気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 本の出版関係という――色々と普段では出来ない体験などが出来てそれはそれで面白かったし、しかも共著なので祐樹と共に動けるという自分にとっては幸せ過ぎる「お祭り」のようなモノだったので――普段の業務にプラスアルファが加わったせいで、二人きりのゆっくりとした寛ぎの時間がなかなか取れないという贅沢な悩みを抱いていた。
 だから、カウンター割烹の店に並んで座って同じものを呑んだり食べたりするのも久しぶりで、物凄く楽しみだった。
 自宅で自分の作った料理をこの上もなく美味しそうに食べている祐樹を見るのも人生の楽しみの一つで、それはそれで物凄く幸せだったが、他人が作った物凄く凝った料理を二人で食べるのも宝石のように煌めく時間なのも確かだったし。
「今日のお勧めは何だろうな?」
 オーナー兼板長がその日の市場いちばに実際に仕入れに行ったり厳選した出入りの業者から入手したりする食材はその日によって異なるし、板長さんが味見をしてダメだと判断するとその料理は出てこない徹底ぶりも好感が持てる。
 だから、お酒はともかく料理は行ってみないとどんなものが有るか分からないのも楽しみの一つだった。
 それに、いくら料理が得意だと言っても所詮は素人が作るものなので――と言っても実際に食べてくれた祐樹を始めとする皆は物凄く褒めてくれるが――その道のプロが作る料理は物凄く勉強にもなる。
 暖簾のれんをくぐって店の扉を開けると、料理の良い香りがほかほかと漂ってきた。そして客たちの幸せそうな笑顔とキリッと引き締まった頑固職人という感じの板長さん以下の店のスタッフ達の緊張感がいつ来ても心地よい。
 威勢の良い挨拶に迎えられてカウンター席に隣り合って座った。
 この店は知る人ぞ知る店なので、粋筋いきすじと分かる綺麗な女性が高級そうな着物に身を包んで初老の男性とにこやかに話している。
 病院長命令で渋々付き合う料亭ではツンと澄ました感じで宴席に侍っている舞妓さんや芸子さんだが、多分長年馴染んだ旦那パトロンとの食事なのだろう。「はんなり」という言葉はきっとこういう態度とか笑顔を言うのだろうなと思える全体の雰囲気に感心してしまう。
 尤も、自分は異性に全く「そういう」興味は抱けないので、絵画を鑑賞するのと同じような感覚だったが。
 そして。

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