気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「まあ、そのお話は置いておいて……」
 祐樹が何かを察したように、コホンと咳払いをして(この話はもうこれくらいで)というような眼差しを送ってきた。
 柏木看護師は祐樹の言葉に救われたような表情を浮かべている。何か口に出してはいけないたぐいの話をしてしまったのだろうか。
 模倣まねはーー少なくとも手先の問題で何とかなるものならーー割と自信を持ってはいるが、創造などはからっきし出来ない自分としては柏木看護師の趣味というか職場では表に出さない才能を褒めた積りだったのだが。
 まあ、自分に人間関係構築能力とかーー最近は自分なりに向上を図ってはいるが、まだまだ半人前以下という自覚はあったので後で祐樹と二人きりになった時に何が悪かったのか聞いてみようと思うーー当意即妙の会話術などは他人よりも劣っているのも確かなので、祐樹がそう言うからにはそちらが正しいのだろう。
「で、衣装はこんなので良いのですよね」
 祐樹が出勤の時よりも数倍カッコよく見えるスーツ姿を確かめるように見ている。
 そもそもがアメリカの学会の講演会用に折り鶴勝負までして購入したスーツだ。日本でも「人は見た目が9割」とかいう本が出版されてそれなりに売れているようだが、アメリカとかヨーロッパの医師はそれ以上に第一印象で先ずは判断されるのを知っていた。まあ、見た目がぱっとしなくとも、論文の内容が刮目かつもくに値するような画期的な内容であれば皆の評価は変わるが、祐樹の場合は手技の巧みさと斬新さを画像で送ってある。その画像に本人が解説するという形式なので、先に画像を見ている人に対しての訴求力という点で第一印象はとても大事だ。
 ただ、あの「神憑り手技」でなければ、わざわざアメリカの医学会が本人を呼ぶまでもなく、補足の論文を送ってくれ!的な扱いになるので祐樹のことをそろそろ世界的な知名度に引き上げるためにもスーツとか眼鏡は必要なアイテムだと思う。
 それにどこにもブランドのロゴとかは入っていないごくごく普通のスーツだが、見る人が見ればーーというか、学会に出席している人間の9割がそうだろうがーーどこのモノかは分かるだろうし。
「お二人のスーツの色が対照的なのも、素晴らしいですよね。もちろん、田中先生のスーツ姿は普段の出勤用のとは異なる感じがするのも『非日常』を醸し出していて素敵です。
 ……教授は普段も……」
 柏木看護師が口をつぐんだ理由は何となく分かったが、それに対しては微笑みで返した。
 すると。

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