貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
Story.002 〜VRカードゲーム『神々の遺産』で遊んでみよう〜(2)
2
前回の反省を活かすためにも、やはりデッキの強化を図る必要がある。
デッキの強化と一口に言っても、色々な手段があるが、やはり一番は召喚モンスターを充実させることだろう。
攻略サイトにそう書いていたので、きっとそうだと信じたい。
召喚モンスターの入手方法は、一番簡単なと言うかオーソドックスなもので「カードパック」の購入。次が「クエスト報酬」、もしくは「対人戦賞品」。そして「野生モンスターの確保」である。
野生モンスターとは、試合中のフィールド上に出現するお邪魔虫で、全てのプレイヤーに牙を剥く害獣のようなものだ。
しかし、高難易度のフィールドではこの野生モンスターが馬鹿に出来ない程強く、敵の「城」を発見する前に召喚モンスターが野生モンスターに全滅させられる事もあるらしい。
または、「城」の護衛を疎かにし過ぎたばっかりに、相手プレイヤーと一度も交戦する事なく召喚士が野生モンスターに殺されたと言う笑い話もある。
そんなゲーム進行上非常に邪魔な野生モンスターだが、実は捕獲しカード化すれば自軍の召喚モンスターとして使用可能になるのだ。
ただ、試合中のんびりそんな事をしていれば、あっさりと敗北するので、普通はやらない。
勿論僕もそんな無茶をするはずも無く、今日は「クエスト」に挑戦し、あわよくばクエスト報酬と野生モンスター捕獲の一石二鳥を狙う作戦である。
クエストには「採取」「討伐」「探索」「攻城戦」「防衛戦」等があるが、今回は「討伐」を行いたいと思う。
討伐クエストの対象となるモンスターは強いモンスターが多く、野生モンスター以外にもこのモンスターも捕獲を狙う事ができる。
それに「光属性」や「闇属性」のレアモンスターが出る確率もグッと高まるのだ。
◇
VRシステムを起動すると、そこはいつもの無機質なブルーの部屋だった。
空中投影されたパネルを操作し、「討伐クエスト」を選ぶまえに「ショップ」を選択。
トレーニングモードでこつこつ溜めたポイントと、「無地の召喚カード(火)★★★」を交換した。
この「無地の召喚カード」が無ければ、召喚モンスターを捕まえることができない。
しかも、属性毎に対象モンスターの星数に応じたレベルの「召喚カード」を用意しなければならないので、召喚カードを大量に用意するのも至難の業だ。
まあ、中にはリアルマネーを多額に投じて、あらゆるバリエーションの「無地の召喚カード」を用意する猛者もいるかもしれないが、この「無地の召喚カード」もデッキ規定枚数の上限五十枚に含まれるので、あまり大量にデッキに組み込めば、戦闘行為そのもに支障を来すし、かといって枚数が少なければ、いざと言う時に肝心の捕獲ができなくなる。
逐一頭を使わされるゲームなのだ。
今回、僕はポイント数の都合もあり、一枚だけデッキに組み込むことにした。
さて、これで準備が整ったので、いよいよ「討伐クエスト」への挑戦である。
討伐目標は「火蜥蜴亜人」。
星数は三ツ星級と、僕のカードが持つどのカードよりも強い。
本当ならデッキの主力は「火属性」なので、「火属性」に弱い「風属性」を攻めるべきだが、そこは知恵と戦略でどうにかしたいと思う。
◇
「暑い……いや、熱い!?何もここまでリアルにしなくても……」
火蜥蜴亜人の住むフィールドは、「アシド火山」と言う火山の中にあるダンジョンの中だ。
