貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

第二章 ~獣人村の異変~(1)




「アヴェルはどっかの木の上に隠れてろよ!クロスケは俺と行くぞ!『攻撃強化パワーアップ』『速度強化スピードアップ』!」
「ミナト、死ぬでないぞ!」


 一週間前、帝国に忍び込むために獣人達の協力を得ようと、彼らの集落へ向ったはずの俺達は……未だ聖樹の森の中にいた。


「「「HHHHH!」」」
「「「HHHHH!」」」
「「「HHHHH!」」」
 四本の腕を振り回す、ネイビーブルーの毛色をしたゴリラが俺達を取り囲んでいる。
 こいつらは、聖樹の森最凶の障害と呼ばれる四ツ星級の魔物モンスター発狂猿人マッドゴリラだ。
 単体なら、亜竜に属する地竜や、竜種と同列の星数ランクを誇る女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーの方がよっぽど強いが、こいつらの最大の特徴は「連携を取って襲ってくる」事だ。
 ただ数の暴力で力押しをしてくるわけではなく、どこで拾って来たのか、人間が使う剣や槍のみならず、鎧や盾のような防具まで器用に使いこなし、更に前衛後衛を意識した波状攻撃まで仕掛けてくる。
「やああ!複合魔法コンボ攻撃強化パワーアップ』『武器強化ウェポンストレングス』竜爪!」
 もっとも、所詮は獣なので完璧な包囲網など組めるはずもなく、キリアの反撃を受け動揺した発狂猿人マッドゴリラは、大きな隙を見せた。
 そのタイミングに合わせクロスケに魔力を譲渡し、発狂猿人マッドゴリラの一匹にクロスケをけしかける。
「UHH?!」
 発狂猿人マッドゴリラの顔に、べたりとクロスケが張り付き、即座に硬化を発動すると、目は見えず、耳も聞こえない、呼吸もできない状態に陥る。
 しかも、クロスケは俺の魔力を利用する事で、鋼鉄並みの強度で固まる事ができる。
 発狂猿人マッドゴリラの腕力は大木を片手で圧し折る力があるが、それでも容易に剝ぐことはできない。
複合魔法コンボ攻撃強化パワーアップ』『武器強化ウェポンストレングス竜拳りゅうけん!」
 それらを、俺がキリアに新しく教わった技で仕留めて行く。
 個人的には「竜拳」ってダサいと思うのだが。
 早い話がタダの魔法で強化したパンチだし……まあ、郷に入っては郷に従うしかあるまい。
「うわっ!?『防御強化ディフェンスアップ』!」
 キリアと違い俺の技では発狂猿人マッドゴリラを一撃で倒すことができず、クロスケに顔を塞がれたゴリラが名前の通り狂ったように暴れ、その太い腕が俺の顔をかすめていった。
「痛っ!!」
 魔法で防御力を強化したにも関わらず、掠っただけで、頭蓋骨にヒビが入ったかと思うような威力だ。
 この一週間、こんな事ばっかりしている生活を送ったおかげで、今では反射的に防御魔法を発動できるようになってしまった。
 日本に帰っても絶対使う事が無い技術だが、この瞬間を生き延びるためには必須技能である。
「『治癒キュア』!」
 そして、即座に回復も行う。
 こめかみ辺りの骨がみちみちと音を立てて、修復されるのがわかり、少し気持ち悪い。
 と言うか、普通ならこんなレベルの怪我を受ければ、最低でも地面をのたうち回り、痛みに弱い人間なら失神すると思うが、こっちに来てから怪我ばかりしているせいか最近麻痺してきている。
「『火矢ファイアアロー』四枚!」
「WWHH!?」
 周囲の森に飛び火しないよう、限界まで細く絞った火矢を四連続で放ち、発狂猿人マッドゴリラの四本の腕を貫いた。
 腕の神経を焼き切り、動けなくするためだ。
「これでどうだ!?……って、駄目かあああ!?」
 顔を封じこみ、腕を焼き、それでも尚、発狂猿人マッドゴリラは俺を殺すべく立ち上がり、闇雲に体当たりを仕掛けて来た。
 野生の勘なのか、眼が見えないはずなのに的確に俺の位置を捉え突進してきた。
「マジか!」
 周囲の樹を盾にしようと思ったが、鉄の鎧を来た巨体は周辺の大木さえ容易く圧し折り、勢いを殺す事なく、俺に向かってくる。
「本当に化け物モンスターだな!『風の盾ウィンドシールド』!」
 餞別代わりにもらった、この『風の盾ウィンドシールド』は、本来なら飛び道具等を落とす魔法らしいが、意外に汎用性が高く重宝している。
 俺の眼の前に発生した、風の渦に発狂猿人マッドゴリラが突っ込み、その速度を減速させた。
「もいっちょ『風の盾ウィンドシールド』!」
 これを繰り返せば、体当たり系の攻撃もかなり威力を落とす事が可能だ。
 森の中には体当たりを武器にする魔物モンスターが多く、この魔法が無ければ、多分森に入って二日目当たりで死んでいたと思う。
「やっぱり止まらないか……『風の盾ウィンドシールド』!」
 今度はジャンプと同時に風の渦を発生させるが、俺の目の前ではなく……足元に発生させた。
 体が風に持ち上げられ、俺の体が身長の二倍以上も飛び上がった。
 その浮かんだ俺のを、青毛の野獣が通り過ぎていく。
「うわぉ!」
 何度やっても慣れない浮遊感。
 だが、これのおかげで突っ込んできたゴリラの背後を取る事ができた。
「『風の弾エアシュート』!」
 後頭部を『風の弾エアシュート』で狙撃し昏倒させれば、後はクロスケの窒息効果で徐々に動きを弱め、最後は自然と動かなくなった。
 しかし、さすがは四ツ星級の魔物モンスターだった。
 俺はたった一体を担当しただけなのに、一歩間違えれば普通に死ぬところだ。
「ふぅ……危ねぇ……」
「ミナト!大丈夫じゃったか?」
「ミナト、すぐにここから立ち去るわよ」
 木の上から降りてきたアヴェルを受け止め、俺が一息ついた所で、キリアが俺の腕を掴んだ。
 辺りを見回せば、十匹強の発狂猿人マッドゴリラが地に沈んでいた。
 俺とクロスケが一匹片付ける間に、一人で残りを全滅させたらしい。
 相変わらず、こいつの方がよっぽど化け物モンスターに思える。
「どうした?群れを全滅させたんだから、ゆっくり魔石でも剥ぎ取ろうぜ?」
「何言ってんの!発狂猿人マッドゴリラの群れが、たった十匹ちょっとのはずないでしょ!こいつらは、群れの斥候でしょうね。群れの本体は少なくとも百匹以上の群れに、銀背猿人シルバーバックって言う五ツ星級のボス猿がいるわ」
「ひゃっ……!?」
「うむ、のんびりしておれば、こいつらが戻らない事に不信を覚えた本体の戦闘部隊が来るぞ!」
「そうよ、だから全力で森から抜けるわよ!」
「お前が、折角だから森の魔物を間引きしておきたいとか言うから、こんなに長く森にいるんだろ!?」
「つべこべ言わないの!普段は護衛を守るのに忙しくて、満足に戦えないんだからしょうがないでしょ!」
 護衛を守るって何だ!?
「あーもうっ!アヴェル、クロスケ逃げるぞ!」
 聖樹の国に来て、最初から最後までキリアに振り回される形になるようだ。
 俺は、右脇にアヴェルを、左脇に発狂猿人マッドゴリラを食べていたクロスケを抱え、全力でキリアの背を追った。





