貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
Story.001 ~VRカードゲーム『神々の遺産』で遊んでみよう~
1
巷では『神々の遺産』と言うVR技術を駆使したカードゲームが流行っていると聞き、僕もバイトでお金を貯め、『神々の遺産』専用カードリーダーを、ようやく手に入れる事ができた。
VRプレイヤーそのものは、父親が仕事でたまに使うため、家にあるものを利用すればいいので大変助かった。
さて、後は満を持して、カードリーダーをVRプレイヤーに接続し遊ぶだけである。
僕は、腕輪型カードリーダーと、ヘッドセットを装着し、専用チェアに深々と腰掛、楽な体勢を取った。
◇
僕は、『神々の遺産』を手に入れる前に、事前に攻略サイトで遊び方は十二分に研究していた。
後は、スターターパックでレアカードが出るかどうかだが……期待はしないでおこう。
『神々の遺産』は、星の数でレアリティが決まっており、一ツ星が最低、八ツ星が最高ランクのカードになる。
事前の調査では、スターターパックでは、運が良くても最高で三ツ星、後は精々が一~二ツ星しか出ないそうだ。
……案の定、僕が買ったカードパックの中の、全五十枚の中に三ツ星以上のカードは無く、二ツ星が十枚程入っているだけだった。
まあ、こんなものだろう。
ちなみに、これが内訳である。
●城カード × 1枚
●魔物カード × 8枚
●コストカード × 28枚
●建造物カード × 3枚
●魔法カード × 10枚
『神々の遺産』を遊んだことが無い人達からすれば、何のことかと思うだろう。
まず、『神々の遺産』の基本的な世界観を話させてもらえれば、神々の遺産は、プレイヤーが召喚士となり、魔物をフィールドに呼び出し、互いに戦わせるゲームである。
その戦う理由には、背景(設定)として神と魔王の戦争とか、色々な物語があるが、それは正直ゲームをプレイする上で関係無いので割愛させて頂く。
ただ、公式戦では「神チーム」、「魔王チーム」で登録し、各軍勢の勢力ポイント等が重要になるらしい。
ついさっきスターターパックを買ったばかりの僕にはまだまだ縁遠い話だが。
さて、基本的なルールの一つに『召喚士が一撃でも魔物から攻撃をくらえば負け』と言うシビアなルールがある。
これは「モンスターに殴られれば、普通の人間は死ぬでしょ」と言う、ゲームなのに妙に現実味のある設定のせいだ。
そのため、最初からモンスターカードが手札に来るまでは、何回でもデッキからカードを引き直しても良いというルールがあり、またプレイヤーは、そのモンスターに守られながら「城カード」で建設した「城」の中に引き籠って、仲間モンスターに指示を送り出すのである。
さてと……では、延々とこんな説明をし続けても、誰も喜ばないだろうし、百聞は一見にしかずである。
さっそくゲームをやってみよう!
と言うか、僕がもう我慢できないのだ!
◇
VRシステムが作動し、一瞬眩暈が起きる。
その後すぐに、僕は部屋全体が無機質なブルーで染まった広い空間の中央に、一人ぽつんと立っていた。
これは「チュートリアル部屋」だろう。
本来なら、ここでゲームのルールや説明のガイダンスが流れるらしいが、既に予習済みの僕には不要である。
さっさとゲームで遊ぶべく、宙に浮いているインターフェースを操作し「デッキ編集」画面を呼び出した。
僕が買ったスターターパックは「火シリーズ」と言うやつだ。
ゲームの中には、火、水、土、風、光、闇、祝、病の八属性があり、その内の『火』『水』『土』『風』が基本属性として、誰もが必ず最初に選ぶ属性だ。
『光』『闇』は特殊属性となっており、市販のカードパックでの取得はできないらしい。ゲームの中である条件を満たせば、取得できるようになるとか。
あと、『祝』『病』は補助属性と呼ばれており、味方モンスターを強化・回復、敵モンスターを弱体化・状態異常化させるだけの属性だ。
よって、市販で買うしかないスターターパックは当然『火』『水』『土』『風』の四種類から選ぶしかない。
その中で、僕は『火』属性を選んだという事だ。
……だって、『火』って一番格好いいじゃん?強そうな気がするし。
上限枚数ちょうどの五十枚しか持っていない、今の段階ではデッキ編集画面でできる作業は、所有カードの確認ぐらいである。
早々にチェックを終え、デッキ編集画面を終了させた。
次に、ゲームモードの選択だ。
ゲームモードは、「トレーニング」「クエスト」「試合」の三種類が基本だ。
今回はもちろん「トレーニング」で、コンピュータの強さを「最弱」にする。
戦場を選択して下さい、か。……種類が色々あるなぁ。
攻略サイトに、基本は「森林フィールド」だって書いてたから、最初は「森林」でいっか。
……森林フィールドを選択っと。
おお……すごいな!
