これはきっと夢。
これはきっと夢。13話
プリンスに会いたい、会って確かめたい。
昨日までは、顔を見てはいけないと思っていたにも関わらず、今朝登校して空いた隣の席を見た俺は、そう感じてしまった。
昨日の夜、何度もやはり俺の妄想なのではないかと思った俺は、一晩中アルバムから抜いた写真を眺めていた。母さんにもユウくんについて聞いてみたものの、ただ俺と仲が良かったということしか覚えていないようだった。確かに、事務所のサイトでプロフィールを確認しても、出身は俺と同じ地域で、俺の中でどんどんその事実が信憑性を帯びていった。
プリンスの話によれば、俺の言葉でプリンスはアイドルになったらしい。俺のたった一言で人気アイドルにまでなってしまうなんて、やはり底知れない力を感じる。転校してきて俺と再会したのも偶然…?……だから会ったばかりなのに、俺にあんなに話しかけてくれたんだ…。
プリンスの今までの行動の辻褄がどんどん合っていく。プリンスとユウくんが同一人物だと証明されていくようで、少し恐ろしささえ覚えるくらいにピッタリとピースがはまる。
……今すぐ会って…確かめたいのに…。…きっと、俺に自分で思い出してほしくて、プリンスは一言もそんなこと言わなかったんだ。……ちゃんと気づいたよって、言いたい…。
そうは思うものの、プリンスは仕事があってしばらく学校には来ない。連絡先だってもちろん知らない。会う手段が無い。
今にも授業を飛び出してしまいたいくらいもどかしいのに、こんなんじゃ俺は何もできない。
しかしふと、俺とプリンスはよく一緒に下校していたことを思い出した。お互いに用がなければ降りる駅も一緒だったはずだ。プリンスがあの駅で降りて帰宅するのなら、待っていれば会うことぐらいはできるかもしれない。アイドルを降車駅で待ち伏せするなど、ファンとしてマナー違反の罪悪感でいっぱいだが、もはや俺にはもうそうする以外の選択肢は無かった。
放課後、真っ先に学校を出ていつも通りの帰路を辿る。電車から降りると、俺は周囲を少し見渡してから、ホームのベンチに座ってプリンスを待つことにした。人の出入りが多い時間帯で、俺はプリンスの姿を探すので必死だった。
……どうしよう……この中からプリンスのこと見つけられるのかな……制服じゃないだろうし、変装とかしてたら…気づけないかも…。
不安は募るばかりだったものの、電車の待ち時間にはホームはぱったり静かになり、だんだんと人の出入りも疎らになってくる。下校したのが17時過ぎだったというのに、ふと時計を見れば20時になりかけていることに気づく。電車が来てはプリンスの姿を探すの繰り返しで、どっと疲れが襲った。
………お腹空いたな……今頃さっちゃんたちは、夜ご飯食べてるかな……。
先程、夕飯は要らないと連絡してしまったばかりに、今更変えるわけにもいかない。それに俺は今日、なんとしてでもプリンスに会わなければならないのだ。
もうプリンスの姿は見逃してしまったかもしれない。そうは思うものの、まだ残っている可能性を捨てきれずに、俺はひとりホームのベンチで俯いて次の電車を待った。
───────…くん、皐月くん
ぼんやりとした意識の中で、俺の名前を呼ぶプリンスの声が聞こえた。
「皐月くん、起きて!」
ハッと目を開けると、目の前に至極心配そうな顔をしたプリンスがいた。俺は何が起きたのか分からず、慌てて周りを見回して状況を確認する。
