アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-
第七話 王女の責務①
「勇敢なるアルティアの騎士達よ!」
  ソレイル城塞正門前の広場。今のような有事、防衛戦では城門前に次ぐ戦場となるその場に、残存したアルティア軍が集う。動ける者は、怪我を治療する手を止めてまで、主君たる少女ラピュセルの演説に耳を傾けていた。
「今日まで、本当によく耐えてくれた。我が父王に成り代わり、感謝の意を示そう」
  ラピュセルの傍らにはマーチルとルーミン、そして初老の大男、将軍のバゼラン・ランバード。その脇には若草色の髪の若い騎士と、ローブを纏った金髪の青年が控えていた。
「皆既に承知の通り、父王は崩御なされ、首都クノーケルは……いや、この国そのものが、今や敵の手に落ちた」
  今集える者だけでおそらくは千を越える兵達を前に、夕陽に照らされた堂々たる姿勢でもって涼やかな声を響き渡らせる少女の横顔を、武蔵は一人少し離れた所で見つめていた。
「街が焼かれ、国土が荒らされ、愛する民が蹂躙された。ひとえに、政を司る我ら為政者の甘さが招いた結果である。それを、まずは皆にお詫びしたい」
  数多の兵が、そしておそらくは命からがら逃げ延びてきたのであろう民達が、砦の中の窓から。全員が、ラピュセルの一言一言を静聴している。
「家族を引き裂かれた者もいよう。友を喪った者もいよう。愛する人を奪われた者もいよう」
  そこかしこから、息を呑み、鼻をすする音が聞こえだす。肩を震わせながら、嗚咽を必死に堪える者もいた。
「その咎は、生き残った王族の末席として、いずれ必ず負わせてもらう。しかし、今は」
  風が吹いた。純白のマントが、夕陽を反射する金髪が空を泳ぐ。
「今は、目前の脅威を打ち払わねばならない。野心に満ち、野望に狂い、その牙を罪無き人々に突き立てた敵を打ち砕かねばならない」
  にわかに風が強くなる。
「だが、その敵……ガレイル帝国は強い。七日の内に都が落ち、更に七日でここまでその剣先は迫ってきた」
  先の襲撃は辛くも退けた。しかし、敵の戦力にはまだまだ余裕がある。対して、味方はここにいる者達が全て。絶望的な戦力差だ。
「多くの血が流れ、多くの戦友が傷つき、倒れた。今こうしている間にも、砦の中では生死の境で苦しむ者がいる……なればこそ、汝らに問う!」
  ラピュセルが、語気を強めた。俯いていた者が、天を仰いでいた者が、一様にそちらに視線を戻す。
「汝らの剣は折られたか!  汝らの槍は折られたか!  汝らの矢は尽きたのか!  汝らの盾は砕かれたのか!」
  いいや、とラピュセルは頭を振った。
「否!  汝らの心は健在である!  汝らの志は健在である!  傷つき、血を流しながら、それでもこの場に集ってくれた汝らの命は健在である!」
  武蔵は見た。多くの臣下達を前に王女としての責務を果す少女の瞳から、一粒の煌めきが零れて風に流される瞬間を。
「我の心も折れていない!  敗北が確定するその瞬間まで、我が折れることはありえない!  故に!」
  大仰な動作で、ラピュセルは腰の剣を鞘走らせ抜き放ち、真っ直ぐ天に掲げた。
「我らは誓おう!  共に祖国を取り戻さんと!  無念のまま散っていった数多の御霊が安らげるよう、縛された同胞を解き放ち、奪われた故郷を奪還せんと!」
  一瞬の静寂。そして。
「天より来たりし、アルティアの誇りを胸に!」
『天より来たりし、アルティアの誇りを胸に!』
  兵達が一斉に武器を取り、天に掲げて復唱した。
  疲れきっていた兵達の顔には覇気が戻り、澱んでいた眼には光が宿っている。
「共に往こう!  皆の尊厳を賭けた道を!  共に帰ろう!  幸溢れた、暖かな平和のあの時へと!」
『おおーーーー!!』
  夕焼けの下で。瀕死の淵に喘ぐアルティア王国は、一人の少女の元、確かに息を吹き返していた。
  ーーそなたは、どのような主君に仕えたいのだ。
  歓声に包まれる少女を見つめていると、脳裏に唐突に浮かぶ、かつて父に問われた言葉。
  その時は、深く考えていなかった。ただ漠然と、なんとなく答えていた。
  驕り高ぶらず、民を愛することのできるお方にお仕えしたいです!
