気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「こういう感じの椅子なのですか?」
 祐樹が普段よりも輝く瞳で自分と挿絵を交互に眺めてから、百合香ちゃんへ若干膝を折って視線を合わせた。
 どうやら、祐樹も百合香ちゃんのお屋敷のことを聞かされているようだった。
「私も経験はありますが……、ほら、引っ越しとかの時って普段なら残しておくようなものでも思い切って処分してしまいますよね。どうせ、ついでだから……みたいな感じで」
 自分が知っている限り祐樹に引っ越し歴はない。大学入学と共に実家を出て一人暮らしをしたことはあったが。そして実家の祐樹の個室は必要なものは当然運び出しただろうが、ほぼ、そのままの状態でお母様が残してくれていた。だから引っ越しというほどのことはしていないハズだった。
 ただ、自分はアメリカに渡る時、もう日本には帰って来ないだろうと、一切合財を処分した思い出が有る。
 別に貴重な物とか思い入れの有るものはそもそも持っていなかったので。
 しかし、今のマンションを手放して――そんな予定は全くなかったが――他のマンションなり戸建なりに引っ越す場合には、祐樹がくれた物とか祐樹と一緒に写った写真などの思い出の品とかそういう物は絶対に手放したくはないだろうが、要るか要らないかとの判断に迷う物については、いっそのこと手放してしまうという選択肢に傾くだろうことは想像に難くない。
「はい。椅子だけでなくて、お揃いで頂いた昔風の書き物机――あの大きさでは手紙しか書けないでしょうが――とか、鏡なども有ります。
 教授が椅子を貰って下さるなら、不揃いになってしまうので、どうしようかな……と思っていますが」
 おそらく百合香ちゃんのお屋敷に有る問題の家具は女性用の部屋を意識したものなのだろう。
 詳しいことは知らないが、19世紀頃イギリス貴族の場合に勉学に勤しむのは男性がけで、女性は読書をしたり手紙を書いたりするくらいで、後は刺繍などの手芸品を作ることの方が多かったと聞いたことがあった。縫い物というと使用人がするイメージだが、レディの嗜みとして刺繍などの絹糸を使った手芸は別だったようだ。ちなみに映画「タイタニック」でも家柄しか誇るものがないヒロインの母親がお金目当てで婚約させた男性に惹かれていなくて、船で出会った貧しい絵描きの青年と恋に落ちるのを止める場面で「私にお針子をしろとでも言うの」となじるシーンが有るが、没落てしまった上流階級の女性が労働力を売るには確かに裁縫の腕のみだろう。
「書き物机と『鏡』ですか!!もういっそのこと、全部教授に差し上げるというのはいかがです?
 家具は一式揃っていた方がバランスも良いですし。椅子だけ教授に譲って、他のものを捨てるとなると、――神奈川ではどうなっているのか知りませんが、京都ではそういう大きな物を家から出すとなると市役所だかにお金を支払わないといけません――そのお金も勿体ないですよね……」
 祐樹は鏡まで貰う気満々のようだった。書き物机はおまけといったところだろう。
 あれ?と思ってしまった。

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