溶岩があちこちでボコボコ音を立て、熱気が容赦無く汗を拭き立たせる。
溶岩の炎のおかげで多少は見通しが良いが、完全とは言えず僕の緊張感が否応なく煽られた。
「とりあえず、まずはカードを引くか」
既にクエストは開始している。
試合形式ではないので「城」が無く、召喚士である僕も、ダンジョンの奥まで進まなければならないのだ。
このままでは野生モンスターに出会った瞬間死んでしまう。
最初のカードで「レッドスライム」が出た。
スライムと言えば雑魚の代表格のような存在なので、些かの不安はあるが「火耐性」を持っているので、「赤芋虫よりはマシだと思おう。
(余談だが、「蟲」特性は「火属性」が弱点である。火属性モンスターなのに火属性に弱いとはこれいかに……)
レッドスライムを前面に出しながら、慎重に進んでいると、目の前に敵が現れた。
「うわぁ!?」
薄暗くいせいで、本当に目の前に来るまで気付かなかった。
しかも相手もレッドスライムで、地面をプニプニと転がりながら近づいて来たので、音がほとんどしなかったのだ。
同じレッドスライム同士なら消耗戦は避けられないだろう。
まだまだ先は長いので、ここはあっさり勝負を決めたいと思う。
「『火の矢』!」
火の矢 火属性 ★★
威力 ★
範囲 ★
速度 ★★
「矢の形状をした直線上に飛ぶ火の魔法」
「魔法」カード。
召喚カードと同様に、二ツ星の魔法カードはコスト2を消費することで、「魔法」を発動することができる。
今回の「火の矢」は単純な攻撃魔法で、カードを使用した瞬間、僕の頭上から火の矢が飛び出し、レッドスライムが火に包まれた。
「よしっ!」
幸い、射線上に何の障害物も無かったので、きれいに命中した。
「あれ……?」
だが、火の中からレッドスライムが燃える様子もなく、ぷにぷにと動いているのが見て取れた。
そして、レッドスライムは何事も無かったかのように飛び出してきた。
「あっ……そうか!『火耐性』か!」
僕は大馬鹿だ!
自分のレッドスライムに「火耐性」があるんだから、敵のレッドスライムだって「火耐性」があるにきまってるじゃないか!
自分の空っぽの頭を思わず壁に叩き付けたくなるが、どうせ仮想現実(VR)の中なので、無駄な行為である。(痛みは感じるが)
だが、いくら「火耐性」があってもさすがにノーダメージとはいくまい。
「いけっ!レッドスライム!」
僕は気を取り直して、レッドスライムをけしかけた。
敵のレッドスライムも、負けじと体当たりを繰り返す。
同じ様な赤いボールがぷよんぷよんと体当たりを繰り返すシュールな光景がしばらく続き、遂には僕のレッドスライムが押し勝った。
「おっと……」
敵のレッドスライムがこちらに転がってきたところを、反射的に避け、僕も数歩後ろに後退したところ……
『召喚士死亡。クエスト失敗しました。再度挑戦しますか?』
僕は、いきなりいつもの無機質なブルーの待機室に戻され、茫然自失していた。
「は?……え?……ええ!?どういうこと!?」
何らかの原因で、僕(召喚士)がダメージを受けていたらしい。
『神々の遺産は』リアルな設定が売りのゲームだ。
モンスターに攻撃されれば死んでしまうが、さすがに転んだだけだったり、包丁で指を切った程度で死ぬと言う話は聞いたことがない。
落ち着いて記録を読み直してみると「地形:溶岩によるダメージが許容量を超えました」と表示されていた。
「地形:溶岩」?
全く心当たりがないぞ?
