貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
第二章 ~獣人村の異変~(10)
13
夜の帝都は私の故郷と違って、大きな道には魔法の光が灯されているし、酒場から溢れた明かりや酔っ払った人の声でとても賑やかだ。
そんな人々の姿を眼下に収め、私は周辺でも一際大きな屋根を持つ建物の上に降り立った。
昼間は警備が厳しく、忍び込む事ができなかった。
もっとも、警備員は全員雑魚ばかりで、恐らく今のミナトの足元にも及ばないだろう。
夜も更け、屋外の警備はダラケきっているが、館の中は誰かが歩く音がする。
「ちっ、不眠番が居るわね」
「我が眠らせようかの?」
「あら、そんな魔法も持ってるの?」
私がどうやって、中の警備員を昏倒させようか悩んでいたところ、アヴェルがその役割を買って出てくれた。
「任せるが良い。『誘眠』」
アヴェルの小さな手から黒い雲が軟体動物のように湧き出し、ずるずると窓の隙間に潜り込んでいく。
「結構見た目が悪い魔法ね」
「見栄えはどうでもよかろう」
窓の奥からどさりと誰かが倒れた音を確認し、私はこっそりと窓を開けた。
「今更だけど、顔を隠す手段を用意しておけば良かったわ」
「本当に今更じゃの」
お子様がいっちょまえに肩を竦めやがって。
ちょっと意地悪したくなるが、今は遊んでいる場合じゃない。
私は覚えのある「魔力の気配」を探しあるくと、階段を降りたところで、すぐに該当しそうな場所を見つけた。
槍を持った兵士が二人立っているので、明らかにそこが重要な場所だとわかる。
兵士達は、これまでの警備員達と違い相応の雰囲気を漂わせていた。
(魔法禁止!)
私はジェスチャーでアヴェルを制止し、隙を窺ったが、魔法では恐らく魔力が動く際の独特の気配でばれそうだ。
それに、アヴェルはまだ「無詠唱魔法」は使えないようだし、普通に声でバレるだろう。
私は柱を素手で登ると天井に張り付き、兵士達の頭上に移動した。
「おい、何か変な気配がしないか?」
「……そうか?」
気配はほとんど消したつもりだけど、やはり装備が良くないのか(と言うか普段着だ)僅かな衣摺れの音などが悟られたようだ。
うん。やはり中々の腕である。
できれば正面から正々堂々と襲いたかったが、今回は諦めよう。
「っ!?」
「がはっ!?」
やばっ!声が漏れた!
頭上から不意打ちで二人同時に仕留めたのはいいが、一人の声が出てしまった。
「アヴェル!急ぐわよ!」
「先に行くとよいのじゃ、多少の足止めなら我にもできるじゃろ」
「いいの?」
「ほれほれ、急ぐのじゃ」
兵士達が守っていたのは、地下室への階段だった。
地下では出入り口を塞がれれば面倒な事になる。
ならば、やはり見張りはいたほうがいいか。
「悪いわね。すぐに戻るわ」
アヴェルに退路を任せ、地下へと続く階段を進むとそこは地下牢になっていた。
地下全体はボンヤリと薄暗いが、懐かしい気配がする。
どうやら一発で「当たり」を引いたようだ。
「サリー、コリー?いるんでしょう?いるなら返事をして」
「……この声……まさかキリア!?キリアなの!?」
私の記憶よりも若干大人びて聞こえるが、この声は、間違いなく姉のサリーの声だ。
「しっ!静かにして。助けに来たわ。コリーもそこにいるの?」
「ええ。でも、今は寝てるわ」
「じゃあ、すぐに起こして。脱出するわよ」
「わざわざ助けに来てくれたのね。ありがとうキリア。でもダメなの。私達の他に小さな子供が十人もいるの。流石に全員で逃げるのは難しいわ」
「そんなに!?……それは計算外だったわね」
「キリアが強いのはわかってるけど、流石に子供達まで連れて帝都を抜けるのは無理でしょう?キリアも今のうちに逃げて!キリアにまで何かあったら、おじ様や爺さんが泣いてしまうわ」
こんな状況で、私の心配をしている場合ではないだろうに。
この幼馴染は、小さな頃から家事の全てと、妹の世話をしてきただけあって、私と同い年の癖にお母さん気質が抜けないのだ。
「でも、それじゃ貴女達はどうするの?まさか、このまま素直に奴隷として売られるのを待つつもり?」