今までのVRゲームと一線を画すこのクオリティ!
この森の雰囲気だとか、匂いまで、まるで現実と変わらない(気がする。リアルな森林なんて入ったことないし)!
《ゲームを開始します。カードをドローして下さい…10…9…8…》
おっ、感動している場合じゃないか。
空から降ってくるような感覚で、機械的な声が聞こえてくる。
僕は、腕輪型のカードホルダーにセットされたデッキから、緊張で少しもたつきながら、七枚のカードを引いた。
赤芋虫 火属性 ★
体力 ★
魔力
攻撃 ★
防御 ★★
素早
知性
精神
特性:蟲
特技:粘着糸
『いずれ蛹になり、蛹が孵化すれば、世にも美しい火の粉を撒き散らす蝶になる。ただし、弱肉強食の大自然の中で、蝶に至る個体はほとんどいない』
犬亜人魔法使い 火属性 ★★
体力 ★
魔力 ★★
攻撃
防御
素早
知性 ★★
精神 ★★
特性:獣
特技:火魔法
『集団行動を得意とする、犬亜人の魔法使い。個体によって得意魔法が違うが、どの個体も異常に打たれ弱いと言う共通点がある。魔法を操る賢さから、犬亜人の中では一目置かれている』
デッキの中に、二枚のモンスターカードと、四枚の『火』コストカード、一枚の魔法カードが来た。
手札の中にモンスターカードが入っているので、ゲームが開始される。
『神々の遺産』はカードゲームだが、リアルタイム制が導入されており、のんびり考える時間は無い。
最初一分が与えられ、その間に「城」を設置。
カードを持っていれば「建築物」カードで建物の構築や、「地形」カードでフィールドをいじる事や、「トラップ」カードで罠を設置したりできる。
ただし、「城」の建築以外は、全てコストが必要なので、そこはモンスターを召喚するのか、周辺環境を整えるのか。
僕の腕と判断力にかかっているのだ。
……まあ、スターターパックには、「地形」カードも「トラップ」カードも入っていないんだけどね。
とうわけで、さっそくこの二体のモンスターを召喚してみたい。
カードを使用するには、星数に応じたコストを支払う必要がある。
コストの入手方法は、単純に「コストカード」を使用し1コストを入手するか、特殊な条件を満たす事でコストを増やすか、フィールドでコストを生産するかのいずれかしかない。
僕は普通に3コストをカードで支払う事で、手札の中のモンスター2体を召喚。
「城」は可能な限りギリギリ後ろに建てようかな。
……リアル過ぎて怖いし。
まずは、相手の位置を探らければ作戦の立てようもない。
しかし、お互いに「城」をどこに建てたのかはわからないし、この深い森の中では、どこに敵がいるのかもわからない。
「城」の中にいる僕の手元には、全体を俯瞰した正方形の地図が表示されているが、自軍のモンスターや、自分で建てた建築物周辺以外は暗くなったままだ。
僕は防御力の低い『犬亜人魔法使い』を城の護衛とし、『赤芋虫』を探索に出すことにした。
しかし、『赤芋虫』は動きが遅いため、特に敵と接敵する事もなく、時間が経過していく。
その間に、僕は消費した5枚分のカードをドローし、手札を7枚に戻した。
「よしっ!」
手元に来たカードは、またコストカードが4枚。
もう1枚で、狙っていたモンスターカードが出た。
火蜥蜴 火属性 ★★
体力 ★★
魔力
攻撃 ★★
防御
素早 ★★
知性 ★
精神
特性:爬虫類
特技:火の息
『伝説の炎の精霊獣サラマンダー……の子孫と言われているかもしれない。火山でよく見る事ができるが、火山が噴火しそうになれば一目散に逃げる様子も見る事ができる』
説明書きは弱そうだが、僕が持っているカードの中で、『攻撃』が二ツ星になっているカードはこいつだけなのだ。
しかも、素早さも二ツ星だ。
ファーストアタッカーとして、とても期待できる。