文章記録だけではなく、映像記録を再生すると……
「あ!」
敵のレッドスライムが転がってきたときに、僕が下がった場所に溶岩があったらしく、映像上の僕が火達磨になっていた……
「む、むごい……と言うか、設定リアルすぎだよ……」
しかし、その後改めて攻略サイト等を読み返してみると、そもそも特殊地形マップをプレイする際には、対策用のカードを数枚用意する事が好ましいとの事だった。
今回のような「溶岩」には、「火」ダメージを無効化させる「火属性無効化:火属性★★★★」や、床トラップ全般を避ける事ができる「浮遊:風属性★★★★」や「飛翔:風属性★★★★★★」が必要だとか。
四ツ星どころか六ツ星のカードって……どうやって手に入れるんだ……
◇
心が挫けそうになったが、既に「無地の召喚カード(火)★★★」をポイントで購入してしまったのだ。
ここは、自力で溶岩を回避しまくるという荒業に挑戦したいと思う。
「召喚レッドスライム、召喚犬亜人魔法使い」
肌を刺すような熱気に耐えながら、今度は、慎重にモンスターが二体揃うまで、ダンジョンの入り口でドローを繰り返した。
じりじりと時間制限の表示に気を付けながらも、ぎりぎりの遅さで火蜥蜴亜人を探していると、例のヤツが現れた。
「おっ、出たな!今度こそ!」
先程僕の死因になった(決して自業自得とは認めない)レッドスライムが再び現れた。
犬亜人魔法使いの火魔法は、先程と同様に効かないだろうから、普通に二体で袋叩きにしたところ、あっさり完勝。
「お、ラッキー」
  赤面お玉杓子 火属性 ★
体力 ★
魔力
攻撃 ★
防御
素早
知性
精神
  特性:両生類
  特技:溶岩ダメージ無効
 『溶岩の中で一生を過ごす溶岩蛙の子孫。溶岩蛙は溶けた鉄をかけても堪えない程熱さに強いが、急な温度変化に弱く、突然常温の水をかけただけでも死ぬらしい。ましてやその子孫ともなれば何をか言わんやだ』
今のドローで、手元のモンスターが増えた。
しかも、好都合で溶岩ダメージ無効を持っているので、地形を気にせず動き回る事ができるのため、星数以上の働きが期待できるだろう。
「……」
ただし、地面の上でぴちぴちと跳ねるだけで動けないようなので、犬亜人魔法使いに赤面お玉杓子を抱えてもらう。
そこまで豊富な立体データを用意していなかったのか、犬亜人魔法使いの表情の変化が乏しく、その内心を伺い知る事はできないが、何となく嫌がっている気配を感じる。
一抱えもあるような大きなお玉杓子を無理やり抱っこさせられる、その気持ちは痛いほどわかるが、ここは心を鬼にして我慢してもらいたい。
3匹のお供と共にダンジョン一階を探索している内に、奇妙な事に気が付いた。
「階段ってどこだろ?」
むしろ、たかだ一階が広すぎじゃないか?
攻略サイトによると、火蜥蜴亜人は大体地下3階程の深さに生息しているらしい。
だが探せど探せども、全く階段が見つかる気配が無く、むしろ野生モンスターの気配さえ消えてきた。
ただただ黙々と溶岩の吹き出る岩地を歩いている内に、やがて嫌な気配を感じ始めた。
地面が軽く揺れるような地響きがするのだ。
「ま、まさか噴火でもするのか?」
活火山の噴火なんてテレビでしか見たことがないが、話に聞く限りでは噴火前には地震が起こるはずだ。
リアルさを求める限り、そんなものまで再現したのか、最初はそう思った。
だが、地震と言うには体感的な話だが震源地が浅すぎる気がする。
それに、何か、生物の唸り声のようにも感じ……?
「……」
「……」
「……」
スライムやお玉杓子が「唖然とした表情」をするのかどうかは解らないが、間違いなく全員硬直したはずだ。
僕たちの目の前には、ビルよりも大きい、赤い竜がいた。
「……(静かに後退している)」
「……(ぷよぷよと跳ねるのを止め、岩と同化しようとしている)」
「……(舌を垂らし、死んだふりをしようとしている)」
「……(潜り込む溶岩を探している)」
さて、どれが誰のアクションでしょう!
いやあ、人間驚きすぎると声も出ないんだね!
心の中では絶叫してるのにね!
(こ、これはもしかして六ツ星の赤竜って奴か!?でも、何で三ツ星ランクのクエストに!?あ、まさか、噂の希少クエストか!?)
希少クエストとは、確率1%未満で発生するというレア級(六ツ星以上)カードが取得できるクエストである。
(赤竜の迫力が凄すぎてちびりそうだ……デザイナー力入れ過ぎだろう……)
どうりで周辺に野生モンスターがいないはずだ。
こんな食物連鎖の超トップにいるような奴が居座っていたら、虫一匹さえ残らず全員逃げ出すだろう。
もちろん僕たちも、見つかった瞬間即死である。
ここで素直に帰ればいいのに、僕は逃げ出す前に「ソレ」を見つけてしまった。
(卵?あの赤竜メスなのか?)
赤竜の腹の下には、三つの卵がある。
一つ一つの卵が、鶏の卵一万個分ぐらいの大きさがあるのではないだろうか。
ごくりと唾を飲み、手元の奮発して手に入れた「召喚カード(火)★★★」を見た。
親は六ツ星級だが、子竜なら四ツ星、五ツ星もありえると言う。
なら、卵なら三ツ星以下の可能性もあるのでは?