「まさか!大丈夫、私達に買い手が付きそうなの。変な黒い仮面を被った怪しい男と、不自然に印象の薄い女の二人組だったけど、私達を纏めて買う話になっているわ。そいつらから逃げるなら、奴隷商人の元から逃げるよりも遥かに楽なはずだわ」
「仮面で顔を隠した男って、明らかに不審者でしょう!?」
「大丈夫よ。そいつからは全然強い『魔力の匂い』はしなかったし、横の女はちょっと強そうだったけど、キリアやお父さん程じゃなかったわ」
「それでも、奴隷化魔法を解くには、術者を殺すしか無いのよ?」
そうだ。いくら逃げても奴隷紋がある限り、術者に逆らう事はできない。
そしてそんな真似が、この優しい友人にできるとは思えなかった。
「……やれるわ。妹と村の仲間のためだもの」
サリーは悲壮な決意を固めているが、どうせ無理に決まっているし、そもそも私はサリーには手を汚すような真似をして欲しくない。
私が殺ってもいいが、確実に実行するためには、それなりの時間を要するし、その間に「ナニ」をされるかわかったもんじゃない。
「無理よ。サリーにそんな事ができるわけないでしょう。いいわ……この手段だけは避けたかったけど、しょうがないわね。私が貴女達を書いとるわ。帝都なら、獣人ってだけで高値はつかないでしょう?」
「それも無理よ……」
「何故?幾ら何でも金貨の十枚も積めば、誰だって目の色を変えて譲ってくれるでしょう?」
「金貨百枚よ」
「はい?」
「私達に金貨百枚の値段がついてるわ。本当はどこかの変態貴族に金貨五十枚で買われる予定だったけど、何故かその仮面の男が私達に固執して、倍の金貨百枚で買い取ると言ったらしいわ」
「……」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
爺に昔聞いた話だと、帝都では金貨三枚もあれば、一般家庭で一年間は贅沢ができなくても飢える事なく生活できるらしい。
つまり単純計算なら、金貨百枚は一般家庭三十三年分の生活費に相当する。
聖樹の国なら、一生遊んで暮らせるんじゃないだろうか。
「とんだ金銭感覚ね。どこかの貴族か豪商のボンボンかしら」
「どうかしらね。金貨四十枚を一週間で掻き集めると表現をしてたから、そこまで余裕がある感じもしなかったけど」
「怪しすぎるわね。いくらなんでも、子供十人ちょっとのために、金貨百枚を無理矢理捻出してでも買い取ろうなんてする奴がまともな人間だとは思えないわ」
「……キリアにそう断言されると、不安になってくるわね。そう言えば最初は、新事業のために読み書き計算ができる奴隷をたくさん探してるって話だったけど」
「そうね。金貨百枚もあれば、かなり優秀な奴隷がもっとたくさん買えるし、そもそも奴隷じゃなくて真っ当な人材を雇った方が早いわ……これは、ちょっと調べてみる必要がありそうね」
とてもではないが、私に金貨百枚なんて捻出できない。
ならば、サリーの案に乗っかり、その黒仮面に一度サリー達を購入させ、そこからサリー達を強奪した方が早いかもしれない。
ただ、もしも黒仮面のバックにもっと怪しい組織等がついているようだったり、黒仮面そのものが碌でもない人物だったら、そもそもサリー達を購入させるつもりはない。
「キリア?さっきも言ったけど、私たちは大丈夫だから、貴方は無理をしないで!」
「サリー。悪いけど、問答している時間は無いわ」
さっきから、遠くの方で誰かの騒いでいる声が聞こえてきている。
「キリア!」
「サリー、きっと私が貴方たちを助けるから。待っててね!」
「キリア。そろそろ誤魔化すのも限界じゃ!」
アヴェルが地下に顔を覗かせ、焦った様子を見せている。
後ろ髪を引かれる思いだが、私はサリー達を残し、地下から飛び出した。
「アヴェル、これは!?」
倒れた二人の兵士はそのままだが、新しく来た兵士達が広間の中をギャアギャア騒ぎながら彷徨っている。
「夜限定の、しかも大きな鏡が無ければ使えない幻覚魔法『合わせ鏡』じゃ」
「よく大きな鏡なんてあったわね」
「そこら中に立派な鏡があったからの。……でも、それもそろそろ限界じゃ!」
アヴェルの叫びに合わせるように、広間の鏡が破壊され、兵士達が次々と我に返っていく。
