貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
第二章 ~獣人村の異変~(5)
7
陽が傾き、草原が橙色に染まった頃、腹が減ったと食客二匹(もちろんキリアとアヴェルである。クロスケは道中マリアが狩った大量の魔物を食い尽くしご満悦の様子だ)が騒ぐため、今日の旅は中止となった。
女王巨人蜘蛛には、土魔法で竈を作ってもらった後、厚くお礼を言い聖樹の森へ『送還』させてもらった。
彼女も馴染んだ森の中の方がくつろげるだろう。
さて、相変わらず夕食担当は引き続き俺なのだが、今日は試したい事があるので、夕食は手短にできるものにしたい。
まず、『火』の魔法で竈に火を点けると、上に金網と鍋を置く。
金網の上には、聖樹の国でもらったブメの腸詰とチーズを焼き、その間に鍋に『水』の魔法で水を張った。
焼締めたパンはそのままでは硬いし、食感も悪くとても食べられたものではない。
そこで、もうもうと湯気の出る鍋の上に金網を敷き、その上にパンを置く。
更に、木の籠で蓋をすればちょっとした蒸篭っぽくなるのである。
失敗すると、パンがただのびしょびしょに濡れた不味いパンになるので、鍋とパンの距離が重要である。
その蒸し上がったパンを二つに裂き、焼きチーズとソーセージを挟めば、何と異世界ホットドックの出来上りである!
……本当は、まだパンがぼそぼそするのでケチャップやマスタード的なものが欲しいが、さすがにそんなものは無く、妥協してしまった一品だが。
スープは、さすがにホットドックと魚醤は合わない気がするので、今日は趣向を変えたい。
フライパンでベーコンを弱火でじっくりと焼き、ベーコンから油が出たところで野菜を投入。
野菜炒めを一旦作ったところで、塩と一緒にお湯に入れ、野菜が崩れるまで煮たものを用意した。
味付けに塩しか使っていない野菜スープだが、ベーコンと野菜から出る旨味で十分に美味しいのだ。
「ミナトは相変わらず、料理は旨いわね」
「美味しいのじゃ!」
「料理は、とは何だ失礼な。アヴェルは誰も盗らないからゆっくり食べろ!」
キリアとアヴェルはむっしゃむしゃと、毎回美味しそうに食べるので料理の作り甲斐がある。
これで後片付けをしてくれれば、尚言うことは無いのだが。
そう言えば、妹のナギもいつも表情が硬い奴だったが、俺の作った料理を食べる時は微妙に表情が緩くなるのが、毎回見ていて面白かったな。
家族ぐらいしか判らない程度の、微妙な緩み具合だったが。
◇
食器類の片付けを終え、キリアとアヴェルのために風呂を用意した後、俺は草原にもぽつぽつと何本か立っている立木の前に来ていた。
目的は『竜爪』修得のためだが、最初の特訓である『握力だけで石を割れ』と言う工程ができそうもない。
そこで違う方法を考えて見た。
要は、『石を割る』ことに拘るから駄目なのだ。
指を武器として認識できれば、別に手段は問われないはずである。
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
俺は真っ直ぐ伸ばした指先に全身神経を集中させ、立ち木に突き立てた。
「ぐっ!」
当然、木に人間の指が刺さるはずがないが、木の皮が僅かに抉れた。
ただし、その代償として爪が割れ、中指から血が流れ、薬指は変な方向に曲がってしまった。
「キ、『治癒』!」
かなり痛いが今まで負って来た怪我を思えば、まだまだ軽い方だ。
イメージだ。
もっと集中してイメージを蓄えなければならない。
人間の骨は脆い。
それは中に空気の層があるからだ。
そこの全てに鋼となった魔力が流れるイメージを持つ。
指を鋼とするのだ。
鋼ならば武器になる。
武器ならば『武器強化』が効くはずだ。
俺は右手を槍に見立てた。
竜ではなく、日本人に馴染み深い東洋の龍をイメージする。
俺の右手は武器だ。槍だ。龍の如く喰らい付く、強く強靭にしなる東洋の槍なのだ。
……実は、元のイメージは古い功夫映画で見た、蛇を模した拳法なのは秘密である。
あの俳優も漢字名には龍の字が入るし……
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!!」
どすりと音をたて、俺の指が三本立ち木に刺さった。
「ぐぅぅぅ!『治癒』ァ!」
刺さった瞬間、全ての指の骨が砕けたが、間違いなく刺さった!
