貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~
第一章 ~貧乏姫の戦争~(11)
16
カミラは、蜘蛛の死骸の上で不敵に笑った。
「面白い……!『神武』をつまらない手で封じてしまい、意味の無い戦だと腐っていたが、ここまでの闘いが楽しめるとはな!」
自分の軍勢を退かされ、唯一ここに残っていた銀髪の男も怪我で戦闘不能になった。
事実、敵地に一人残された形になったが、カミラの表情には一切の怯えも恐れも見られない。
むしろ、ハインツを退けたキリアと、女王巨人蜘蛛を呼び出した俺の二人を相手に戦えることに喜びさえ覚えていそうだ。
……こいつも戦闘狂かよ。
異世界には、戦闘狂が多いのだろうか。
「退いて下さい、カミラ将軍。ここは我々の勝ちでしょう。それとも、私とこの女王巨人蜘蛛の両方を相手に勝てるおつもりですか?」
「ああ」
「……!」
迷いの無い断言。
「だが、まさか四ツ星の魔物を一人で屠れるハインツを一対一で敗れる女がいるとはな。その上、どう見ても六ツ星級の魔物を単独で召喚する魔法士までいるとは。この国は人材が豊富だな」
カミラの口調は、先ほどまでの礼節を保ったものよりも、獣染みた雰囲気を隠さない、野性味の強い口調になっている。
これが、奴の地なのだろう。
カミラは赤く燃える長剣を腰溜めに構えた。
「はああああ!燃えろ火燕剣!『火の壁』!!」
そして、剣を横一文字に振るうと、先ほど見た閃光が聖樹の国を割る勢いで噴き出した。
《R゛R゛!『岩石壁』!!》
マリアが瞬時に岩でできた壁を作り、防波堤としたが、ほぼ一瞬で燃え尽き、炎の渦が俺達を呑み込んだ。
「マリアあああああ!」
《R゛R゛大丈夫……デス》
マリアは岩の壁を時間稼ぎに使い、俺達を地面に降ろすと我が身を盾に、俺とキリアを庇ってくれた。
「むっ……。あれで燃え尽きんとは、さすがの化け物か……」
カミラは、今の一撃に自信があったのか、悔しそうな表情を浮かべている。
「くっ、すまないマリア!だが、助かった!無理せず、一旦カードに戻るんだ!」
虚勢を張るマリアを強引に戻すと、先ほどの逆再生を見るような流れで、マリアが金色の円に呑まれ一枚のカードになった。
「な、何なんだよあの魔法!あんなのほいほいやられたら、とてもじゃないが敵わないぞ!?」
「『火の壁』は二ツ星の弱い魔法です。本来であれば、あんな威力は出ません。恐らくはあの剣に秘密があるはず……」
キリアは歯噛みしながら、カミラの燃える剣を睨み付けた。
「そうじゃ!あれは、火燕剣!余程『火』に好かれんと、剣を振るうどころか、呼び出すこともできんと思うが……あの男、余程火属性との親和性が高いと見える」
余りの魔法の威力に尻込みする、俺とキリアの間に割って入る幼い声が聞こえた。
「アヴェル!?どうして戻って来た!」
「何を申すか!我が自分の主を見捨てて、逃げ隠れすると思うか!」
俺はキリアの小さな腕を引き、後ろに引っ込ませるが、その手をキリアが止めた。
「待ってください。火燕剣と言いましたか!?」
「キリア、何か知ってるのか?」
「はい。かの魔王アヴェルが使ったと言われる伝説の魔剣です……まさか、実在したと言うの……?」
「我が実在するのじゃから、火燕剣だって、実在するじゃろ」
アヴェルはさも当然と言った顔をしているが、キリアは驚きの表情を浮かべ考え込んでいる。
「だが、人の身で火燕剣を使いこなすのは不可能じゃろ。恐らく何らかのリスクを背負って使って居るはずじゃ、奴が今のを何度も使えるなら、我らはあっという間に燃やし尽くされておる」
「確かにそうかも?」
俺達は、話しながらもカミラから一切意識を離してはいないが、かと言って奴もすぐに動くような様子を見せない。
不敵な笑いは浮かべたままだが、どこか苦しそうにも見える。
「とりあえず、動けないなら今がチャンスかな……」
「ミナト様、迂闊に近付けば、剣から溢れる炎だけであっというまに炭にされますよ?私なら、懐に潜りさえすれば、あんな大振り当たりません。ここは、私が先手を頂きましょう」
「相変わらず、無茶苦茶言うな……」
自信満々な様子のキリアを見て、俺も毒気が抜かれてしまう。
どうやれば、あんな超常現象を起こす相手を前にして、そんな自信が持てるんだ。
「俺の剣は、火だけが売り物じゃない」
カミラもそんなキリアを見て、肉食獣のような笑みを浮かべている。
「まあ、とにかく女の子を一人で戦わせるわけにはいかないだろ。俺も援護するから、一緒にやろう」