「なんだ?急に元の場所に戻ったぞ!?」
「俺が、俺が、消えた……」
「痛ぇ……痛えよ……」
ほとんどの者は無傷だが、何人かが混乱し武器を振り回したため、同士討ちになったようだ。
場はまだまだ騒然している。
「アヴェル!今のうちに逃げるわよ!」
「わかっておる!」
私とアヴェルは、兵士達の混乱に乗じ、二階に戻ると元の窓から再び屋根に飛び上がった。
「結構危なかったわね」
「キリアが、のんびりしすぎるからじゃ!」
「はいはい。悪かったわよ」
「それで結局どうだったのじゃ?キリアの用事が終わったら、さっさとミナトを探すのじゃ!」
ミナトの心配はしていないが、そろそろアヴェルがうるさくなってきた。
そうだ。アヴェルがうるさいから、しょうがなく探そう。
「そうね……ミナトの情報と、その黒仮面の情報を一気に手に入れられそうなとこに行きましょうか」
◇
「赤竜退治!?」
アヴェルを連れ、再度「クエスト斡旋所」を訪れ、怪しい黒仮面や指名手配になっている黒目黒髪の男の情報を尋ねたところ、黒仮面の情報はすぐに手に入れることができた。
「はい。どうしても至急でお金を用意する必要があるとの事で、冗談交じりでこの依頼を紹介したところ、二つ返事で受けていかれました」
私が五ツ星の実績証明を出して以来、斡旋所の中で軽んじられることはなくなった。
「その黒仮面の星数は?まさか、六ツ星なんて言わないわよね?」
「それが……無星なんですよ」
「はぁ!?無星に六ツ星級の依頼を提示するなんて、何を考えてるの!?」
「はあ、私もそう思ったのですが……所長が問題無いと」
そう言うと、受付嬢が奥のテーブルに座っていた男に視線を向けた。
男は私たちの会話を聞いていたのだろう。
「ありゃあ、問題ねえよ。最低でも、アシド火山から生きて帰るぐらいはな」
奥の座席から立ち上がり、カウンターまで出てくると禿げ頭を叩きながら、そう言った。
「どういうこと?」
「何であの黒仮面をを詮索してるのかは知らないが、ありゃあ化け物の類だ。嬢ちゃんもかなりのモンだろうけど、あいつは正真正銘の人外だよ。関わらない方がいい」
「何故そんな事がわかるんですか?」
「……こんな仕事をしてるのに、何でお前は解らないんだ?あいつが、ほんの一瞬漏らした魔力と殺気を感じなかったのか?俺は昔、竜狩りをしたことをあるが、その竜でもあいつ程の魔力も殺気も持っていなかった」
「あら?貴方、『竜を狩った者)だったの?」
「遠い昔の話だよ。それに、俺一人じゃねえ。大勢の仲間達と一緒にさ」
しかし、これで道筋は見えた。
「アシド火山は、帝都から西へ真っ直ぐって聞いたけど間違い無いかしら?」
赤竜の討伐報酬だけでは、サリー達の購入費用に届かないが、竜の体は全身が貴重品だ。
魔石と腕の一本でも持ち帰れば、余裕で不足分を補えるだろう。
それに、誰も見ていない場所で黒仮面のことを探れるのもいい。
場合によっては、そのまま……という事可能だろう。
「まさか、キリア様も行かれるつもりですか!?」
「ええ、そうよ。無星まで受けたんですもの、私が受けてもいいでしょう?」
「はい。むしろキリア様は五ツ星狩人ですので、相応しい依頼と言えますが……さすがにお一人では……」
「我もいるのじゃ!」
受付の女性の言葉を聞き、アヴェルが不満そうに挙手をしたが、アヴェルが小さ過ぎてカウンターから見えていないだろう。
「……まあ、なんとかするわ」
いざとなれば、聖樹の城からこっそり持ち出した切り札もある。
赤竜は、爺も単独で狩った事があると言う色竜の一種だ。
その教え子である私も、それぐらいはやってやろうじゃないか。
ちなみに、黒仮面の容姿を聞いたところ、全身黒づくめに銀髪だったとか。
しかも、左腰に同様に黒塗りされた長剣を佩いていたとか。
本当は、黒仮面がミナトじゃないかと疑っていたところもあるのだが、ミナトは髪が黒いし、剣も使えない筈だ。
となると、ますますミナトの所在がわからないが……むう。ミナトを鍛えたい症候群が疼き出しそうだ。
アヴェルは勿論のこと、私のためにも早く見つける必要がありそうだ。
