気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「こんな感じですか?」
 祐樹の香りが辛うじて香る程度の距離に顔を並べている。それだけで体温が上がってシトラスの香りが弾けるよう芳香を漂わせている。
「ダメです!もう少し田中先生は教授のお顔に近づけて下さい。そして教授はもう少し頭を上げて田中先生を見上げるようにしてください」
 ごくごく常識的な距離だと思ったのだがそれでは几帳面かつ仕事熱心な――これは純粋に趣味の領域だろうが――柏木看護師が断固たる口調で言った。
 祐樹が微かに溜め息をついている。彼女には気取らないように細心の注意を払っているのが分かる。
「しかし、これは一般的な肖像写真として病院内で買うは男女問わず居ますよね?こんなに近付きすぎて大丈夫なのですか?」
 祐樹の発言も将にその通りだった。祐樹が「貴方は知らないで良い世界です」と言った「特殊な趣味」――多分、岡田百合香ちゃんにプレゼントするための本を買いに行った時にやたら綺麗な男性と野性味あふれた男性が表紙に描いてあるマンガとか小説が好きな人向け――満載のような気がした。
「このくらいは普通です!それにお二人が仲の良いことは皆知っています。ポーズの取り方でその心の距離が分かるということは看護師だって知っています。だから上司と部下の親密さをアピールする良い機会です!!」
 彼女の言うことにも一理有るのは認めざるを得ない。「アメリカの大統領が日本の首相にはハグをしたが、中国のトップとは握手が5秒しかなかった。これは中国と距離を置きたいに違いない」とか週刊誌の記事をネットのニュースヘッドラインで読んだことも有ったし。
 そこまで考えて、まさかハグまで要求されるのではと背中に冷や汗が伝っていく。
 この勢いだと柏木看護師に押し切られてしまうそうだったし、理論武装も今日のお化粧のように完璧にしてきているようだったから。
「この程度ですか?」
 祐樹の香りがより強まったのでつい条件反射的に顔を上げてしまった。普段の習慣で祐樹を見上げてしまっていた、飛び切りの笑顔を浮かべてしまっているのも。
「素晴らしいですわ。教授が田中先生を全幅の信頼を置いているということが良く分かります。早く撮ってください!」
 フラッシュが光ったが、祐樹の笑みを含んだ瞳の輝きの方が個人的には眩しかった。
「あのう、あらかじめお願いしていた荷物なのですが、届いていますよね?」
 柏木看護師がカメラマンではなくて店のスタッフに声を掛けている。
 いったい。

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