俺はため息をつきながら、カードケースを服の上から撫でた。
◇
「はっ!」
宣言通り、先手はキリアが打って出た。
様子見とばかりに、軽やかなステップで右に左にと、カミラの気を散らしながら近づいていく。
「危ない!」
だが、相手は剣で、キリアは素手だ。
しかも、防具の類は一切つけていない。
「『大気の壁』」
滑るように振り払われるカミラの剣に対し、キリアは空気の壁で勢いを殺し、剣の腹を手で押す事で回避している。
「複合魔法、『攻撃強化』『武器強化』竜爪」
かと思えば、ピンポイントで指を強化し、剣と撃ちあう、剛柔一体でかつ精密機械のような技術も見せる。
「すっげ……」
援護すると言ったものの、これ、手出すの無理だろ。
一ヵ月のあの地獄の特訓でかなり強くなった気分でいたが、気のせいも甚だしかったようだ。
キリアは、カミラよりも技術力で一歩も二歩も秀でているようだし、カミラは先ほどから一切魔法を使っていない。
だからこそ--
(やばいな。これはキリアが負ける)
俺はキリアの負けを確信していた。
カミラに何らかの制限がかかっており、魔法を自由に使えないのは間違いないだろう。
だが、「自由に」使えないだけで、恐らく条件さえ整えば魔法が使えるはずだ。
あの地球の戦略兵器にも近いような魔法がだ。
いくらファンタジーの世界でも、あれを生身の人間が受けきることは無理だろう。
キリアも、カミラが魔法を使う前に仕留めようと焦っているはずだ。
あれほど優勢にも関わらず、一切余裕のある表情を見せておらず、むしろ脂汗すら浮いているように見える。
「女の身で、しかも無手で俺とここまで渡り合うとは驚愕だ。尊敬に値する。さすがは『神武』の弟子と言ったところか」
カミラも、それがわかっている。
そして、あの笑みを見るに、恐らく今その「条件」を満たしたに違いない。
「キリア!逃げろ!!」
俺はキリアに向かって絶叫した、キリアは大きくジャンプしたが、あれではまだ魔法の範囲内だ。
(間に合うか!!?)
どうせ、このままなら俺もあの森を貫き、聖樹の国を割ったような広範囲魔法を避けられない。
だったら、唯一の死角に潜るしかあるまい。
「『速度強化』十枚!」
黒鎧達から、各種強化系(全部二ツ星だったけど)はたくさん強奪しているから、大盤振る舞いだ!
俺は全力で、カミラの前面に突っ込んだ。
「喰らえっ!『火の……」
「やらせるかああああ!『防御強化(ディフェンスアップ』十枚!」
カミラの先ほどの動きは見た。
右手に持っている燃える剣を、横に振った際に魔法が発動していたのを見ると、魔法は剣を振るうのと同時に発動するのだろう。
ならば、剣を動かさなければいい。
「な、何だと!?」
「ぐぅぅぅぅ!!いってえええええええ!」
今日何度目かも解らない痛みによる絶叫。
『防御強化』を十枚もかけたのに、俺の腕に深々とカミラの燃える剣が刺さっていた。
「これなら!剣を!動かせないだろう!?」
発狂しそうな痛みの中、超近距離に居るカミラに向かって、俺は無理に笑って見せた。
「ば、馬鹿か貴様!生身で剣を……しかも、俺の火燕剣を止めるだと!?」
「ミナト様!?」
「いいから、やるなら早くやってくれえええ!めっちゃ痛いんだ!キ、『治癒』!」
なんで、黒鎧共は、回復系のカードを一枚も持っていないんだ!
俺は半泣きで『治癒』一枚で、何とか腕を回復させ……と言うより切断されないように必死に再生させた。
「は、はいっ!複合魔法、『攻撃強化』『速度強化』『武器強化』……」
キリアは、ここを最大かつ最後のチャンスと見たのか、女王巨人蜘蛛との戦いでも見せなかった、魔法カード三枚による複合魔法を発動した。
強化した速度で、俺の背後から跳躍したキリアは、スカートが捲れ上がるのも気にせず、そのまま空中から足を突き出した。
「飛竜脚!!」
「ぐおおおおおお!?」
って、まんま飛び蹴りかよ!俺知ってる!あれ、ライ〇ーキックだろ!?
カミラは、剣を持たない手で必死にキリアの蹴りを受けたが、手甲の鎧はあっさりと砕かれ、カミラの顔面にキリアの細い脚がぶち当たった。
水切りの石にようにカミラが地面を跳ね、森の樹にぶつかっても尚止まらず、樹を数本折りながらやっと止まった。
「『治癒』……キリア、あれ死んだんじゃないか?」
俺は剣が抜けた腕を治しながら、キリアに疑いの眼差しを向けた。
大型トラックに正面衝突されたって、あんな吹き飛び方はしない。
「いえ、どうやら仕留めそこなったようです」
「え?」
しかし、キリアは全く喜んだ様子は無く、むしろ俺に注意を促した。
あれで、生きてるのか?