ただし、全てはサリー達の救出を終えてからである。
この鬱憤は、全てミナトの修行にぶつけるしかあるまい。
夜の帝都は私の故郷と違って、大きな道には魔法の光が灯されているし、酒場から溢れた明かりや酔っ払った人の声でとても賑やかだ。
そんな人々の姿を眼下に収め、私は周辺でも一際大きな屋根を持つ建物の上に降り立った。
昼間は警備が厳しく、忍び込む事ができなかった。
もっとも、警備員は全員雑魚ばかりで、恐らく今のミナトの足元にも及ばないだろう。
夜も更け、屋外の警備はダラケきっているが、館の中は誰かが歩く音がする。
「ちっ、不眠番が居るわね」
「我が眠らせようかの?」
「あら、そんな魔法も持ってるの?」
私がどうやって、中の警備員を昏倒させようか悩んでいたところ、アヴェルがその役割を買って出てくれた。
「任せるが良い。『誘眠』」
アヴェルの小さな手から黒い雲が軟体動物のように湧き出し、ずるずると窓の隙間に潜り込んでいく。
「結構見た目が悪い魔法ね」
「見栄えはどうでもよかろう」
窓の奥からどさりと誰かが倒れた音を確認し、私はこっそりと窓を開けた。
「今更だけど、顔を隠す手段を用意しておけば良かったわ」
「本当に今更じゃの」
お子様がいっちょまえに肩を竦めやがって。
ちょっと意地悪したくなるが、今は遊んでいる場合じゃない。
私は覚えのある「魔力の気配」を探しあるくと、階段を降りたところで、すぐに該当しそうな場所を見つけた。
槍を持った兵士が二人立っているので、明らかにそこが重要な場所だとわかる。
兵士達は、これまでの警備員達と違い相応の雰囲気を漂わせていた。
(魔法禁止!)
私はジェスチャーでアヴェルを制止し、隙を窺ったが、魔法では恐らく魔力が動く際の独特の気配でばれそうだ。
それに、アヴェルはまだ「無詠唱魔法」は使えないようだし、普通に声でバレるだろう。
私は柱を素手で登ると天井に張り付き、兵士達の頭上に移動した。
「おい、何か変な気配がしないか?」
「……そうか?」
気配はほとんど消したつもりだけど、やはり装備が良くないのか(と言うか普段着だ)僅かな衣摺れの音などが悟られたようだ。
うん。やはり中々の腕である。
できれば正面から正々堂々と襲いたかったが、今回は諦めよう。
「っ!?」
「がはっ!?」
やばっ!声が漏れた!
頭上から不意打ちで二人同時に仕留めたのはいいが、一人の声が出てしまった。
「アヴェル!急ぐわよ!」
「先に行くとよいのじゃ、多少の足止めなら我にもできるじゃろ」
「いいの?」
「ほれほれ、急ぐのじゃ」
兵士達が守っていたのは、地下室への階段だった。
地下では出入り口を塞がれれば面倒な事になる。
ならば、やはり見張りはいたほうがいいか。
「悪いわね。すぐに戻るわ」
アヴェルに退路を任せ、地下へと続く階段を進むとそこは地下牢になっていた。
地下全体はボンヤリと薄暗いが、懐かしい気配がする。
どうやら一発で「当たり」を引いたようだ。
「サリー、コリー?いるんでしょう?いるなら返事をして」
「……この声……まさかキリア!?キリアなの!?」
私の記憶よりも若干大人びて聞こえるが、この声は、間違いなく姉のサリーの声だ。
「しっ!静かにして。助けに来たわ。コリーもそこにいるの?」
「ええ。でも、今は寝てるわ」
「じゃあ、すぐに起こして。脱出するわよ」
「わざわざ助けに来てくれたのね。ありがとうキリア。でもダメなの。私達の他に小さな子供が十人もいるの。流石に全員で逃げるのは難しいわ」
「そんなに!?……それは計算外だったわね」
「キリアが強いのはわかってるけど、流石に子供達まで連れて帝都を抜けるのは無理でしょう?キリアも今のうちに逃げて!キリアにまで何かあったら、おじ様や爺さんが泣いてしまうわ」
こんな状況で、私の心配をしている場合ではないだろうに。
この幼馴染は、小さな頃から家事の全てと、妹の世話をしてきただけあって、私と同い年の癖にお母さん気質が抜けないのだ。
「でも、それじゃ貴女達はどうするの?まさか、このまま素直に奴隷として売られるのを待つつもり?」
