Astral Beat

奈園 緋兎

特殊公務は前途多難!?

 「…それから、色々あって、私もこの役職についた。その間に二人の仲は順調にいって…子供まで出来たと聞いた時には驚いたが、それと同時に、小夏の異能に異変が起きたんだ。」

 永筰は、そう言うと、お茶を啜る。


 「「異変?」」


 「ああ。小夏が常用していたΩ回路が暴走を始めたんだ。それがちょうど嶺夜を身籠っていた時かな。」


 それを聞き、嶺夜は目を見開く。まさか、自分が母親の腹の中にいるときに、そんな事が起こっていたとは。


 「……確かに、あの時様子がおかしい時があったような…。」


 「そうか。その暴走は、ただの暴走ではなく、異能自体に自我が芽生え始める…いわゆる異能新成生物の発生だった。通常、能力者にそんな現象が起こることは有り得ない。この現象は、彼女の異能が、人工的に創られた物だから起きたのだろう。」


 【Astral beat】が人工的に創られた異能とは、どういう事なのか。と嶺夜と樹逸は思う。


 「これは、当時の第1班班長に聞いた話だが、彼女は、とある研究施設で保護されたそうだ。それについての報告書を後で渡すから読んでくれ。」


 「あの、質問なのですが、母の異能は、【Astral beat】と言うものなのですよね。それが何故半分だけ暴走して、半分だけ嶺夜に継承されたのでしょうか。【Astral beat】は、話を聞く限りでは、α回路とΩ回路の二つを操る能力ですよね。それなら、片方だけ暴走、継承と言うのはおかしいと思うのですが。」


 樹逸が永筰に問いかける。

 確かそうだ。今までは全く気にしていなかったが、1つの異能が複製されることはあっても、分裂してそれぞれが別の能力になることは有り得ない。
 それに、半分だけの能力の暴走とは、どういう事なのだろうか。


 「それについてだが、【Astral beat】関連の能力…通称『アストラルシリーズ』は、融合と分裂をしてその能力や規模を変化させる特性がある。彼女の能力が半分だけ暴走、継承されたのは、その特性のせいなのだ。」


 「それは…どういう?」


 「『アストラルシリーズ』は、本来、とても小さな効果を持つ小さな結晶体。しかし、ある特定の生体内において、同回路の結晶体が融合する。だが、対となる回路のものとは反発してしまう。」


 「なるほど、つまり、ひとえに【Astral beat】といっても、実際には二つの異能が存在していたと。」


 「そういうことになるね。小夏の場合、優性だったのがΩ回路だ。だから発現しなかったα回路が嶺夜に継承されたのだろう。」

 母の異能力の暴走のメカニズムはだいたい分かった。だが、一つ引っかかる事がある。嶺夜はそれについて追及する。


 「局長、一つ質問が。暴走というには、〝アレ〟には明確な意思があるように思えるのですが。」


 そう。それは嶺夜がまだ幼かった頃の記憶。

 確か最後に小夏を見たのは十年ぐらい前、何処かの病院だった気がする。

 そこで事件は起こる。暴走した〝それ〟はその場にいた嶺夜に襲いかかる。しかしそれを斎が阻止。

 結果として、斎は死亡。駆けつけた他の隊員が交戦するも〝それ〟は逃亡。嶺夜は、その影響でPTSDを発症した。


 「異能力、いや、能力体は、それ単体でも実態的な姿を持つことがある。そうした能力体には少なからず自我が生じる。これは知っているね。
あの時、小夏には、それが起きた。」


 「と言うと」


 「彼女の中で能力が分離し、それが彼女を乗っ取った。…と、推測できる。」


 「確証は無いのですか?」


 「ああ。実際に調べた訳じゃないからね。だが一つ、確信できる事がある。」


 永筰はそこで一呼吸置く。


 「それはあいつ、【Astralbeat Ω】は、今も嶺夜、お前の中にある【Astralbeat α】を狙っていると言うことだ。」


 「…何故?」


 「あいつは自分の片割れとも言えるお前の能力を取り込み、完全な霊核存在になる事を望んでいる。」


 「なるほどです。」


 「あの、質問いいですかね。母はどうなったんですか?」


 樹逸が永筰に問いかける。


 「残念な事に、小夏の安否は分からない。あいつの中で生きているのか、それとももう意志が残っていないのか…」


  「そう…ですか…。」


 
 「正直、君たちをこんなことに巻き込んでしまったのは申し訳なく思う。仕方がないと言えばそれまでだが、嶺夜が戦わない方法もあった。もし襲われてもいいよう、そこそこ実力のあるものに監視を任せていたのだが……」


 「いや、待ってそれ初耳なんですが。」


 「まあ、余計なしがらみを避けるために言ってなかったからな。」


 余計なって……それ回りくどいだろ…と思う。


 「早々に此方から干渉してしまうと、小夏との約束など、色々と不都合があってな。だが、監視役には、彰弍と彩香に任せていたのだが。」


 「うおう!?蟲のおっさんはともかく、何であの変態が!?」



 永筰は、部屋の中の柱時計をちらりと見る。


 「おっと、少し長話が過ぎたな。今日のところはここら辺でお開きにしようか。ああ、一つだけ、
アストラルシリーズについての情報は、ここの地下二階の異能力資料室にある。許可を出しておくから自由に閲覧してくれ。」