あのカミラとか言う偉そうな将軍様だから真後ろに吹き飛んだが、俺なら首から上がきれいに無くなってるはずだぞ。
「ふふっ……ふっ……ふふふあははは!驚いたぞ!まさか、三枚複合魔法まで出来るとはな!」
だが、森の奥から本当にそんな笑い声が聞こえてくれば、信じるしかあるまい。
「しかも、たかが二ツ星の強化魔法で俺の剣を止める魔法士もいる。普通いないぞ?二ツ星とは言え、一度に十枚も重ね掛けする奴は」
「え……?ミナト様、そんな事してたんですか?」
「え?あ、ああ……だって、持ってるカード限られているし」
「それなら、いっそ複合魔法をお使いになればいいのに……」
「いや、その複合魔法って、どうやって使うんだ?」
「同級数でかつ違う種類のカードを同時発動させるのが、複合魔法です。その際に、混ぜたカードで発生させたい事象を明確にイメージして下さい。そのイメージがカードの効果と一致すれば複合魔法が発動します」
「それって、今聞いて一朝一夕で出来るものなのか?」
「普通はできませんね」
「おいっ」
「でも、万が一でも出来るなら、『防御強化』と『精神強化』の複合魔法『鉄壁』を使ってください……私では、守り切ることはできそうにありませんから……」
「!?」
キリアの視線の先を追えば、そこにはボロボロになったカミラがいた。
鎧は半壊し、左腕は複雑骨折どころではない潰れ具合だし、鼻血が滝のように流れ、顔面左側の皮膚が破れ中の肉が見えている。
それでも、カミラは、笑って見せた。
無事な右腕で燃える剣を横に構え、振り切った。
「喰らえ、『火の壁』」
今度は遠すぎる!
俺は全てをあきらめ、無意識に頭を抱え丸くなった。
直後、あの真っ白な閃光が俺達に襲い掛かった。
(今度こそ死んだああああ!?)
「複合魔法『防御強化』『精神強化』鉄壁!!」
「熱いっ……ん?」
一瞬でバターよりも簡単に溶けて死ぬかと思ったが、「熱い」と思える余裕があるなら、俺はまだ死んでいないようだ。
「キリア!?」
どうやら先程のマリアのように、その身を盾に俺を閃光から守るキリアがいた。
「いやああああああああ!」
「キリア!」
白い光の幕がキリアを覆っているが、容赦のない熱波が少しずつキリアを焼いている。
じゅうじゅうと音をたて、熱がキリアを焼いている。
このままでは、後ろのアヴェルも死ぬだろう。
まただ。
さっきマリアに庇われた時と、何も変わっていない!
また、俺は誰かに助けられるだけなのか!?
今度こそ、死ヌ。
俺ガ弱イセイデ……
皆、ミンナ死ンデ……
アイツモ、俺ノセイデ……
「うわあああああ!?」
俺の脳裏に、少女の体を抱いて号泣している男の姿が映った。
少女も、男も、透き通るような白い肌に燃えるような鮮やかな赤い髪だったが、男の両眼は血に濡れたような禍々しい赤だった。
ドクンッ、ドクンッ……
いつも激しく鼓動を打つ心臓が、今日は静かに聞こえる。
目の前でキリアが、生きながら焼かれているのに、俺は何故か冷静だった。
そうか、これが、本当の「怒り」か……
敵が憎い、弱い自分が憎い、あっさり死んでしまった「あいつ」の弱さが憎い、死を許容する自然の摂理が憎い、この世のありとあらゆるモノが憎い。
そして、『神』が、憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいんくいニクイニクイニクイ……
--俺の視界が「赤く」。とても「赤く」染まっていく。
「キリア、どけ」
俺は『治癒』を発動させながら、キリアの襟首を掴み後ろに下がらせた。
「う……ううっ……ミナト様?」
醜く焼け爛れていたキリアの顔が、逆再生のように元の美貌を摂り戻す。
まだ続いている閃光は、俺の『鉄壁』で抑え、キリアにこれ以上の熱波が届かないように留めた。
「これを着ていろ」
服も下着も全て、零れ落ちた熱波で焼けてしまっていたため、俺は上着を脱いでキリアにかけた。
「……ん、これでも足りないか」
『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』
『鉄壁』を五重掛けしたら、何とか余熱も遮れたが、それでも直接抑えている右手は黒く炭化していっている。
「とんでもない威力だな……。えーと、あと何かできるかな……?」
俺は右手に『治癒』を掛けながら、手持ちカードでどんな複合魔法ができるかを検討していく。
全ての魔法を無言で発動しているため、独り言も楽々だ。
「面倒だ…全部使っちゃうか……」
『体力強化』『魔力強化』『攻撃強化』『防御強化』『速度強化』『知能強化』『精神強化』
全七種類ある、身体強化系魔法カードの同時使用。
七重複合魔法『全身強化鎧』