『火蜥蜴』は、『赤芋虫』の数倍の速さでフィールドを駆け巡り、ようやく敵モンスターを発見。
単身で突っ込ませることなく、『火芋虫』と合流させた。
「よーし、まずは初戦闘だ!いけっ!」
敵は風属性の「グリーンスライム」一体だった。
一ツ星級のとても弱いモンスターの代表格だ。
『火』属性は、『風』属性に対して有利な属性だし、こちらは二対一。
しかも、その内の一帯は二ツ星級の「犬亜人魔法使い」がいる。
負ける理由が無いので、当然のようにあっさりと「グリーンスライム」を撃破した。
「よしっ!」
VRゲームの醍醐味で、手元のインターフェースだけでなはなく、城の上からも戦闘の様子が見えた。
とてもゲームとは思えないリアリティのある--いや、生々しいと表現しても良い動きと音を発して、初の戦闘を終えた。
「ふぅ……」
思わず、息を吐き、気が付けば握りこぶしを作っていた事に気が付いた。
『神々の遺産』は、一片が約百五十メートルの正方形が縦に9マス、横に9マス並んだフィールドで構成されている。(試合によっては、マスが増えたり減ったりするらしいが)
つまり、端から端まで二キロメートルもない距離で争うのだ。
日常生活では決して感じる事のできない、戦闘の雰囲気に呑まれてしまった。
だからだろう。
「ソレ」に気が付かなかったのは。
「え!?」
手元のインターフェースが、警告を示す赤ランプに染まっていた。
『WWWHN!』
城を守らせていた「犬亜人魔法使い」が、断末魔の雄たけびを上げて倒れてしまった。
「えええ!?」
「犬亜人魔法使い」の頭には一本の矢が突き刺さっていた。
『警告。「犬亜人魔法使い」にクリティカルヒットが発生し。ライフがゼロになりました。「犬亜人魔法使い」はフィールドから墓場にロストされます』
インターフェースには、そんな無情な文字が淡々と載せられている。
「敵襲!?そ、そんな近付けばマップに表示されるはずじゃ……」
僕の動揺を他所に、遂には城まで矢が届くようになり、僕の横を矢が通り過ぎてゆく。
「あ、危なっ!って言うか、超怖い!何これ!?本当にゲームなのか、これ!?」
マップで敵を探るのを諦め、矢が飛び交う中、そうっと城壁から顔を覗かせると、遥か遠くに小さな人影が見えた。
その影は、サイズは小さな子供ぐらいだが、皮膚が濃いグリーンで顔が醜悪。腰蓑一枚付けただけの、実質裸族と言う存在だ。
「ゴブリンか!」
スライムに続く超有名モンスターで、その能力は僕の犬亜人と同様に集団行動が得意な、事と武器を扱える事だ。
推測だが、ゴブリン自体は恐らく二ツ星の「小鬼人弓士」だ。
しかし、「犬亜人魔法使い」と同じランクのモンスターが、いくらクリティカルとは言え一撃で倒せるとは思えない。
「つまり……あれは、『装備カード』か!」
「装備カード」とは、呼んで字の如く、コストを支払う事で剣や鎧、そして弓矢のような「装備」を召喚し、自軍のモンスターに装備させる事ができるカードだ。
モンスターの種族によっては、装備できるものが限定されていたり、そもそも装備そのものが出来ない場合があったりと、かなり使い勝手は悪いが、今回のようにハマれば強力な威力を発揮することができる。
「火蜥蜴、赤芋虫戻れ!」
僕は大慌てで、敵陣を探らせていた二体を城に戻そうとしたが……
「あ」
トスっと軽い音を立て、僕の胸に矢が突き刺さったのが見えた、その次の瞬間、目の前がブラックアウトした。
◇
「や、やられた……」
ゲーム開始前の、無味乾燥とした一面ブルーの部屋に強制的に戻らされた僕は、がっくりと膝をついた。
まさか、初めてプレイしだったとしても、最弱モードのAI相手に、しかも『火』対『風』と属性でも有利だったのに、ものの十数分程度で負けてしまった。
「どうりで、グリーンスライム一体しかいないから変だと思ったんだよ……」
