貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第二章 〜獣人村の異変〜(7)




 結局、真言マントラが聞き取れても、『誤認ミステイク』の魔法を使う事はできなかった。
 読み書き全て熟達し、文章の意味を理解しながら文字を魔法陣に刻まなければ、魔法としては発動できないらしい。
 不便すぎる。
 もしくは、魔法カードの利便性が際立っているとも言えるだろう。
 何しろ、魔法なんて空想と妄想の世界にしかなかった、現代科学にまみれた俺が、カードを持っただけで魔法が使えるのだから。
「王よ。申し訳ございません。今は、まだ兵士共がそこら中を警戒しております。このような窮屈なボロ小屋で大変恐縮ではございますが、近日中には帝都を出ますので」
「ん、帝都を出るの?ああ、ミルドはもう帝都ここにいる理由が無いもんな」
 そういやミルドは、『王』を見つけるためだけに潜入してたんだっけ。
「はっ。後は、王を我らが国にお連れするまでが、私の任務でございます」
「うんうん。帰るまでが任務えんそくですってやつか……うん?王ってもしかして、俺を連れて行くって事か!?」
「当然でございます!王は、我らの始祖にして道標みちしるべ!王の帰還無くして、我ら魔人族の復活と発展はございません!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!俺だって色々用事があるんだ。そんな急には行けないよ」
「国にお帰りなれば、王の目的のため国を挙げて尽力致しますよ?」
「ダメだ。俺は急いでるんだ。ミルドの国って、そんなすぐに帰れるような距離じゃないだろ?」
「い、いえ!馬車で一ヶ月もあれば!」
「尚更ダメだよ。俺は急いでるんだ」
「そ、そんなぁ……」
 ミルドが、目に見えて落ち込んでいくのがわかる。
 だが俺は日本に、そしてあのボロアパートに帰るのが目的なのであって、異世界で王様になりたいわけではないのだ。
 と言うよりも、多分魔人の国とやらにいけばすぐに偽物だとバレて、処刑される気がする。
「俺を待てないなら、悪いんだけど一人で帰ってくれないかな」
 いや、本当に帰って、ちゃんとした本物の『王』が見つけられるよう、新しい予言でも聞いてきて欲しいんです。
「……いえ。であれば、私が王の目的のため粉骨砕身させて頂きます」
「そう?無理しなくてもいいんだけど……」
「そんな事はありません!やらせて下さい!……ところで、その王の目的とはなんですか?」
「当面は仲間達との合流と、帝都に身売りされたって言う獣人の子供を探してる。あいつらは……放っておいてもどうにかなるだろうけど、問題は子供達なんだよなあ。何か心当たりはないか?」
「獣人の子供ですか?であれば、ほぼ間違いなく奴隷にされているでしょうから、売れていなければ奴隷商のところでしょう。ですが、既に売れてしまっていれば、最早どこにいるかは……」
「なっ!?ど、奴隷!?」
「はい。人族は野蛮な連中ですから。自分達人族以外の人類は、全て動物か魔物モンスターと同程度にしか見なしていません」
「だ、だけど捕まったのは、まだ子供なんだぞ!?」
「下衆な人族共に、そんな事は関係ありません。むしろ、喜んで高値を付ける奴もおりましょう」
「ふざけてやがる……」
 基本的人権が尊重された現代日本で暮らしてきた俺には、奴隷制度の存在は理性では納得できるが、感情では理解し難いものがある。
 だが、子供をモノのように売り買いするとなれば、それは理性でも感情でも到底飲める話ではない。
「お、王?何やらすごい魔力が噴出しておりますよ?急に立ち上がって、どこに行くおつもりですか!?」
「ちょっとその奴隷商ってとこに行ってくる」
 想像しただけで吐き気を覚えるような話だ。
 そんな商売を認めているような国は、国民ごと滅びればいい。
「いえ、ですから今は帝国の兵士共が巡回していますから!」
「くっ……そうだった。それに本当に奴隷商ってとこにいるかどうかも確定してないし、そもそも奴隷商がどこにいるかもわからなかったな」
「そうです!そうです!ですから、まずはその魔力をお鎮め下さい!」
 ふとミルドを見れば、蝋燭の乏しい灯りの下でも、はっきりと顔が青ざめているのがわかる。
「ご、ごめん。魔力ってのが出ちゃってたか……鎮める?こうかな?」
「……さっきよりは、大分緩和されました。ですが、あれ程の魔力を出してしまえば、いくら魔力を見れない人族でも、さすがに異変に気付く者もおりましょう。お気をつけ下さい」
「す、すいません」
 美人に怒られると迫力がある。


 結局、ミルド指導の元、そのまま一晩中魔力コントロールの訓練をさせられる事になった。


 何故か正座で。


 異世界の美女は特訓が好きとか、そういう法則でもあるのか?