即席で思い付いたにしては、我ながらよく出来ている気がする。
さっきの『鉄壁』五重掛けよりも、遥かに余裕で閃光の勢いを押し返す事ができる。
体に満ち溢れる全能感が、俺が、この男を全てにおいて上回った事を教えてくれる。
「は、ははっ……本物の化け物は蜘蛛でもあの女でもなく、貴様だったか……」
『治癒』もかけ終わり、見た目は無傷で閃光から出てきた俺を見て、カミラは滝の様な汗を流している。
「ここで貴様を見逃せば、帝国の脅威にしかならん!貴様は、間違いなく……」
「話しが長い」
「ブフッ……!?」
彼我の距離がかなりあったにも関わらず、一瞬でその差を埋め、俺はカミラが何を言っているか聞きもせず、鎧の上から腹を殴りつけた。
拳が鉄の鎧を砕き、カミラの腹に突き刺さる。
「女子供に、あんな馬鹿げた威力の魔法を使いやがって。傷が残ったらどうするつもりだよ、まったく」
「う、おえ……げ……が……があああああ!」
カミラは吐瀉物を吐き散らしながら、地面を転がった。
「カミラ様!?」
今まで姿を見せなかったので、森に逃げ込んでいたと思っていた銀髪の男が、いきなり戻って来て俺の前に立ちはだかった。
「この化け物がああ!」
そして、素手にも関わらず襲い掛かって来た。
「退け」
この『全身強化鎧』状態になると、反射神経や、動体視力まで強化されるのか、あれほど素早かったハインツの動きが止まって見える。
「ぐ、ああああ!?ごほあっ!」
ハインツの右腕を軽く叩いただけで、ごきりと鈍い音と共に、腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまった。
それどころか、腕を越えて、胴体が「く」の字に曲がり、肋骨の折れる感触もする。
「ぐっ……ハ、ハインツ!……やらせるか!」
のたうち回る部下を見て奮い立ったカミラは、吐瀉物を口から零しながらも、『火燕剣』を力任せに叩きつけてきた。
「おお……これを切り裂くか……」
感覚的には、未だ俺の『全身強化鎧』は、カミラの剣を防げないようだ。
『全身強化鎧』の白い膜を切り裂いて、俺の胸に一筋の赤い線が走る。
「ぐ……ぐぅぅ、こいつは想像以上だ……最早出し惜しみしている場合ではないか……」
カミラは懐から、黒い石を取り出した。
「我がアルテシア家に伝わる家宝の六ツ星の魔石だ。貴様にくれてやる!天地の尽くよ燃え盛れ!『業火』!!」
カミラは、その魔石ごと一枚のカードを宙に投げ、燃える剣で切り裂いた。
「は!?」
なんのために、そんな事をしたのか理解できず、反射的に身構えてしまった。
だが、直線状に火が走った『火の壁』と違い、今の魔法は人間の頭部サイズの火の玉が俺の眼の前に浮かんでいるだけだった。
俺は、その小さな火の玉を見た瞬間、ゾッとした。
(不味い!!!!こいつ、部下ごと俺達と心中するつもりか!?)
さながら、臨界点に達した核弾頭を彷彿とさせるような、危険なオーラを放つ火炎球は俺の様相に違わず、既に爆発寸前だ。
「はあああああ!!!!」
『全身強化鎧』を使い、全力で火炎球を抑え込みにかかるが、先ほどまでの『火壁の圧力とは比べ物にならない強烈なプレッシャーが襲い掛かってくる。
「これも、キジマの思惑通りか……?悔しいが俺の命もくれてやる。貴様はここで俺と共に死ね!」
魔力を振り絞ったためか、カミラは地面に膝をついた状態で、火炎球を抑えている俺と対峙している。
火の玉は、徐々に膨れ上がり俺の両腕から強烈な熱波を放っている。
「ぐ……ぐうううう!」
「無駄だ……『火燕剣』で増幅した、四ツ星級の魔法だ。実際の威力は竜をも屠れる六ツ星級はある。あきらめろ小僧……」
「ふざ、けるな……!」
音を立てて顔が焼ける痛みを感じる。
恐らくこれは、指向性を持たない爆発物のようなものだろう。
すると、勿論このすぐ傍で倒れているキリアは勿論、アヴェルや下手をすればこの国のほとんどが巻き込まれる可能性がある。
いや、この感触からすれば、下手をすればこの国の半分が消滅する程の威力を内包していると感じる。
「あきらめてやるものか……あきらめてなるものか!俺は、二度と失わないと誓ったんだ!あの、エアリルの亡骸に……!」
そうだ、俺は二度と……
二度と?誰ガ死ンダンダッケ……
「おおおおお!」
『全身強化鎧』で抑えきれないなら、更に『全身強化鎧』を重ねればいい。
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重魔法の三段重ね。二十一重魔法という表現があるかはわからないが、俺の周囲を覆う赤い魔力の層は、倍々で厚みを増し、魔力の層だけで体が宙を浮く程にまで膨れ上がった。