滅茶苦茶痛いが、これは武器だ!今ならイメージができる、俺の右手は今武器となったのだ。
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
…………
……こうして、昼間は指で石を割る、夜は立ち木に指を突き刺すという、字面にすれば狂人としか思えない特訓が帝都に着くまで続いたのである。
8
「おお、あれが帝都か」
「すごく大きいのじゃ!」
俺達の目の前には、ちょっとしたビルならすっぽり入るんじゃないかと思えるぐらい、立派な石造りの壁がそびえ立っている。
途中で村や町、もしくは他の旅人の気配がする度に女王巨人蜘蛛を『送還』していたため、獣人村から北上し続けて、結局一週間以上もかかってしまった。
しかもその間、帝国側に余計な情報が伝わらないよう、全ての村と町を無視し、野宿で過ごしてきたのでさすがに疲れた。
「今日はさすがにちゃんとした宿を取ろうぜ。いい加減俺はベッドで眠りたいよ」
「だらしないわねぇ。それに今すぐ帝都に入るのは無理よ」
「え?じゃあ、いつなら入れるんだ?」
「正面からはどうやっても無理よ。身分証明書が無いもの」
「はあ!?身分証明書!?あ、正面から無理ってまさか……」
キリアの思考パターンが、すぐにわかるようになってきた自分が逆に悲しい。
「そ、夜に忍び込むのよ。最初っから『侵入』するって宣言してたでしょ」
「言ってたけどさ……ん?でも本当に身分証明書を無くした奴とかはどうするんだろうな?」
「保証金を払って仮の身分証明書を門で発行してもらうのよ。前回、爺と来たときはそうしたわ」
「なら今回だってそうすればいいじゃん。路銀だっていくらかは残ってるんだろ?」
「そうねえ……今までならそれもできたと思うけど……」
「ん?やっぱりキリアがここでも暴れ過ぎたとか、そんな理由か?」
「誰がそんなに暴れるか!暴れたのは、ミナト貴方よ!」
「え?俺!?俺がいつ暴れたんだよ!」
「聖樹の森で、帝国軍と思いっきり一戦交えたでしょうが。しかもほぼ一人で」
「あー……」
思い出した。
そういや、かなりの数の帝国兵もぶっ飛ばしたけど、全体から見ればほんの一握りだった上に、他の奴らは大将が負けたらそそくさと逃げ帰ったんだよな。
「そ。しかもあのカミラって将軍が帰還してないんだから、元凶であるミナトの顔は、間違いなく帝国中で賞金首になってるでしょうね。黒目黒髪の人なんてほとんどいないんだから、貴方がのこのこと顔を出したら一発で捕まるわよ」
「マジかよ……」
清く正しく生きてきたつもりなのに、まさか賞金首になる日が来るなんて。
「と言うわけだから、今日はこのまま夜になるまで待って侵入するわよ」
「ああ、わかったよ。しょうがないな……。ところで、どうやって侵入するつもりなんだ?」
「そりゃあ、門が通れないなんだから、城壁から侵入するしかないでしょ」
「ふうん。すごいな、前回来たときに城壁に細工までしてたのか」
「細工って何のことよ」
「だから、城壁から侵入するって事は、どこからの石が崩れて中に入れるとかそういう事なんだろ?」
「何言ってるのよ。そんなことできるわけないじゃない。普通に城壁を登って入るのよ」」
そう言ってキリアが指差した城壁は、先ほどまで俺とアヴェルが見上げていた、「ちょっとしたビルがすっぽり入りそうな」大きさの城壁である。
「……いやいや、さすがにこれは冗談だろ?」
えーと、俺の身長が百七十五センチだから……ざっと十五メートルぐらいの高さがあるのではないだろうか。
重機がないこの世界でどうやって、あの高さまで石を持ち上げたのだろうか。
