気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

73

 祐樹は物怖じとは程遠い性格なのは知っている。だから「余所行よそいき」の凛とした中にも少し甘い極上の笑みを浮かべてくれているだろう。そう思えば自然に笑みが零れてくる。
「表情はそのままで大丈夫です。しかし、横に立つだけではなくて……教授の肩に手を載せて下さい」
 先ほどとは異なった真剣さで柏木看護師がリクエストしてきた。
「はーい、デレクター!いや監督ですかね……」
 祐樹があながちおだてているような感じでもなく快活そうな返事を返している。
 祐樹の手が両肩に載せられて、その温かさと確かな感触に笑顔が更に深まっていることを自覚した。
「想像以上です!素晴らしいわ!」
 何を想像していたのかは知らないが、どうやら彼女の意向に適った写真が撮れそうだ。
「その表情と手はそのままでシャッターお願いします!」
 ドラマで観たことしかないライトが瞬いて、カシャっという音が聞こえた。
「一枚目の写真からこんなので良いのですか?」
 祐樹が心配そうな感じを滲ませて聞いている。
「田中先生、こちらをご覧ください。皆こういう写真ですよ!認識不足です!ここをどこだと思っていらっしゃるのですかっ!!」
 何だか隠れて喫煙している――実際そういう患者さんも居ることは知っている、自分の科ではなかったが――患者さんを叱責するような感じだった、実際どうかは当然知らないものの。
 そういえば撮影室のセットの――と言っても紅いカーテンとイギリス製と思しき木の重厚そうな椅子だけだが――周りの壁に掛けてあるのはいかにも気難しそうな職人という感じの寫眞しゃしん館の主人の会心の作品なのだろう。確かに皆身体のどこかを触っている。多くは家族の節目の写真だったが。
 祐樹も同じものを見たのだろう「参りました。仰せの通りに致します」と言って自分の肩を軽く掴んだ。その指の感触が微かに皮膚をくすぐっていく、妖精の悪戯イタズラのような感じで。
「で、監督次のポーズはどのように?」
 普通は――こういう機会はなかったのであくまで想像だが多分正解だろうが――写真館の主人が色々とポーズを決めるのだろうが、祐樹が根回しをしているのだろうな、と思った。
 仕事でもプライベートでもソツなくこなす祐樹のことなので、この公私混同(?)の写真もおそらくそうだろう。
「次は、田中先生が椅子の後ろに回って、顔を教授と同じ高さにします」
 背もたれは充分な高さは有ったものの、自分も首から上は空中だし、祐樹だって腰を屈めるとかすればそのオーダーにも応えられそうだが。ただ、柏木看護師の言い方を聞いているとMRIとかCTをより良く撮るように患者さんに無理な体勢を取らせようとする放射線科の医師のような断定的かつ断固とした口調を思い出させる。
 そして。


 

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