(全員カードに戻れ!)
再召喚には同様にコストが必要になるので、よっぽどの事が無い限り「送還」は行わないのだが、赤竜相手に、僕の一ツ星、二ツ星のモンスターが何百匹いようとも無駄である。
ならば、無駄な物音を立てる危険を排除した方がいい。
それに、僕の馬鹿に全員を突き合わせる道理も無い。
いくらゲームだからと言っても、仲間が死ぬのを見るのは嫌なのだ。
僕は呼吸音さえギリギリまで抑え、そうっとそうっと赤竜に近づいていく。
ゲームとは思えない恐怖と緊張感に耐えきれず、思わずリセットボタンを押したくなる。
やがて僕は、赤竜の腹下に近づいた。
こうなればもう自棄である。
どうせ赤竜が寝返りを打っただけで、僕は死ぬのだ。
普通、野生モンスターを捕まえるには、戦闘で相手を死ぬぎりぎりまで追い詰め、モンスターを屈服させる必要がある。
だが、今回は屈服も何も自我があるとさえ思えない。
僕は駄目元の精神で腹を括り、召喚カードに野生モンスターを封印するための呪文を唱えた。
「隷属!」
赤竜の卵 火属性 ★★★
体力
魔力
攻撃
防御 ★★★
素早
知性
精神
特性:竜族、移動不可
特技:
 『火属性の中で最も弱い竜と呼ばれる赤竜だが、決して油断してはいけない。竜族特有の鋼よりも硬い鱗に、城を押しつぶす巨体。そして空を焦がす火の息。竜族は全ての生物の頂点に君臨する種族である。重ねて言おう。決して油断してはいけない。ただし、孵化できたならば』
「おおおお!?成功した!?」
あ、思わず声が……
卵が一つ無くなった異変と、その自分の腹の下で叫ぶ小さな生命体。
赤竜の中では、簡単な計算式ができあがったようだ。
「逃……」
最期に確認できたのは、赤竜が、その大きな咢を開いたところだった。
何をするまでもなく、僕の視界は一瞬でブラックアウトした。
前回の反省を活かすためにも、やはりデッキの強化を図る必要がある。
デッキの強化と一口に言っても、色々な手段があるが、やはり一番は召喚モンスターを充実させることだろう。
攻略サイトにそう書いていたので、きっとそうだと信じたい。
召喚モンスターの入手方法は、一番簡単なと言うかオーソドックスなもので「カードパック」の購入。次が「クエスト報酬」、もしくは「対人戦賞品」。そして「野生モンスターの確保」である。
野生モンスターとは、試合中のフィールド上に出現するお邪魔虫で、全てのプレイヤーに牙を剥く害獣のようなものだ。
しかし、高難易度のフィールドではこの野生モンスターが馬鹿に出来ない程強く、敵の「城」を発見する前に召喚モンスターが野生モンスターに全滅させられる事もあるらしい。
または、「城」の護衛を疎かにし過ぎたばっかりに、相手プレイヤーと一度も交戦する事なく召喚士が野生モンスターに殺されたと言う笑い話もある。
そんなゲーム進行上非常に邪魔な野生モンスターだが、実は捕獲しカード化すれば自軍の召喚モンスターとして使用可能になるのだ。
ただ、試合中のんびりそんな事をしていれば、あっさりと敗北するので、普通はやらない。
勿論僕もそんな無茶をするはずも無く、今日は「クエスト」に挑戦し、あわよくばクエスト報酬と野生モンスター捕獲の一石二鳥を狙う作戦である。
クエストには「採取」「討伐」「探索」「攻城戦」「防衛戦」等があるが、今回は「討伐」を行いたいと思う。
討伐クエストの対象となるモンスターは強いモンスターが多く、野生モンスター以外にもこのモンスターも捕獲を狙う事ができる。
それに「光属性」や「闇属性」のレアモンスターが出る確率もグッと高まるのだ。
◇
VRシステムを起動すると、そこはいつもの無機質なブルーの部屋だった。