10


 売り子の元気な、客を呼び込む声。
 食べ物を焼く香り。馬車が立てる土埃の匂い。
 井戸端会議をする女性達。
 道端で喧嘩をする男達。
 途切れることのない笑い声や怒鳴り声と、人の波が都会らしさを感じてさせてくれる。
 私の国は、建物自体が少ないので、道が狭くて人とぶつかるという現象そのもが生じない。
「おい、見つけたか?」
「いや、まだだ。黒目黒髪の男なんて珍しいやつ、この街にほとんどいないんだがな……」
「やはり、他国の間者で、既に誰かの手引きを受けているか……」
 喧噪の中、武装した男達の慌ただしい様子が時折り目につく。
「ふむ。ミナトは無事のようじゃな」
「しっ……あんたは黙って歩きなさいよ。間違っても浮くんじゃないわよ」
 私は、アヴェルの手を引いて、帝都の街中を歩いていた。
 聖樹の国には、商店が一店舗しかないし、そもそも物々交換が主流なので、こういった人々の活動がとても新鮮に見える。
 前に、爺と一緒に来たとよりも人が増えているように感じる。
「ふぅふぅ、人が多くて歩きづらいのじゃ。もう疲れたのじゃ……」
 見た目五歳児ぐらいの自称魔王様はとことこと一生懸命歩いているが、普段ぷかぷか浮いてばかりいるせいで、すぐに疲れるらしい。
「全くだらしがないわね。ほら」
 人並みに紛れて迷子になられても困るので、そのまま抱っこして歩く。
「む。我に軽々しく触れてもよいのは主であるミナトだけじゃ!」
「あっそ。なら、置いていってもいいのよ」
「あ、待て待て!今だけ!今だけは、特別に抱っこしてもよいのじゃ!」
「はいはい。ったく、最初っから素直に運ばれてなさいよ」
 本来の保護者ミナトは、どこに行ったというのだろう。
 あの帝都に侵入した夜。
 私に子守を押し付けて、ミナトはどこかに消えてしまった。
 かなりの高度から墜落してたけど、ミナトの頑丈さは並みじゃないし、『治癒キュア』での再生力も異常に高い。
 そう簡単に死なないだろうし、兵士達の話からは未だ見つかっていないようだから、さして焦ってもいない。
 アヴェルは保護者ミナトがいないせいで、若干挙動不審になっているけど。
 ただ、すぐ見つからないという事は、誰かが匿ってくれたと言うことだろうが……あの魔力の多さのせいで、誰か変な奴に目を付けられたかな?
 ミナトが危機になればあの化け物--女王巨人蜘蛛が暴れ出すだろうから、むしろ帝都の方が危ないかもしれない。
「とりあえず、これからどうするのじゃ?」
「そうねえ……やっぱり、当面は当初予定通り情報収集と資金確保ね。あそこに行くのよ」
 何しろ、荷物のほとんどをミナトの『盗難スティール』に格納しっ放しだったのだ。
 二、三日の生活費程度は何とかなりそうだが、それも長くはもたない。


 私はアヴェルに周辺の建物よりも、ずっと立派な施設を見せた。


『クエスト斡旋所』--通称『冒険者ギルド』である。





 扉をくぐると、正面と左側面に、そして右奥。計三つのカウンターが並んでおり、それぞれに剣や槍を持ったいかつい男達が並んでいる。
 私とアヴェルが、入った途端、そのほとんど全員から注目を浴びた。
 「クエスト斡旋所」に入る際は、いつもこの品定めをするような視線に耐えなければならない。
 仕方がない。
 正にここは、人間が人生を売買するような場所だからだ。
 普通に生活をする上で必要な仕事は、日常の取引の中で解決する。
 つまり、普通に生活をしていたのでは解決しないような案件が、ここに持ち込まれ、そしてここにはソレを解決できる人間が集まるのだ。
 ……と、格好をつけてみたものの、頻繁に土木作業の追加人員の依頼だったり、どう見ても「これ子供のお使いじゃない?」と言うレベルの案件もある。
「いらっしゃいませ。仕事のご依頼ですか?」
 私がアヴェルを抱っこしたまま、カウンターに近寄ると肉感たっぷりで香水臭い女が近づいてきた。
 女はにこにこと営業スマイルを浮かべて、当然のように私を「依頼者」として扱ってきた。
 一瞬むっとするが、当たり前か。
 どこの世界に、幼児を抱いたまま華奢で可憐な女性(もちろん私の事である)が、魔物モンスターの討伐依頼や、希少品レアアイテムの探索依頼を受注しに来るというのだ。
「いいえ。仕事を探しに来たわ」
「えーと、ごめんなさい。お嬢ちゃんにできる仕事は、今あったかしら……」
「今は獣人が金になると聞いているわ。獣人狩りみたいな仕事は無い?」
 女の言葉を待たずに、殺気を込めて吐き捨てるように言った私に女が目を白黒させている。
 八つ当たりのようで悪いが、自分で口にするだけでも胸がむかむかするのだ。許して欲しい。