俺の二倍以上まで膨れ上がっていた、火炎球は少しずつそのサイズを縮め、今やソフトボール程度の大きさまで縮んでしまった。
「な、なんだこれは……こんな、こんな魔法があると言うのか……いや、許されるというのか?この禍々しい程の暴力的な魔力、これではまるで……」
そして、最後の力を籠めると、軽い音を立てて火の玉が消えてしまった。
カミラは、蜘蛛の死骸の上で不敵に笑った。
「面白い……!『神武』をつまらない手で封じてしまい、意味の無い戦だと腐っていたが、ここまでの闘いが楽しめるとはな!」
自分の軍勢を退かされ、唯一ここに残っていた銀髪の男も怪我で戦闘不能になった。
事実、敵地に一人残された形になったが、カミラの表情には一切の怯えも恐れも見られない。
むしろ、ハインツを退けたキリアと、女王巨人蜘蛛を呼び出した俺の二人を相手に戦えることに喜びさえ覚えていそうだ。
……こいつも戦闘狂かよ。
異世界には、戦闘狂が多いのだろうか。
「退いて下さい、カミラ将軍。ここは我々の勝ちでしょう。それとも、私とこの女王巨人蜘蛛の両方を相手に勝てるおつもりですか?」
「ああ」
「……!」
迷いの無い断言。
「だが、まさか四ツ星の魔物を一人で屠れるハインツを一対一で敗れる女がいるとはな。その上、どう見ても六ツ星級の魔物を単独で召喚する魔法士までいるとは。この国は人材が豊富だな」
カミラの口調は、先ほどまでの礼節を保ったものよりも、獣染みた雰囲気を隠さない、野性味の強い口調になっている。
これが、奴の地なのだろう。
カミラは赤く燃える長剣を腰溜めに構えた。
「はああああ!燃えろ火燕剣!『火の壁』!!」
そして、剣を横一文字に振るうと、先ほど見た閃光が聖樹の国を割る勢いで噴き出した。
《R゛R゛!『岩石壁』!!》
マリアが瞬時に岩でできた壁を作り、防波堤としたが、ほぼ一瞬で燃え尽き、炎の渦が俺達を呑み込んだ。
「マリアあああああ!」
《R゛R゛大丈夫……デス》
マリアは岩の壁を時間稼ぎに使い、俺達を地面に降ろすと我が身を盾に、俺とキリアを庇ってくれた。
「むっ……。あれで燃え尽きんとは、さすがの化け物か……」
カミラは、今の一撃に自信があったのか、悔しそうな表情を浮かべている。
「くっ、すまないマリア!だが、助かった!無理せず、一旦カードに戻るんだ!」
虚勢を張るマリアを強引に戻すと、先ほどの逆再生を見るような流れで、マリアが金色の円に呑まれ一枚のカードになった。
「な、何なんだよあの魔法!あんなのほいほいやられたら、とてもじゃないが敵わないぞ!?」
「『火の壁』は二ツ星の弱い魔法です。本来であれば、あんな威力は出ません。恐らくはあの剣に秘密があるはず……」
キリアは歯噛みしながら、カミラの燃える剣を睨み付けた。
「そうじゃ!あれは、火燕剣!余程『火』に好かれんと、剣を振るうどころか、呼び出すこともできんと思うが……あの男、余程火属性との親和性が高いと見える」
余りの魔法の威力に尻込みする、俺とキリアの間に割って入る幼い声が聞こえた。
「アヴェル!?どうして戻って来た!」
「何を申すか!我が自分の主を見捨てて、逃げ隠れすると思うか!」
俺はキリアの小さな腕を引き、後ろに引っ込ませるが、その手をキリアが止めた。
「待ってください。火燕剣と言いましたか!?」
「キリア、何か知ってるのか?」
「はい。かの魔王アヴェルが使ったと言われる伝説の魔剣です……まさか、実在したと言うの……?」
「我が実在するのじゃから、火燕剣だって、実在するじゃろ」
アヴェルはさも当然と言った顔をしているが、キリアは驚きの表情を浮かべ考え込んでいる。
「だが、人の身で火燕剣を使いこなすのは不可能じゃろ。恐らく何らかのリスクを背負って使って居るはずじゃ、奴が今のを何度も使えるなら、我らはあっという間に燃やし尽くされておる」
「確かにそうかも?」
俺達は、話しながらもカミラから一切意識を離してはいないが、かと言って奴もすぐに動くような様子を見せない。
不敵な笑いは浮かべたままだが、どこか苦しそうにも見える。
「とりあえず、動けないなら今がチャンスかな……」
「ミナト様、迂闊に近付けば、剣から溢れる炎だけであっというまに炭にされますよ?私なら、懐に潜りさえすれば、あんな大振り当たりません。ここは、私が先手を頂きましょう」
「相変わらず、無茶苦茶言うな……」
自信満々な様子のキリアを見て、俺も毒気が抜かれてしまう。
どうやれば、あんな超常現象を起こす相手を前にして、そんな自信が持てるんだ。
「俺の剣は、火だけが売り物じゃない」
カミラもそんなキリアを見て、肉食獣のような笑みを浮かべている。