空中投影されたパネルを操作し、「討伐クエスト」を選ぶまえに「ショップ」を選択。
トレーニングモードでこつこつ溜めたポイントと、「無地の召喚カード(火)★★★」を交換した。
この「無地の召喚カード」が無ければ、召喚モンスターを捕まえることができない。
しかも、属性毎に対象モンスターの星数に応じたレベルの「召喚カード」を用意しなければならないので、召喚カードを大量に用意するのも至難の業だ。
まあ、中にはリアルマネーを多額に投じて、あらゆるバリエーションの「無地の召喚カード」を用意する猛者もいるかもしれないが、この「無地の召喚カード」もデッキ規定枚数の上限五十枚に含まれるので、あまり大量にデッキに組み込めば、戦闘行為そのもに支障を来すし、かといって枚数が少なければ、いざと言う時に肝心の捕獲ができなくなる。
逐一頭を使わされるゲームなのだ。
今回、僕はポイント数の都合もあり、一枚だけデッキに組み込むことにした。
さて、これで準備が整ったので、いよいよ「討伐クエスト」への挑戦である。
討伐目標は「火蜥蜴亜人」。
星数は三ツ星級と、僕のカードが持つどのカードよりも強い。
本当ならデッキの主力は「火属性」なので、「火属性」に弱い「風属性」を攻めるべきだが、そこは知恵と戦略でどうにかしたいと思う。
◇
「暑い……いや、熱い!?何もここまでリアルにしなくても……」
火蜥蜴亜人の住むフィールドは、「アシド火山」と言う火山の中にあるダンジョンの中だ。
溶岩があちこちでボコボコ音を立て、熱気が容赦無く汗を拭き立たせる。
溶岩の炎のおかげで多少は見通しが良いが、完全とは言えず僕の緊張感が否応なく煽られた。
「とりあえず、まずはカードを引くか」
既にクエストは開始している。
試合形式ではないので「城」が無く、召喚士である僕も、ダンジョンの奥まで進まなければならないのだ。
このままでは野生モンスターに出会った瞬間死んでしまう。
最初のカードで「レッドスライム」が出た。
スライムと言えば雑魚の代表格のような存在なので、些かの不安はあるが「火耐性」を持っているので、「赤芋虫よりはマシだと思おう。
(余談だが、「蟲」特性は「火属性」が弱点である。火属性モンスターなのに火属性に弱いとはこれいかに……)
レッドスライムを前面に出しながら、慎重に進んでいると、目の前に敵が現れた。
「うわぁ!?」
薄暗くいせいで、本当に目の前に来るまで気付かなかった。
しかも相手もレッドスライムで、地面をプニプニと転がりながら近づいて来たので、音がほとんどしなかったのだ。
同じレッドスライム同士なら消耗戦は避けられないだろう。
まだまだ先は長いので、ここはあっさり勝負を決めたいと思う。
「『火の矢』!」
火の矢 火属性 ★★
威力 ★
範囲 ★
速度 ★★
「矢の形状をした直線上に飛ぶ火の魔法」
「魔法」カード。
召喚カードと同様に、二ツ星の魔法カードはコスト2を消費することで、「魔法」を発動することができる。
今回の「火の矢」は単純な攻撃魔法で、カードを使用した瞬間、僕の頭上から火の矢が飛び出し、レッドスライムが火に包まれた。
「よしっ!」
幸い、射線上に何の障害物も無かったので、きれいに命中した。
「あれ……?」
だが、火の中からレッドスライムが燃える様子もなく、ぷにぷにと動いているのが見て取れた。
そして、レッドスライムは何事も無かったかのように飛び出してきた。
「あっ……そうか!『火耐性』か!」
僕は大馬鹿だ!
自分のレッドスライムに「火耐性」があるんだから、敵のレッドスライムだって「火耐性」があるにきまってるじゃないか!
