しまったことは覚えていろ。走っている最中に落とすことになるぞ」

 畝助がそう言って、槍を背中に手を回し、走りながら器用に槍を取り出してはしまいを繰り返す。

 試しに槍を背中にまわすと、何かに引っかかったかのような感覚を感じる。そのまま恐る恐る手を離すと、長槍は地面に落ちることなく、無事に納刀が完了し重さが消える。

 出来た。畝助の言うとおり難しくないようだ。しかし、気を抜けば落としてしまいそうな感覚があるので、畝助の助言に素直に従い、槍があることを留意しよう。

 前線まで二百米といった距離までやってくると、敵だの味方だのの死体やら、その一部が鮮血とともに草原に無造作にぶち撒けられている。ここが地獄でないとすれば、この世に地獄は存在しない。戦場に出たことを改めて後悔した。なるべく目を背けてひた走る。

「左之助、竹内殿の臭いは覚えているか?」

 泰盛が左之助に尋ねる。

「いんにゃ、竹内殿と面識がない」

「軍議のときに顔を合わせただろう」

 泰盛のため息が聞こえる。

「俺は遠目からしか見ちゃいない。ましてや臭いなんて、いつも嗅いでるわけじゃかいしな」

 左之助はいけしゃあしゃあとと述べる。

「権六は覚えていないのか?」

「臭いを捉えた。竹内殿は敵陣の奥深くまで斬り込んでいるようだ。そこまで行くのに交戦は避けられんぞ」

 右隣にいた、おっとりした顔の男が答える。様子をうかがってみると、その顔はおっとりとした人の顔ではなく、おっとりとした犬のような顔になっている。権六や左之助は犬神から加護を受けているのだろう。

 交戦は避けられない。その一言に俺の中で動揺が広がる。交戦するということは、命を危険に晒すということだ。当然近くにいる俺も安全とは言えない。前に繰り出す足が重く感じる。

「でかした。我らも切り込むことになる。先頭は甚八に任せる。場所を入れ替われ」

 先頭を走る泰盛が、走る速度を落とし後方に移動する。

「へい。おまかせくだせぇ」

 そして、先頭に立ったのは右斜め後ろにいた、垣内には劣るものの、大男である甚八と呼ばれる男である。

「久方ぶり前線だ。みんな気張っていこう。俺には垣内殿の深慮なる考えは到底理解できんが、我らの勝利がこの間抜けにかかっているらしい。竹内殿に無事に届けるぞ」

 泰盛に間抜け呼ばわりされるのには、なんだか腹が立たなくなってきていることに気づいた。悪意がこもっていないからだろうか。

「畝助、臨機応変に頼む。気付いたことがあれば、すぐに言ってくれ。俺はお前の直感と洞察力を深く信頼している」

「承知」

「左之助、戦闘はおまえが頼りだ。つまらん怪我なんぞして戦線離脱をすれば、この隊は瓦解するぞ。常に用心しろ」

「へいへい」

「権六、皆のフォローを頼む。特にその間抜けには常に気を張っておけ。そいつが馬鹿をしでかすと、皆やられるぞ」

「心得た」

「甚八、竹内殿は敵陣の真っ只中におられる。となるとお前の突破力がものをいう。おまえは後ろは気にせず前にだけ突き進め。ただし権六のガイドは聞き逃すなよ」

「へい」

 リーダー格の泰盛が、仲間に檄を飛ばす。この五人はいくつもの戦場を乗り越えてここにいる歴戦の猛者の雰囲気がある。なんだか、全てがうまくいくような気がしてきた。

「間抜け、死にたくなれば俺たちの指示には絶対に逆らうな。生きたいんだろ?」

 俺にも声をかけてくれるのか。泰盛は、いや泰盛さんは、良いやつだ。この人の言うことは絶対に守ろう。

「はい!」

 残り百米を切る。戦闘を走る甚八が空いた両手を背中に伸ばし、右手に矛を、左手に盾を持つ。右手の槍は先程のものより少し短く、柄が太い作りのものだ。おそらく自身の戦い方に適したものだろう。

 甚八に続いて他の四人も槍を取り出し構える。俺も地響きを取り出そうとするが、それを泰盛に止められる。

「間抜け。おまえは小太刀を抜け。敵はすべて我らに任せて、防御に徹しろ」

「はい!」

 泰盛さんの言葉は、俺の心の清涼剤かもしれない。防御に徹しろというのであれば、全力で防御に徹しよう。俺があの集団に突っ込んで何か出来るとは到底思わないのだ。

「あそこに切れ目がある。そこから一気になだれ込もう」

 畝助の言うとおり、混戦状態になる集団に切れ目が出来ている。突っ込むのであれば、あそこ以外に考えられないが、本当に突っ込むのか。
泰盛さんの言葉がなければ、怖気づいて逃げ出していたかも知れない。

 松前隊の兵士達の背中は目と鼻の先だ。泰盛さんたちと同じ装備を身にまとった兵士たちが敵と思しき装備を身にまとった足軽と泥沼の戦いを演じている。

 ある者は槍が腹に突き刺さり、そのまま矛先が背中から飛び出しているのにも関わらず、敵に掴みかかり、小太刀でなんども切るのではなく叩きつけている。

 ある者は立つこともままならない体にムチをうち、這って敵の足元まで忍び寄り抱きつき敵の行動を阻害する。相手もたまったものではないから槍を何度も背中に突き立てる。

 ある者は掴み合いになり、噛む引っ掻くの応酬に興じている。両者とも加護を受けており、爪は鋭く、口は人のものより大きく前に伸び、ちにまみれた鋭利な犬歯を覗かせている。

 敵味方問わず、無傷の者は見当たらない。足がすくみそうになる。そんなタイミングで背中が叩かれる。危うく地響きを落としそうになる。

「俺たちを信じろ」

 泰盛さんの、その言葉で覚悟が決まった。今、集団の狭い切れ目に甚八が突入した。

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