気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

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「こういった椅子で宜しいのですか?」
 百合香ちゃんは例のページのカラー挿絵をしげしげと眺めている。小学校の頃に自分が読んだ覚えが有る本――ただ、そちらは子供向けに書かれていたし、挿絵だって白黒だった。その頃は何とも思わなかったが、祐樹との共著の本の出版に関わるようになって、カラー刷りと白黒では全く単価が異なるという「大人の事情」に触れた。公立小学校の図書室の予算がどれくらいか具体的には知らないが、きっと百合香ちゃんが持っている本は高価過ぎて買えなかったとか、この本一冊だけを購入するよりも廉価な本を数冊購入する方が良いとでも判断されたのだろう。
「ええ、イギリスとか北欧では家具は殊の外大事にされますよね。まあ、寒いと外出するのではなくて家で過ごす方が快適だと思えるような気候のせいだとは思いますが。
 ただ、私もそれほど家からは出ないタイプの人間ですから、せめて家具は良いものを使っていけたらと思うようになりまして」
 半分は本音だったが、半分はウソだった。家の中で過ごすのも確かに好きだったし、一人で自宅に居ることに何の不満も感じないし、居ればいたで何かしらすることは見つかる。専門知識をさらに深めることから普段は目に付かない細かな家事に至るまで。ただ、それは物心ついた時からそうだったので家に居るのが「普通」のことで学校以外の場所に行くことが自分には「特別」なことだった。
 祐樹は放課後に家に居るよりは公園とか山などに遊びに行くのが「普通」のことだったらしいが。
 クラスメイトなどに心を閉ざしていたわけでもなかったものの――実際、声を掛けられたら協力出来る範囲のこと限定だったが、要望以上のことはこなしてきた覚えはある――率先してクラスメイトの中に入って何かをするタイプではなかったのも確かだった。
「あら、そうなのですか?実はウチの家も老朽化で建て直すとかいう話になっていますの。今の家は第二次世界大戦の時にも焼け残ったという物凄く古い家で、修繕に修繕を重ねて使ってきたらしいですけれどいっそのこと新しく建てた方が良いのでは?と。特にお祖父様のお姉様二人が――私にとって大叔母様なのですよね?――古いお屋敷にこだわっていらっしゃったらしいのですが、相次いでお亡くなりになられたので、もうこの機会にいっそのこと……と父も決めたようです」
 そういえば、百合香ちゃんのお祖父様の政治家としての活躍を支えたのは奥さんではなくてお姉様達だったという記事を読んだことがある。そして奥さんは――どういう点がお眼鏡に適わなかったのか知らないが――早い段階で離婚させられたとか。自分もいわゆる上流階級というか由緒正しい家柄の患者さんと多く接してきたが、詮索する積りは毛頭なくても自然と耳に入ってくることもある。どんなに煌びやかに見える一族でも、いやだからこそからかも知れないが「一族の闇」みたいな点が多かれ少なかれあるらしい。
「そうなのですね。由緒のある洋館などは見ている分にはとても素敵ですが、住んでいる人からは古くて使い辛いとか、維持費が大変とかは聞いたことああります」
 この話しの着地点はどこになるのかイマイチ分からなかったが、百合香ちゃんも小児病棟ではなくてこちらに居るせいもあって話し相手がそれほど居ないのだろう。
 楽しそうに話しているのを、相槌を打ちつつ聞いていた。
 すると。

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