恐らく、あのグリーンスライムは囮だったのだろう。
それに、まんまと食いついた僕は、すっかり初めての戦闘に舞い上がり、弓矢を装備したゴブリンアーチャーが近づいていた事に全く気が付かず、護衛を完封された。
そして、他のモンスターを僕から引き離している間に、僕の事も討ち取ったというわけだ。
本来なら「トレーニングモード」で勝利すれば、ランダムでカードが一枚もらえるのだ。
そして、カードを少しづつ増やし、デッキを充実させていくのが定石だが、最弱のAIにさえ勝てず、リアルマネーを投じて強いカードを求める連中も決して少なくないらしい。
ゲームを始める前の僕なら鼻で笑うような行為だが、あの森林の雰囲気や、戦闘の迫力をVRとは言え肌で感じてしまえば、僕もどうしても勝ちたくなる。
ゲームに勝利し、もっともっとカードを増やしたくなる。
「こうなったら、僕もバイトの時間を増やして軍資金を……いや、そうすればゲームをやる時間が減ってしまう……むぅ、どうすればいいんだ……」
こうして『神々の遺産』は、新たな中毒者を増やしていくのだった。
巷では『神々の遺産』と言うVR技術を駆使したカードゲームが流行っていると聞き、僕もバイトでお金を貯め、『神々の遺産』専用カードリーダーを、ようやく手に入れる事ができた。
VRプレイヤーそのものは、父親が仕事でたまに使うため、家にあるものを利用すればいいので大変助かった。
さて、後は満を持して、カードリーダーをVRプレイヤーに接続し遊ぶだけである。
僕は、腕輪型カードリーダーと、ヘッドセットを装着し、専用チェアに深々と腰掛、楽な体勢を取った。
◇
僕は、『神々の遺産』を手に入れる前に、事前に攻略サイトで遊び方は十二分に研究していた。
後は、スターターパックでレアカードが出るかどうかだが……期待はしないでおこう。
『神々の遺産』は、星の数でレアリティが決まっており、一ツ星が最低、八ツ星が最高ランクのカードになる。
事前の調査では、スターターパックでは、運が良くても最高で三ツ星、後は精々が一~二ツ星しか出ないそうだ。
……案の定、僕が買ったカードパックの中の、全五十枚の中に三ツ星以上のカードは無く、二ツ星が十枚程入っているだけだった。
まあ、こんなものだろう。
ちなみに、これが内訳である。
●城カード × 1枚
●魔物カード × 8枚
●コストカード × 28枚
●建造物カード × 3枚
●魔法カード × 10枚
『神々の遺産』を遊んだことが無い人達からすれば、何のことかと思うだろう。
まず、『神々の遺産』の基本的な世界観を話させてもらえれば、神々の遺産は、プレイヤーが召喚士となり、魔物をフィールドに呼び出し、互いに戦わせるゲームである。
その戦う理由には、背景(設定)として神と魔王の戦争とか、色々な物語があるが、それは正直ゲームをプレイする上で関係無いので割愛させて頂く。
ただ、公式戦では「神チーム」、「魔王チーム」で登録し、各軍勢の勢力ポイント等が重要になるらしい。
ついさっきスターターパックを買ったばかりの僕にはまだまだ縁遠い話だが。
さて、基本的なルールの一つに『召喚士が一撃でも魔物から攻撃をくらえば負け』と言うシビアなルールがある。
これは「モンスターに殴られれば、普通の人間は死ぬでしょ」と言う、ゲームなのに妙に現実味のある設定のせいだ。
そのため、最初からモンスターカードが手札に来るまでは、何回でもデッキからカードを引き直しても良いというルールがあり、またプレイヤーは、そのモンスターに守られながら「城カード」で建設した「城」の中に引き籠って、仲間モンスターに指示を送り出すのである。
さてと……では、延々とこんな説明をし続けても、誰も喜ばないだろうし、百聞は一見にしかずである。
さっそくゲームをやってみよう!
