貧乏姫の戦争 〜異世界カードバトルを添えて~

一刻一機

序章 〜非日常は自室から〜

異世界召喚 ~リアルすぎるカードバトルを添えて~


序章 ~非日常は自室から~





 粘膜のような光に包まれ、前後不覚になり――


「■■、■■■■■■?」
 誰かに話しかけれ、目を覚ますと、そこは既に知らない場所だった。


 周囲を石の壁で囲われており、壁から等間隔に強い灯りが放たれているため、そこまで暗くは無いものの、広い部屋にも関わらず窓が無いせいで、かなり閉塞感が強い空間だ。
 もっとも、本当に窓が無いかどうかとか、本当に広い部屋かどうかはわからない。
 何故なら――


 俺は、あからさまに不審な集団に囲まれていたからだ。


 俺を囲んでいる集団のほぼ全員は、濃い緑色のフード付きローブに全身を包んでいるため、顔どころか性別もわからない。
 そして、そのローブの集団から明らかに浮いている存在がいた。
 暗い草原に咲く一輪の花のように、白いドレスを着た女性が立っている。
「■■、■■■■■■?」
 俺に話しかけてきたのは、その白いドレスを着た、長い金髪と翡翠色の瞳を持った、一人の女性だった。
 年頃は恐らく、十六前後で俺と同じぐらいだろうか。
 ただ、その美貌は同じ人類とは思えないぐらい整っており、清楚な白いドレスと相まってハリウッド映画の女優かと思ったぐらいだ。
 いや、むしろどんな映画やドラマでも彼女ほど美しい女性は見たことがない。
「■■、■■■■■■?」
 その、彼女は困り顔で一生懸命俺に話しかけてくれている。
 彼女のあまりの美貌に一瞬我を忘れていたが、何故俺は、こんなところで、こんな事になっているんだ?


 ――おかしい。俺はついさっきまで、自宅の、狭くて小さい自分の部屋に居たはずだ。







 その日の朝、俺はいつものように朝三時半に起床すると、新聞配達のアルバイトに向かい、六時半に帰宅。
 その頃には妹のナギが起床しており、家族三人全員分の朝食を用意してくれていた。
「おはよう、ナギ」
「おはよう、お兄ちゃん。毎朝お疲れ様だね」
「ん」
 この出来た妹は、毎朝毎朝必ず俺を労ってくれる。
 忙しい母親に代わり毎日家事を十全に行い、自分も大変だろうに、その片鱗も俺に見せてこない。
 「ん」しか言えない俺より余程しっかりしている。
「母さんは?」
「まだ寝てるよ。昨日も終わり際に急患が来たって言ってたから」
 俺が三歳の頃には、父が心臓を病んで急逝してしまった。
 ナギが産まれたばかりの時だった。
 以来、母は個人病院の看護師として、女手一つで、俺とナギを育ててくれた。
 田舎に住む祖母の話では、我が家の男は代々心臓が悪く、若くして亡くなる者が多かったらしい。
 その代わりと言えば変な話だが、妙に霊感が強い者も多く、同じく早くに亡くなった父方の祖父も、よく何も無い空間に話しかけて気味悪がられたり、神隠しに遭って皆に心配をかけたりしたそうだ。


 夏休みが近いこの時期、二時間半にわたる新聞配達を終えた俺は既に汗だくだったので、朝食を食べる前にシャワーを浴びるべく、俺は着替えを取りに自室に向かった。
 3LDKとは名ばかりの、ちょっとした小部屋が三つある程度の小さなアパートの一室に俺とナギの部屋があり、その部屋の中央にカーテンを引いてプライベート空間を無理矢理捻出している。
 妹が小学生の頃はカーテンさえも無かったが、中学生に上がった時にはさすがに色々とまずかろうと、百円ショップで買ってきた安いカーテンを引いたのだ。
 それはともかく――俺は共用の衣装棚から下着を取り出し、そそくさとシャワーを浴びると、例の薄いカーテンの影で素早く制服に着替えた。
 居間に入ると妹も既に制服に着替え、小さな座卓の前に行儀よく正座している。