  実際の戦場を経験した今、それは漠然とではなく、真実の気持ちとしてそう思っている。
  民がなければ国は成らず、国がなければ民の寄る辺が無くなってしまう。そして最も大切なのは、それを知る者が冠を戴くこと。
「……主君、か」
  仇を討つ。そのための旅。
  だが、今。武蔵の胸中には、もう一つの想いが芽生え始めていた。
  ソレイル城塞正門前の広場。今のような有事、防衛戦では城門前に次ぐ戦場となるその場に、残存したアルティア軍が集う。動ける者は、怪我を治療する手を止めてまで、主君たる少女ラピュセルの演説に耳を傾けていた。
「今日まで、本当によく耐えてくれた。我が父王に成り代わり、感謝の意を示そう」
  ラピュセルの傍らにはマーチルとルーミン、そして初老の大男、将軍のバゼラン・ランバード。その脇には若草色の髪の若い騎士と、ローブを纏った金髪の青年が控えていた。
「皆既に承知の通り、父王は崩御なされ、首都クノーケルは……いや、この国そのものが、今や敵の手に落ちた」
  今集える者だけでおそらくは千を越える兵達を前に、夕陽に照らされた堂々たる姿勢でもって涼やかな声を響き渡らせる少女の横顔を、武蔵は一人少し離れた所で見つめていた。
「街が焼かれ、国土が荒らされ、愛する民が蹂躙された。ひとえに、政を司る我ら為政者の甘さが招いた結果である。それを、まずは皆にお詫びしたい」
  数多の兵が、そしておそらくは命からがら逃げ延びてきたのであろう民達が、砦の中の窓から。全員が、ラピュセルの一言一言を静聴している。
「家族を引き裂かれた者もいよう。友を喪った者もいよう。愛する人を奪われた者もいよう」
  そこかしこから、息を呑み、鼻をすする音が聞こえだす。肩を震わせながら、嗚咽を必死に堪える者もいた。
「その咎は、生き残った王族の末席として、いずれ必ず負わせてもらう。しかし、今は」
  風が吹いた。純白のマントが、夕陽を反射する金髪が空を泳ぐ。
「今は、目前の脅威を打ち払わねばならない。野心に満ち、野望に狂い、その牙を罪無き人々に突き立てた敵を打ち砕かねばならない」
  にわかに風が強くなる。
「だが、その敵……ガレイル帝国は強い。七日の内に都が落ち、更に七日でここまでその剣先は迫ってきた」
  先の襲撃は辛くも退けた。しかし、敵の戦力にはまだまだ余裕がある。対して、味方はここにいる者達が全て。絶望的な戦力差だ。
「多くの血が流れ、多くの戦友が傷つき、倒れた。今こうしている間にも、砦の中では生死の境で苦しむ者がいる……なればこそ、汝らに問う!」
  ラピュセルが、語気を強めた。俯いていた者が、天を仰いでいた者が、一様にそちらに視線を戻す。
「汝らの剣は折られたか!  汝らの槍は折られたか!  汝らの矢は尽きたのか!  汝らの盾は砕かれたのか!」
  いいや、とラピュセルは頭を振った。
「否!  汝らの心は健在である!  汝らの志は健在である!  傷つき、血を流しながら、それでもこの場に集ってくれた汝らの命は健在である!」
  武蔵は見た。多くの臣下達を前に王女としての責務を果す少女の瞳から、一粒の煌めきが零れて風に流される瞬間を。
「我の心も折れていない!  敗北が確定するその瞬間まで、我が折れることはありえない!  故に!」
  大仰な動作で、ラピュセルは腰の剣を鞘走らせ抜き放ち、真っ直ぐ天に掲げた。
「我らは誓おう!  共に祖国を取り戻さんと!  無念のまま散っていった数多の御霊が安らげるよう、縛された同胞を解き放ち、奪われた故郷を奪還せんと!」
  一瞬の静寂。そして。
「天より来たりし、アルティアの誇りを胸に!」
『天より来たりし、アルティアの誇りを胸に!』
  兵達が一斉に武器を取り、天に掲げて復唱した。
  疲れきっていた兵達の顔には覇気が戻り、澱んでいた眼には光が宿っている。
「共に往こう!  皆の尊厳を賭けた道を!  共に帰ろう!  幸溢れた、暖かな平和のあの時へと!」
『おおーーーー!!』
  夕焼けの下で。瀕死の淵に喘ぐアルティア王国は、一人の少女の元、確かに息を吹き返していた。
  ーーそなたは、どのような主君に仕えたいのだ。
  歓声に包まれる少女を見つめていると、脳裏に唐突に浮かぶ、かつて父に問われた言葉。
  その時は、深く考えていなかった。ただ漠然と、なんとなく答えていた。
  驕り高ぶらず、民を愛することのできるお方にお仕えしたいです!
  実際の戦場を経験した今、それは漠然とではなく、真実の気持ちとしてそう思っている。
  民がなければ国は成らず、国がなければ民の寄る辺が無くなってしまう。そして最も大切なのは、それを知る者が冠を戴くこと。
「……主君、か」
  仇を討つ。そのための旅。
  だが、今。武蔵の胸中には、もう一つの想いが芽生え始めていた。
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