「まさか!大丈夫、私達に買い手が付きそうなの。変な黒い仮面を被った怪しい男と、不自然に印象の薄い女の二人組だったけど、私達を纏めて買う話になっているわ。そいつらから逃げるなら、奴隷商人の元から逃げるよりも遥かに楽なはずだわ」
「仮面で顔を隠した男って、明らかに不審者でしょう!?」
「大丈夫よ。そいつからは全然強い『魔力の匂い』はしなかったし、横の女はちょっと強そうだったけど、キリアやお父さん程じゃなかったわ」
「それでも、奴隷化魔法を解くには、術者を殺すしか無いのよ?」
そうだ。いくら逃げても奴隷紋がある限り、術者に逆らう事はできない。
そしてそんな真似が、この優しい友人にできるとは思えなかった。
「……やれるわ。妹と村の仲間のためだもの」
サリーは悲壮な決意を固めているが、どうせ無理に決まっているし、そもそも私はサリーには手を汚すような真似をして欲しくない。
私が殺ってもいいが、確実に実行するためには、それなりの時間を要するし、その間に「ナニ」をされるかわかったもんじゃない。
「無理よ。サリーにそんな事ができるわけないでしょう。いいわ……この手段だけは避けたかったけど、しょうがないわね。私が貴女達を書いとるわ。帝都なら、獣人ってだけで高値はつかないでしょう?」
「それも無理よ……」
「何故?幾ら何でも金貨の十枚も積めば、誰だって目の色を変えて譲ってくれるでしょう?」
「金貨百枚よ」
「はい?」
「私達に金貨百枚の値段がついてるわ。本当はどこかの変態貴族に金貨五十枚で買われる予定だったけど、何故かその仮面の男が私達に固執して、倍の金貨百枚で買い取ると言ったらしいわ」
「……」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
爺に昔聞いた話だと、帝都では金貨三枚もあれば、一般家庭で一年間は贅沢ができなくても飢える事なく生活できるらしい。
つまり単純計算なら、金貨百枚は一般家庭三十三年分の生活費に相当する。
聖樹の国なら、一生遊んで暮らせるんじゃないだろうか。
「とんだ金銭感覚ね。どこかの貴族か豪商のボンボンかしら」
「どうかしらね。金貨四十枚を一週間で掻き集めると表現をしてたから、そこまで余裕がある感じもしなかったけど」
「怪しすぎるわね。いくらなんでも、子供十人ちょっとのために、金貨百枚を無理矢理捻出してでも買い取ろうなんてする奴がまともな人間だとは思えないわ」
「……キリアにそう断言されると、不安になってくるわね。そう言えば最初は、新事業のために読み書き計算ができる奴隷をたくさん探してるって話だったけど」
「そうね。金貨百枚もあれば、かなり優秀な奴隷がもっとたくさん買えるし、そもそも奴隷じゃなくて真っ当な人材を雇った方が早いわ……これは、ちょっと調べてみる必要がありそうね」
とてもではないが、私に金貨百枚なんて捻出できない。
ならば、サリーの案に乗っかり、その黒仮面に一度サリー達を購入させ、そこからサリー達を強奪した方が早いかもしれない。
ただ、もしも黒仮面のバックにもっと怪しい組織等がついているようだったり、黒仮面そのものが碌でもない人物だったら、そもそもサリー達を購入させるつもりはない。
「キリア?さっきも言ったけど、私たちは大丈夫だから、貴方は無理をしないで!」
「サリー。悪いけど、問答している時間は無いわ」
さっきから、遠くの方で誰かの騒いでいる声が聞こえてきている。
「キリア!」
「サリー、きっと私が貴方たちを助けるから。待っててね!」
「キリア。そろそろ誤魔化すのも限界じゃ!」
アヴェルが地下に顔を覗かせ、焦った様子を見せている。
後ろ髪を引かれる思いだが、私はサリー達を残し、地下から飛び出した。
「アヴェル、これは!?」
倒れた二人の兵士はそのままだが、新しく来た兵士達が広間の中をギャアギャア騒ぎながら彷徨っている。
「夜限定の、しかも大きな鏡が無ければ使えない幻覚魔法『合わせ鏡』じゃ」
「よく大きな鏡なんてあったわね」
「そこら中に立派な鏡があったからの。……でも、それもそろそろ限界じゃ!」
アヴェルの叫びに合わせるように、広間の鏡が破壊され、兵士達が次々と我に返っていく。