「「いただきます」」


 まだ起床してこない母親を放っておいて――いつものことだからだ――二人並んでテレビを見ながら朝食を食べる。
 テレビでは、最近流行りのカードゲームで、カツアゲや詐欺のような事件が頻発しており社会問題になっていると、美人なキャスターが深刻そうな顔で言っている。
「ゲームのせいで逮捕とかされたら、バカみたいだね」
「そういう奴は、別にゲームが原因じゃなくても、そのうち逮捕されるような事をするだろ」
 お互いに忙しい生活を送るため、平日にまともに会話する時間は朝しかない。毎朝二人でテレビを見ながら、その時見ているテレビの話題や、学校での出来事等を話すのが、貴重な家族のコミュニケーションの時間だった。


「お兄ちゃん、頑張ってね」
「ナギもな」
 朝食を食べ終え家を出る頃には、母が起きてきて、寝惚けた顔で俺達に手を振っていた。




2


 俺はその日、自分でも珍しいと感じる程に、苛々としながらクラスメイトの話を聞いていた。


「だからさ、昨日ネットのオークションでさ、マジねつ入っちゃってさー。大して使わないレアに三万も使っちゃってさー」
「うわ、それマジいらねー。ははっ、タカちゃん、それに三万とかパねーよ。さすが」
 朝のニュースでも流れていた、最近流行のカードゲームの話らしい。
 (紙切れ一枚に三万だって!?)
 自分の新聞配達の時給に換算すれば何時間分になるのか、計算したくもない。
 ましてや、自分の母親が稼いでくれている給料の金額を考えれば、尚の事だ。
 小さい頃から、激務をこなして家に稼ぎを入れてくれている母の背中を見てきたためか、俺やナギの金銭に対する捉え方はシビアで……尊いものだった。
 ただ、本当に俺を苛々させていたのは、俺がゲーム遊んでいるクラスメイトを見て「羨ましい」と感じてしまう事だ。
 俺だって、ただの十六歳のガキだ。


――遊びたい。
 家族の前では、口が裂けても言えない言葉だった。


だからだろうか、
「ん?どうしたの?シンドウもやりたいの?」
「止めなよ、タカちゃん。シンドウ君じゃ、ちょっと、ほら、彼苦労してるからさ」
 さっきまで、ゲームの話で盛り上がっていると、クラスメイトの一人が話しかけて来た。
 どこぞの会社の御曹司らしく、クラスでいつも取り巻きを連れて、偉ぶっているいけ好かない男だ。
 その取り巻きも、金の力で引き連れているだけの、飾りアクセサリーみたいなものだが、本人は自分の人徳だと信じているらしい。
 そいつの眼を見ると三日月型に歪んでいた。ただ単に、カードを買えない俺を馬鹿にしたいだけだろう。
「そんなゲームやる金なんか無いよ」
 昔なら、この手のやからに喰ってかかった時期あったが、最近は初めから金が無いと言う事にしている。こういう連中には、そうやって開き直られれば、それ以上言う事が無くなる事を学習したからだ。
 しかし、こいつはどうやら違うらしい。
「そう?じゃ、パック一つ上げるよ」
 わざわざ、俺の席に来て、何やらカッコよさげな絵が描かれた、小さな袋を置いていった。ポリ製の手で簡単に引き裂けるアレだ。
「うわ、タカちゃん、やっさしー」
「ぎゃはは、そんな初心者用の五枚入りで、どうやって遊ぶのさ、タカちゃんマジ優しー」
 別に「タカちゃん」とやらが自分で働いた金で買ったわけでもないだろうに、随分と偉そうなこった。腹立たしいことこの上ない。
 だが、さっきの話を聞くと、「レア」と呼ばれるカードが出れば数万円で売れるらしい。
 宝くじをもらったと思っておけばいいか。
 せいぜい精一杯澄ました顔を作り、一応「どうも」と言って、その小さな袋を受け取った。


