気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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 軽快なノックの音と共に「入りますよ」という祐樹の声がした。どうやら値下げ交渉が上手くいったらしい晴れ晴れとした表情が、祐樹の太陽に似たオーラに良く似合っていた。
「田中先生、今日も胸が苦しくなりません。『コナン』が面白くって、それにマンガなのですぐに読めるので、本棚に何往復もしたのですけれど、大丈夫でした」
 小さなレディらしい甘やかでいながら凛とした声で百合香ちゃんが応えている。
 ベッドの角度は読書用に最適な感じだったし、毛布の上に置いた本は例の挿絵のページだ。
「あ、教授いらしたのですね。百合香ちゃんと話しているととても興味深い上に面白いので時間の経つのを忘れてしまいますよね」
 素早く機械に目を走らせつつも、直接肌を触ってバイタルを確かめている。
 その鮮やかな手つきと真剣そのものの瞳に見惚れてしまった。
「……田中先生お疲れ様。
 今百合香ちゃんとこの本の話をしていて……」
 いつもの口癖で「ゆうき」の「ゆ」を発音したのを咳払いで誤魔化した。大人なら気にしないような些細なことでも子供はしっかり聞いていることは夏の事件の直後、公園で多数の子供たちに勉強を教えている時に気付いていたし、その上百合香ちゃんの聡明さは多分、あの子達とは比べ物にならない。なおさらの注意を払って接しなければならなかった。
「順調ですね。この分だと手術の具体的な日にちを決めることにしたいと思うのですが、如何でしょう?ああ、教授だけではなくて、百合香ちゃんのご意見も聞きたいです」
 子供は苦手とか言っていた祐樹も百合香ちゃんの子供らしくない点からか、いつの間にか馴染んでいる様子だった。
 確かに、百合香ちゃんの場合は大人が勝手に決めるよりも、本人の意向をまず確認した方が良いタイプだろう。
「そうだな……この良好なバイタルが続けば大丈夫だと思う」
 祐樹が手渡してくれたタブレットに表示された電子カルテを見ながら言った。
「手術が成功したら、社交ダンスの練習も出来るようになりますよ。その日はきっと近いです。
 へえ、マンガがカラーなのは知っていましたが、最近の活字ばかりの本の挿絵も色彩画なのですね……」
 祐樹は興味深そうに百合香ちゃんの手にしていた本を見ていた。
「そうみたいだ。そして、この椅子……」
 椅子などの家具を譲ってくれるという百合香ちゃんの好意を祐樹はどう返すのだろうか。

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