獣耳男子と恋人契約
35、二度目の偽恋生活?!
「おい、コハク! お前さん、覚えてないのか?!」
驚きが隠せない様子で、橘先生がコハクに詰め寄る。
「私の名前は一条桜。結城君のクラスメイトだよ。危ない所を貴方に助けてもらって本当に感謝しているの。ありがとう」
コハクの瞳を見つめ返して、笑顔で彼の質問に答えた。
「そうだったんだ……ごめん、君の事が思い出せないみたいなんだ」
そう言って、コハクは苦しそうに顔を歪めた。
「大丈夫だよ、今は無理しないでゆっくり休んで」
「うん、ありがとう」
コハクを安心させるように私がニコッと微笑むと、少しだけ彼の表情が和らいだ。
それから医師の診察や身体の検査などでコハクは別室に連れていかれた。
「おい、一条! お前さん……さっきのはどういう事だ?」
コハクが居なくなったのを確認して、橘先生が動揺を隠せない様子で私に尋ねてきたので、私はコサメさんとの間に起こった事を簡単に説明した。
「そんな事が……」
それでも心配そうに見つめてくる橘先生に、私は出来るだけ明るく言った。
「大丈夫です、先生。私はこうなることを覚悟の上でコサメさんにコハクを助けて欲しいとお願いしました。だから、コハクには本当の事は言わないで下さい。お願いします」
「一条……分かったよ」
橘先生は言いかけた言葉を必死に飲み込むようにして頷く。そして「何かあったら相談しろよ」と言って帰っていった。
覚悟はしていたけれど、やはり面と向かって誰かと問われるのはきつかった。
でも、コハクの前では決して泣かないようにしようと心に決めていた。
彼は私の笑顔が好きだと言ってくれた。だからコハクには、私の笑顔だけを見て欲しい。
それから私は家族と桃井にコハクが目を覚ました事を報告し、私の記憶を失っている事を話した。
コハクに負担をかけたくないから無理に私の事を思い出させようとしないで欲しいとお願いし、彼との間柄は危ない所を助けてもらったクラスメイトという事にしておいた。
桃井は大分納得できない様子だったけど、最後には渋々了承してくれた。
ただ、「私が絶対に元の状態に戻れるように全力でサポートするから!」とかなり意気込んでいた。
あれ以降、私と桃井は抱えていたわだかまりが消え、今では結構何でも腹をわって話せる仲になった。
コハクの秘密は外部には絶対もらさないと約束してくれ、今ではよき理解者だ。
電話を終え、私は身の回りに必要そうな物を買って再び病院を訪れた。
辺りはすっかり夕焼け空になっていて、ノックをして部屋に入ると、コハクはベッドに腰かけて窓から外を眺めていた。
「起きてて大丈夫なの?」
「あ、一条さん。また来てくれたんだ。全然平気。僕、身体は人より頑丈だから」
そう言ってコハクはベッドから立ち上がり窓際まで歩いてみせた。
「そうなんだ? でも、あんまり無理はしないでね」
四週間ぐらい寝たきりだったのに、支えなしでそこまで出来る事に正直驚いた。
これもコサメさんの霊力のおかげなんだろうか?
「うん、ありがとう。一条さんは優しいね」
そう言って、コハクはふわりと優しく微笑んだ。
久しぶりに見た彼の笑顔に、胸がじんわりと温かくなるのを感じる。そして、もう二度と見れないと思っていたその笑顔に、嬉しくて涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
「どうして僕は……君の事だけ覚えていないのかな?」
コハクの澄んだ琥珀色の瞳が私を捕らえている。
お願い、今だけはこちらを見ないで欲しいという私の思いとは裏腹に、コハクは私の方へ歩み寄ってきた。
「ごめん、僕が変な事を言ったから悲しませちゃったかな……」
コハクは私の頭をポンポンと優しく撫でて、「絶対思い出すから、安心して?」と、私の目線の高さまで屈んで柔らかく微笑んだ。
記憶を失っても、コハクは昔のように優しい。その優しさに触れられて、私は今とても幸せだと感じた。
生きててくれて、ありがとう。
私の傍に居てくれて、ありがとう。
優しく微笑みかけてくれて、ありがとう。
色んな感謝の気持ちを込めて、私は精一杯の笑顔で彼に応えた。
「ありがとう、結城君」
コハクは一瞬驚いたように目を丸くして、私から少しだけ視線を逸らした。
そして赤く染まった頬をポリポリとかきながら「良かったら……名前で呼んでくれないかな?」と、照れ臭そうにこちらに顔を向けて呟く。
「コハク君」
「君はいらない」
「コハク」
「僕も一条さんの事、名前で呼んでもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ありがとう、桜」
懐かしいやり取りを終えて、私は前のようにコハクと呼べるようになった。
ただのクラスメイトから、友達にランクアップ出来たのだろうか?
