気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

18

「田中先生にアメリカ風の発音を教えて頂いて、その後にあの電子辞書の発音機能を使って復習をしようとしたら、本当にお手本通りの発音で……。とても素晴らしいなと思ってしまいました。
 この病院の先生方は皆そうなのですか?」
 知的好奇心に満ちている瞳の輝きが無垢さと熱を帯びている。
 かなり体力も戻ってきているなと医師の視点で考えつつ、恋人を褒められて嬉しくないわけもない。
「いえ、そうでもないと思います。田中先生は、アメリカの学会の講演に備えて――目前の予定ではそうですが、その後は国際的な外科医として活躍するために独学で学んでいます。私はご存知だと思いますがアメリカでの勤務歴も相俟って割と得意ですが、話せない人間の方が多いかと思います。読むのは皆が読めますが。ドイツ語が医師の共通言語だった時代は終わって、今は英語ですので新しい論文などに接する機会も多いので。
 それはそうと、コナン・ドイル本人が書いた本をお読みになっていますよね。
 確か1884年に『緋色の研究』が出版されたと記憶していますが、日本では明治17年に当たります。夏目漱石の『吾輩は猫である』を読まれたことが有りますか?」
 推理小説が好きな百合香ちゃんだが、日本文学も教養の一環として読まされているだろう。普通の家庭ではなくて政治家の一族なので外国のお客様と話す時に恥ずかしくないように。
 自分はアメリカに行って初めて茶道とか能などの伝統文化に対する素朴な疑問を同僚とか患者さんに「日本人だから知っていて当たり前」的な感じで聞かれて困ったが、百合香ちゃんはそういう教育も受けているハズだ。
「ええ、漢字が難しくて……。それに文章も少し難しかったです。
 それよりもとても驚いたのは、猫を鍋に入れて食べる人が居たことですけれど……。昔の日本はそうだったのですね」
 そういう記述が有ったような気がしたが、猫にも犬にもさしたる思い入れがないのでスルーしていた。
「そうみたいですね。ただ、『吾輩は猫である』は1904年に書かれていますので、英語も日本語も文法や用法が変化するので難しいと感じるのではないでしょうか。
 その点『ハリーポッタ○』は現代の作家が書いているので英語版でも読み易いと思います、文法的にも」
 そもそも子供向けに書かれていることは矜持も高そうな小さなレディには黙っておこう。
 感心したように頷いている百合香ちゃんの頬の色も少女らしい初々しい紅色だった。
 この様子だと手術の日程が早まりそうだなと思いつつ、桜色の唇が興味深そうな笑みを浮かべているのを見守った。
 すると。

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