アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-

ノベルバユーザー316089

第八話 賭けの攻勢③

「ーー敵軍、森林道侵入!  間もなくランバード将軍の部隊と接触します!」


   日が真南に昇りきる頃。
   遠見の魔法でガレイル軍を監視していた魔導兵の報告が、場の空気をざわつかせた。
   アルティア軍がいる場所は、山間の隙間。左右を深い森林と崖に囲まれた狭い道の最奥だ。その入口に、いよいよ敵のガレイル軍が大挙して攻め寄せて来たのだ。作戦通りとはいえ、兵士達に緊張が走るのは当然である。


「王女殿下に接敵報告!  ランバード将軍に至急合図を送ってください!」
「はっ!」


   マーチルが早口に命令を下すと、側に控えていた二人の兵士が走り出した。一人はラピュセルの元へ、もう一人は腰に下げた麻袋から取り出した赤い球状の物を、バゼラン率いる前衛ーー『釣り』部隊のいる方角に向かって投げつける。数秒の後、その球は空中で、赤く激しく発光する。日中、明るい場所で使用する信号球だ。


「総員、戦闘態勢を維持。次の合図を確認するまで待機します」
「「はっ!」」


   マーチルはラピュセルの側付だが、同時に魔導士隊ーー魔導士の絶対数は少ないが、国中の才能を集めれば小隊程度の人数は集まるーーの隊長も務めている。ガレイル軍による侵攻が始まった際に、バゼランの旗下としてその部隊の指揮権を一時的に委譲していたため、今日まで部隊が生き残っていた。
   武蔵がラピュセルの護衛に付いているため、今回の作戦は魔導士隊隊長として参加している。


「……先走って失敗しないでよ、ルーミン」


   日頃の悪癖への懸念。その言外に最大の心配を滲ませ、マーチルは持ち場へと戻っている妹の名を呟いた。




□□□□□




「合図です!」


   兵から言わずもがなの報告。
   中空に赤く明滅する信号球。その意味するところは、敵の接近。


「来るぞ野郎共!  気合い入れろや!」
「前衛抜剣!  後衛番え!」


   バゼランが叫び、間髪いれずウィルが命じる。
   最前に整然と陣形を組んだ兵士達が次々剣を抜き、後方では弓兵隊が続々と弓に矢を番えていく。


「将軍、来ます!」


   ウィルに言われる前に、バゼランも視認していた。
   前方遠くから、もうもうと上がる土煙。それを引き起こすもの、ガレイル軍の先頭集団を。




□□□□□




「ガレス様!  あれが敵将、バゼランです!」


   馬を駆って先頭を走るガレスに、隣で並走する側近が前方を指差し報告した。
   遠くに見えたアルティアの残党。整然と隊列を組む前衛の後方で、斧槍を片手に仁王立ちする偉丈夫。


「……あのジジイか!」


   先の矢文に書かれていた、ガレスへの誹謗中傷罵詈雑言。その矢文の締めの一文は、「悔しかったらお前自身の手で俺を倒してみろ」というものだった。


「ああ、思い出したぞ。あのいけ好かない阿呆面、確かに何度か見かけたな!」


   アルティアへの侵攻戦当初。ガレスの隊は、確かに何度かの撤退を余儀なくされたことがある。そのいずれもが、あのバゼラン率いる敵部隊のせいだった。


「ちょうどいい……散々俺様をコケにしてくれた落とし前、今この場でつけさせてくれる!」
「お待ちを!  この速度では、歩兵が着いてこられません!  それに、左右の森のせいで隊列がーー」
「雑魚なんぞほっとけ!  どうせ役に立たん!」


   側近の進言を一蹴し、ガレスは更に馬の速度を上げた。側近を始め、騎兵隊が慌てて追随するが、歩兵との距離は次第に開いていく。


「今日が貴様らの命日なんだよ!」


   怒りのままに、ガレスが剣を抜き放った。




□□□□□




「ーー放てぇ!」


   バゼランの合図を見、ウィルが号令する。直後、弓兵隊が一斉に矢を放った。
   十分に引き付けての一斉射。それでも、もし広大な戦場であれば、兵力で圧倒的に劣るアルティア軍では大した損害は与えられなかっただろう。
   しかし、ここは狭い間道である。進路を制限され、かつ散開もままならないガレイル軍、特に突出していた騎兵隊は降り注ぐ矢の雨をまともに浴びていた。


