これはきっと夢。

鈴木ソラ

これはきっと夢。1話




「さっちゃん!聞いた今のっ??」


俺、梅山うめやま 皐月さつきは、興奮気味にソファに座る妹を振り返った。

「聞いてなーい」

興味無さそうに冷たく返す、我が妹桜子さくらこはつまらないという目でこちらを見て言った。俺は再びテレビに向き直って、手元にあったリモコンで音量を上げる。画面にはよく見慣れたアイドルが二人、写っている。それは俺が、デビュー当時から宝のように応援し続けている、二人組アイドルグループである。


『今人気急上昇中、FLAREフレアのお二人に来ていただきました!いや〜すごい歓声ですね、会場の女の子たちもみんな目がハートですよ〜』

音楽番組の司会者が一通り喋ると、カメラが切り替わって二人を画面に写す。

『こんばんは。今夜は当番組に出演できてとても嬉しいです。会場やテレビの前のファンの皆さん、もちろんそうじゃない人たちにも、俺たちの新曲を楽しんでほしいと思います』

マイク越しに淡々と喋るのは、黒髪で凛々しい眼差しを持ったアイドル、その名も武城たけしろ れん。いつものギラついた視線でカメラ越しにもファンの心を射止める、王様のような人気アイドルだ。

『みなさんこんばんは。俺も蓮と同じ気持ちです。今夜初めて披露する新曲はとてもいい楽曲なので、緊張するけど頑張って歌って踊りたいと思います』

そう意気込むのは、同じく人気アイドルの、松任谷まつとうや 結太郎ゆうたろう。俺の本命、いわゆる推しなのである。爽やかなオーラと誰もが癒されるスマイルは、ファンからは"王子プリンス"と呼ばれるほどだ。

「あ〜新曲だって!よかったリアルタイムでエスステ観れて…!」

ふたりの笑顔とコメントにテレビの前で発狂していれば、妹が再び俺を冷たい目で見た。

「お兄ちゃん明日から学校でしょ?テレビなんか見ててもいいの?」
「いいの!何よりFLAREが大事!」

妹の言う通り、春休みは今日で終わり明日から高校2年の新学期が始まる。しかし俺にとって、学校よりもアイドルの方が断然優先すべき対象である。

テレビのカメラが再び切り替わると、ようやく音楽が流れ出し新曲の披露が始まった。俺は高鳴る胸を抑えて真剣にテレビの画面をじっと見つめた。カメラが二人を写すと、自然と俺は推しを目で追いかけてしまう。

………はぁ〜プリンス今日もかっこいい…。

あっという間に曲が終わると、次のアーティストに注目が変わる。その直後にキッチンから俺を呼ぶ声がした。

「皐月〜お風呂入ってきちゃいなさい」
「はーい」

エスステは録画してるし、明日学校から帰ってきたらFLAREの出てるところだけ編集してダビングしよっと。

俺はテレビを消して立ち上がる。













新学期になり見慣れない人たちが同じ教室で楽しそうに戯れている中、俺は隅っこでできるだけ目立たないように息を潜めた。部活動に入っていない俺には他クラスに友達もおらず、この教室に仲良く話せるような人ももちろんいない。

息が詰まるようなこの空間から早く逃げ出したいと思っていれば、チャイムが鳴って新任だと思われる先生が教室に入ってくる。そうするとみんな一斉に席に着き静まり返った。

「おはよう、新しいクラスなわけだがー、ここで転校生を紹介したいと思う」

唐突な予期せぬ先生の言葉に、クラス中が騒然とする。先生の声とともに教室に入ってきたのは───


「このクラスに転入することになりました、松任谷 結太郎です。お休みすることもあるかもしれないけど、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしく」

そう挨拶してにこりとキラースマイルをかましてきたのは、この俺が見間違えるはずがない、昨日テレビで観たFLAREの片割れ、プリンスだ。

クラス中が女子の悲鳴に溢れかえり、男子は信じられないというような表情を浮かべている。そんな中俺は、何が起こっているのか分からないまま悲鳴をあげることさえもできずにいた。

ど、どういうこと!?だってだって、今あそこに、プリンスが…なんのドッキリ!?もしかして後でカメラさんとか入ってくるやつなの!?って、ていうか、プリンスこっち歩いて来てる……!!

