気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

116

「納得です。矢内君でしたっけ?彼は確かに自信に満ち溢れていましたし、私はともかく貴方に対しても物怖じしない点でも医学部生と考えるのが妥当だったと後になって分かりました。
 あ、もうすぐですよ。気が付かれているとは思いますが」
 見覚えの有る暖簾のれんが見えてきた。
「この季節ですから温かいモノを食べたいですね。それとちょうど良いくらいに温めた日本酒も物凄く美味しいですから」
 柏木先生とごく稀に呑みに行く時は、学生時代に返ったかのような感じで、同級生と良く行ったような「庶民的」な居酒屋が多い。
 居酒屋でも熱燗あつかんはメニューに載っているので気分によってはオーダーするが、何だか高温で有ればあるほど美味しいとでも言った感じでガンガンに熱い。こんなに温めれば日本酒の本来持っているまろやかさとか繊細な味が吹っ飛んでしまって、消毒用のアルコールのような香りまでするし、呑むとツーンとした感じしかない。もちろん消毒用のアルコールは口にしたことなどないが、多分安い居酒屋で出される熱燗のような味がするのだろう。ただ、自分はそれほど食とか飲み物に対してマイナスのことは口に出さない。口に合わないと思ったら次から注文を控えるだけだ。
 自分でも自炊しているからなのかも知れないが作り手の苦労を考えると文句を言うのも悪いような気がする。そして、自分が料理する時についつい凝ってしまうのは祐樹が「美味しいですね」と言葉と表情で雄弁に伝えてくれるからで、もし、祐樹が居なければ食べられるモノなら何でもいいと個人的に思っているし、一人暮らし時代にカレーを作って朝昼晩全てカレーでも全く構わない程度の無頓着なので、グルメとは程遠いと思っている。
 祐樹が患者さんのご家族から聞いたとかいう――そういう情報まで同意書とかを書いて貰う時に話せるのは凄いと思ってしまうが――「知る人ぞ知る」というカウンター割烹で供される熱燗は物凄く美味しい。
「そうだな……。やっぱり和食はワインとかではなくて、日本酒との相性が抜群だし、それにあそこの店は隠し味に色々入れているので、店主お勧めの日本酒を呑むのが一番だと思う」
 ワインに対してもそれほど造詣は深くないが、何となくだったら分かる。しかし、あの店の場合は隠し味で入れている食材で計算が狂うことも一度有った。だからカウンター割烹のお店に行く場合も店長お勧めが最も無難なのも確かだった。
 そして。
 

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く