と言うか、僕がもう我慢できないのだ!
◇
VRシステムが作動し、一瞬眩暈が起きる。
その後すぐに、僕は部屋全体が無機質なブルーで染まった広い空間の中央に、一人ぽつんと立っていた。
これは「チュートリアル部屋」だろう。
本来なら、ここでゲームのルールや説明のガイダンスが流れるらしいが、既に予習済みの僕には不要である。
さっさとゲームで遊ぶべく、宙に浮いているインターフェースを操作し「デッキ編集」画面を呼び出した。
僕が買ったスターターパックは「火シリーズ」と言うやつだ。
ゲームの中には、火、水、土、風、光、闇、祝、病の八属性があり、その内の『火』『水』『土』『風』が基本属性として、誰もが必ず最初に選ぶ属性だ。
『光』『闇』は特殊属性となっており、市販のカードパックでの取得はできないらしい。ゲームの中である条件を満たせば、取得できるようになるとか。
あと、『祝』『病』は補助属性と呼ばれており、味方モンスターを強化・回復、敵モンスターを弱体化・状態異常化させるだけの属性だ。
よって、市販で買うしかないスターターパックは当然『火』『水』『土』『風』の四種類から選ぶしかない。
その中で、僕は『火』属性を選んだという事だ。
……だって、『火』って一番格好いいじゃん?強そうな気がするし。
上限枚数ちょうどの五十枚しか持っていない、今の段階ではデッキ編集画面でできる作業は、所有カードの確認ぐらいである。
早々にチェックを終え、デッキ編集画面を終了させた。
次に、ゲームモードの選択だ。
ゲームモードは、「トレーニング」「クエスト」「試合」の三種類が基本だ。
今回はもちろん「トレーニング」で、コンピュータの強さを「最弱」にする。
戦場を選択して下さい、か。……種類が色々あるなぁ。
攻略サイトに、基本は「森林フィールド」だって書いてたから、最初は「森林」でいっか。
……森林フィールドを選択っと。
おお……すごいな!
今までのVRゲームと一線を画すこのクオリティ!
この森の雰囲気だとか、匂いまで、まるで現実と変わらない(気がする。リアルな森林なんて入ったことないし)!
