気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「正確に言うと嫉妬ではないのかも知れませんが、手技の素晴らしいと言う言葉では伝えられないほどの秀逸過ぎる冴えを目の当たりにしるたびにそう思ってしまっています。
 そして、執刀医になってからさらにその再現性が難しいことをシミジミと思い知らされて、想定を遥かに凌駕した神業ともいうべき手技に追い付けるかどうか自分でも覚束なくなりました。
 研修医時代にも勝手にライバル視してきましたが、ある程度の高みにまで達するとその素晴らしさがより一層分かりました。
 そういう意味では嫉妬しています。けれども、何時かは超えて行かないとならない遥かな高嶺たかねだと思ってもいます」
 ああ、仕事面での話かと思うと内心ほっとした。流石に柏木看護師の前で私的な関係を匂わせることは避けたい。
「いや、ゆ……田中先生の場合は私と違って天才肌だから、今は辛うじてキャリアの差が有るけれども。いずれは追いつかれそうになることを――いや、追い抜かれそうになってしまうと言った方が正確だな――待ちながらも怖がっているというのが実情で。
 あの華麗な手技は見事だと純粋に思う。そういう意味では、私も田中先生の才能に嫉妬している部分は確かにありますね」
 柏木看護師を意識して言葉を変えることにした。手術の「道具出し」を担当することが多い彼女なので、職場では常に「です・ます調」で話している自分の方が「通常」の自分だった。
 祐樹は瞳を太陽以上に輝かせて自分を見ている。
 手技を褒めたりアドバイスをしたりはしているが、やはり言葉で伝えるのは大切だとしみじみと思った。
「まあ、素敵。お互いがライバル心を持ちながらも敬い合っていらっしゃるなんて……。
 これは皆に伝えなければ!!!」
 柏木看護師はかつての高校のクラスメイトの女子が――と言っても口をきいたことはない人達だったが――良くしていたように両手を頬に当てて目をキラキラさせている。
 そんなお互いの気持ちが、祐樹曰く「同好の士」に伝えるべき必然性が有るのかどうかさっぱり分からなかったが、そっとしておいた方が良さそうな感じだった。
 彼女のスマホはずっと小さな振動が続いていて、ラインが活発に交わされているのが窺える。
「そろそろ、写真を撮って宜しいでしょうか?」
 スタジオの主人が申し訳なさそうに声を掛けてきたが、無駄話をしていたのはこちらの落ち度だった。
 だから。 
 

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