「あー……疲れた……」
 森から十キロ程離れたところで、ようやっと止まったキリアの後ろで、俺は倒れていた。
 心の中では、「疲れたじゃない!」とか「誰のせいだと思ってんだ!」とか叫んでいるが、現在俺の口は酸素を取り込むのに忙しくそれどころではない。
「今日は、ここで夜営にしましょ」
 森を抜けた、ここは広い草原だった。
 地平線の遥か先には大きな山脈が見えるが、それ以外特段何の目印もない。
「こんな場所でいいのか?身を隠す場所もないぞ?」
「その代わり、敵が隠れて近づく事もできないでしょ」
「ふうん。そんなもんかね」
「じゃ、ミナト、テントとか出してよ」
 俺の唯一無二と言っても過言でも無い役目が、「荷物持ち」である。
 これを無くせば、むしろ俺がただのお荷物になってしまう。
「あいよ」
 森の中で一週間も野営したので、もう慣れたものである。
 『窃盗スティール』で作った亜空間に手を突っ込み、テント等一式を取り出す。
「森の中じゃないから、遠慮なく火を焚けるわね。たまにはスープでも作りなさいよ」
「はいはい」
 命令口調で俺にスープを強要するキリア。
 最初は、当初の「ですわ」口調とのギャップに驚いたが、変に気を使われるよりも百倍良い。
 むしろ、親しくなり距離が縮んだからこその、今のこの口調なのだと思う。
 ただし、この絶世の美少女の皮を剥げば、中からは魔物モンスターを素手で八つ裂きにする戦闘狂バトルジャンキーが出てくる事を、俺はよおくわかっているので血迷ったりはしないが。