「お嬢ちゃん。あんまり大人を困らせるもんじゃねえ」
 すると、近くで私たちの会話を聞いていたのか、別のカウンターにいた男たちの一人が私に話し掛けてきた。
 酒臭いにおいを振りまいた中年で、腰に安くさい剣を佩き、汗臭い皮鎧を着込んでいた。
 カウンターの女にいいところを見せたいのだろうが、残念ながら彼女も迷惑そうな顔をしている。
「どこでそんな話を聞いたのか知らないが、あのけだもの共は恐ろしく強い。ふざけた事を言ってないで、その子供を連れてとっとと帰りな」
 けだものと聞き、一瞬こめかみに血管が浮きそうになったが、ここは忍耐が必要だ。
 帝都にはお忍びで来ているのだ。
 不要な騒ぎを起こすつもりはない。
「ふざけてはいないわ。お金が必要なの。それに実績はあるわ」
 私は右手を挙げたまま、左手で一枚のカードを抜いた。
 ちなみに、この右手を挙げる動作は「攻撃の意思は無い」と言う意味の動作で、この動作無くいきなり胸元、つまり魔法カードに触れるような真似をすれば、問答無用で斬りかかられても文句を言えない重要なサインである。
「んなっ!?五ツ星ハンターだと!?」
「え!?」
「はぁっ!?あの嬢ちゃんがか!?」
 男が騒いだせいで、にわかに斡旋所の中がうるさくなってしまった。
 私が取り出したカードは、魔法カードではなく「クエスト斡旋所」で発行している「実績証明書」である。
 「クエスト斡旋所」では、実績・・だけが唯一にして絶対の基準である。
 いくら、実力があろうとも、経歴が素晴らしかろうとも、身分が高かろうとも、実績が無ければすべからず「無星やくたたず」である。
 逆に女子供であろうが犯罪者であろうが、「斡旋所」が認可した難易度のクエストを解決すれば、「○ツ星ハンター」として高い注目度を浴びる事になる。
 「一ツ星クエスト」を百回こなしても千回こなしても、決して「二ツ星ハンター」になる事はできない。
 ただし、「二ツ星クエスト」を一回でも解決すれば、自動的に「二ツ星ハンター」として認定される。
 各ランクの間には、それ程までに隔絶した難易度の壁があるのだ。
「……ミスリル銀板に、魔石で刻んだ斡旋所の紋章もあります。間違いなく正規品です。大変失礼致しました、キリア様」
 受付の香水臭い女が、へらへらとした子供扱いを止め、途端に姿勢を正しプロの顔になった。
 ふむ。最初から、こういう態度だったらよかったのに。
「ちょ、ちょっと待って。そのカードが正規品だって?嘘だろう?このちみっこいお嬢ちゃんが五ツ星だってのか!?」
「バサバさん。失礼な事をおっしゃらないで下さい。三ツ星のあなたよりも、遥かに格上の方ですよ?」
「嘘だ!俺が三ツ星になるために、何年かかったと思ってるんだ!」
「知らないわよ。うるさい男ね。たかだか星数ランクごときでぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないわよ」
 だが、たかが星数ランクされど星数ランクなのだ。
 今の様に職員の態度もあからさまに違うし、高星数ランクハンターになれば、相応の人脈が向こうから勝手にやってくるし、商人からの待遇も変わってくる。
 場合によっては貴族との口利きまでできるし、王族からの隠れたクエストを受ける事ができ、更に城からの覚えが目出度くなれば、一気に城仕え・士官などの夢も広がるのだ。
 そのため日夜「斡旋所」には、一攫千金を夢見た腕自慢や、人生の大逆転を目指した荒くれ者、敗者復活を目指した人生の落伍者等が集まるのである。
「何だと!?貴様、俺達を馬鹿にしているのか!?」
「俺達?」
 見ればこいつの仲間らしい男達も、私を取り囲んでいる。
 どいつもこいつもニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、剣やら槍やらをこれ見よがしにちらつかせている。
 ふむ見た目弱そうな私を脅すなり倒すなりして、「五ツ星ハンターをこてんぱんにした」と、酒場で吹聴でもしたいのかしら?
「……できれば、外で対処していただければ助かります」
 ちらりと、受付の女性(香水臭い女から格上げだ)を見れば、私の意図を察したのか、苦笑混じりでそんな事を言っていた。
「わかったわよ。ちょっとこの子を預かっておいてもらえる?私はちょっとゴミ掃除してくるわ」
 私は、いつの間にか寝ていたアヴェルをカウンターに預け、後ろを振り向いた。
 この状況下で眠れるとは、とんだ大物だ。


「ほら、そこのゴミ共。四の五の言わず、さっさと片付けでやるから表に出なさい」


 どうやら、余り騒ぎを起こさないという当初方針は、さっそく守れそうにない。


 それもこれも、全てミナトが行方不明になるせいだ。
 見つけたら更に厳しい特訓を課してやりたい。

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