アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-

ノベルバユーザー316089

第十二話 集う者

   せまい部屋。
   くらい部屋。
   しらないひと。


   いやだ……


   せまい部屋。
   くらい部屋。
   しらないひと。


   やめて。


   せまいへや。
   くらいへや。
   しらないひと。


   やめて……!


   せまいへや。
   くらいへや。
   こわいひと。


   やめて!!


   こわいひと。
   さわられる。
   いたいこと。


   痛い……いたい……イタイ!


   こわいひと。
   いたいこと。
   こわいひと。


   痛い痛い痛いいたいいたいイタイイタイ!!
   やめて、やめて、やめてやめてやめてやめてヤメテヤメテヤメテ!!


「たす……け、て……」


   イタイイタイヤメテヤメテヤメテ!!!


「たすけて……たすけて、たすけて!」


   だれかたすけて……たすけて!


   ダレかーーダレか!!!!




 □□□□□




「ーーっ?!?」


   飛び起きる。
   呼吸は激しく、額にびっしりと浮き出た玉の汗に前髪が張り付いていた。


「な、に……夢……?」


   息も整わないまま、ラピュセルは俯いて額を押さえる。
   ひどく、悪い夢を見た気がする。
   内容は思い出せない。頭の中にもやのようなものが揺らめいている。
   ただ、悪い夢だということだけは妙にはっきりとわかった。


「あっ……」


   目の前のベッドから聞こえる静かな寝息。
   武蔵である。
   どうやら、彼の部屋で看病していたらそのまま寝てしまったらしい。
   あの後、マーチルの治癒魔法でひとまず処置し、全速でソレイル城塞まで帰還。
   避難民にいた医師に診てもらうと、武蔵が受けたはずの毒は何故か既に抜けていたという。
   理由はわからないが、とはいえ彼の命の危険は去ったと聞かされ、心底脱力したのを覚えている。
   しかし、負傷と失血による体力の低下は激しく、しばらくは安静が必要だという。
   医師のより高度な治癒魔法(その医師も魔導士だった)により傷そのものは完治した。さすがに傷痕は残ってしまうが、そちらは仕方がない。
   あとはよく寝てよく食べれば、自然と快復するだろうということだった。


「…………」


   寝ている武蔵の額に手を置く。
   夕べはまだ微かに熱かったが、今はもう熱は下がったようだ。
   良かった。
   安堵して……今度は、暗い感情が鎌首をもたげてきた。


「私にもっと、力があれば……」


   力があれば。
   それは、この砦に来るまでに何度も思ったこと。
   力があれば、武蔵にあんな怪我を負わせることはなかった。
   力があれば、兵を、民を無駄に死なせることもなかった。
   力があれば、そもそもガレイル帝国に国を奪われることもなかった。


「私に、もっと……」


   力があれば。
   そう、願ったときだった。


   力が欲しい?


   「ーー誰!?」


   突如聞こえた声に、反射的に立て掛けていた剣を取り周りを見回す。
   だがここは武蔵の部屋。いるのはラピュセルと武蔵だけで、他に人影は見当たらない。
   窓にも顔を向けるが、ここは三階。人などいるはずもなく。
  
「テンマっちー!」


   と。ノックもせずに元気良く部屋に入ってきたのは、もちろんルーミンだ。


「およ?  ラピュセルさまだー。おはようございまーす!」
「……マーチルの苦労がわかるわね」


   暢気ににこにこ挨拶するその少女に思わず苦笑する。
   他人の部屋に入る際はノックするよう先日も注意したはずなのだが、まったく改善されていない。というか、完治しているとはいえ怪我人が寝ている所にそんな大きな声で入ってくるものではない。


「こらー!  あんたはいつもいつも何度言えば覚えてーーあ、ラピュセル様!」


   すぐ後にマーチルも駆け込んできて、ラピュセルを見ると慌てて敬礼する。
   ……わざとではないのはわかるのだが、マーチルもルーミンに負けず劣らずの大声で入ってくるのはやめてほしい。


「ラピュセルさまー。テンマっちはどうですかー?」
「あ、うん。もう大丈夫だと思う」
「そうですか……良かったです、本当に」


   二人が揃って胸を撫で下ろす。
   姉妹にとっても武蔵は命の恩人であり、共に主の命を護る同志でもある。
   まず間違いなく、ラピュセルと同等に彼に信を置いており、同等にその無事を願っていたのだろう。


「でも、まだ起きないんだねー」
「それはそうよ。体力の消耗が激しかったんだから」
「ここにいてはお邪魔ですし、ひとまず出ませんか?  報告することもありますし」
「そうね」


   マーチルの提案を受け、ラピュセルはもう一度眠る武蔵の顔を眺めてから、姉妹を伴い、武蔵の部屋を後にした。




 □□□□□




   ソレイル城塞は東西南北にそれぞれ独立した砦が建ち、それらを連絡通路で繋ぐ構造になっている。
   唯一の城門は南に位置しており、故に最も奥まった北砦が、民たちに宛がわれた避難所となっていた。


「本当なの!?」


   マーチルからの報告を受けその北砦のエントランスを訪れたラピュセルは、その報告ーー行商人がラピュセルに面会を求めているというーー通り見知った顔を見つけ、そしてその人物からの予想外の提案に、白の机ーーかつて各種式典をここで執り行っていた名残で、今でも式典来賓用の机などがエントランスにはそのまま置かれているーーに身を乗り出した。


「はい。皆さんがよろしければなんですが」
「もちろんいいに決まってるじゃない!  ありがとう、本当に助かるわ!」


   満面の笑みでラピュセルが礼を述べた相手。
   それは、ソレイル城塞を目指す道中でガレイル兵から助けた二人組の行商人、アスクル・リトラーとミリナ・アトランテである。


