劣戦火に寄るエルケレス

蓬莱の人

第十四話『西の洞窟』

 西へ暫く、時間を掛けて歩いて行く。周囲の草木すらも騒がしく思えるほど、心が落ち着いていた。

 これから向かう先は『西の洞窟』、名前などは元から無く、ただの洞窟だった。その洞窟には、いつしかゴブリンが住み着き、森の側を通る人々、そしてヒゴ村を襲うようになったのだ。

 ゴブリンの盗賊、それは珍しい話ではなく、むしろゴブリンの本質的な所は、弱い者から奪い取り、食料や女性を貪り喰らう。

 草を踏みつけ、足を進める。以前、ゴブリンと戦闘を行った場所へ来た。

 所々の草に黒ずんだ血は染み付き、土からは血を吸って異臭がしている。だがゴブリンの死骸はない、幾らゴブリンと言えども仲間の死体は葬る為に持っていくのだろう。シエルダはそう考える、自身が以前そうして弔った様に。


 「血は何処に続いているんだ、まだ辿れる筈だ」


 足元の草に視線を向けながら、何処へ連れて行ったのか痕跡を探す。シエルダの視界に折れ曲がった草が写り混む。

 それは何かを引き摺った様にずっと続いている、折れ曲がった草の端を見れば僅かだが黒ずんだ血痕が付着していた。

 引き摺った跡を踏みしめながら辿り、葉の隙間から差し込む木漏れ日が次第に橙色になってくる頃に、ゴブリン達の住んでいるであろう洞窟を見つけた。


 「此処だな」


 洞窟の前には木で柵がされており、野生の動物が入ってこれない様にしてあるのだろう。まるで人間と同じような知性を持っているようにも感じられる造りに、一度立ち止まった。

 シエルダの身長より、頭一つ分ほど大きい研がれた木を敷き詰めて作られた柵を、右足で真ん中から蹴破る。真ん中に使われていた研がれた二本の木は、地面を人の足首ほどまで抉り、ガラゴロと音をたてて崩れた。

 足を踏み入れると、まず目に入ったのは洞窟の壁に縄でくくりつけられた松明。これならばこの先に見える洞窟の暗闇でも目が効く、松明にシエルダは手を伸ばす、その時に手が止まる。

 こんなに暗い洞窟に一つだけ松明がある、それも先を見ても暗闇の中に明かりを見ることはできない。この松明一つだけだ、明らかにおかしいと一度、手を引く。


 「この暗い洞窟に松明一つ...洞窟の幅は...そこそこ広いな」


 一度、血染めの剣を入れたまま革製の袋に縄で松明の持ち手をくくりつける。

 正面に翳しながら洞窟の暗闇の奥へと足を踏み入れて行く。

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