これはきっと夢。
これはきっと夢。10話
皐月くんが、実は蓮よりも俺を推してくれてた、ってことには……正直すごく驚いた。それと同時に、めちゃくちゃ安心もした。
FLAREの話をするときは大体蓮のことばかりだったし、実際、皐月くんはああいう俺様なのが好みなんだとばっかり…思っていた。
「……ていうか…変すぎだよ、気を遣うとこ…」
俺は寮の共有スペースでひとり、あの日のことを思い出して思わず笑ってしまう。
普通俺に気を遣うなら、本当は蓮が好きでも、俺本人には嘘つくんじゃないのかな。それなのに皐月くんは、俺に気を遣って蓮推しの振りをしてるなんて、本当にどこかズレてるよな。
また思わず笑ってしまうと、後ろから不意に声をかけられた。
「何か良いことでもあったのか?」
「れ、蓮、帰ってたんだ」
唐突なことに、思わず驚いて俺は共有スペースの入口の方を振り向く。
「いま帰った。部屋に行ったらいなかったから、ここかと思ってな」
「あ、ごめん、何か用だった?」
「桧山さんから伝言だ。俺たちのドラマ出演が決まったらしい」
俺はその予想外の言葉に、大きな声を出してしまう。
「ど、ドラマっ?」
「ああ、俺もまだ詳しいことは聞いてないが、これからもっと忙しくなりそうだな」
「……演技なんて、やったことないや…」
「俺もだ。まさかこんなに早くアイドル以外の仕事の話が来るなんてな」
確かに、知名度が上がれば、そのうちジャンルを問わず仕事が来るのは必然なことだとは思っていたけれど、こんなにも早い段階でそんな仕事がもらえるなんて思ってもみなかった。
「…アイドルだけ頑張ってる訳には、いかないってことだね」
デビューしてからずっと、アイドルとして一人前になることばかり考えていたけど、どうやらそういう訳にもいかないらしい。しかしこうして先輩たちのようにいろいろな経験を積ませてもらえるのは、とてもありがたいことに違いない。
「…あぁ、そういうことだな。事務所は俺らに余裕なんか与えてくれないらしい」
蓮は苦笑いでそう零す。
まだ少し先の話にもなるが、アルバム制作に、ライブ開催の予定も立っている。それに加えドラマの仕事と、蓮に至っては今年は受験生である。そんな状況を分かっていてあえて仕事を取ってくるというのは、事務所や桧山さんなりの、一種の俺たちに対する挑戦なのかもしれない。それなら全力で、その期待に応えるのが俺たちのすべきことだ。
「そういえば、悩みは解決したのか?」
そう言われ、この間の雑誌撮影の仕事のときに、気まずい態度をとってしまったことを思い出した。
「…うん、心配かけてごめん。でも大丈夫、なんか…勘違いだったみたい」
それに桜庭さんも言っていた。もし皐月くんが蓮を好きだったとしても、そのときは俺は俺のやり方で、振り向かせればいいんだ。
「そうか、ならよかった。それでそんなにご機嫌なのか?」
「えっ?あ、さっきのは、ちょっと思い出し笑い…」
さっきひとりで皐月くんのことを思い出して笑っていたのを、蓮に見れていたのかと思うと、少し恥ずかしくなる。
良いこと、って言っても、そんなに大したじゃないんだけども。皐月くんが蓮よりも俺を推してくれてたってことには、結構喜んじゃったけど、それが直接、俺の思ってるような"恋愛の好き"に繋がる訳でもないし。
