気分は下剋上 肖像写真

こうやまみか

「『直訴』ですか……。承りましょう。出来ることと出来ないことは有りますが……なるべく意に沿うようには致します」
 祐樹の眼差しの促しを受けて、分厚い紙を竹の先から取った。祐樹が絡んでいるのは口角を吊り上げる皮肉な笑みで――ある意味冷たくて冷酷そうな貴族的な感じを見る人に与えるし、端整な祐樹には大変良く似合うが、自分だけに向けられたらと思うと身が竦む思いがするだろうが――分かっていたし、祐樹の検閲めいたモノを通過しているならば、自分を物凄く困らせるような内容ではないのだろう。
「ははーー!!有り難き幸せで御座います。格別のご高配を賜りますように伏してお願い申し上げますっ」
 久米先生の割と甲高い声が医局に響いて、皆は更に面白そうな笑みを浮かべている。
「――とにかく、土下座は……解いて下さい。人目も有りますし……。それに病院内規則のパワーハラスメント禁止条項に抵触しそうなので……」
 戸惑いがちに唇を動かす。第三者が見たら、研修医に教授職の自分が土下座を強いているという図式だろうし。
「ははっ!有り難き幸せ」
 ナース達は――祐樹にバレンタインチョコを贈るような年代の人は特に――必死に笑いを堪えている。多分、久米先生の土下座姿も彼女達を含む医局の皆には事情を全て話した上で行っているのだろう、皆それぞれが好意的な、もしくは珍しい動物の生態を見るような目で見ていて、理不尽なパワーハラスメントだとは思っていなさそうなのが救いだった。
 分厚い和紙に「直訴」で書いてあった。こんな表書きの手紙を――テレビの中ならともかく――自分が受け取ることは想定外だったものの、開け方くらいは分かる。
 とにかく開けて中身を読んでみようと思って丸っこい字で書かれた表の紙を丁寧に扱っていると、視界の隅にいつも捉えている裕樹が「危ないっ」と声を上げて久米先生の頭を庇って床へ手を伸ばしていた。
 一体何が起こったのか、先程の真っ白になったまま、どこか麻痺している頭の中で考えつつ上質の和紙を手で開いたまま固まっていた。
「すみません……。足が痺れて……。土下座も正座も苦手なのです……」
 危うくキャビネットの下部――金属製なのでまともに当たると出血を伴う外傷を負う上に、あの角度だと特に出血しやすい顔面部を強打した可能性が高かっただろう。
 祐樹の敏捷かつ的確な動きに内心で感謝の意を込めた眼差しを送った。
「正座が苦手って……。京都育ちなのに珍しいですね。以後気をつけてくださいね」
 祐樹はもちろんのこと久米先生にも外傷がないことを確かめた後に、文字を読んだ。
 土下座の足のしびれが残っているらしく、久米先生は床に座ったままだったが。
「え……。この程度で直訴状なのですか……?」
 丸い感じの文字で切々と綴られた手紙の内容も予想の斜め上を行く感じで、思わず久米先生や医局員一同を見回してしまう。
 祐樹は唇に微苦笑とでも名付けたい笑みで自分を見詰めてくれていたが。
 そこには。

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