「まあ、とにかく女の子を一人で戦わせるわけにはいかないだろ。俺も援護するから、一緒にやろう」
俺はため息をつきながら、カードケースを服の上から撫でた。
◇
「はっ!」
宣言通り、先手はキリアが打って出た。
様子見とばかりに、軽やかなステップで右に左にと、カミラの気を散らしながら近づいていく。
「危ない!」
だが、相手は剣で、キリアは素手だ。
しかも、防具の類は一切つけていない。
「『大気の壁』」
滑るように振り払われるカミラの剣に対し、キリアは空気の壁で勢いを殺し、剣の腹を手で押す事で回避している。
「複合魔法、『攻撃強化』『武器強化』竜爪」
かと思えば、ピンポイントで指を強化し、剣と撃ちあう、剛柔一体でかつ精密機械のような技術も見せる。
「すっげ……」
援護すると言ったものの、これ、手出すの無理だろ。
一ヵ月のあの地獄の特訓でかなり強くなった気分でいたが、気のせいも甚だしかったようだ。
キリアは、カミラよりも技術力で一歩も二歩も秀でているようだし、カミラは先ほどから一切魔法を使っていない。
だからこそ--
(やばいな。これはキリアが負ける)
俺はキリアの負けを確信していた。
カミラに何らかの制限がかかっており、魔法を自由に使えないのは間違いないだろう。
だが、「自由に」使えないだけで、恐らく条件さえ整えば魔法が使えるはずだ。
あの地球の戦略兵器にも近いような魔法がだ。
いくらファンタジーの世界でも、あれを生身の人間が受けきることは無理だろう。
キリアも、カミラが魔法を使う前に仕留めようと焦っているはずだ。
あれほど優勢にも関わらず、一切余裕のある表情を見せておらず、むしろ脂汗すら浮いているように見える。
「女の身で、しかも無手で俺とここまで渡り合うとは驚愕だ。尊敬に値する。さすがは『神武』の弟子と言ったところか」
カミラも、それがわかっている。
そして、あの笑みを見るに、恐らく今その「条件」を満たしたに違いない。
「キリア!逃げろ!!」
俺はキリアに向かって絶叫した、キリアは大きくジャンプしたが、あれではまだ魔法の範囲内だ。
(間に合うか!!?)
どうせ、このままなら俺もあの森を貫き、聖樹の国を割ったような広範囲魔法を避けられない。
だったら、唯一の死角に潜るしかあるまい。
「『速度強化』十枚!」
黒鎧達から、各種強化系(全部二ツ星だったけど)はたくさん強奪しているから、大盤振る舞いだ!
俺は全力で、カミラの前面に突っ込んだ。
「喰らえっ!『火の……」
「やらせるかああああ!『防御強化(ディフェンスアップ』十枚!」
カミラの先ほどの動きは見た。
右手に持っている燃える剣を、横に振った際に魔法が発動していたのを見ると、魔法は剣を振るうのと同時に発動するのだろう。
ならば、剣を動かさなければいい。
「な、何だと!?」
「ぐぅぅぅぅ!!いってえええええええ!」
今日何度目かも解らない痛みによる絶叫。
『防御強化』を十枚もかけたのに、俺の腕に深々とカミラの燃える剣が刺さっていた。
「これなら!剣を!動かせないだろう!?」
発狂しそうな痛みの中、超近距離に居るカミラに向かって、俺は無理に笑って見せた。
「ば、馬鹿か貴様!生身で剣を……しかも、俺の火燕剣を止めるだと!?」
「ミナト様!?」
「いいから、やるなら早くやってくれえええ!めっちゃ痛いんだ!キ、『治癒』!」
なんで、黒鎧共は、回復系のカードを一枚も持っていないんだ!
俺は半泣きで『治癒』一枚で、何とか腕を回復させ……と言うより切断されないように必死に再生させた。
「は、はいっ!複合魔法、『攻撃強化』『速度強化』『武器強化』……」
キリアは、ここを最大かつ最後のチャンスと見たのか、女王巨人蜘蛛との戦いでも見せなかった、魔法カード三枚による複合魔法を発動した。
強化した速度で、俺の背後から跳躍したキリアは、スカートが捲れ上がるのも気にせず、そのまま空中から足を突き出した。
「飛竜脚!!」
「ぐおおおおおお!?」
って、まんま飛び蹴りかよ!俺知ってる!あれ、ライ〇ーキックだろ!?
カミラは、剣を持たない手で必死にキリアの蹴りを受けたが、手甲の鎧はあっさりと砕かれ、カミラの顔面にキリアの細い脚がぶち当たった。
水切りの石にようにカミラが地面を跳ね、森の樹にぶつかっても尚止まらず、樹を数本折りながらやっと止まった。
「『治癒』……キリア、あれ死んだんじゃないか?」
俺は剣が抜けた腕を治しながら、キリアに疑いの眼差しを向けた。
大型トラックに正面衝突されたって、あんな吹き飛び方はしない。
「いえ、どうやら仕留めそこなったようです」
「え?」
しかし、キリアは全く喜んだ様子は無く、むしろ俺に注意を促した。
あれで、生きてるのか?