「なんだ?急に元の場所に戻ったぞ!?」
「俺が、俺が、消えた……」
「痛ぇ……痛えよ……」
ほとんどの者は無傷だが、何人かが混乱し武器を振り回したため、同士討ちになったようだ。
場はまだまだ騒然している。
「アヴェル!今のうちに逃げるわよ!」
「わかっておる!」
私とアヴェルは、兵士達の混乱に乗じ、二階に戻ると元の窓から再び屋根に飛び上がった。
「結構危なかったわね」
「キリアが、のんびりしすぎるからじゃ!」
「はいはい。悪かったわよ」
「それで結局どうだったのじゃ?キリアの用事が終わったら、さっさとミナトを探すのじゃ!」
ミナトの心配はしていないが、そろそろアヴェルがうるさくなってきた。
そうだ。アヴェルがうるさいから、しょうがなく探そう。
「そうね……ミナトの情報と、その黒仮面の情報を一気に手に入れられそうなとこに行きましょうか」
◇
「赤竜退治!?」
アヴェルを連れ、再度「クエスト斡旋所」を訪れ、怪しい黒仮面や指名手配になっている黒目黒髪の男の情報を尋ねたところ、黒仮面の情報はすぐに手に入れることができた。
「はい。どうしても至急でお金を用意する必要があるとの事で、冗談交じりでこの依頼を紹介したところ、二つ返事で受けていかれました」
私が五ツ星の実績証明を出して以来、斡旋所の中で軽んじられることはなくなった。
「その黒仮面の星数は?まさか、六ツ星なんて言わないわよね?」
「それが……無星なんですよ」
「はぁ!?無星に六ツ星級の依頼を提示するなんて、何を考えてるの!?」
「はあ、私もそう思ったのですが……所長が問題無いと」
そう言うと、受付嬢が奥のテーブルに座っていた男に視線を向けた。
男は私たちの会話を聞いていたのだろう。
「ありゃあ、問題ねえよ。最低でも、アシド火山から生きて帰るぐらいはな」
奥の座席から立ち上がり、カウンターまで出てくると禿げ頭を叩きながら、そう言った。
「どういうこと?」
「何であの黒仮面をを詮索してるのかは知らないが、ありゃあ化け物の類だ。嬢ちゃんもかなりのモンだろうけど、あいつは正真正銘の人外だよ。関わらない方がいい」
「何故そんな事がわかるんですか?」
「……こんな仕事をしてるのに、何でお前は解らないんだ?あいつが、ほんの一瞬漏らした魔力と殺気を感じなかったのか?俺は昔、竜狩りをしたことをあるが、その竜でもあいつ程の魔力も殺気も持っていなかった」
「あら?貴方、『竜を狩った者)だったの?」
「遠い昔の話だよ。それに、俺一人じゃねえ。大勢の仲間達と一緒にさ」
しかし、これで道筋は見えた。
「アシド火山は、帝都から西へ真っ直ぐって聞いたけど間違い無いかしら?」
赤竜の討伐報酬だけでは、サリー達の購入費用に届かないが、竜の体は全身が貴重品だ。
魔石と腕の一本でも持ち帰れば、余裕で不足分を補えるだろう。
それに、誰も見ていない場所で黒仮面のことを探れるのもいい。
場合によっては、そのまま……という事可能だろう。
「まさか、キリア様も行かれるつもりですか!?」
「ええ、そうよ。無星まで受けたんですもの、私が受けてもいいでしょう?」
「はい。むしろキリア様は五ツ星狩人ですので、相応しい依頼と言えますが……さすがにお一人では……」
「我もいるのじゃ!」
受付の女性の言葉を聞き、アヴェルが不満そうに挙手をしたが、アヴェルが小さ過ぎてカウンターから見えていないだろう。
「……まあ、なんとかするわ」
いざとなれば、聖樹の城からこっそり持ち出した切り札もある。
赤竜は、爺も単独で狩った事があると言う色竜の一種だ。
その教え子である私も、それぐらいはやってやろうじゃないか。
ちなみに、黒仮面の容姿を聞いたところ、全身黒づくめに銀髪だったとか。
しかも、左腰に同様に黒塗りされた長剣を佩いていたとか。
本当は、黒仮面がミナトじゃないかと疑っていたところもあるのだが、ミナトは髪が黒いし、剣も使えない筈だ。
となると、ますますミナトの所在がわからないが……むう。ミナトを鍛えたい症候群が疼き出しそうだ。
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