気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

 柏木先生が真剣な眼差しで口を開いた。どうやら、祐樹はこの企画(?)の当事者かつ被写体なので沈黙しているのがベストだろうと判断したのだろう。
「外科親睦会開催のためにお金は有った方が良いでしょう?
 事務局は経費削減と壊れたCDとかレコードのごとく言い続けていますから。親睦会のためのお金をプールしておきたいと思っていた矢先に、ウチの妻に『写真館で撮った写真なら高くても無理して買う!ボーナス直後に発売なら尚更嬉しいし皆は絶対に買い占める』という提案が有ったので、田中先生に相談しました」
 柏木先生が祐樹の方を向いて会釈している。その祐樹の反応から色よい返事は貰えていて、後は自分次第という運びになったのだろう。
 そして大袈裟かつ時代錯誤的な直訴状という結論になったのではないかと思ってしまう。
 そしてこういう時に最も役に立つのが久米先生の無邪気かつひたむきな雰囲気だった。
 だた、当人は痺れた足がまだ回復していないらしく、床に座り込んでいた。足の痺れなどは下手に触るよりも放置していた方が早く治まるので皆も敢えてスルーしている感じだったが。
 祐樹とツーショットで写真を撮れるなら、別に使い捨てカメラであろうと、スマホでカシャでも嬉しい。
 文面が途中だったので、読み進めると意外な言及に密かに心が薔薇色に弾んだ。
「於 谷崎写真館。正装で椅子に座る香川教授とその横に立つ田中先生」
 決して達筆とは言えない丸っこい文字だったが、その文面を読むと何だかどんな書道家が書いた達筆よりも有り難く思った。
 共著の本を出版している今、そういう共同作業が増えているのは事実だがそういうことがたくさん有ればあるほど嬉しく思ってしまうので仰々しい台紙付きの――確かそんな感じだろう、テレビで観る限りでは――写真に二人して収まるのも嬉しくて堪らない。
 祐樹も同じ気持ちだと嬉しいなと思いつつ、そっと視線を転じれば唇だけで笑みを伝えていた。
「如何でしょうか……。あっ、まだ痺れてっ……」
 久米先生が床に座り込んだまま聞いてきた。
 いつから土下座状態なのかは正確には知らないが、パワハラやセクハラに厳しくなった病院内だし、祐樹はAiセンター長という管理職も兼ねているのでその辺りは周知徹底しているだろうことを考え合わせるとそんな長時間ではないような気がする。
「外科の親睦会のためになるなら、協力するのにやぶさかではありませんが」
 やぶさかも何も、こちらから頼み込んでもして欲しい類いの企画だった。
 医局中から拍手や満面の笑み、そしてガッツポーズなどで一気に雰囲気が熱を帯びた。
「久米先生にお願いして良かった。さっそく谷崎写真館に予約の電話をしますね」
 柏木先生が久米先生の足をつつきながら快哉の笑みを浮かべている。この喜び方というか、久米先生への態度は普段祐樹が率先してしそうな行為で多分奥さんからの強い要望が有ったに違いない。
「痺れているのに……柏木先生……酷いです。田中先生みたいじゃないですかっ」
 久米先生が泣き笑いのような感じの声を上げている。
「え?私ですか……。私は普段そんな酷いコトは、あ!していましたね」
 祐樹が口角を上げて皮肉な感じの笑みを浮かべて見下ろしていた。祐樹にしか出来ないその絶妙な氷の笑みを――自分には絶対に向けないが――見るのも大好きだった。
「教授も田中先生もいつも以上にご多忙なのは分かっているのですが、こういうのは勢いの有るウチにしておかないとならないので、無理を承知でお願いして良かったです」
 柏木先生が申し訳なさそうに詫びてくれたが、そんな必要は全くない類いの「お願い」だということは祐樹以外誰も知らないだろう。
「何十部、お願いしますかね?」
 やっと足が回復したと思しき久米先生がウキウキとした感じで受話器を持っていた。
 もしかして。

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