アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-

ノベルバユーザー316089

幕間 蠢く思惑

「ーーその時に考えるがいい。降伏か、滅亡かをな」


   幾つもの燭台の蝋燭に灯された、小さな複数の火だけが光源の薄暗い室内。
   遠隔操作の魔法で奴隷兵の口を通じ、しぶとく抵抗する敵へ告げるべきを告げると、老人は魔法を解除した。


「やれやれ。あまり手間をかけさせないでもらいたいものだ」
「まったくですな」


   濃紺のローブを纏う老人の愚痴に、背後に控えていた男が皮肉っぽく笑いながら同意する。


「なにがまったく、じゃ。そも、主がもっとうまくやらんから予定が狂っとるのだぞ」
「これは手厳しい。こう見えて、私は私なりに手を尽くしているのですがねぇ」
「過程はどうでもよい。我らが求めるのは結果のみよ」
「承知しておりますとも。少々想定外の人間が入りこんでいましてね。その対処をどうしようかと思案していたのです」
「ヒノモトの若造か。ふん、主ならば排除くらい簡単にできように」
「それがそうもいかないのですよ。そこそこ腕が立つ上に思慮深く、あちらの王女の信頼も得ている。おまけに勘もすこぶるいいときましてね」
「ほう?」
「ただまあ、所詮は新参者。良く思っていない者もおりましてね」
「ならば話は簡単ではないか」
「ええ。当然、利用させてもらいますとも。もっとも、もしかしたらその前に排除できるかもしれませんが」
「ふむ?」
「どうも、今こちらの足元を鼠のようにウロチョロと嗅ぎ回っているようで。さっきこちらのからも、目障りだから何とかしろとせっつかれたところです」
「左様か。ならばさっさと潰してまいれ。その方が後々楽であろう」
「もちろん。では、また後日……と、そうそう」
「なんじゃ?」
「実験は、どうでしたか?」
「ああ。概ねうまくいったぞい。あとは数を増やすだけよ。それについては礼を言うとするかの」
「そうですか、ならば結構。では、本日はこれにて」


   恭しく一礼すると、男が指をぱちんと鳴らす。
   瞬間、男の目の前に楕円形の光の輪が現れた。輪の内側は透けているが、まるで波のように空気がゆらゆらと揺らいでいる。
   ちょうど人一人が通れる大きさだった。
   男はもう一度一礼し、その輪へと躊躇なく体を潜らせていく。
   その体はまるで波に呑まれるように瞬く間に消えていき、完全に体が見えなくなると、光の輪も瞬時にかき消えてしまった。
   すると、まるでそれを待っていたかのように、横の扉がノックされる。


「失礼しますよ」


   老人が返事を返す前にそう断りながら入ってきたのは、まだ歳若いヒノモトの青年。
   紫がかった羽織と袴に、背中に負った長大な片刃の剣、黒色の長髪を一本に結わえた若武者である。


「主か。ずいぶんと早かったの」
「そうですね。僕も驚いていますよ」


   その顔に浮かぶ軽薄な笑みを見ると注意する気も起きず、老人は代わりにため息を吐きながらひとまず話を聞くことにした。


「どうだったのだ?  南西部の敵の残党は」
「ま、あんなものかな、というところですかね。規模も極少数のようでしたので」
「そうか。あの砦の連中に呼応するように反抗しだしたからの。少しは骨があるかとも思ったが」
「いや、確かに骨はありそうでしたよ」
「む?」
「ただ、今はまだ僕が出るほどではなさそうだというだけです。率いていた二人組、若かったし、伸び代はあるでしょう」
「ほう……」
「あの二人、何ていったかな。姓はどこかで聞いたような気が……ああ、確かランバードとかいう」
「ランバードとな。となれば、砦にいる奴の子供か」
「一人は女でしたよ」
「ふむ。せがれと娘か。であれば、しばらく泳がせるのも手かの」
「ま、いいんじゃないですか?  僕はそこまで口出しできる立場でもないですし」
「よう言うわ。客将の立場を利用して、散々勝手にしているくせしおって」
「ふふ。せっかく異国に来たんですよ?  楽しまなきゃ損でしょう」
「楽しむ、とな。ならば一つ、いいことを教えてやろうかの」
「なんです?」
「南東部の敵の残党に、つい最近からヒノモトの流れ者が味方しているそうでな」
「へえ?」
「ガレスとブライスが相次いでヘタを打った陰に、どうもそやつの働きがあるらしくての。まあガレスの阿呆はどのみち敗けておったろうが」


   ブライスは元々捨て石として切り捨てたことは説明しない。
   してもここでは些細な問題に過ぎない。


「面白そうですね。その人、まだ敵方に?」
「そのようじゃ。もっとも、あの者が排除しようと動いているらしいがの」
「ふーん……次のこちらの攻撃はいつです?」
「十日後じゃ」
「ならその日、僕たちも着いていっていいでしょうかね?」
「ふん。ダメと言っても勝手に着いてくるつもりじゃろ」
「もちろん」
「そこは嘘でも否定せんか……好きにしろ。ただし、手出しは無用。試したいこともあるのでな」
「ああ、あの実験ですか」
「うむ。実戦で試せるのは恐らくその時だけなのでな」
「わかりました。僕たちは見学だけにして、大人しくさせてもらいますよ」
「そうしてくれるとありがたいが、どこまで信じてよいものか」
「信用ないなぁ。さすがに大事な戦であることくらいはわかりますからね。本当に大人しくしていますよ」
「だといいがの」
「はは……さて、それでは僕はこれで。一足先に休ませてもらいますね」
「うむ」


   軽く会釈し、青年は薄ら笑いのまま部屋を出ていった。
   来客が終わり、老人は大きなため息を吐き出す。


「さて……」


   老人ーーガレイル帝国軍司令、レザリック・マシアスは、燭台の一つをその手に取り、揺らめく火に視線を注ぐ。


「実戦の前に、もう少し実験して精度を高めておくとしようか」


   呟くと、レザリックはいつもの地下室へと向かうべく部屋を後にした。

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