自分の空っぽの頭を思わず壁に叩き付けたくなるが、どうせ仮想現実(VR)の中なので、無駄な行為である。(痛みは感じるが)
だが、いくら「火耐性」があってもさすがにノーダメージとはいくまい。
「いけっ!レッドスライム!」
僕は気を取り直して、レッドスライムをけしかけた。
敵のレッドスライムも、負けじと体当たりを繰り返す。
同じ様な赤いボールがぷよんぷよんと体当たりを繰り返すシュールな光景がしばらく続き、遂には僕のレッドスライムが押し勝った。
「おっと……」
敵のレッドスライムがこちらに転がってきたところを、反射的に避け、僕も数歩後ろに後退したところ……
『召喚士死亡。クエスト失敗しました。再度挑戦しますか?』
僕は、いきなりいつもの無機質なブルーの待機室に戻され、茫然自失していた。
「は?……え?……ええ!?どういうこと!?」
何らかの原因で、僕(召喚士)がダメージを受けていたらしい。
『神々の遺産は』リアルな設定が売りのゲームだ。
モンスターに攻撃されれば死んでしまうが、さすがに転んだだけだったり、包丁で指を切った程度で死ぬと言う話は聞いたことがない。
落ち着いて記録を読み直してみると「地形:溶岩によるダメージが許容量を超えました」と表示されていた。
「地形:溶岩」?
全く心当たりがないぞ?
文章記録だけではなく、映像記録を再生すると……
「あ!」
敵のレッドスライムが転がってきたときに、僕が下がった場所に溶岩があったらしく、映像上の僕が火達磨になっていた……
「む、むごい……と言うか、設定リアルすぎだよ……」
しかし、その後改めて攻略サイト等を読み返してみると、そもそも特殊地形マップをプレイする際には、対策用のカードを数枚用意する事が好ましいとの事だった。
今回のような「溶岩」には、「火」ダメージを無効化させる「火属性無効化:火属性★★★★」や、床トラップ全般を避ける事ができる「浮遊:風属性★★★★」や「飛翔:風属性★★★★★★」が必要だとか。
四ツ星どころか六ツ星のカードって……どうやって手に入れるんだ……
◇
心が挫けそうになったが、既に「無地の召喚カード(火)★★★」をポイントで購入してしまったのだ。
ここは、自力で溶岩を回避しまくるという荒業に挑戦したいと思う。
「召喚レッドスライム、召喚犬亜人魔法使い」
肌を刺すような熱気に耐えながら、今度は、慎重にモンスターが二体揃うまで、ダンジョンの入り口でドローを繰り返した。
じりじりと時間制限の表示に気を付けながらも、ぎりぎりの遅さで火蜥蜴亜人を探していると、例のヤツが現れた。
「おっ、出たな!今度こそ!」
先程僕の死因になった(決して自業自得とは認めない)レッドスライムが再び現れた。
犬亜人魔法使いの火魔法は、先程と同様に効かないだろうから、普通に二体で袋叩きにしたところ、あっさり完勝。
「お、ラッキー」
  赤面お玉杓子 火属性 ★
体力 ★
魔力
攻撃 ★
防御
素早
知性
精神
  特性:両生類
  特技:溶岩ダメージ無効
 『溶岩の中で一生を過ごす溶岩蛙の子孫。溶岩蛙は溶けた鉄をかけても堪えない程熱さに強いが、急な温度変化に弱く、突然常温の水をかけただけでも死ぬらしい。ましてやその子孫ともなれば何をか言わんやだ』
今のドローで、手元のモンスターが増えた。
しかも、好都合で溶岩ダメージ無効を持っているので、地形を気にせず動き回る事ができるのため、星数以上の働きが期待できるだろう。
「……」
ただし、地面の上でぴちぴちと跳ねるだけで動けないようなので、犬亜人魔法使いに赤面お玉杓子を抱えてもらう。
そこまで豊富な立体データを用意していなかったのか、犬亜人魔法使いの表情の変化が乏しく、その内心を伺い知る事はできないが、何となく嫌がっている気配を感じる。
一抱えもあるような大きなお玉杓子を無理やり抱っこさせられる、その気持ちは痛いほどわかるが、ここは心を鬼にして我慢してもらいたい。
3匹のお供と共にダンジョン一階を探索している内に、奇妙な事に気が付いた。
「階段ってどこだろ?」
むしろ、たかだ一階が広すぎじゃないか?
攻略サイトによると、火蜥蜴亜人は大体地下3階程の深さに生息しているらしい。
だが探せど探せども、全く階段が見つかる気配が無く、むしろ野生モンスターの気配さえ消えてきた。
ただただ黙々と溶岩の吹き出る岩地を歩いている内に、やがて嫌な気配を感じ始めた。
地面が軽く揺れるような地響きがするのだ。
「ま、まさか噴火でもするのか?」
活火山の噴火なんてテレビでしか見たことがないが、話に聞く限りでは噴火前には地震が起こるはずだ。
リアルさを求める限り、そんなものまで再現したのか、最初はそう思った。
だが、地震と言うには体感的な話だが震源地が浅すぎる気がする。
それに、何か、生物の唸り声のようにも感じ……?