「効いているぞ!  矢を絶やすな!」


   次々落馬していく敵を目にし、ウィルが興奮を滲ませた口調で命令する。その隣で、バゼランは冷静に前を睨んでいた。


「……おいでなすったな」


   不敵に笑い、一歩前に出る。
   その視線の先には、降り注ぐ矢の雨を剣で払い、ひたすら直進してくる馬上のガレスの姿。


「道を開けろ!」


   一喝に、前衛の部隊が綺麗にバゼランの前で二つに割れた。その間を、ガレスが真っ直ぐに駆ける。左右の兵には目もくれず、ただバゼランのみをめつけて。


「ーー死ねぇ!」


   バゼランを轢き殺さん勢いのまま、ガレスは剣を振り上げ突っ込む。しかしバゼランは慌てず、直前で馬から身をかわし、直後振るわれたすれ違勢い様のガレスの剣を斧槍で受け流す。


「どうした小僧。ずいぶんと荒れてるじゃねえか。将のくせに、余裕がまるで感じられんぞ」
「貴様……!」


   馬を止め、乱暴に飛び降りたガレスに向かっての挑発。その額に、びっしりと青筋が浮かんでいた。


「野郎共!  奴の子守りは俺がやってやる!  お前らの仕事はわかってるな!」
「「おおーーーー!!」」


   割れた前衛が、元通りの陣形へと隊列を崩さず戻っていく。それだけでも、バゼランの部隊の錬度をうかがい知ることが出来た。


「貴様ああああ!」


   だがそんなことはお構いなしに、ガレスは猛然とバゼランに斬りかかった。周りなど全く眼中に入っていない。


「お山の大将の分際で、どこまでも人を愚弄しやがって!」
「ああ?  子守りのことか?  俺は事実を言ったに過ぎんぞ?」


   力任せの剣を軽く弾き、そこからでたらめに振るわれる剣撃を涼しい顔でことごとく防いでいく。


「前衛、迎撃開始!」
「「おおーー!!」」


   背後でウィルの号令と兵士達の雄叫びが響く。
   ガレスから遅れた敵の歩兵隊が、ようやく追い付いてきたようだ。
   すぐに激しい剣戟音が戦場を覆っていく。


「ははははは!  ここまでだなぁ!  貴様らのような脆弱な連中なぞ、一息で呑み込んでくれる!」
「……あ~。なるほどな」
「あ?」


   ガレスの剣を受け止め鍔迫り合いながら、バゼランは思わず苦笑した。


「少なくとも、これまでの戦でお前に勝てた理由がはっきりわかったよ小僧」
「なにーーぬぐっ?!」


   ガレスは、武蔵よりも高身で体格もいい。にも関わらず、彼と仕合った時よりも軽い力で、いとも簡単にガレスを鍔迫り合いで押し負かした。


「はっきり言ってやる。小僧、お前は騎士に向いていない」


   たたらを踏むガレスに向かい、挑発ではなく本心としての言葉を浴びせる。


「お前が指揮官になれたのは、その家柄のおかげだろうよ。それ以外に理由が思い付かん」


   ピクリとガレスの眉が跳ねた。あるいは、自分でも自覚はあるのかもしれない。


「悪いことは言わねえ、投降しろ。その方がお前のためだ」
「馬鹿も休み休み言えクソが!  自分より弱い奴ら相手に降参する道理がどこにある!」


   なおも怒りが収まる様子のないガレスに、バゼランの口から呆れ混じりのため息が漏れた。
   一瞬だけ、背後の戦況を確認する。


「ーー野郎共、十分だ!  後退しろ!」
「総員後退!  全速だ!」


   頃合いと見て、バゼランが叫ぶ。ウィルがすかさず復唱すると、斬り結んでいた兵達が各々敵を引き離しながら後退を開始する。


「はっ!  ようやく力の差に気づいたか!  だが遅え!  逃げられると思うなよ!」
「……もうダメだな、お前は」
「……減らず口を!」


   またも真っ直ぐに斬りかかってくるガレスだが、実力の差はもはや歴然。
   上段からの一撃を受けると、バゼランはおもむろに手を伸ばしてガレスの左腕を掴んだ。


「き、貴様、汚い手で俺にーー」
「ぅおらあっ!」


   言い終わるのを待たず、その体を持ち上げて、後方へと高く投げ飛ばす。


「がっ?!」


   地面に叩きつけられ、ガレスはもんどりを打った。だが、バゼランはもうそちらには向き直らず。


「将軍、我らも!」
「おう。小僧、悔しければ追ってきな」


   兵達は既に後退していた。ウィルに促され、ガレスにそう言い残し、バゼランもその場から後退した。

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