《ゲームを開始します。カードをドローして下さい…10…9…8…》
おっ、感動している場合じゃないか。
空から降ってくるような感覚で、機械的な声が聞こえてくる。
僕は、腕輪型のカードホルダーにセットされたデッキから、緊張で少しもたつきながら、七枚のカードを引いた。
赤芋虫 火属性 ★
体力 ★
魔力
攻撃 ★
防御 ★★
素早
知性
精神
特性:蟲
特技:粘着糸
『いずれ蛹になり、蛹が孵化すれば、世にも美しい火の粉を撒き散らす蝶になる。ただし、弱肉強食の大自然の中で、蝶に至る個体はほとんどいない』
犬亜人魔法使い 火属性 ★★
体力 ★
魔力 ★★
攻撃
防御
素早
知性 ★★
精神 ★★
特性:獣
特技:火魔法
『集団行動を得意とする、犬亜人の魔法使い。個体によって得意魔法が違うが、どの個体も異常に打たれ弱いと言う共通点がある。魔法を操る賢さから、犬亜人の中では一目置かれている』
デッキの中に、二枚のモンスターカードと、四枚の『火』コストカード、一枚の魔法カードが来た。
手札の中にモンスターカードが入っているので、ゲームが開始される。
『神々の遺産』はカードゲームだが、リアルタイム制が導入されており、のんびり考える時間は無い。
最初一分が与えられ、その間に「城」を設置。
カードを持っていれば「建築物」カードで建物の構築や、「地形」カードでフィールドをいじる事や、「トラップ」カードで罠を設置したりできる。
ただし、「城」の建築以外は、全てコストが必要なので、そこはモンスターを召喚するのか、周辺環境を整えるのか。
僕の腕と判断力にかかっているのだ。
……まあ、スターターパックには、「地形」カードも「トラップ」カードも入っていないんだけどね。
とうわけで、さっそくこの二体のモンスターを召喚してみたい。
カードを使用するには、星数に応じたコストを支払う必要がある。
コストの入手方法は、単純に「コストカード」を使用し1コストを入手するか、特殊な条件を満たす事でコストを増やすか、フィールドでコストを生産するかのいずれかしかない。
僕は普通に3コストをカードで支払う事で、手札の中のモンスター2体を召喚。
「城」は可能な限りギリギリ後ろに建てようかな。
……リアル過ぎて怖いし。
まずは、相手の位置を探らければ作戦の立てようもない。
しかし、お互いに「城」をどこに建てたのかはわからないし、この深い森の中では、どこに敵がいるのかもわからない。
「城」の中にいる僕の手元には、全体を俯瞰した正方形の地図が表示されているが、自軍のモンスターや、自分で建てた建築物周辺以外は暗くなったままだ。
僕は防御力の低い『犬亜人魔法使い』を城の護衛とし、『赤芋虫』を探索に出すことにした。
しかし、『赤芋虫』は動きが遅いため、特に敵と接敵する事もなく、時間が経過していく。
その間に、僕は消費した5枚分のカードをドローし、手札を7枚に戻した。
「よしっ!」
手元に来たカードは、またコストカードが4枚。
もう1枚で、狙っていたモンスターカードが出た。
火蜥蜴 火属性 ★★
体力 ★★
魔力
攻撃 ★★
防御
素早 ★★
知性 ★
精神
特性:爬虫類
特技:火の息
『伝説の炎の精霊獣サラマンダー……の子孫と言われているかもしれない。火山でよく見る事ができるが、火山が噴火しそうになれば一目散に逃げる様子も見る事ができる』
説明書きは弱そうだが、僕が持っているカードの中で、『攻撃』が二ツ星になっているカードはこいつだけなのだ。
しかも、素早さも二ツ星だ。
ファーストアタッカーとして、とても期待できる。
『火蜥蜴』は、『赤芋虫』の数倍の速さでフィールドを駆け巡り、ようやく敵モンスターを発見。
単身で突っ込ませることなく、『火芋虫』と合流させた。
「よーし、まずは初戦闘だ!いけっ!」
敵は風属性の「グリーンスライム」一体だった。
一ツ星級のとても弱いモンスターの代表格だ。
『火』属性は、『風』属性に対して有利な属性だし、こちらは二対一。
しかも、その内の一帯は二ツ星級の「犬亜人魔法使い」がいる。
負ける理由が無いので、当然のようにあっさりと「グリーンスライム」を撃破した。
「よしっ!」
VRゲームの醍醐味で、手元のインターフェースだけでなはなく、城の上からも戦闘の様子が見えた。
