アルティア戦乱記 -魔女と懐刀-

ノベルバユーザー316089

第四話 見つめる者

 むかしむかしのむかしの話。
 世界は暗黒に包まれていました。
 災厄と、災害と、戦乱と。
 空が落ち、地面が揺れ、海が押し寄せ。
 醜いバケモノが溢れ、人が人を襲い、戦いの鐘を打ち鳴らし。
 あらゆる災いが善良な人々を襲い、苦しめていたのです。
 人々は祈りました。世界に平穏を戻してください。
 人々は願いました。世界に静寂をもたらしてください。


 だから、天は遣わしました。
 人々の祈りを聞き届けるものを。
 人々の願いを叶えるものを。


 人々は、それを天使と呼びました。




 アルティア建国神話  序章




□□□□




 武蔵が腰を落とし、地を蹴る。初速から文字通り目にも止まらぬ速さでトロルに肉薄し、


「っ!」


 間合いに入る直前で、進路を急変更。横っ飛びで回避行動を取った。
 直後、衝撃。


「くっ!?」
「テンマ!!」


 トロルの降りおろした棍棒が地を砕き、生じた凄まじい衝撃波が武蔵の体を吹き飛ばした。
 思わずその名を叫ぶラピュセルだが、ひとまず心配は不要だった。
  吹き飛ばされながらも武蔵は空中で身を捻り、縦に一回転。両足から地面に着地する。
 安堵のため息を吐き出すも、気を引き締め直してトロルを見上げる。
 あの武蔵が、攻撃より回避を優先した。その一撃の破壊力もそうだが、その図体からは想像できない俊敏な攻撃だったのだ。


「あれじゃあ、迂闊に近づけない……」


 武蔵の得物は刀。白兵戦用の近接武器。であれば、懐に飛び込まなければ攻撃できない。
 だが、トロルの一撃は喰らえば必倒は必至。加えて油断ならない攻撃速度に、大人を軽々と吹き飛ばす攻撃余波の衝撃。まともな人間では、近づくだけでも困難である。


「ルーミン!」
「うん!」


 武蔵の呼び掛けにルーミンが答えた。
 いつの間にかトロルの背後に回っていたルーミンが、一度に五本もの矢を同時に放った。それも、五本を別々の部位ではなく、収束させてただ一ヶ所、野太い首を狙って。
 トロルの巨体に小さな矢をチクチク当ててもさほど意味はないと判断したのだろう。だからといって、楽々と出来る技ではない。


 グルルルルッ!


 気づいたトロルが唸り、振り返り様に棍棒を横薙ぎに振るった。先程同様、凄まじい衝撃波。矢は全てバラバラと吹き飛ばされ、かなり離れた位置にいたルーミンの元までに及ぶ。


「わぶっ?!」


 距離のおかげかなんとか踏み留まっているが、トロルの眼は、まっすぐにルーミンを捉えている。


「ルーミン!」


 マーチルが反射的に走り出そうと一歩踏み出すが、堪えて留まる。
 ラピュセルを護ることが、今の彼女の役割であるために。


「っ、だ、大丈夫。それより」


 衝撃波が収まり、ルーミンが顔を庇っていた両腕を下げる。完全にルーミンへと狙いを切り替えたトロルが、重い足音を響かせ歩み寄っていた。


「テンマっち!」


 ルーミンが合図するまでもなく、既に武蔵は動いていた。先程よりもなお速く、瞬きのうちにトロルの足下へと最接近。
 そこでトロルも気づいたか、ルーミンから視線を外す。しかし、遅い。


「おおおおっ!」


 初めて聞く、武蔵の烈迫の気合い。振り向こうと転身したトロルに飛びかかり、その膝を足場に更に跳躍。軽々とトロルの頭上へと舞い上がる。
 だが、中空では自由が聞かない。僅かな時間とはいえ、それが命取りとなりかねない。そしてやはり、トロルは武蔵を狙い澄まして棍棒を振り上げる。


 ガアアアアアッッ!?