あのカミラとか言う偉そうな将軍様だから真後ろに吹き飛んだが、俺なら首から上がきれいに無くなってるはずだぞ。
「ふふっ……ふっ……ふふふあははは!驚いたぞ!まさか、三枚複合魔法まで出来るとはな!」
だが、森の奥から本当にそんな笑い声が聞こえてくれば、信じるしかあるまい。
「しかも、たかが二ツ星の強化魔法で俺の剣を止める魔法士もいる。普通いないぞ?二ツ星とは言え、一度に十枚も重ね掛けする奴は」
「え……?ミナト様、そんな事してたんですか?」
「え?あ、ああ……だって、持ってるカード限られているし」
「それなら、いっそ複合魔法をお使いになればいいのに……」
「いや、その複合魔法って、どうやって使うんだ?」
「同級数でかつ違う種類のカードを同時発動させるのが、複合魔法です。その際に、混ぜたカードで発生させたい事象を明確にイメージして下さい。そのイメージがカードの効果と一致すれば複合魔法が発動します」
「それって、今聞いて一朝一夕で出来るものなのか?」
「普通はできませんね」
「おいっ」
「でも、万が一でも出来るなら、『防御強化』と『精神強化』の複合魔法『鉄壁』を使ってください……私では、守り切ることはできそうにありませんから……」
「!?」
キリアの視線の先を追えば、そこにはボロボロになったカミラがいた。
鎧は半壊し、左腕は複雑骨折どころではない潰れ具合だし、鼻血が滝のように流れ、顔面左側の皮膚が破れ中の肉が見えている。
それでも、カミラは、笑って見せた。
無事な右腕で燃える剣を横に構え、振り切った。
「喰らえ、『火の壁』」
今度は遠すぎる!
俺は全てをあきらめ、無意識に頭を抱え丸くなった。
直後、あの真っ白な閃光が俺達に襲い掛かった。
(今度こそ死んだああああ!?)
「複合魔法『防御強化』『精神強化』鉄壁!!」
「熱いっ……ん?」
一瞬でバターよりも簡単に溶けて死ぬかと思ったが、「熱い」と思える余裕があるなら、俺はまだ死んでいないようだ。
「キリア!?」
どうやら先程のマリアのように、その身を盾に俺を閃光から守るキリアがいた。
「いやああああああああ!」
「キリア!」
白い光の幕がキリアを覆っているが、容赦のない熱波が少しずつキリアを焼いている。
じゅうじゅうと音をたて、熱がキリアを焼いている。
このままでは、後ろのアヴェルも死ぬだろう。
まただ。
さっきマリアに庇われた時と、何も変わっていない!
また、俺は誰かに助けられるだけなのか!?
今度こそ、死ヌ。
俺ガ弱イセイデ……
皆、ミンナ死ンデ……
アイツモ、俺ノセイデ……
「うわあああああ!?」
俺の脳裏に、少女の体を抱いて号泣している男の姿が映った。
少女も、男も、透き通るような白い肌に燃えるような鮮やかな赤い髪だったが、男の両眼は血に濡れたような禍々しい赤だった。
ドクンッ、ドクンッ……
いつも激しく鼓動を打つ心臓が、今日は静かに聞こえる。
目の前でキリアが、生きながら焼かれているのに、俺は何故か冷静だった。
そうか、これが、本当の「怒り」か……
敵が憎い、弱い自分が憎い、あっさり死んでしまった「あいつ」の弱さが憎い、死を許容する自然の摂理が憎い、この世のありとあらゆるモノが憎い。
そして、『神』が、憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいんくいニクイニクイニクイ……
--俺の視界が「赤く」。とても「赤く」染まっていく。
「キリア、どけ」
俺は『治癒』を発動させながら、キリアの襟首を掴み後ろに下がらせた。
「う……ううっ……ミナト様?」
醜く焼け爛れていたキリアの顔が、逆再生のように元の美貌を摂り戻す。
まだ続いている閃光は、俺の『鉄壁』で抑え、キリアにこれ以上の熱波が届かないように留めた。
「これを着ていろ」
服も下着も全て、零れ落ちた熱波で焼けてしまっていたため、俺は上着を脱いでキリアにかけた。
「……ん、これでも足りないか」
『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』『鉄壁』
『鉄壁』を五重掛けしたら、何とか余熱も遮れたが、それでも直接抑えている右手は黒く炭化していっている。
「とんでもない威力だな……。えーと、あと何かできるかな……?」
俺は右手に『治癒』を掛けながら、手持ちカードでどんな複合魔法ができるかを検討していく。
全ての魔法を無言で発動しているため、独り言も楽々だ。
「面倒だ…全部使っちゃうか……」
『体力強化』『魔力強化』『攻撃強化』『防御強化』『速度強化』『知能強化』『精神強化』
全七種類ある、身体強化系魔法カードの同時使用。
七重複合魔法『全身強化鎧』
即席で思い付いたにしては、我ながらよく出来ている気がする。
さっきの『鉄壁』五重掛けよりも、遥かに余裕で閃光の勢いを押し返す事ができる。
体に満ち溢れる全能感が、俺が、この男を全てにおいて上回った事を教えてくれる。