見渡せばそこはいつも使っている駅のホームで、もう人の姿も見えない。
「よかった…。こんなとこで何してるの?風邪引いちゃうよ」
………あ……俺、いつの間に寝ちゃってたんだ…。
自分の目的をハッと思い出し、俺は慌てて目の前のプリンスの腕を掴む。そうすると、プリンスは不思議そうな顔をしてこちらを見つめた。
「…あ、あのっ……俺、思い出したんだ……!」
まだ直視はできないものの、俺はしっかりとそう言葉にしてプリンスに訴えた。
「……思い出した…?」
俺の話の意図が掴めないというように首を傾げるプリンスに、俺は赤くなってしまう。
…………ちゃんと話さなきゃ、もしかしたら俺の勘違いなのかもしれない…、…けど……それでも……。
「…………ゆ…ユウくん、っていう、大好きな友達がいたの……っ」
俺が震える声でそう口に出すと、俺の掴んでいたプリンスの腕がピクリと反応した。しばらく返事がなかったので不安になって恐る恐るプリンスを見上げると、プリンスは、顔を真っ赤にして驚いたような表情を浮かべていた。
「っ!」
俺は思わずそれに釣られて、更にかあっと顔を熱くしてしまう。咄嗟に俯くと、今度はプリンスが口を開いた。
「………じゃあ……俺が皐月くんのことどう思ってるか、分かったの…?」
思わぬ問いが投げかけられ、俺はプリンスの顔を見上げた。すると腕で少し口元を隠すようにして、明らかに視線も泳いでいた。そんなプリンスを見るのは初めてで、無意識にぼうっと見つめてしまう。
「っ、あんま見ないで…」
恥ずかしそうにそう言われ、俺は慌てて視線を下に戻した。
…………か……可愛い……。
今までプリンスのこと何千万回もかっこいいって思ってきたけれど、可愛いなんて思ったのは、確実に生まれて初めてだ。
そんなことを呑気に考えている暇もなく、いま問いかけられた質問を思い出す。
…………どう思ってるかなんて……そんな顔されたら、気づかないわけないじゃないか…。
俺が何も言えずに俯いていると、プリンスが俺の手を掴んだ。それにびっくりして顔を上げると、プリンスの表情はさっきとは違ってまっすぐにこちらを見つめていた。
「…やっぱ…俺からちゃんと、言わせて」
そう言ってプリンスが俯いて一度深く息を吐くと、すぐにこちらへ視線が戻ってきて口を開く。その間、俺の心臓はこれまでにないくらい、うるさくなり続けていた。
「皐月くんが好きなんだ、ずっと」
その一言で、身体が震え上がるのが分かった。たぶん、呼吸をするのさえ忘れかけていた。けど握られた手が、視線があまりにも熱くて、俺はその言葉の意味を噛み砕くので精一杯だった。
「…皐月くんのおかげで俺、強くなろうって思えたんだ。今度会ったときにはこの手で皐月くんを守れるくらい、強く」
「っ…………で…でも……昔の俺と…今の俺じゃ、全然違うし…」
「違くないよ、この前だって、女子に囲まれてるところを助けてくれたでしょ?それに、昔よりもずっと、好きなんだ」
またその言葉を繰り返され、嫌でも体温がぐんと上がる。それでもお構いなしに、プリンスは続けた。
「転校してきて偶然皐月くんと再会したときは…正直死ぬほど嬉しくて、友達でいられるだけで幸せだと思ってた。実は皐月くんがFLAREのファンだってことも知って、きっとこれは神様のくれた幸運なんだって、思ったよ」
…………そ、そんな……大したことじゃないのに……俺のことで、そんなに喜んでくれるの………?
