気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

14

 柏木先生がそっと周りを見回して独り言のような小さな声で続けた。
「香川が次期病院長を目指しているという件……。実力とか年齢から考えると妥当だとは思うが、そういう出世欲というものには無縁の人間かと思っていたのでいささか驚いた。
 どういう心境の変化が有ったのかは知らないが、元同級生としての贔屓目ではなくて、長いスパンで眺めている人間からすれば、香川の変化が良いモノだということくらいは分かる。
 それにお前が病院長になってくれると病院の光りがより燦然となるのは間違いがないので――事務局主導ではなくて、医師、いや医療従事者全てと言っても良いかも知れないが、その希望の光になるだろう。
 病院改革の革命の戦士でもある内科の内田教授も大喜びらしいし、そういう点でも皆の光りになるべき存在だ。
 それに、香川がそういう決意をしてくれて……医局に残った甲斐もあった家内とも喜びを分かち合っている」
 祐樹を教授にしたいという一心で――自分が教授職に居ると年齢の近い裕樹は当然ながら就けないので、公立大学の教授職とか私立大学に行くしかなくなる――決めたことだったが、そんなことは言えないのは言うまでもない。
 ただ、柏木先生は学生時代からの付き合いで――アメリカ時代は当然離れたが――その変化をずっと見てきた友達としても良い変化だと思ってくれているのは何よりだった。
 それに救急救命室が救急救命センターに名称が変わるに当たって――当然予算も増やされる――准教授よりやや下というセンター長に柏木先生の名前が挙がった時に、心臓外科の医局運営を優先したいと出世を諦めてくれた柏木先生だけに感慨もひとしおなのだろう。
「奥さんとそういう気持ちを分かち合えるのは何よりだな……」
 柏木先生の奥さんが――多分祐樹に本命価格のバレンタインチョコを贈ってくるナースや事務局の女性のような感じで――自分へ好意を抱いてくれていることはうっすらとだが知っていた。ただ、そのような淡い気持ちかつ自分には何も期待していない――しかも最近判明した実害はないものの「とんでもない趣味」の持ち主なのだから尚更に――ことは明白だったので、柏木先生とそれなりに上手く夫婦生活を送っているのだろう。
 分かち合いたい相手――自分には一生そんな存在は手に入らないと思っていた祐樹という太陽が居るので、その気持ちは良く分かる。
「選挙の話は本当に先のことなので、今は外科とか、その他の科の教授とか准教授で、私に票を投じてくれる人をゆっくりと増やしていければいいと思っている。
 そのためにも外科の親睦会をもっと実りのあるものにしなければならないな。その点は宜しくお願いする」
 電話口の祐樹は何やら真剣そうな眼差しと良く動く唇で活発に交渉している。
 その眼差しの輝きを見ていると自分も頑張らなければならないなと思えてくる。
 祐樹は自分にとって永遠の太陽なのだから。
 ただ、月のように太陽の光りを浴びて輝く衛星ではなくて自分も恒星のように輝きたいと思ってしまってはいたが。
 だから、太陽と月という比喩は――以前はそれで充分過ぎるほど幸せだったのも事実だが――もはや相応しくないと思ってしまう。
「ああ、院内のウワサなどもこれまで以上に気を付けておくし、外科の親睦会の件も任しておいてくれ。
 それはそうと、百合香ちゃんの病室に行かなくても良いのか?」
 柏木先生が、微かに心配そうな表情を浮かべていた。
 それはそうだ。

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