「は、ははっ……本物の化け物は蜘蛛でもあの女でもなく、貴様だったか……」
『治癒』もかけ終わり、見た目は無傷で閃光から出てきた俺を見て、カミラは滝の様な汗を流している。
「ここで貴様を見逃せば、帝国の脅威にしかならん!貴様は、間違いなく……」
「話しが長い」
「ブフッ……!?」
彼我の距離がかなりあったにも関わらず、一瞬でその差を埋め、俺はカミラが何を言っているか聞きもせず、鎧の上から腹を殴りつけた。
拳が鉄の鎧を砕き、カミラの腹に突き刺さる。
「女子供に、あんな馬鹿げた威力の魔法を使いやがって。傷が残ったらどうするつもりだよ、まったく」
「う、おえ……げ……が……があああああ!」
カミラは吐瀉物を吐き散らしながら、地面を転がった。
「カミラ様!?」
今まで姿を見せなかったので、森に逃げ込んでいたと思っていた銀髪の男が、いきなり戻って来て俺の前に立ちはだかった。
「この化け物がああ!」
そして、素手にも関わらず襲い掛かって来た。
「退け」
この『全身強化鎧』状態になると、反射神経や、動体視力まで強化されるのか、あれほど素早かったハインツの動きが止まって見える。
「ぐ、ああああ!?ごほあっ!」
ハインツの右腕を軽く叩いただけで、ごきりと鈍い音と共に、腕が曲がってはいけない方向に曲がってしまった。
それどころか、腕を越えて、胴体が「く」の字に曲がり、肋骨の折れる感触もする。
「ぐっ……ハ、ハインツ!……やらせるか!」
のたうち回る部下を見て奮い立ったカミラは、吐瀉物を口から零しながらも、『火燕剣』を力任せに叩きつけてきた。
「おお……これを切り裂くか……」
感覚的には、未だ俺の『全身強化鎧』は、カミラの剣を防げないようだ。
『全身強化鎧』の白い膜を切り裂いて、俺の胸に一筋の赤い線が走る。
「ぐ……ぐぅぅ、こいつは想像以上だ……最早出し惜しみしている場合ではないか……」
カミラは懐から、黒い石を取り出した。
「我がアルテシア家に伝わる家宝の六ツ星の魔石だ。貴様にくれてやる!天地の尽くよ燃え盛れ!『業火』!!」
カミラは、その魔石ごと一枚のカードを宙に投げ、燃える剣で切り裂いた。
「は!?」
なんのために、そんな事をしたのか理解できず、反射的に身構えてしまった。
だが、直線状に火が走った『火の壁』と違い、今の魔法は人間の頭部サイズの火の玉が俺の眼の前に浮かんでいるだけだった。
俺は、その小さな火の玉を見た瞬間、ゾッとした。
(不味い!!!!こいつ、部下ごと俺達と心中するつもりか!?)
さながら、臨界点に達した核弾頭を彷彿とさせるような、危険なオーラを放つ火炎球は俺の様相に違わず、既に爆発寸前だ。
「はあああああ!!!!」
『全身強化鎧』を使い、全力で火炎球を抑え込みにかかるが、先ほどまでの『火壁の圧力とは比べ物にならない強烈なプレッシャーが襲い掛かってくる。
「これも、キジマの思惑通りか……?悔しいが俺の命もくれてやる。貴様はここで俺と共に死ね!」
魔力を振り絞ったためか、カミラは地面に膝をついた状態で、火炎球を抑えている俺と対峙している。
火の玉は、徐々に膨れ上がり俺の両腕から強烈な熱波を放っている。
「ぐ……ぐうううう!」
「無駄だ……『火燕剣』で増幅した、四ツ星級の魔法だ。実際の威力は竜をも屠れる六ツ星級はある。あきらめろ小僧……」
「ふざ、けるな……!」
音を立てて顔が焼ける痛みを感じる。
恐らくこれは、指向性を持たない爆発物のようなものだろう。
すると、勿論このすぐ傍で倒れているキリアは勿論、アヴェルや下手をすればこの国のほとんどが巻き込まれる可能性がある。
いや、この感触からすれば、下手をすればこの国の半分が消滅する程の威力を内包していると感じる。
「あきらめてやるものか……あきらめてなるものか!俺は、二度と失わないと誓ったんだ!あの、エアリルの亡骸に……!」
そうだ、俺は二度と……
二度と?誰ガ死ンダンダッケ……
「おおおおお!」
『全身強化鎧』で抑えきれないなら、更に『全身強化鎧』を重ねればいい。
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重複合魔法『全身強化鎧』
七重魔法の三段重ね。二十一重魔法という表現があるかはわからないが、俺の周囲を覆う赤い魔力の層は、倍々で厚みを増し、魔力の層だけで体が宙を浮く程にまで膨れ上がった。
俺の二倍以上まで膨れ上がっていた、火炎球は少しずつそのサイズを縮め、今やソフトボール程度の大きさまで縮んでしまった。
「な、なんだこれは……こんな、こんな魔法があると言うのか……いや、許されるというのか?この禍々しい程の暴力的な魔力、これではまるで……」
そして、最後の力を籠めると、軽い音を立てて火の玉が消えてしまった。
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