それにどうやら皐月くんの反応を見てると、あの日俺が言いたかったこと、あんまり伝わってないのは目に見えて分かった。俺はほとんど告白する勢いで、蓮に対抗心燃やして暴走したとか恥ずかしいことまで喋ったのに…なんかやっぱ、ちょっとズレた方に解釈されてたよな…。…まぁ、決定的な言葉を言えない俺が、悪いんだけども…。
皐月くんが、アイドルの俺を応援してくれているのはすごく嬉しい。こうして奇跡的に、友達として学校で会えるのもとてつもない幸運だ。けれどそれが続くと俺はどうしても、それ以上になりたいと思ってしまう。ずっと俺の中で皐月くんが特別なように、俺も皐月くんの特別になりたい。転校してきた学校の教室で皐月くんと目が合った時から、きっとたぶん、そう望まずにはいられなかったんだ。
どちらにせよ、もう皐月くんへの"好き"は消せないのだから、今更止まる必要なんてない。次はちゃんと、アイドルのプリンスじゃなくて、"俺"を男として、見てもらわなくちゃ。
「おはよう、皐月くん」
教室に入ってすぐ、いつものように隣の席の皐月くんに声をかける。
「…お…おはよう…」
俺を見るなり、すぐに目を逸らしてしまうのは、いつものことだ。たまに、FLAREの話をしてる時は無意識にか、じっとこちらを見て楽しそうに喋ってくれるのだけど。
「今日は駅で会わなかったね?」
「…あ、うんっ…なんだか今日は早起きでっ」
どこか少し元気がなさそうに、そう答える。昨日は確か、帰り道で別れた後急いでスイーツの新刊を買いに、皐月くんは本屋へ直行していた気がする。
「皐月くん、スイーツ読んだ?」
「よ、読んだっ…プリンスすっごく良かった…!」
尋ねれば、すぐにこちらを向いてキラキラした目で大きくうなづいてくれる。
「…蓮よりも?」
皐月くんに褒められたのが予想以上に嬉しくて、思わずそんなことを聞いてしまう。すると皐月くんの顔はみるみるうちに真っ赤に染まって、またすぐに俺から目を逸らして俯いて黙り込む。
………しまった、調子乗ったかも…。
そう思った矢先、皐月くんは俯いた先で小さく口を開いた。
「……お…俺、どうしてもプリンス贔屓しちゃうから…その質問は、ちょっとズルい……よ…」
真っ赤な顔でそう呟かれ、思わず俺の心臓はぎゅっと掴まれる。
………そんなこと言う、皐月くんがズルい…。
やっぱり、"友達でいられるだけで十分"とか、そんなこと考えてた俺が甘かった。いざ皐月くんを目の前にして、欲が出ないわけがない。もっと皐月くんに、かっこいいって思われたい。どうしても皐月くんは、俺の中で特別だから。
真っ赤に染まった頬に触れてみたい、なんてことを考えていれば、俺が皐月くんを見る視線の向こう、廊下の方から、こちらへ手招きをしている女子生徒と目が合った。
「皐月くん、知り合い?」
俺がずいっと覗き込んで聞くと、皐月くんはびくりと肩を跳ねさせてから、慌てて俺の視線の先を見た。
「…い、いや、知らない子だよ」
「……そっか、じゃあ俺みたい」
俺は立ち上がって、手招きするその生徒の方へ向かう。
「あ、皐月くん、今日の放課後に委員の仕事があるってさっき先生が言ってた。皐月くん放課後大丈夫?」
ふと思い出したことを、通り際に背後からそう声をかけると、またもや皐月くんはびっくりしたような様子を見せる。
「…あっ、うん、大丈夫…!」
そう返事をしてくれるものの、やはり目は合わせてはくれなかった。
…最近、俺と喋るのにも慣れてきてくれてると思ったんだけどな……急にまた、よそよそしくなった…?