 そう言って永筰は、湯飲みに残っていたお茶を飲み干す。

 
 「いや、待って、まだ話は終わってません!あのストーカーが監視役の理由を詳しくっ!」






 案内された部屋に荷物を置いた後、嶺夜は異能力資料室に向かっていた。

 館内の長い廊下を進み、階段を降りる。

 
「あっ、嶺夜君!どちらへ?」

嶺夜に声がかかった。

 振り向くと、そこには良い笑顔の彩香が立っていた。

 というか、その手の中には、何やら黒い物体が…


 「おい、ナチュラルに盗撮してんじゃねーぞこのストーカー。しばき回されてーのか。」


 「あっとそれは是非ともしてもらいたいところですがこんな人目の付く所では…んんっ!」


 顔を赤らめ、身震いをする彩香。どうやらこの変態にとってはご褒美だったようだ。

それでも盗撮は止めないのだから、流石はプロというべきか。


 「この変態どうにかならんものか。」


 「すみません。そのゴシックロリータな格好で、しばいて頂く所を想像して、興奮してしまいました。」


 「お前、本当にお嬢様なのか?」


 ええ、そうですよ。とあっけらかんとした態度で答える彩香に、嶺夜はため息を付く。

 そして嶺夜は階段を下りていく。勿論、その後に彩香が続く。


 「そういえば彩香、お前、俺のお目付け役だそうだな。」


 局長から聞いた。と続けると、突然彩香が立ち止まる。嶺夜が振り向く。すると


 「ごめんなさい!」


 突然彩香が頭を下げ、あやまった。

 嶺夜はその謝罪の意味が分からず、立ち尽くす。

 数秒後、頭を下げたまま彩香が話し出す。


 「私はあの日、貴方を守れませんでした。そのせいで、貴方は殺されてしまい、本来、関わるべきでないことに巻き込んでしまいました。」


 あの日とは、おそらく榎本に最初に遭遇した日だろう。


 「私がもっと早く境界を開けていれば、規律と貴方を天秤に掛けてしまった、あの一瞬が無ければ…」


 規律というのは、拳銃の件。

 彩香は、攻撃手段が能力の特性上少ないため、拳銃を使う。しかし、拳銃は街中では無闇に射てない。それがたとえ人目に付かない場であっても。

 なら、彩香の場合、能力はワープ系なので、異能を使えば良いのだが、予期せぬ出来事に対応が遅れたのだ。
 

 「…ストーキングに夢中だったのか…」


 「いえ!ちがっ……ちがっ……。……ごめんなさい。」


 「うむ。素直で宜しい。」


 全力でDOGEZAをかます彩香に、嶺夜は上から頷く。


 「てか、お前、それ処分とかどうなったの?」


 「始末書と異能力者ランク降格です。」


 「まあ、そうだよな。てか、外されなかったのか。ちなみに、ランク降格ってどんくらいの罰なの?」


 「いわゆる減給ってやつですね。後は、権限の縮小でしょうか。」


 少し軽い気もするが、まあ、大体妥当なぐらいか。

 そんな事を話しているうちに、目的の階層に到着する。

 嶺夜は、階段の踊り場の扉を開け、廊下に出る。


 「そういえば嶺夜君は、何処に向かっているのですか?」


 「異能力資料室って所。アストラルシリーズについてちょっとな。」


 「〔Pangaea〕パンゲアの異能力ですか…。確かに、嶺夜君は知っておくべきでしょうね。」


 「パンゲア?」


 「【Astral beat】の俗称です。普通こっちで呼ばれることの方が多いですよ。」


 「そーなのかー」






 異能力資料室と書かれたプレートが掛かった扉の前に、嶺夜達は並ぶ。

 扉のセキュリティシステムの前に、いつの日か取った仮免をかざす。

 すると扉のロックが解除された。嶺夜達が中に入ろうと扉を開けると、ドンと鈍い音が響き


 「いだっ…!」


 中から、尻餅をつく音と共に、声が聞こえた。

  どうやらちょうど中に人が居たようだ。


 「あっ、すみません、大丈夫ですか?」


 嶺夜は、扉を開け、中の人影に手を差し伸べる。


 「へあっ!?あっ大丈夫です!こっちこそすみません!ってあら?」


 「「?」」


 「なっ、夏姉!?どうして…あいや、違うか、でも、うーん?」


 嶺夜を見て、床に座り込んだまま悩みだす人影に、声をかける。


 「あの、もしかして夏姉って、神崎 小夏のことですか?」


 「えっ?夏姉知ってるの?」

 
 「知ってるも何も、僕の母親ですよ。」


 「と言うことは、もしかして君が神崎 嶺夜君?」


 そう言って出てきた人影は、

 背中と脇腹から謎の余剰パーツが生えていた。

 年はまだ若そうな、20代前半くらいの女性なのだが、背中からは屈強な一対の、先が甲殻類の爪が生えた腕と、脇腹にはガザミのようなヒレが生えている。

 そんな、異形型の能力者の女性が名乗る。


 「私は、海上哨戒隊第1班副隊長  聖海 音波ヒジリミ オトハ。よろしくね、神崎さん。それと、上月さん。」






 落書き


 やべえ、今回クソ長ェ。

 そんな感じでございます。

 前回から少し空いてしまった。

 今回ようやく話が進んだので、ひとまず安心です。ですがまだまだ海編続きます。頑張ろ。

次回もお楽しみに! 


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