とてもゲームとは思えないリアリティのある--いや、生々しいと表現しても良い動きと音を発して、初の戦闘を終えた。
「ふぅ……」
思わず、息を吐き、気が付けば握りこぶしを作っていた事に気が付いた。
『神々の遺産』は、一片が約百五十メートルの正方形が縦に9マス、横に9マス並んだフィールドで構成されている。(試合によっては、マスが増えたり減ったりするらしいが)
つまり、端から端まで二キロメートルもない距離で争うのだ。
日常生活では決して感じる事のできない、戦闘の雰囲気に呑まれてしまった。
だからだろう。
「ソレ」に気が付かなかったのは。
「え!?」
手元のインターフェースが、警告を示す赤ランプに染まっていた。
『WWWHN!』
城を守らせていた「犬亜人魔法使い」が、断末魔の雄たけびを上げて倒れてしまった。
「えええ!?」
「犬亜人魔法使い」の頭には一本の矢が突き刺さっていた。
『警告。「犬亜人魔法使い」にクリティカルヒットが発生し。ライフがゼロになりました。「犬亜人魔法使い」はフィールドから墓場にロストされます』
インターフェースには、そんな無情な文字が淡々と載せられている。
「敵襲!?そ、そんな近付けばマップに表示されるはずじゃ……」
僕の動揺を他所に、遂には城まで矢が届くようになり、僕の横を矢が通り過ぎてゆく。
「あ、危なっ!って言うか、超怖い!何これ!?本当にゲームなのか、これ!?」
マップで敵を探るのを諦め、矢が飛び交う中、そうっと城壁から顔を覗かせると、遥か遠くに小さな人影が見えた。
その影は、サイズは小さな子供ぐらいだが、皮膚が濃いグリーンで顔が醜悪。腰蓑一枚付けただけの、実質裸族と言う存在だ。
「ゴブリンか!」
スライムに続く超有名モンスターで、その能力は僕の犬亜人と同様に集団行動が得意な、事と武器を扱える事だ。
推測だが、ゴブリン自体は恐らく二ツ星の「小鬼人弓士」だ。
しかし、「犬亜人魔法使い」と同じランクのモンスターが、いくらクリティカルとは言え一撃で倒せるとは思えない。
「つまり……あれは、『装備カード』か!」
「装備カード」とは、呼んで字の如く、コストを支払う事で剣や鎧、そして弓矢のような「装備」を召喚し、自軍のモンスターに装備させる事ができるカードだ。
モンスターの種族によっては、装備できるものが限定されていたり、そもそも装備そのものが出来ない場合があったりと、かなり使い勝手は悪いが、今回のようにハマれば強力な威力を発揮することができる。
「火蜥蜴、赤芋虫戻れ!」
僕は大慌てで、敵陣を探らせていた二体を城に戻そうとしたが……
「あ」
トスっと軽い音を立て、僕の胸に矢が突き刺さったのが見えた、その次の瞬間、目の前がブラックアウトした。
◇
「や、やられた……」
ゲーム開始前の、無味乾燥とした一面ブルーの部屋に強制的に戻らされた僕は、がっくりと膝をついた。
まさか、初めてプレイしだったとしても、最弱モードのAI相手に、しかも『火』対『風』と属性でも有利だったのに、ものの十数分程度で負けてしまった。
「どうりで、グリーンスライム一体しかいないから変だと思ったんだよ……」
恐らく、あのグリーンスライムは囮だったのだろう。
それに、まんまと食いついた僕は、すっかり初めての戦闘に舞い上がり、弓矢を装備したゴブリンアーチャーが近づいていた事に全く気が付かず、護衛を完封された。
そして、他のモンスターを僕から引き離している間に、僕の事も討ち取ったというわけだ。
本来なら「トレーニングモード」で勝利すれば、ランダムでカードが一枚もらえるのだ。
そして、カードを少しづつ増やし、デッキを充実させていくのが定石だが、最弱のAIにさえ勝てず、リアルマネーを投じて強いカードを求める連中も決して少なくないらしい。
ゲームを始める前の僕なら鼻で笑うような行為だが、あの森林の雰囲気や、戦闘の迫力をVRとは言え肌で感じてしまえば、僕もどうしても勝ちたくなる。
ゲームに勝利し、もっともっとカードを増やしたくなる。
「こうなったら、僕もバイトの時間を増やして軍資金を……いや、そうすればゲームをやる時間が減ってしまう……むぅ、どうすればいいんだ……」
こうして『神々の遺産』は、新たな中毒者を増やしていくのだった。
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