やはり魔法なのだろうと思うが、考えれば考える程、これだけの技術力を持ちながら現代日本よりも数文明度が数世紀は遅れているのが不思議だ。
「冗談でも何でもないわ」
「おい、アヴェル。キリアがこんな事行ってるぞ?」
「我は、最初っから飛べるから別に何の問題もないのじゃ」
しまった。アヴェルに同意を求めようと思ったが、アヴェルは最初から浮いているんだった。
あまりにも当然のように浮いたままついてくるから、すっかりその事を忘れていた。
「……最悪『防御強化』を五枚も重ねれば、落ちても死なないからいいか」
「そうね。と言うわけで、さっそく城壁を登る訓練をするわよ」
「えっ?登る訓練って……いや、そもそも梯子もロープも無いのに、どうやって登るつもりだったんだ?」
「もちろん、魔法で飛ぶのよ。ほらこんな感じで」
そう言ってキリアは懐から『大気の壁』を三枚取り出した。
「『大気の壁』と『風の盾』は両方二ツ星で、ごく僅かだけど冷却時間が存在するわ。その内、私が持っている『大気の壁』の方が足場にするのは難しいから、こっちは私が使うわね。そして残り一枚の『大気の壁』と『風の盾』の二枚で、ミナトは城壁を登ってきなさい」
いや、確かに『風の盾』で発狂猿人の突進を回避したりしてたら、言っている意味はわかるが……どこぞのアクションゲームのように、そんな簡単に空中ジャンプを連続で繰り返したりできるものか?
「さあ、特訓よ!」
『大気の壁』風属性 ★★
【大気中に魔力を攪拌させる事で、術者周辺かつ任意の方向に魔力の籠った厚い大気の壁を作る】
◇
夜が来るまで、逆に帝都から距離を取り離れたあと、空中連続ジャンプの特訓で時間を潰した俺達は、遂に本番の時を迎えた。
「近くで見ると壁の圧迫感が半端ないな」
「そうね。しかも、夜は壁の上にも見張りがいるのわ、想定外だったわ。ま、でも人数も多くないし、明かり足元じゃなくてもっと遠くを照らしてるし大丈夫でしょ」
軽く言うなぁ……
キリアは軽い足取りで、無音で城壁に近づくと、すっと高く跳んだ。
「『大気の壁』」
右手を胸に当てたまま、小声で魔法カードを発動させると、何もない空中で更にジャンプを繰り返している。
「忍者みたいなやつだな……」
よくよく見れば、『大気の壁』だけだと足場にするには弱いらしく、『大気の壁』に足をかけるタイミングで、同時に爪先を城壁に掛けて勢いをプラスしているようだ。
キリアはそのまますいすいと壁を駆け上がり、あっさりと城壁の天辺まで辿り着いた。
「絶対あいつ、聖樹の国の城の壁で同じような事してたな。慣れすぎだろ」
「ミナトよ、我も行くぞ。頑張って登るのじゃ!」
見張りの合間を縫って、アヴェルは危なげなくすいっと飛んで、そのままキリアの下へ。
「しゃあない。やってみるか……」
あまり躊躇していると、その間に見張りが来るかもしれない。
その際は、キリアとアヴェルが先に帝都に潜り込む手筈にはなっているが、見知らぬ地どころか見知らぬ世界の闇の中に一人残されるのは嫌だ。
「ほっ……『風の盾』」
助走をつけジャンプと同時に『風の盾』を発動すると、かなりの高さが稼げる。
練習ではやらなかったが、キリアの真似をして同時に壁を軽く蹴って更に飛び上がってみた。
「『大気の壁』」
壁に足がかかるタイミングで『大気の壁』を発動するのを繰り返せば、まるで壁を走って登っているように見えただろう。
CG満載のアクション映画のようなノリを生身で体現できてしまう自分が怖い。
「っ!?」
って、調子に乗っていたら、足をかけた壁がほんの僅かだが崩れた!