俺が頭をフル回転させている間に、プリンスはトコトコと歩いて俺の隣の席に腰掛けた。どうやら俺が話を聞いてないうちに、先生が空いている席を指定したらしい。

…こんな至近距離にいるにも関わらず直視できない、眩しくて目が潰れる……っていうか俺、プリンスと隣の席で学校生活送るの……??

クラス中の視線は俺の隣のアイドルへ集中している。俺も恐る恐る隣へと視線を向けると、バッチリと目が合ってしまった。

「よろしく」

あのテレビに映っていた笑顔でそう微笑まれ、俺の心臓は捻り潰される寸前だった。

「………よ、よよ、よろしく、お願いしま、す」

むりむりむりむりむり、プリンスと喋っちゃったよどうしようもう死んでもいい!!

「みんなも知っての通り、松任谷はアイドルだからなー。そこら辺の女子〜松任谷に迷惑かけるような行為は慎めよー」

先生がそう注意を促して、朝のSHRは終わった。


それから一日中、プリンスは俺の隣で眩しいオーラを振りまき続けていた。ようやく新学期初日が終わり、既に俺のメンタルはボロボロだった。チャイムも鳴りさっさと帰ろうと席を立ったとき、またもや予期せぬ出来事に見舞われた。


「皐月くん、一緒に帰ってもいいかな?」

振り返れば、あのアイドルがこちらを見て何か言っていた。

…………え?今俺の名前呼んだ?プリンスが?っていうか俺に話しかけてる??

しばらく脳内はフリーズして変な間が流れる。しかもプリンスが俺に話しかけたことによって、クラス中が俺たちに注目している。

「……えっ、い、一緒に……?」

一緒に帰る??俺とプリンスが?

俺が聞き返せば、プリンスはコクリとうなづいた。

「迷惑じゃなかったら、いろいろ学校のこととかも教えて欲しいし…」

まったく迷惑なんてことは無い、むしろラッキーすぎるくらいなのだが、なぜよりにもよって俺なのか、その答えはすぐに出た。

プリンスの席は窓辺の一番後ろの角で、プリンスの隣に座るのは俺一人のみなのだ。しかもプリンスが他の人に声をかけているところを俺はまだ見ていない。

……なんか気に入られた?まさか、こんなどこにでもいるような平々凡々の俺が?

クラスの男子女子は、畏れ多いのかプリンスに話しかける人は誰もいないようだった。もちろん俺だって話しかけるなんてこと出来るわけないのだが、なぜかプリンスから声をかけてくれているのだ。

「だめ、かな?」

俺が黙ったままだったからか、プリンスは少し不安そうな顔をして俺を見た。

そ、そんな顔されて断れるわけがない。

「……も、もちろん、よろ、こんで…」

俺が何とかそう答えると、プリンスはいつもの笑顔に戻って、ありがとう、と言った。

あのプリンスが俺に感謝してるなんて何事ですか神様。













学校を出て駅までの道のり、俺は縮こまりながら内心ビクビクしていつもの帰り道を歩いている。なぜなら隣にあの大好きな結太郎が居るのだから。


「…あの、皐月くん?なんでそんなに離れて歩くの?」

横3メートル先の、プリンスが首をかしげて聞いてきた。目立たない為か、ブレザーの下にパーカーを羽織っていて、フードを被ることで顔を隠しているようだ。メガネも掛けて、できるだけ騒がれないように気をつけているらしい。

が、すみません、真隣にいる俺も大ファンなんですごめんなさい。

内心、普段テレビで観ることのないプリンスの姿に興奮気味なのは確かであった。

「やっぱり、声掛けづらいのかな、俺って」

突然、プリンスが眉を下げて落ち込んだ様子でそう零した。

「びっくりさせちゃったよね、急に転校してきて」
「…………し、仕方ないよ…!ふ、FLAREって今すっごく人気だし!み、みんな、ただ驚いてるだけで、そのうちきっと、慣れてくると思う、おも、います…!」

