気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「私が子供の頃読んだ本は二色刷りが基本でした。
 ちなみに、シャーロック・ホームズなどの外国モノはその雰囲気は味わえませんでしたが――何しろ一般的な日本の家だったもので……。しかし、江戸川乱歩などは日本情緒もたっぷり書いてくれていたので、押し入れに入って内部から密閉して懐中電灯で読むと臨場感が味わえて更に面白かったですよ」
 祐樹の小学生時代の話しだろうが、何となく野山を元気に走り回って遊んでいるイメージを持っていたので正直意外だった。
 自分は本を読むのも割と好きだったが、そういう「変則的」かつ「独創的」な読み方はしていなかったので、興味深い話だったが。ただ、この年になってそういう読書の楽しみ方は出来そうにないのがある意味残念だったが。
 百合香ちゃんも無垢な瞳に驚いた感じの煌めきを宿していた。
「うちにも和室が有りますので、無事に退院出来たら一度試してみたいと思います」
 本は部屋の中で座って読むのが当たり前だと思っていたが、そういう楽しみ方があるのだと思ったのはどうやら自分だけではなかったようだ。
「いや、江戸川乱歩の本はエロとグロい描写が有るので……その点がクリア出来れば大丈夫なのですが……。教育上宜しくない類いの本なので……。あまり強くお勧めは出来ません。
 それこそご家族に見つかったら大変ですよ?」
 祐樹が念を押すような感じで百合香ちゃんを見ていた。
「大丈夫だと思います。所詮というと、何だか偉そうですが……活字で何を書いてあっても、絵が頭の中に浮かぶような感じではなくて『ああ、そうなんだ』と読み進めるので。
 そういう点では想像力が欠如しているのかもしれませんね」
 祐樹も可笑しそうに唇を弛めて会話が弾んでいる。こういう会話のキャッチボールは医局で最も上手いと評判なので、その会話力を学ぼうと耳を傾けていたが、これから自宅に帰るだけの自分とは異なって祐樹は主治医を務める他の患者さんの部屋にも行かないといけないし、その後は救急救命室勤務だ。
 しかも、地震の時の功績が認められて「あの」事務局長を得意のごり押しでようやく押し切った病院長が、救急救命「センター」への昇格をやっと勝ち取ってくれた。その点は大変喜ばしいことだが、移転準備スタッフにも――有能な人間には仕事が集まるという、世間の常識通り――祐樹は名を連ねている。
 だからそんなに時間はないハズだ。
「田中先生、百合香ちゃんの家では不要になった家具の処分を任されているらしいのだが、こういう椅子も有るらしくて……。ご好意で頂けるという話なのだが?」
 すると。

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