「『風の盾』!」
急速に縦回転させた風が、風から離れた俺の体を上に押し上げてくれた。
反射的に『風の盾』を発動できたので落下は防げたが……魔力の加減が効かず、今度は浮きすぎた!
「うおおおっ!?」
潜んでいる最中である事も忘れ、思わず叫んでしまった。
かなり下方に帝都の街並みが見える。
こんな時なのに「街中の灯りが多いな」と思える俺は、結構心臓が強いと思う。
すぐにばくばくいくけど。
「『風の盾』!」
今度は横回転に風の渦を起こし、城壁の上を目掛けて体を動かす。
『風の盾』は強目に発動し、城壁の上で『大気の壁』でブレーキをかける作戦だ。
「何だあれは!?」
と思っていたが、流石に騒ぎ過ぎた!
下から灯りが照らされ、俺の姿が闇夜の空に浮き上がった。
「飛んでる!?飛んでいるぞ!」
「侵入者だ!」
「弓だ!弓を持って来い!」
やばい、と思う間も無く矢が飛んで来た。
「『大気の壁!』
空中で矢を防ぐには魔法に頼るしか無かった。
これで『風の盾』も『大気の壁』も冷却時間に入った。
「うわあああ!?」
矢の攻撃を防ぐ事はできたが、ブレーキをかける手段を失った俺は、当然のように夜の帝都に墜落していった。
陽が傾き、草原が橙色に染まった頃、腹が減ったと食客二匹(もちろんキリアとアヴェルである。クロスケは道中マリアが狩った大量の魔物を食い尽くしご満悦の様子だ)が騒ぐため、今日の旅は中止となった。
女王巨人蜘蛛には、土魔法で竈を作ってもらった後、厚くお礼を言い聖樹の森へ『送還』させてもらった。
彼女も馴染んだ森の中の方がくつろげるだろう。
さて、相変わらず夕食担当は引き続き俺なのだが、今日は試したい事があるので、夕食は手短にできるものにしたい。
まず、『火』の魔法で竈に火を点けると、上に金網と鍋を置く。
金網の上には、聖樹の国でもらったブメの腸詰とチーズを焼き、その間に鍋に『水』の魔法で水を張った。
焼締めたパンはそのままでは硬いし、食感も悪くとても食べられたものではない。
そこで、もうもうと湯気の出る鍋の上に金網を敷き、その上にパンを置く。
更に、木の籠で蓋をすればちょっとした蒸篭っぽくなるのである。
失敗すると、パンがただのびしょびしょに濡れた不味いパンになるので、鍋とパンの距離が重要である。
その蒸し上がったパンを二つに裂き、焼きチーズとソーセージを挟めば、何と異世界ホットドックの出来上りである!