「……」
「……」
「……」
スライムやお玉杓子が「唖然とした表情」をするのかどうかは解らないが、間違いなく全員硬直したはずだ。
僕たちの目の前には、ビルよりも大きい、赤い竜がいた。
「……(静かに後退している)」
「……(ぷよぷよと跳ねるのを止め、岩と同化しようとしている)」
「……(舌を垂らし、死んだふりをしようとしている)」
「……(潜り込む溶岩を探している)」
さて、どれが誰のアクションでしょう!
いやあ、人間驚きすぎると声も出ないんだね!
心の中では絶叫してるのにね!
(こ、これはもしかして六ツ星の赤竜って奴か!?でも、何で三ツ星ランクのクエストに!?あ、まさか、噂の希少クエストか!?)
希少クエストとは、確率1%未満で発生するというレア級(六ツ星以上)カードが取得できるクエストである。
(赤竜の迫力が凄すぎてちびりそうだ……デザイナー力入れ過ぎだろう……)
どうりで周辺に野生モンスターがいないはずだ。
こんな食物連鎖の超トップにいるような奴が居座っていたら、虫一匹さえ残らず全員逃げ出すだろう。
もちろん僕たちも、見つかった瞬間即死である。
ここで素直に帰ればいいのに、僕は逃げ出す前に「ソレ」を見つけてしまった。
(卵?あの赤竜メスなのか?)
赤竜の腹の下には、三つの卵がある。
一つ一つの卵が、鶏の卵一万個分ぐらいの大きさがあるのではないだろうか。
ごくりと唾を飲み、手元の奮発して手に入れた「召喚カード(火)★★★」を見た。
親は六ツ星級だが、子竜なら四ツ星、五ツ星もありえると言う。
なら、卵なら三ツ星以下の可能性もあるのでは?
(全員カードに戻れ!)
再召喚には同様にコストが必要になるので、よっぽどの事が無い限り「送還」は行わないのだが、赤竜相手に、僕の一ツ星、二ツ星のモンスターが何百匹いようとも無駄である。
ならば、無駄な物音を立てる危険を排除した方がいい。
それに、僕の馬鹿に全員を突き合わせる道理も無い。
いくらゲームだからと言っても、仲間が死ぬのを見るのは嫌なのだ。
僕は呼吸音さえギリギリまで抑え、そうっとそうっと赤竜に近づいていく。
ゲームとは思えない恐怖と緊張感に耐えきれず、思わずリセットボタンを押したくなる。
やがて僕は、赤竜の腹下に近づいた。
こうなればもう自棄である。
どうせ赤竜が寝返りを打っただけで、僕は死ぬのだ。
普通、野生モンスターを捕まえるには、戦闘で相手を死ぬぎりぎりまで追い詰め、モンスターを屈服させる必要がある。
だが、今回は屈服も何も自我があるとさえ思えない。
僕は駄目元の精神で腹を括り、召喚カードに野生モンスターを封印するための呪文を唱えた。
「隷属!」
赤竜の卵 火属性 ★★★
体力
魔力
攻撃
防御 ★★★
素早
知性
精神
特性:竜族、移動不可
特技:
 『火属性の中で最も弱い竜と呼ばれる赤竜だが、決して油断してはいけない。竜族特有の鋼よりも硬い鱗に、城を押しつぶす巨体。そして空を焦がす火の息。竜族は全ての生物の頂点に君臨する種族である。重ねて言おう。決して油断してはいけない。ただし、孵化できたならば』
「おおおお!?成功した!?」
あ、思わず声が……
卵が一つ無くなった異変と、その自分の腹の下で叫ぶ小さな生命体。
赤竜の中では、簡単な計算式ができあがったようだ。
「逃……」
最期に確認できたのは、赤竜が、その大きな咢を開いたところだった。
何をするまでもなく、僕の視界は一瞬でブラックアウトした。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
124
-
-
6
-
-
4503
-
-
0
-
-
125
-
-
1168
-
-
1
-
-
20
-
-
3087
コメント