 後になって思えば、これが全ての元凶だった。  







 家に帰ってさっそく「恵んで」もらったカードパックを開けてみた。
 何だかんだ言っても、やはり皆が遊んでいるというこのゲームに、どうしても興味が惹かれてしまったのだ。
 カードパックの表面に書かれている、『神々の遺産』というタイトルで、インターネット検索をかけてみた所、ものすごい数のサイトがヒットした。
 どうやらこれは、最近流行のVR(Virtual Reality)端末を利用して遊ぶカードゲームのようだった。
 勿論、普通のパソコンでも遊べるらしいが、VRシステムを利用すれば、遥かに高い臨場感でカードゲームを楽しむ事ができるようだ。


 VRシステムは約十年前に日本のキジマ・ホールデイングスと言う持株会社の子会社が作った所謂「仮想空間」を作り出すシステムだ。
 発表された当時は誰も信じなかった。
 技術の全てを秘密化ブラックボックッスにしてしまったこともあり、「詐欺に決まっている」、「ただの投影映像ホログラムに違いない」とまともなメディアは一社たりとも取り上げなかった。
 しかし、騙されたつもりで、と利用した者は全員が口を揃えてこう言った。
「まるで魔法・・のようだ」と。
 サンプルとして創り出された、仮想世界では、深い森の中に建てられたログハウスの中で、妖精が飛び交い、絶世の美男美女の獣人・・に囲まれて美酒を飲む事が出来たという。
 視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚、五感の全てを脳に直接書き出す事で、完全に再現できるらしい。
 その会社は延べ一千時間ものテストを行い人体への影響がほぼ無い事をレポート化し国へ提出。そして、データをサイト上で公表した事で、安心感を獲得すると、VRシステムは瞬く間に世界中に浸透した。(ただし、一日に一定時間以上使用した場合や、脳波やその他人体に異常が見られた場合は自動的にシステムダウンする機構が組まれている。これは尿意・便意はもちろん、ちょっとした体調不良の早期発見に繋がり、副次的な利用促進をもたらした)
 国はすぐに、このシステムの製作者を国の財産として保護と言う名の束縛を行おうと試みたが、企業側はがんとして、技術と同様に技術者も秘匿した。


 ・・・と言うことらしいが、一般家庭への普及率九十%を超えた今でも、我が家には高嶺の花であり、導入する予定は立っていない。
 学校には、VRシステムに連動したコンピュータが置いてあるが、あれでゲームをやれば怒られるからなぁ……。


 さて、思わず思考が逸れてしまったが、肝心なのはゲームの中身である。
 別にVRシステムが無くても問題無いらしいので、上手くいけば家のパソコンでも遊ぶことができるはずだ。


 「神々の遺産」を検索していると、ある程度ルールがわかってきた。もちろん細かいルールや、地方ルールもあるらしく、全てを把握したわけではないが、大体は以下の通りだろう。
 一つ、ゲームは必ず「神」と「魔王」に別れて行われる。
 一つ、ゲームは十九×十九のボード上で行われる。ただし、マップの大きさが違う大会もあるようだ。
 一つ、ボード上には、必ず互いに拠点を設定し、拠点を破壊されれば負けとなる。
 一つ、ゲームの前に必ず互いに「生贄カード」を提示し、勝者はそれを奪う事ができる。
この最後のルールが曲者なのだろう。
貴重なカードはサーバ上に持ち主を登録する事ができるので、無理やり奪う事はできない。(よって、売買する時は専用パスワードを発行して一緒に譲渡するらしい)
 しかし、試合で獲られたカードは、問答無用で所有権が相手に写るらしい。
 つまり「戦死」もしくは「捕虜」にされるという事だ。
これは一回一回のゲームだけではなく、プレイヤー全部を巻き込んだ、戦争を仮想シミュレーションしているに違いない。
 ちなみに、普通は「神」デッキと、「魔王」デッキの二種類を用意するものらしいが、中には真剣に「自分は神の使徒だ」とか言い出し、「神」デッキに固執するプレイヤーがおり、また当然にその逆で「自分は魔王の部下だ」と言い出す様なプレイヤーが居るらしい。
 朝のニュースで流れるような無法者は、そういったプレイヤーが徒党を組んだ結果、ますます妄想をこじらせ暴走するパターンのようだ。
 

 また、弱いカードでも「合成」や「レベルアップ」を行うことで強くなり、単に強いカードをたくさん使えばいいと言うものではなく、弱いカードでも組み合わせ方一つで、いくらでもゲームに勝てるらしい。