 俺は『ウォーター』の魔法で鍋に水を張り『ファイア』の魔法で火を点けた。
 本来なら、薪に火を点けるため一瞬だけ火を灯す、ライターやマッチの代わりになる魔法だが、何故か俺の魔力は潤沢なので魔力を燃料に火を点けっ放しにする。
 乾燥野菜と魚の干物で出汁をとり、山菜類を別の鍋で下茹でし灰汁を取る。
 その間に、生肉を焼肉用にカットし、焼けた石の上に並べていく。
 幸い、肉類は森の中で山のように穫れたし、木の実や山菜も十二分に確保出来ている。
 さすがにキリアは、森の食物に非常に詳しくとても助かった。
 俺やアヴェルだけなら、一週間持たず餓死していただろう。
 ただ、キリアが「修行だ!」と言いださなければ、女王巨人蜘蛛クイーンジャイアントスパイダーのマリアに乗って一日で森を出れたのだが……
 過ぎた事を考えてしょうがないので、諦めて鍋に魚醤を垂らし味を調えていく。
 魚の乾物と魚醤の香りが極めて相性が良く、異世界なのに日本的な匂いが周辺に漂う。
 焼き締めたパンは森の中で食い飽きたので、今日は小麦を水で溶いて、焼肉と同様に石に貼って焼いてみた。
 インドのナンみたいになればいいなぁと思ったのだが、ちょっと違う謎の小麦粉を焼いたものが出来上がった(当たり前か)。
「いい匂いねぇ」
 キリアはスープの完成を待たず、火傷しないように冷ましたナンもどきを使って肉を持ち上げ、軽く塩を振ってかぶりついた。
「うん、おいしい!」
 油でてらてらした口のまま、膨らんだ頬にえくぼをつくり、ご満悦だ。
「行儀が悪いな」
「いいのよ。爺もいないんだから。むしろ、ミナトの方が変にマナーがしっかりしてるわよね。やっぱり、どっかの貴族なの?」
「まさか、何一つ疑う余地も無い完全な一般庶民だよ。ただ、俺の婆さんが、礼儀作法にうるさい人だからな」
 とは言え、こんな状況でお行儀も何もあったものではない。
 俺もキリアを真似して、ナンもどきで肉を掴み塩を振って食べてみた。
「おお……」
 見た目はちょっとアレだったけど、旨いな……満月熊フルムーンベアー
 運動会の大玉転がしを髣髴とさせる丸い体型をした、ぱっと見可愛らしい熊だが、熊らしい狂暴さと俊敏さ、そしてチームワークを披露し、中々に苦戦した。
 だが、お陰で旨い肉を『窃盗スティール』の亜空間の中に大量に放り込む事ができた。
 うちにはクロスケとマリアと言う大飯食らいが二匹もいるので、飯が多いに越した事はない。
「魚醤もいけるな」
 焼けた肉の上にほんの少し魚醤を垂らせば、石の上で香ばしい薫りが広がった。
 ナンもどきとはちょっと合わなかったが、十分に和風テイストになり、俺の舌を満足させてくれる。
 ああ、でもできれば米が欲しいなぁ。


 魚の干物で作ったスープも十分に美味しくできた。
「これも美味しい!魚の干物は、焼いて食べるしかないと思ってたけど、こんな使い方もあるのね」
 いや、本当は僕もそう思っていたが、聖樹の国でもらった魚の干物は、脂身が以上に少なく、どちらかと言えば鰹節のようにカチカチだったので、試しにスープに入れてみたのだ。
 燻製の風味が無いので、味は鰹節と全く違ったが、口の中で魚の身がほろほろと溶けて、これはこれでありだと思う。