そんな違和感を抱えつつ、俺はその見知らぬ女子生徒のもとへ赴く。
「ま、松任谷くんっ、あの、ごめんなさい、呼んじゃってっ…」
教室を出た廊下で、その女子生徒はそう切り出した。俺は恥ずかしそうに俺の前に立って喋る様子を見て、一度教室の方を振り向いた。案の定、教室中の視線がこちらに集まっていて、その中には皐月くんの視線もあった。目が合うと、慌てたように即座に逸らされる。
「…ごめん、何か話があるんだよね?ちょっと場所変えようか」
俺がそう声をかけると、女子生徒は素直にうなづく。人気のない階段まで来ると、話の続きをし始めた。
「…あの、ちょっと前に、手紙…渡したんですけどっ…お、覚えてますか…?」
「…ごめんね、ファンレター、いろんな人からもらっちゃってて…」
「あっ、ううん…私も直接渡したわけじゃなかったから、いいのっ…」
「…それが、どうしたの?」
そう聞くと、再び顔を赤くして女子生徒は続けた。
「……あ、あの……私が渡したの…その…ファンレターっていうより…ら、ラブレター……なんだよね…だから…返事を…」
そう言われ、少し前に下駄箱に入れられていた手紙を思い出した。その内容は、アイドルの仕事を応援するメッセージと共に、俺に恋心を抱いているというようなことを告白する言葉が綴られていた。送り主も分からず返事も出来ずにいたが、まさかこんな形で判明するとは思いもよらなかった。
「わ、私もあとで、手紙に名前書き忘れちゃったことに気づいてっ……や、やっぱり直接言おうって…!」
一生懸命な女子生徒の様子を見て、俺はその気持ちに応えられないことをなぜだかとてつもなく申し訳なく思った。
「……ごめんね、俺、君の気持ちには応えられない」
同時に、女子生徒を自分と重ねていた。
俺がたとえどんなに勇気を振り絞って、覚悟を決めて皐月くんに想いを伝えたとしても、それが実るとは限らない。
「……う、ううんっ……こうして話せただけですごく嬉しいしっ……あ、ありがとう……お仕事頑張ってねっ」
女子生徒は最後まで顔を真っ赤にして、俺の目の前から慌ただしく去って行った。
結局、クラスも名前も知ることはなかった。もちろん喋ったこともないのなら、やはり俺が、FLAREの松任谷 結太郎であることに惹かれたのだろうか。この仕事をしている限り、その色眼鏡が外れることは無い。たとえ相手が皐月くんだろうと、それは変わらない。
「皐月くん、大丈夫?そっち手伝おうか」
放課後、図書室の本棚の前で、一生懸命背伸びをして上の方へ手を伸ばす皐月くんに俺は声をかけた。すると、皐月くんはすぐに背伸びをやめてこちらを振り返る。
「あっ、ううん、大丈夫!」
このやりとりも、実は3回目。危なっかしい様子で本棚に手を伸ばすものだから、大丈夫と言われてもつい声をかけてしまう。というのも、今日一日どこか、皐月くんに避けられているような気がしてならなかったこともある。いつも以上に目は合わないし、声をかけるとすごくよそよそしい態度を取られてしまう。俺はそれが気にかかって仕方がなかった。
…………もしかして……この間のシュークリームの件……今になって、やっぱり引かれたとか……?
俺はそんなことが頭をよぎって、悪い考えを払拭しようと頭を振った。
「…皐月くん、やっぱりそっち手伝うよ。放課後はあんまり人も来ないみたいだし」
俺はそう言って、カウンターの席を立った。そうすると皐月くんは、戸惑ったように消え入りそうな声でありがとうと呟く。その様子を見て、少し胸が痛んだ。
ダンボール箱から詰められた新しい本を取り出して、古びた本を本棚から取り出す。
「それ、取るよ」
また背伸びをする皐月くんの背後から、俺は手を伸ばして目的の本を代わりに取った。
「っあ」
それに驚いたのか、皐月くんはびくりと肩を揺らしてこちらを振り向く。何だか久々に目が合ったと思ったら、その顔は真っ赤に紅潮していて、今にも泣きそうなぐらい瞳は潤んでいた。
「……皐月くん…?大丈夫?」
予想外の反応に、俺の心臓がドキリと跳ねる。今すぐにでもその赤くなった頬に触れたいという衝動を抑えて、俺は代わりにぎゅっと握りこぶしに力を込めた。
そんな顔されたら、俺────。
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