「ですが、大丈夫なんですか?  補給路の確保は今は相当困難ですが」
「あー、それなら大丈夫みたいよ?  なんでも、ライール共和国の兵士さんが秘密裏に護衛してくれるみたいだから」


   マーチルの疑問に、ミリナが肩を竦めながら返答する。
   今話している内容。それは、この二人の行商人がラピュセルたちアルティア軍へ物資を支援する、というものである。
   たった二人の行商人にそんなことができるのか。
   最初に出た疑問は、東の隣国、ライール共和国の名前が出たことで推察できた。
「ウチらもあの国から依頼されただけだからね。思惑なんか知ったこっちゃないけど」とはミリナの談。


   アルティア軍が敗北すれば、恐らく次に狙われるのは隣のライール共和国。
   そしてアスクルとミリナは、その共和国からアルティア軍への支援ーー正確には、共和国がアルティア軍を支援するための橋渡し役ーーを依頼された。きっとラピュセルたちの顔見知りであることがその理由だろう。どういった経緯で共和国がそのことを知ったのかはわからないが。
   要するに共和国は、アルティア軍が敗北したら困るのだ。だからそうならないよう、自分たちから支援を申し出た。
   しかし、共和国の思惑はそれだけではないだろう。


「ラピュセル様、よろしいのですか?」
「ええ。とにもかくにも、『今』を乗り越えないとならないから」


   当然、ラピュセルもマーチルもその思惑には気がついている。
   もし、アルティア軍がガレイル帝国を撃退した場合。
   彼らは必ず要求してくるはずだ。この支援の見返りを。恩を売ったという上からの立場で。
   しかし、それを承知の上でラピュセルはその支援を受けると決めた。
   言葉の通り、まずは今。現状を打開しないことには、その思惑と真っ向から対峙することもできない。


「そういう訳だから。二人とも、よろしくお願いするわね」
「わかりました!  共和国がどうとか関係ありません!  僕たちは命の恩人である皆さんのために仕事をさせていただきます!」
「ま、そういうことね。できる限りの仕入れはするから、必要な物があったら何でも言ってちょうだい」


   純粋な瞳のアスクルと、それに苦笑しつつ頼もしい言葉のミリナ。
   二人に頷き返し、これからよろしくと握手の手を伸ばして。


「じゃーさっそく注文。馬用の藁、たくさん、大至急」


   横から唐突に顔を出した褐色肌の青年の緊張感の無い声に意識を持っていかれた。


「あ、イシトだー!  やっほー!」
「よー、赤嬢ちゃん。相変わらず元気そうだなー」


   退屈そうにしていたルーミンが、いい遊び相手でも見つけたかのようにその青年、軍馬の調教と世話役であるイシトに絡んでいく。
   イシトの方も、飄々とした笑顔でごく自然にルーミンとハイタッチを交わした。


「青姉さんも、こっちに来るのは珍しいなー。民の慰問とかで、姐さんはちょくちょく見るけどさ」
「だから私の名前は……いいかもう」


   相変わらず人の名前を覚えないイシトに、マーチルは大きなため息を深々と吐き出した。


「兄さんは大丈夫なんかい?」
「ええ。でもあの時は驚いたわ。まさか貴方とあの馬も来てくれるとは思ってなかったから」


   ラピュセルと武蔵がマーチルとルーミン率いる味方に救出された時。その中に、イシトもいたのである。ラピュセルの愛馬エルフィンと、武蔵が乗り手となる予定の黒毛馬を連れて。


「やー、本当は俺自身は行く予定は無かったんだけどさ。あいつ……くろがやたらと行きたがってたからな」
「くろ?」
「黒毛だよ。まだ名前が無いから、とりあえずそう呼んでる」
「そう。あの子が」
「あのとき馬屋に来た兵士たちが姐さんと兄さんのこと話してたから、なんとなーく感じたのかねー。主人候補がヤバいかもしれないってこと」


   黒毛馬はプライドが高いらしく、乗り手を選ぶ。今のところ唯一そのお眼鏡に敵っている武蔵の危機を、近くの人間の話から感じとったらしい。 
   事実だとしたら、頭の良い馬である。


「おっと。そろそろ他の連中と交代しなきゃなんで。んじゃあ馬の藁、よろしく頼むよー」
「あ、はい。わかりました」


   アスクルが頷くのを確認すると、イシトはラピュセルたちにひらひらと手を振り去っていく。


「彼、なんというか、独特な人ですよね」
「そうね」


   マーチルと並んで苦笑いしながら、その背が民たちの中に紛れて見えなくなるまで見送った。


「それじゃあ、アスクルさんとミリナさん。後で兵站の責任者を寄越すから、詳しい話はその者と詰めてもらえるかしら」
「はい!  わかりました!」
「危ないのは嫌だけど、一度引き受けた以上はしっかりやるから、安心してね」


   ラピュセルが改めて手を差し出し、二人と順に握手を交わす。
   背後の共和国はともかく、この二人なら信用できるだろう。
   補給物資の輸送に共和国の兵士が同行する、という点は気になるが、それについては後でバゼランと相談するしかない。


「王女殿下!」


   そのタイミングを見計らっていたかのように、一人の兵士が駆け寄ってきて片膝をつき、頭を下げる。


「ランバード将軍より、至急軍議室へお越しいただきたいとのこと!」
「何かあったの?」
「はっ!」


   問われ、兵士は顔を上げた。
   その顔にわずか漂う緊張感に、自然ラピュセルの表情も引き締まる。


「後退していた敵軍が、再び前進を開始したとのことです!」


   ラピュセルはマーチルとルーミンに視線を向ける。
   今度こそ、負ける訳にはいかない。
   姉妹揃って頷きを返してくるのを確認すると、ラピュセルは走り出すのだった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品