……本当は、まだパンがぼそぼそするのでケチャップやマスタード的なものが欲しいが、さすがにそんなものは無く、妥協してしまった一品だが。
スープは、さすがにホットドックと魚醤は合わない気がするので、今日は趣向を変えたい。
フライパンでベーコンを弱火でじっくりと焼き、ベーコンから油が出たところで野菜を投入。
野菜炒めを一旦作ったところで、塩と一緒にお湯に入れ、野菜が崩れるまで煮たものを用意した。
味付けに塩しか使っていない野菜スープだが、ベーコンと野菜から出る旨味で十分に美味しいのだ。
「ミナトは相変わらず、料理は旨いわね」
「美味しいのじゃ!」
「料理は、とは何だ失礼な。アヴェルは誰も盗らないからゆっくり食べろ!」
キリアとアヴェルはむっしゃむしゃと、毎回美味しそうに食べるので料理の作り甲斐がある。
これで後片付けをしてくれれば、尚言うことは無いのだが。
そう言えば、妹のナギもいつも表情が硬い奴だったが、俺の作った料理を食べる時は微妙に表情が緩くなるのが、毎回見ていて面白かったな。
家族ぐらいしか判らない程度の、微妙な緩み具合だったが。
◇
食器類の片付けを終え、キリアとアヴェルのために風呂を用意した後、俺は草原にもぽつぽつと何本か立っている立木の前に来ていた。
目的は『竜爪』修得のためだが、最初の特訓である『握力だけで石を割れ』と言う工程ができそうもない。
そこで違う方法を考えて見た。
要は、『石を割る』ことに拘るから駄目なのだ。
指を武器として認識できれば、別に手段は問われないはずである。
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
俺は真っ直ぐ伸ばした指先に全身神経を集中させ、立ち木に突き立てた。
「ぐっ!」
当然、木に人間の指が刺さるはずがないが、木の皮が僅かに抉れた。
ただし、その代償として爪が割れ、中指から血が流れ、薬指は変な方向に曲がってしまった。
「キ、『治癒』!」
かなり痛いが今まで負って来た怪我を思えば、まだまだ軽い方だ。
イメージだ。
もっと集中してイメージを蓄えなければならない。
人間の骨は脆い。
それは中に空気の層があるからだ。
そこの全てに鋼となった魔力が流れるイメージを持つ。
指を鋼とするのだ。
鋼ならば武器になる。
武器ならば『武器強化』が効くはずだ。
俺は右手を槍に見立てた。
竜ではなく、日本人に馴染み深い東洋の龍をイメージする。
俺の右手は武器だ。槍だ。龍の如く喰らい付く、強く強靭にしなる東洋の槍なのだ。
……実は、元のイメージは古い功夫映画で見た、蛇を模した拳法なのは秘密である。
あの俳優も漢字名には龍の字が入るし……
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!!」
どすりと音をたて、俺の指が三本立ち木に刺さった。
「ぐぅぅぅ!『治癒』ァ!」
刺さった瞬間、全ての指の骨が砕けたが、間違いなく刺さった!
滅茶苦茶痛いが、これは武器だ!今ならイメージができる、俺の右手は今武器となったのだ。
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
「複合魔法『武器強化』『攻撃強化』龍槍!」
「治癒!」
…………
……こうして、昼間は指で石を割る、夜は立ち木に指を突き刺すという、字面にすれば狂人としか思えない特訓が帝都に着くまで続いたのである。
8
「おお、あれが帝都か」
「すごく大きいのじゃ!」
俺達の目の前には、ちょっとしたビルならすっぽり入るんじゃないかと思えるぐらい、立派な石造りの壁がそびえ立っている。
途中で村や町、もしくは他の旅人の気配がする度に女王巨人蜘蛛を『送還』していたため、獣人村から北上し続けて、結局一週間以上もかかってしまった。
しかもその間、帝国側に余計な情報が伝わらないよう、全ての村と町を無視し、野宿で過ごしてきたのでさすがに疲れた。
「今日はさすがにちゃんとした宿を取ろうぜ。いい加減俺はベッドで眠りたいよ」