 さて、お腹も膨れたし後は寝るだけだ、となった際に問題が生じた。
「何を恥ずかしがってんのよ。見なきゃいいだけでしょ」
「いや、だってキリア、お前……」
 そう、キリアが水浴びをしたいと言い出したのだ。
 別に水浴びぐらい好きにすればいい。と言いたい所だが、ここは前述したように身を隠す場所が何一つない、見晴らしの良い広い草原である。
「何よ、一週間も水浴びをしてないのよ!ミナトだって気持ち悪いでしょ!?」
「いや、そうだけどさあ」
「アヴェルだって、水浴びしたいでしょ?」
「な、何を言うか!我は魔王じゃ!汚れなどとは無縁の高位存在なのじゃ!水浴びなぞ不要なのじゃ!」
「んなわけないでしょ。ほら、つべこべ言わないの」
「せめて、テントの中でやれよな!」
「嫌よ。テントに水が跳ねてカビが生えたらどうするのよ」
「我は、嫌じゃあああ!」
「はいはい。いいからいいから」
 しかも、風呂の水を作るのも俺の仕事らしい。
 キリアがアヴェルを引きずって、無理やり服を脱がしだしたのを尻目に、俺は全力で大きめのタライ3つ分にお湯を作り、早々にテントの中に引っ込んだ。
「俺、今日寝れるかな……」
 旅の最中は、二時間交代で、見張りを代わりながら睡眠を取る。
 最初は辛かったが、慣れればすぐに体の中でリズムが出来たので、さして苦にもならなくなった。
 だが、今はテントの外では、同年代の年頃の女の子が水浴びをしている音が聞こえる。
 しかも絵にもかけないような美少女である。
 いくら中身が魔物モンスターよりも化け物モンスターな存在とは言え、美少女は美少女なのだ。
 これで気にならないと、強がりでも言えるほど俺は大成していない。
 かと言って、除けば、旅どころか俺の人生がここで終わるだろう。
 このまま悶々としたまま眠れなければ、二時間後の見張りが非常につらい事になる。
 俺は寝袋を頭までかぶり、般若心経を唱えようと思ったがうろ覚えのため即座に挫折し、ブメを一匹ずつ数えながら寝ようとしたところ、ブメに関連して全裸のファラを想像してしまい、余計に眠れなくなるという負のサイクルを一人で繰り返していた。


「け、結局一睡もできなかった……」
 そんな馬鹿な妄想をしていたせいで、一睡もできず今に至る。
「仕方がない。修業でもするか……」
 最近はキリアのせいか、隙があれば修業する癖がついた気がする。
 人間の刷り込みとは恐ろしいものである。
「えーと、なんだっけ……」
 キリアや城でテッサさんに教わった事を思い出しながら、拳を作り前に出す。
 単純な動作だが、この一動作に、多数の奥義が隠されているらしい。
 爺さん曰く――
『人間や動物もちろん魔物もそうですが、小さな虫からその辺の木の実など、この世のありとあらゆる物には魔力が満ちています。
 では、一番大量の魔力がある場所はどこだと思いますか?
 いえいえ……カードはただの媒体ですから、魔力はほとんど込められていません。
 正解は、天と大地です。
 我々は息を吸う事で、空気を介し天の魔力を吸い取り、それを地に還しています。
 そして、足が地に触れている間、地から魔力を吸い上げ、息を吐く事でそれを天に還しています。
 そうですね。我々は麦の茎のように空洞になればなるほど、魔力の循環は自然になり、魔力の循環量が増えれば身に宿る魔力も増え、扱う魔力もスムーズになります。
 呼吸を通し、魔力を意識して下さい。
 呼吸、意識、魔力が一体になった状態を「内三合ないさんごう」と言います。
 それができたら、次は、ミナト様の手を見て下さい。
 貴方の手はただの肉と骨の塊ではありません。
 手は腕に、腕は体に、体は腰に、腰は脚に、脚は足に繋がっています。
 先程も申し上げた通り、足から吸い上げた魔力は、脚、腰、体を通って天に還ります。
 そして天から取り込んだ魔力は、口から体を通り足を介して地に還ります。
 この時体には魔力が満ちており、極めて純粋な魔力に近い状態になるでしょう。
 え?どういう事かわからない?
 ええ、はい。今はわからなくても結構です。
 そういうものだと思って、聞いておいて頂ければ結構です。
 体を動かす際、足と呼吸とが一体とする、その状態を「外三合がいさんごう」と言います。
 そして、呼吸を通し「内三合」「外三合」を極めた時、「六合りくごう」に至り、「内外合一」を果たします。
 その時、ミナト様は、ミナト様であり自然であり、天であり、地であり、そして「魔」となるのです。
 魔法カードとは、ただの媒体でしかありません。
 魔力は常に、貴方の傍にあるのです。
 それを、忘れないで下さい』


 ……うん。意外と覚えている。
 と言うか、爺さんのあまりにも必死な様子が印象に残りすぎて、忘れられなかった。
 何で爺さんはあんなに、すがるような眼で俺にこんな話をしてくれたのだろうか。
 理由はわからないが、きっと大事な事だったのだろう。


 俺は、大きく息を吸い、拳を振りながら異世界の夜空を見上げた。

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