気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

 と、思っていたら案の定、噴き出しそうな表情の祐樹が静かに近付いて、膝裏に圧を掛けていた。俗にいう膝カックンという行為だったと記憶していたが、正確さは保証出来ない。
 しかし、立派な台紙付きの写真でも――具体的にどの程度の金額になるかは全く分からない――サイン会に何度も足を運んでくれて終わりまで待って、その後の二人の挨拶とか軽いスキンシップの場面をスマホなどで撮影してくれた女性達は、自腹で何冊も本を購入してくれている。そう考えれば、お金には比較的大雑把な感じもするし、最後の書店のサイン会の時の人数ほどは確実に見込めそうな気がした。その前提で考えれば10の桁ではないことくらいは自分でも分かるので、祐樹がそういう行動に出たのも理解は出来た。
「うわぁっ!何をするんですか……まだ痺れているというのに、追い打ちをかけて!!酷いですっ!!」
 久米先生が泣きそうな表情で抗議するのを皆が笑いを堪えて見守っている。
 こういう光景も、単体で見た場合にはパワーハラスメントと受け取られかねないが、ハラスメントは被害者がそう思えば成立する。
 この場の責任者としての監督責任が発生することは言うまでもないが、久米先生の場合、祐樹には何をされても意にも介していないどころかむしろ、そういう風に構って貰えるのを喜んでいる感が満載なので大丈夫だと思う。祐樹も人を見てそういう風に――最近祐樹に教わった言葉だが「弄る」という大阪の漫才だかの文化らしい――しているだけなのは医局の中では周知のことなので誰も咎めずにむしろ好意的な笑いで見守っている。
 万が一久米先生が本気で嫌がれば祐樹は率先して止めるだろうし、柏木先生も止めに入ってくれるだろうから。
「何十部……と聞く人の方が悪いですよ!?桁が違います。この前のサイン会の時に最終まで待って下さった人の数は把握しておいて下さいね。アクアマリン姫もしっかり居残って下さっていたのは把握済みですよ」
 アクアマリン姫とは久米先生の婚約者に祐樹が初対面の印象で付けたあだ名だ。女性に対して「そういう」対象としての視点には欠けていると自覚のある自分でも、彼女の清楚な美しさは分かるし、医師数名が言い寄ったというのも納得出来る。
 デートの企画という点で祐樹や柏木先生が親身なアドバイスが有ったとはいえ、彼女の気持ちを射抜いたのは久米先生のお手柄だろう。それに地震の時に仲良く(?)仕事をしていた時の息の合い具合から考えても、きっと良い家庭を築くだろうな……と微笑ましく思ってしまう。
「あああ!!そうでした。何百部ですよね。予想値は一体……」
 柏木先生は、どんな数学の難問を解くよりも難しそうな表情を浮かべている。
 サイン会で――ちなみに奥さんも四店舗全てに来てくれた――最後の読者サービスの時に居残った特殊な趣味の女性達の数を一番把握しているのが柏木先生の奥さんのハズだ。
 何しろ、そういうライングループまで立ち上げているのだから。
 しかし。

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