「だらしないわねぇ。それに今すぐ帝都に入るのは無理よ」
「え?じゃあ、いつなら入れるんだ?」
「正面からはどうやっても無理よ。身分証明書が無いもの」
「はあ!?身分証明書!?あ、正面から無理ってまさか……」
キリアの思考パターンが、すぐにわかるようになってきた自分が逆に悲しい。
「そ、夜に忍び込むのよ。最初っから『侵入』するって宣言してたでしょ」
「言ってたけどさ……ん?でも本当に身分証明書を無くした奴とかはどうするんだろうな?」
「保証金を払って仮の身分証明書を門で発行してもらうのよ。前回、爺と来たときはそうしたわ」
「なら今回だってそうすればいいじゃん。路銀だっていくらかは残ってるんだろ?」
「そうねえ……今までならそれもできたと思うけど……」
「ん?やっぱりキリアがここでも暴れ過ぎたとか、そんな理由か?」
「誰がそんなに暴れるか!暴れたのは、ミナト貴方よ!」
「え?俺!?俺がいつ暴れたんだよ!」
「聖樹の森で、帝国軍と思いっきり一戦交えたでしょうが。しかもほぼ一人で」
「あー……」
思い出した。
そういや、かなりの数の帝国兵もぶっ飛ばしたけど、全体から見ればほんの一握りだった上に、他の奴らは大将が負けたらそそくさと逃げ帰ったんだよな。
「そ。しかもあのカミラって将軍が帰還してないんだから、元凶であるミナトの顔は、間違いなく帝国中で賞金首になってるでしょうね。黒目黒髪の人なんてほとんどいないんだから、貴方がのこのこと顔を出したら一発で捕まるわよ」
「マジかよ……」
清く正しく生きてきたつもりなのに、まさか賞金首になる日が来るなんて。
「と言うわけだから、今日はこのまま夜になるまで待って侵入するわよ」
「ああ、わかったよ。しょうがないな……。ところで、どうやって侵入するつもりなんだ?」
「そりゃあ、門が通れないなんだから、城壁から侵入するしかないでしょ」
「ふうん。すごいな、前回来たときに城壁に細工までしてたのか」
「細工って何のことよ」
「だから、城壁から侵入するって事は、どこからの石が崩れて中に入れるとかそういう事なんだろ?」
「何言ってるのよ。そんなことできるわけないじゃない。普通に城壁を登って入るのよ」」
そう言ってキリアが指差した城壁は、先ほどまで俺とアヴェルが見上げていた、「ちょっとしたビルがすっぽり入りそうな」大きさの城壁である。
「……いやいや、さすがにこれは冗談だろ?」
えーと、俺の身長が百七十五センチだから……ざっと十五メートルぐらいの高さがあるのではないだろうか。
重機がないこの世界でどうやって、あの高さまで石を持ち上げたのだろうか。
やはり魔法なのだろうと思うが、考えれば考える程、これだけの技術力を持ちながら現代日本よりも数文明度が数世紀は遅れているのが不思議だ。
「冗談でも何でもないわ」
「おい、アヴェル。キリアがこんな事行ってるぞ?」
「我は、最初っから飛べるから別に何の問題もないのじゃ」
しまった。アヴェルに同意を求めようと思ったが、アヴェルは最初から浮いているんだった。
あまりにも当然のように浮いたままついてくるから、すっかりその事を忘れていた。
「……最悪『防御強化』を五枚も重ねれば、落ちても死なないからいいか」
「そうね。と言うわけで、さっそく城壁を登る訓練をするわよ」
「えっ?登る訓練って……いや、そもそも梯子もロープも無いのに、どうやって登るつもりだったんだ?」
「もちろん、魔法で飛ぶのよ。ほらこんな感じで」
そう言ってキリアは懐から『大気の壁』を三枚取り出した。
「『大気の壁』と『風の盾』は両方二ツ星で、ごく僅かだけど冷却時間が存在するわ。その内、私が持っている『大気の壁』の方が足場にするのは難しいから、こっちは私が使うわね。そして残り一枚の『大気の壁』と『風の盾』の二枚で、ミナトは城壁を登ってきなさい」
いや、確かに『風の盾』で発狂猿人の突進を回避したりしてたら、言っている意味はわかるが……どこぞのアクションゲームのように、そんな簡単に空中ジャンプを連続で繰り返したりできるものか?