もう自分が何を言ってるのか分からなかったが、あまりにも寂しそうな顔をするので何とか励ましてあげたくなってしまった。

「うん、ありがとう。皐月くんもそのうち、真隣を歩いて帰ってくれるようになるのかな?」

相変わらずのキラースマイルで3メートル先から殺しにかかるプリンス。俺の頭はショート寸前だ。

申し訳ないが、この距離は縮められそうにはない。これ以上は近づいてはいけないと脳が警鐘を鳴らしている。

「あ、あの…どうして、俺なんかと一緒に帰ってくれるんですかっ……?」

俺は思い切って気になったことを聞いてみた。すると、少し目を丸くしてから、すぐに優しく微笑んでくれる。俺はこれ以上見ていてはいけないと思い慌てて視線をプリンスから外す。

「なんでだろうね。話しやすそう、だったから?」

は、話しやすそう…なんて、初めて言われた…。ただのアイドルオタクだし、話は上手な方ではないのだけど…。

「あと、タメ口でいいんだよ?アイドルやってるとはいえ、俺だって皐月くんと同じ高校2年生なんだから」
「えっ、あ、う…うん、そうだよね…」

……推しにタメ口……?そんなの許されるのか……?

とは葛藤したものの、プリンスがいいと言うのなら、敬語で話しては失礼な気もした。

「…あっ……き、昨日のエスステ、観たよ…!新曲、すっごくカッコよかった!」

ふと思い出して、俺はそんなことを言ってみた。

……本人にこんなこと言えること、絶対無いよね…ちょっと感想言うくらい、大丈夫かな…。

俺がその話題を出せば、プリンスは嬉しそうに微笑んだ。

だ、ダメだ、やっぱりその笑顔には殺られる……っ!

一人で悶えながら、表では平然を装った。

「ありがとう、すっごく緊張したんだ。LIVE番組だったし、ミスもできないから…」
「か、完璧だったよ、歌もダンスも…!特にサビの振りなんて、二人とも息ピッタリで感激した!あそこ手足の細かい動きが多いから大変なのに、すごいよっ」

俺が一通り感想を言い終えると、いや、言い終えてはいないのだ。本当はもっと言いたいことはたくさんあったのだが、そこまで言ってプリンスの表情が呆気にとられたものに変わったので、俺は急いで口を塞いだ。

…………や、やってしまった……。

感想を言い始めたら、思わず止まらなくなってどんどん言いたいことが出てきてしまったのだ。

……ファンでもない人が、1回観た振り付けそんなに覚えてるわけがない…。

昨日の夜、お風呂から上がって結局何度も録画を見直してしまった。そうしているうちに曲も振りも印象に残っていったのだ。

「…す、すごいね、そんなによく観てくれたんだ?」

俺は青ざめたまま何も言えずに俯いた。

……ぜ、絶対引かれてるって…。

その次に、プリンスは一番聞かれてはいけないことを質問してきた。

「…もしかして、FLAREのファンだったり、する?」

そう聞かれて、ドキリと心臓が高鳴った。プリンスの顔なんて見れたものじゃない。

…………ど、どど、どうしよう…??もしファンだって知れたら、引かれるよね、男のファンなんて……しかも、こんな身近に……。

けれど、ファンとしてここでうなづかない訳にも、いかない。

俺は震えながら静かにこくりとうなづいた。プリンスがどんな顔をしてるのかなんて確認できなくて、しばらく何の返答も無かった。

……あぁ……今世紀最大の失態だ……。

今すぐこの場から逃げ去りたい気持ちでいっぱいだった。

するとようやく、3メートル先のプリンスが口を開いた。

「…そっか、嬉しいよ、ありがとう」

うぅぅ……そりゃ、ファンだって言われたら、どんなアイドルもみんなそう返すよな…。

しばらく変な沈黙が続いてしまったので、気まずくて俺は必死に何か話題を探す。

「あ、あの、この間ね!蓮さ、…武城、さんが、クイズ番組に出てて、すごい正答率だったんだよね!あ、あと武城さん、一昨日SNSで…」

話すと言っても、やはり俺の口からはFLAREのネタしか出てこない。どう頑張っても、焦ったときでも話せるネタといえばFLAREのことくらいしかないのだ。しかも本当は推しについてたくさん語りたいのだが、本人を目の前にして語るわけにもいかず……結局、相方の蓮様の話ばかりしてしまう。しかも相方を前に蓮様を名前呼びするのも畏れ多くて、その結果が不思議な名字呼びになってしまった。

