毒林檎と鉄仮面

小河 華

聲緝

次の日も、そのまた次の日も僕は放課後になると、足蹴なくあの空き教室に通っていた。そんなことをしていると気づいたら夏休み前日になっていた。空き教室に行って僕たちは特に何かを一緒にしてる訳でもなく、ただ他愛のない話をしていた。
「明日から夏休みだね。ショウゴは何か予定あるの?」
「僕は特に無いかな、友達いないし」
「あはは、そっか。一緒だね」
 僕たちは友達が居ない。僕はクラスにいても空気だし、彼女はそもそもクラスに通っていない。そんな二人が放課後には空き教室でお喋り。なんだか変な話だ。
 僕は前から気になっていたことを、思い出したように口にした。
「そういえばさ、ノアはなんでいつもこの教室にいるの?」
 彼女の笑顔が一瞬固まって見えた。でもそんなのは一瞬で、すぐにいつもの調子を取り戻した。
「それ聞いちゃう?」
「聞いちゃダメな話なら聞かない」
「いや、別にショウゴになら言ってもいいよ、でもこれ特別だからね」
「分かった」
「この話を私にさせるんだから、ショウゴは私のお願いを一個叶えてよ」
「お金とかは無しね」
「もちろん」
 彼女はいつもとなんら変わらない調子で話し出した。
「私こんな見た目だけどれっきとした日本人なの。こういう見た目になっちゃうのはアルビノっていうやつのせいなんだ。知ってる?」
「生物の資料集で見たことある気がする」
「まぁ簡単に言うと遺伝子変異で真っ白な人とか動物になっちゃうこと。で、アルビノの人って視力が極めて弱かったり、日光に当たるのが苦手なんだよ。普通の教室だと眩しくて苦労があるからこの教室は私専用に用意してもらったわけ」
「なるほどね、っていうか君も視力悪いの?」
「そうだね、結構見えないかも」
「ってことは僕が死んだ魚の目ってなんで分かったんだよ」
「なんとなく、かな」
 そう言って彼女ははにかんだ。僕はその笑顔で死んだ魚の目と言ったことは許してやることにした。僕は結構面食いなのかもしれないな。
「はい!じゃあ話したから私のお願い聞いて!」
「いいよ、何?」
「八月十四日午後七時、高校の校門前に来ること!」
「…え」
「あからさまに嫌な顔しないでよ」
「だって、なんでそんな日に学校なんかに」
「夜の学校探検夢だったんだよねぇ」
「他のお願いごとないの?」
 僕がそう言うと彼女はしばらく考え
「あ、じゃあ私のこと抱いて」
 と、唐突に言った。
「え、」
「なんちゃってね、嘘だよ。学校探検一緒にしよう」
「…分かった」
 彼女が僕の顔を覗き込む。近い。
「本気にした?」
 彼女が静かな優しい声で僕の耳元に囁く。からかわれてるんだろうな。
「冗談だって分かってたよ」
「そっかぁ、」
「そうだあ」
「とりあえず、その日空けといてね」
「分かったよ」
「忘れないでね?」
「約束は守る主義だから大丈夫」
「そっか楽しみだなぁ」
彼女はそう言って天井を見つめながら笑った。彼女の瞳にはこの景色がどんな風に見えているんだろうか。ボヤボヤした世界もそんな悪いもんじゃないんだろうか。それでも世界がハッキリ見えないのはなんだか少し寂しい気がする。
「そろそろ時間だね」
 彼女がケータイの画面を見て呟く。
「じゃあ僕そろそろ帰るよ」
「分かった、じゃあ次は八月十四日に」
「らじゃりました」
 僕は手を振る彼女を視界から外し、回し慣れた丸いドアノブを握って外に出た。
 昇降口に向かうと杉咲さんの姿がそのきあった。こちらを見ると僕の方に駆け寄る。
「あの、ミヤザワ君」
「どうしたの?」
僕が尋ねると杉咲さんは少し口元をもごもごさせてから小さな声で話し出した。
「あの…急で悪いんだけど、八月十四って空いてるかな?」
「八月十四日?あー…」
「予定ある、感じかな?」
「うん、ごめん。何かあった?」
「いやいや、そんな大事なことじゃないの」
そう言って杉咲さんは少し眉毛をくの字にして笑った。
「その日って何かあるの?」
ノアと同じ日を指定されたことに疑問を持ち尋ねた。
「その日は隣町で花火大会があるの。ここら辺では結構大きい方でね、綺麗な花火が見れるんだ!それで、もし暇ならミヤザワ君と行きたいなって思ってたんだけどね」
「え、俺?なんで?」
「んー、話してて楽しいから!」
そんなこと言われたの始めてだったもんで、僕は少しびっくりした。
「とりあえず誘ってみただけだから、気にしないで!じゃあ、お互い良い夏休みにしようね!」
「うん、じゃあまた」
彼女は素敵な笑顔で僕に手を振って学校を後にした。空気が熱く口の中がやんわりと渇く。カバンから取り出した生ぬるい炭酸水を喉を鳴らしてゴクッと飲んでみた。炭酸はもう残っていなかった。
僕の影がのびる。ひとりぼっちの影を後ろに、僕は赤橙色の空を見上げていた。


僕たちのクラスメッセージに「ドキドキ花火アンド肝試し大会」が提案されたのはその夜のことだった。僕は既読をつけずに最近やっていなかったゲームアプリを開いた。

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