気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「ああ、田中先生もですけれど、家庭教師の先生の発音に物凄く似てきましたね、素敵」
 ページをめくっていと百合香ちゃんが花のような吐息を零してくれた。
「そうですか?それは良かったです」
 百合香ちゃんの英会話の先生は英国大使の夫人とかで、当然綺麗なクイーンズイングリッシュを話すと聞いている。ただ、自分は同じ階級出身の知人が居るのでそれを真似れば良かったが、祐樹の場合はその知人が送ってくれたノウハウ文書と動画くらいしか材料がないのに、そのハンディキャップをものともせずにマスターしたらしい。
 そういう向上心も見習いたいことの一つだった。
「失礼しても良いですか?」
 扉の向こうで祐樹の声がしたので思わず唇が笑みの形を深めてしまっている。
「英語で話しかけてみては如何いかがですか?プリンセスになったような気持ちで。なったというか、相手がイギリスの王子様と仮定して。
 いや、今の王子様は、正直なところただの小父さんといった感じですが。幼い時は世紀の皇妃としてとてもお美しかったお母様に似て輝くばかりの王子様だったのですが……」
 百合香ちゃんは妖精の笑い声に似た感じの笑みの粉をまぶした感じで「入っても構わなくてよ」と英語で言った。
「お許しいただいて光栄です、王女様」
 白衣には不似合いな――出来ればタキシード姿で見たい――上品な仕草で胸の辺りで長い腕を折っている祐樹が入室してきた、当然英語で話しながら。
「名刺を差し上げる――ああ、女王様を始めとする高貴な方は名刺など受け取らないような気もしますが――正式な英国式の作法はあいにく存じ上げないので」
 祐樹が手慣れた仕草で彼女に名刺を渡している。先ほど自分が渡したのを喜んだ百合香ちゃんにもう一枚名刺を渡したかったのだろう。
「わぁ!有り難うございます。何だか大人になったみたいでとても嬉しいです」
 二枚の紙片を並べて宙にかざしている。その後ろには病院長心尽くしの薄いピンクの蘭の花が綺麗に咲き誇っていた。
「教授にご本を読んで貰っていましたの。田中先生も家庭教師と似た発音ですが、教授もそうなので、本当の王子様に読んで頂いているよりも素敵な体験が出来ました。教授が今のイギリスの王子様は『ただの小父さん』とおっしゃっていましたが、確かに毛根が不自由な感じですわね」
 祐樹が吃驚びっくりした感じの表情に変わった。
「教授でも冗談を仰るのですね……。いえ、英語を話す時は割とアメリカンジョークも交えて話されますが、『日本語の時に冗談は苦手』と伺っていたので」
 そういえば。

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