 だが、次の瞬間に悲鳴を上げたのはトロルだった。
 トロルの首筋に、収束された複数の矢が突き刺さっている。武蔵へと注意が逸れた隙を見逃さず、ルーミンが即座に射抜いたのだ。
 そして。


「終わりだ」


 武蔵の刀が、トロルの眉間に深々と突き立った。








「二人とも、お疲れ様。怪我は無い?」
「はーい!」
「問題無い」


 トロルの息が完全に絶えてから合流し、労う。
 最初に武蔵が吹き飛ばされた時は肝を冷やしたが、思いの外早く終わった戦い。それも、武蔵とルーミンの即席とは思えない連携があればこそだろう。


「一体あれは、結局何だったのでしょう?」


 トロルの、死体となり横たわってなお見上げる巨体を遠巻きに眺めてマーチルが呟く。


「……考えても仕方ないわ。わかりようがないもの。されより、早く出発しましょう」
「賛成だ。またあんなのが出たら、さすがに鬱陶しい」


 出発を促す。武蔵も賛同し、三人は足早にトロルの横を距離を置いて通り抜けた。ラピュセルもその後に続き、


「…………」


 ふと、足を止める。
 今の戦い、実際にトロルと対峙したのは武蔵とルーミン。だが、マーチルも魔力消費の少ない防御呪文を唱えて、いつでも全員を護れる状態だった。


 何も出来なかったのは、私だけ。


 それでいいことは理解している。
 武蔵、マーチル、ルーミン。彼らの使命がラピュセルを護ることであり、ラピュセルの使命は、無事に生きて味方と合流すること。しかし、そうとわかっていても、思わずにはいられない。
 魔法はマーチルと違ってそもそも使えず、弓はルーミンのように得意なわけではない。かといって、剣では到底武蔵に敵わない。
 なんという、中途半端。


「ラピュセル様ー!」
「……今行くわ!」


 マーチルに呼ばれて、ラピュセルは後ろ向きな自分の気持ちを切り替える。
 まずは動く。そうしなければ、何も始まらないのだから。


「ラピュセル様、何か気になることでも?」
「お腹痛いんですかー?」
「何でもない。お腹もどこも痛くないから、大丈夫よ」


 この子達に弱いところを見せてはいけない。
 この姉妹は、今も昔も変わらず着いてきてくれている。命を張ってくれている。
 ならば自分は、堂々としていなければならない。彼女らが、命を懸けるに足る主でいなければ。


「さあ、行きましょう」
「はい」
「はーい!」


 再度促す。マーチルとルーミンが歩き出し、その後ろに自分が続く。武蔵も更に後に続きーーばっ、と。音が聞こえそうなほどの勢いで、武蔵が背後を振り替える。


「テンマ?  どうかしたの?」
「……いや」


 つられて背後を確認するが、あるのはトロルの死体のみ。


「すまない。気のせいだ」
「?  そう。なら、行きましょ」
「ああ」


 気にはなるが、もうここに用はない。
 味方との合流を急ぐべく、武蔵を伴い、洞窟の広間を後にした。




□□□□




「あっぶな……。危うくばれるところだったわ」


 トロルの死体、その真上の中空に。


「あの剣士、どんな勘してるのよ。魔法で姿も気配も消したんだから、気がつくはずないのに」


 妙齢の女性が出現・・していた。ふよふよと、その体を宙に浮かせて。


「まあ、ばれなかったからいいけど。しっかし、まさか二人だけであんなにあっさり倒しちゃうなんてね~」


 音もなくトロルの死体に降り立つ。完全に息絶えており、ピクリとも反応しない。


「でも、やっぱり妙ね。魔法は使えない様子な割りに、宿してる魔力量はポニテの子の比じゃなかったし」


 独りごちながら、女性はまるで髪の毛先のように、ごく自然に背中の黒翼・・の羽先をいじる。


「これは、当たりかなぁ?」


 翼を離し、四人組が去っていった暗闇を見やる。


「ま、しばらく観察していればわかるでしょ」


 パチン、と。女性が指を鳴らす。
 直後、女性の真上に出現した渦巻く影。
 ふわりと、女性の体が音もなく浮き上がり。出現した影の中へと吸い込まれるように消えていく。


 後には無音の静寂と、トロルの骸だけが残された。

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