(面白そうだなぁ……やっぱりやってみようかな)
 と、思った俺は、最後の説明文を読んで崩れ落ちた。
『ゲームプレイには専用のカードリーダー(五万四千円・税別)が必要です』


 ……うん。無理だな。


 俺がバイトで稼いでいる金は、ほぼ全てがナギの大学進出のための費用に消える予定だ。俺自身は大学にいかず、さっさと就職して、その給料も合わせて、プラス奨学金を使えば、ナギは金銭の事を気にすることなく、四年制の大学に行っても学業に専念できるはずだ。
 母は、俺の学費くらいはどうにかするから大学に行けと言ってくれるが、我が家の収支状況は俺が一番よくわかっている。
 なにせ、俺が預金通帳を管理しているからな。
 よって、もちろんこんなゲームのために五万四千円も使う金が無いことは俺が一番よくわかっている。


 俺は、さっさと気分を切り替えて、レアを引き当て売る方向に思考をシフトした。
 クラスメイトの話を聞いた他、ネットオークション等を見てみれば、星(★)の数で希少性レアリティが変わり、最少で星一つ、最大で星八つのランクに分かれ、星五つでも、有効性の高いカードであれば十万円近い値段が付くとか。
 星七つクラスになればネットオークションには上がらず、「値段応相談」のレベルになるとか。
 うん。確かに詐欺の温床になりそうだ。
 俺は全く期待もせず、少しでも高く売れるカードが出ますようにと、適当な何かに祈りながらカードパックの封を開けた。


 万が一にも最高の八ッ星でも出れば、バイトしなくても良くなるかな。
 なんて、我ながら欲さえも貧乏くさい……って、


 え?えええ?
 ……出たよ。


 出てしまった!!!


 間違いなく星(★)が八つある、全体的に青いと言うか黒いと言うか、そんな剣を持ったキャラクターが描かれた、とにかく華美な装飾が施されたカードだ。


 それに、何ともう一枚は星が九つ……あれ?インターネットでは、星八つが最大だと書いてあったはずだ。
 それに、他の三枚のカードと同様に特段の装飾も無い。
 俺は思わず、ネットで再検索をかけたがやはり、ランクは最大八つまでだった。
 ほかのカードには、少なくとも何らかの綺麗な絵が描かれているが、この星が九つ描かれたカードは、枠の中に何の絵も描かれていないし、説明文も書かれていない。
「生産工程中に紛れ込んだ不良品かな……」
 他の四枚には、きちんと絵と説明文が載っている。


 俺が、そのカードを捨てようとすると、カードの、遥か向こう側に、誰か・・の姿が見えた。


「ん?なんだ?」
 強烈な既視感デジャヴに襲われ、視界がぶれた気がした。


 目がチカチカすると思ったのは、気のせいではなかったようだ。


 黒かった星が金色に変わったかと思えば、星マークだけではなく、カード全体が黄金色に輝き出したのだ。


 そして、そのカードの遥かには、


(誰か泣いている……?あれは、女の子……?)


 その瞬間だった。


 ドクンッ!


 ドクン、ドクンッ!


 俺の心臓が、凄い勢いで早鐘を打ち出した。


「ぐっ…うぅ…っ!」
 (まさか!?)
 俺の脳裏には、心臓を病んで早逝したという父と祖父の話が頭をよぎる。


『ミツケタ』


 心臓を抑えうずくまる俺の脳裏に――耳にではない――女性の、それもかなり若い女性の声が聞こえた。


『ミツケタ…!ミツケタ……!!』


「だ、誰だ?」
 心臓の痛みで混乱する脳とは別に、思わず声をかけてしまう。
 部屋の中には、誰もいるはずがないにも関わらずだ。


 謎の声はおろか、誰も俺の問いに答える事はなく、やがて手中のカードから膨大な光が漏れ出した。


「なっ!?」


 カードと同じ輝く黄金色の光は、瞬く間に膨張し、俺の体を飲み込んだ。


『お帰りなさい……■■■…』


 光の向こう側で、さっきの少女が泣き笑いの顔で両手を広げているように、見えた。







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