「さあ、特訓よ!」
『大気の壁』風属性 ★★
【大気中に魔力を攪拌させる事で、術者周辺かつ任意の方向に魔力の籠った厚い大気の壁を作る】
◇
夜が来るまで、逆に帝都から距離を取り離れたあと、空中連続ジャンプの特訓で時間を潰した俺達は、遂に本番の時を迎えた。
「近くで見ると壁の圧迫感が半端ないな」
「そうね。しかも、夜は壁の上にも見張りがいるのわ、想定外だったわ。ま、でも人数も多くないし、明かり足元じゃなくてもっと遠くを照らしてるし大丈夫でしょ」
軽く言うなぁ……
キリアは軽い足取りで、無音で城壁に近づくと、すっと高く跳んだ。
「『大気の壁』」
右手を胸に当てたまま、小声で魔法カードを発動させると、何もない空中で更にジャンプを繰り返している。
「忍者みたいなやつだな……」
よくよく見れば、『大気の壁』だけだと足場にするには弱いらしく、『大気の壁』に足をかけるタイミングで、同時に爪先を城壁に掛けて勢いをプラスしているようだ。
キリアはそのまますいすいと壁を駆け上がり、あっさりと城壁の天辺まで辿り着いた。
「絶対あいつ、聖樹の国の城の壁で同じような事してたな。慣れすぎだろ」
「ミナトよ、我も行くぞ。頑張って登るのじゃ!」
見張りの合間を縫って、アヴェルは危なげなくすいっと飛んで、そのままキリアの下へ。
「しゃあない。やってみるか……」
あまり躊躇していると、その間に見張りが来るかもしれない。
その際は、キリアとアヴェルが先に帝都に潜り込む手筈にはなっているが、見知らぬ地どころか見知らぬ世界の闇の中に一人残されるのは嫌だ。
「ほっ……『風の盾』」
助走をつけジャンプと同時に『風の盾』を発動すると、かなりの高さが稼げる。
練習ではやらなかったが、キリアの真似をして同時に壁を軽く蹴って更に飛び上がってみた。
「『大気の壁』」
壁に足がかかるタイミングで『大気の壁』を発動するのを繰り返せば、まるで壁を走って登っているように見えただろう。
CG満載のアクション映画のようなノリを生身で体現できてしまう自分が怖い。
「っ!?」
って、調子に乗っていたら、足をかけた壁がほんの僅かだが崩れた!
「『風の盾』!」
急速に縦回転させた風が、風から離れた俺の体を上に押し上げてくれた。
反射的に『風の盾』を発動できたので落下は防げたが……魔力の加減が効かず、今度は浮きすぎた!
「うおおおっ!?」
潜んでいる最中である事も忘れ、思わず叫んでしまった。
かなり下方に帝都の街並みが見える。
こんな時なのに「街中の灯りが多いな」と思える俺は、結構心臓が強いと思う。
すぐにばくばくいくけど。
「『風の盾』!」
今度は横回転に風の渦を起こし、城壁の上を目掛けて体を動かす。
『風の盾』は強目に発動し、城壁の上で『大気の壁』でブレーキをかける作戦だ。
「何だあれは!?」
と思っていたが、流石に騒ぎ過ぎた!
下から灯りが照らされ、俺の姿が闇夜の空に浮き上がった。
「飛んでる!?飛んでいるぞ!」
「侵入者だ!」
「弓だ!弓を持って来い!」
やばい、と思う間も無く矢が飛んで来た。
「『大気の壁!』
空中で矢を防ぐには魔法に頼るしか無かった。
これで『風の盾』も『大気の壁』も冷却時間に入った。
「うわあああ!?」
矢の攻撃を防ぐ事はできたが、ブレーキをかける手段を失った俺は、当然のように夜の帝都に墜落していった。
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