あぁ、穴があるなら入りたい。

俺が話し終えると、プリンスは小さく笑って、なぜか楽しそうに俺を見た。俺はその様子に呆気に取られて、思わず間抜け面でポカンとしてしまう。

「ふふ、蓮のことすごい好きなんだ」

本当はその何倍もあなたのこと推してます、なんて言えるわけもなくて、俺は静かにうなづいた。

……けど、こんな身近に自分のファンがいるよりかは、そっちの方がプリンスもきっと楽だよな。共通の話題なので受けもいい。…引いてない、のかな…。


結局、蓮様の話題で盛り上がっているうちに駅に着いて、同じ電車に乗ることになった。どうやら帰る方向が同じで、偶然にも降りる駅も一致していたらしい。

…………しかしこの状況は、どうしたものか…。


「皐月くん、平気?潰されてない?」

満員電車の中、人混みによって扉に追い込まれた俺は鞄を抱えてコクコクとうなづいた。目の前にはプリンス、俺は必死で距離を取ろうと後ろの扉に背中を押しつけた。しかしまぁ、これ以上後ろに行けないことは知っている。

こ、これじゃ、さっきまでの帰り道で距離を取っていた意味が…。

プリンスは人の波に押されてどんどんこちらへ迫ってくる。身長差的にもプリンスの胸辺りにすっぽりと収まった俺は、為す術もなくただ俯いた。

ごめんなさい全国のプリンスファンの皆さん、俺のような平々凡々がこんな幸運に見舞われて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

俺がショート寸前の頭でそう考えていると、プリンスがいつの間にか焦ったような顔で俺に何か言っていた。

「皐月くんっ、後ろ開くよ!」
「へっ、」

そう言われた直後、背中にくっついていた硬い扉が横に開いていくのが分かった。扉に押しつけていた俺の全体重が、支えるものを失くしてそのまま後ろへと倒れそうになる。

「っ…!」

もうダメだと思った瞬間、プリンスの手によって俺の腰は車内に引き寄せられ、その身体に抱きとめられた。車両から出ていく人の波がすぐ横を通っていき、しばらくその体勢のまま俺とプリンスは留まっていた。

ま、ま、まだ握手会も行ったことなかったのに、抱かれ、

完全に理性を失くした俺の頭が、混乱で息をするのも忘れている。ドクドクと、死ぬんじゃないかという程にうるさく高鳴った胸が息苦しい。ダンスで常日頃鍛えられたプリンスの身体が、俺を包み込んでいる。着痩せするタイプなのかなとか、めちゃくちゃいい匂いするとか、そんな変態じみたことしか考えられない。

結局そんな状況のまま目的の駅まで電車に乗って、ホームに降りれば圧倒的開放感に精神が救われた。

…ま、まだ心臓が痛い…。

俺が胸を撫で下ろしていると、プリンスがこちらを振り返った。

「ごめんね、大丈夫だった?」
「だ、大丈夫っ、こっちこそ、ごめん!」

迷惑をかけたと俺が申し訳ない気持ちで謝ると、ふとプリンスのポケットでスマホが着信音を鳴らした。プリンスはごめんねと言ってから俺に背を向けてその呼び出しに応答する。しばらく電話で話すと、スマホをポケットにしまってこちらを振り返った。

「このあとちょっと仕事入っちゃったみたい。ごめんね、俺はこのまま電車で事務所まで行くことにするよ」
「あっ、う、うん!お仕事、頑張って…!」

俺が慌ててそう答えると、プリンスはキラースマイルをかましてからすぐに再び電車に乗って行った。

俺はひとりホームに残され、どこか夢心地でぼーっと突っ立っていた。


………アイドルって、すごい………。……っていうか、これはきっと、夢……だよな?



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