「蓮推しだって勝手に思ってたから、ホントは…ちょっと、妬いて……はは、情けないよね」
恥ずかしそうな顔でそう言うものだから、俺は慌てて全力で頭を横に振った。
…プリンスのこと、情けないなんて思ったこと、一度もない。
「でもね…いつの間にか俺、皐月くんと友達じゃ、満足できなくなってた」
そう言ってじっと見つめられ、ぎゅうっと心臓が締め付けられる。
「やっぱり皐月くんのことがそういう意味で好きだし、皐月くんにとっても俺が、特別な存在ならいいのにって思った。皐月くんがプリンス推しって聞いてからは、余計…自制できなくて…あんなことして、ほんとにごめん。あのあとすごい、後悔して…」
すごく辛そうな顔をして謝るものだから、聞いているこっちまでなんだか悲しい気持ちになった。
……あんなこと、って……図書室でのこと、だよね…。
「…あ、謝るのは、こっちの方だよっ……お、俺………なんかっ…プリンスの顔見ると、ダメでっ…」
恥を承知でそう打ち明けると、プリンスは食いついてきた。
「…どういうこと…?ダメって、なに?」
「っ……スイーツ、読んでから……かっこいいプリンス見ると…勝手に、疼いて……っ」
どうしてこんなに恥ずかしいことを、本人に喋っているのだろう。そう思ったときにはもう全て口から出ていて、俺は必死に顔を見られないように俯いた。
すると、握られていた手がするりと抜けて、目の前のプリンスが一歩後ろへ退いた。
「……っあ…ご、ごめんっ……気持ち、悪いよね……っ」
まずいと感じて、俺の体からサーっと血の気が引いていく。ハッと我に返って顔を上げると、プリンスはまた口元を手の甲で隠していた。
「気持ち悪くない…!」
顔を赤くして、まるで怒っているみたいにそうプリンスは言う。
「…今…皐月くんに触られたら、俺絶対また変なこと、するから…」
「……えっ、ぁ…」
言われている意味がようやく分かって、俺は少し寂しくなった手元をぎゅっと自分で握りしめた。
…………なにコレ……俺もプリンスも、真っ赤だ……どうしよう……。
「…皐月くんは…?」
「……えっ…?」
「……俺のこと、どう思ってる?」
ストレートにそう聞かれ、俺の胸がドキッと跳ねた。
…………言って……いいの……?…どうしよう、でも……プリンスに嘘なんて、つけない。
「…………俺…も…………すき………」
素直にそう言葉に出してしまえば、恥ずかしさで全身の血液が沸騰しそうなほど、身体が隅から隅まで熱くなるのが分かった。
「……皐月くん」
熱のこもった眼差しで見つめられ、名前を呼ばれれば、もう俺の身体は固まったみたいに指一本動かなくなる。視線ひとつ動かせない、プリンスから目が離せなくなってしまう。
ゆっくりと、すぐ目の前までプリンスの指が俺の頬に触れようと伸びてくる。俺もそれを期待してしまったその瞬間、俺の鞄の中で大きく着信音が鳴り響いた。
「っ!」
俺もプリンスもびくりと肩を揺らして、伸びてきていた手はすぐに引っ込められてしまった。俺は期待してしまっていた自分に、かあっと赤くなる。
「……電話、出ていいよ」
「…ご、ごめんっ」
きまりが悪そうにするプリンスをよそに、俺は慌ててスマホをとって電話に出た。
『もしもしお兄ちゃん!?こんな時間までどこに行ってるのっ?』
スマホから怒ったようなさっちゃんの声が聞こえて、俺は慌ててホームの時計に目をやる。するともう既に22時を超えていて、驚愕する。
「も、もうこんな時間…?ごめんさっちゃん、何も連絡しないで…!ちゃんと帰るから心配しないでっ」
そう言えば、さっちゃんはすぐに静かに電話を切った。
……心配させちゃったみたいだ…。
「大丈夫?もう帰ろうか」
「あっ、うん…まさかこんな時間だとは思ってなくって…心配させちゃったみたい」
「…こんな時間まで、もしかして俺のこと待ってたの?」
そう聞かれ、俺は素直にうなづく。
「……ど、どうやったら会えるかなって考えたんだけど…これしか思いつかなくて…。ご、ごめん、待ち伏せみたいで…」
「ううん、俺の方こそ待たせてごめんね?」
「……あ、プリンスの方こそ、お仕事…こんな時間まで…?」
そう聞くと、プリンスはこくりとうなづいた。
「皐月くん、連絡先交換しよ?」
「………えっ、…お、俺もファンなのに……いいの…?」
「…いいよ。皐月くんは、特別だから」
にこりとキラースマイルでそう言われ、俺の心臓が掴まれる。
「今日みたいに用があるときはすぐ会えた方がいいし、…用がないときも、俺は皐月くんの声聞きたい」
少し恥ずかしそうにして言うので、言われたこっちまで恥ずかしくなってしまう。俺は言われるがままにスマホを出して、プリンスと連絡先を交換した。
そのまま他愛のない話をして途中まで同じ帰路を辿り、別れ道では少し寂しそうな顔をされた。それからずっと眠るまで、どこか浮ついたような、まだ夢の中にでもいるかのような不思議な感覚だった。
…………ちゃんと、夢じゃなかったら、いいな───────。
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