それなら嬉しいなと思っていると、コハクの頭にピョコンと顔を出しているものを発見してしまった。
──ピクピク
ここは指摘した方がいいのか、それとも見てみぬフリをしたがいいのか。
もし看護師さん達にばれたら厄介な事になる。
──ピクピク
ああ、そんなにピクピク動かしたら私の理性が……
「え……あっ、やめ……ッ」
「あ、ごめん……可愛くってつい……誘惑に負けた」
やってしまった……コハクが目を潤ませてこちらを見ている。
私はコハクから少しずつ離れて逃げの体勢に入る。
「もしかして、桜は僕の秘密を知っていたの?」
しかし、ニコニコと微笑みながら彼もまた私の方へ近付いてくる。
「えーと……うん、まぁ……知ってました。でも大丈夫! 誰にも言わないから許して!」
とうとう壁側まで追いやられてしまい、後ろにはこれ以上逃げ場がない。すかさず横へ逃げようとしたら
──ドン
コハクに片手をつかれて逃げ道を塞がれてしまった。
「ねぇ……僕達、どういう関係だったの?」
コハクの真剣な瞳が真っ直ぐ私を捉えている。
「た、ただのクラスメイトだよ?」
私はその視線から逃げる様に顔を横に向けて言うと、コハクが空いた片方の手で私の顎を掴んで強制的に正面を向かせた。
「ただのクラスメイトに、僕は正体をばらしたりしないよ」
真実を探るかのようにコハクは私の瞳をじっと見つめてくる。
「と、友達だよ」
コハクの端正な顔が近くにあるのと、嘘をついている罪悪感のせいで、心臓がこれでもかというくらい激しく脈動している。
「僕、友達にも正体はばらさないよ?」
記憶のない相手から恋仲だったと聞かされても、コハクの重荷になるだけだ。
「……利害の一致した偽の恋人」
結局良い言葉が思い付かず、咄嗟に嘘をついてしまった。
私の言葉を聞いて、今までより一番納得出来る答えだったのか、コハクは楽しそうな笑みを浮かべてある提案を持ちかける。
「そうなんだ……ねぇ、桜。その関係継続出来ないかな?」
「え、どうして?」
予想外の言葉に驚き思わず尋ねると、コハクは真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
「君と一緒にいれば、忘れた記憶を取り戻せそうな気がするんだ。ダメかな?」
「だ、だめじゃないけど……」
「良かった。これからよろしくね、桜」
コハクの力になりたいと思っていたけれど、まさかこんな事になるなんて。
こうして、コハクと私の二度目の偽恋ライフが始まった。
驚きが隠せない様子で、橘先生がコハクに詰め寄る。
「私の名前は一条桜。結城君のクラスメイトだよ。危ない所を貴方に助けてもらって本当に感謝しているの。ありがとう」
コハクの瞳を見つめ返して、笑顔で彼の質問に答えた。
「そうだったんだ……ごめん、君の事が思い出せないみたいなんだ」
そう言って、コハクは苦しそうに顔を歪めた。
「大丈夫だよ、今は無理しないでゆっくり休んで」
「うん、ありがとう」
コハクを安心させるように私がニコッと微笑むと、少しだけ彼の表情が和らいだ。
それから医師の診察や身体の検査などでコハクは別室に連れていかれた。
「おい、一条! お前さん……さっきのはどういう事だ?」
コハクが居なくなったのを確認して、橘先生が動揺を隠せない様子で私に尋ねてきたので、私はコサメさんとの間に起こった事を簡単に説明した。
「そんな事が……」
それでも心配そうに見つめてくる橘先生に、私は出来るだけ明るく言った。
「大丈夫です、先生。私はこうなることを覚悟の上でコサメさんにコハクを助けて欲しいとお願いしました。だから、コハクには本当の事は言わないで下さい。お願いします」
「一条……分かったよ」
橘先生は言いかけた言葉を必死に飲み込むようにして頷く。そして「何かあったら相談しろよ」と言って帰っていった。
覚悟はしていたけれど、やはり面と向かって誰かと問われるのはきつかった。
でも、コハクの前では決して泣かないようにしようと心に決めていた。
彼は私の笑顔が好きだと言ってくれた。だからコハクには、私の笑顔だけを見て欲しい。
それから私は家族と桃井にコハクが目を覚ました事を報告し、私の記憶を失っている事を話した。
コハクに負担をかけたくないから無理に私の事を思い出させようとしないで欲しいとお願いし、彼との間柄は危ない所を助けてもらったクラスメイトという事にしておいた。
桃井は大分納得できない様子だったけど、最後には渋々了承してくれた。
ただ、「私が絶対に元の状態に戻れるように全力でサポートするから!」とかなり意気込んでいた。
あれ以降、私と桃井は抱えていたわだかまりが消え、今では結構何でも腹をわって話せる仲になった。
コハクの秘密は外部には絶対もらさないと約束してくれ、今ではよき理解者だ。
電話を終え、私は身の回りに必要そうな物を買って再び病院を訪れた。
辺りはすっかり夕焼け空になっていて、ノックをして部屋に入ると、コハクはベッドに腰かけて窓から外を眺めていた。
「起きてて大丈夫なの?」
「あ、一条さん。また来てくれたんだ。全然平気。僕、身体は人より頑丈だから」
そう言ってコハクはベッドから立ち上がり窓際まで歩いてみせた。
「そうなんだ? でも、あんまり無理はしないでね」
四週間ぐらい寝たきりだったのに、支えなしでそこまで出来る事に正直驚いた。
これもコサメさんの霊力のおかげなんだろうか?
「うん、ありがとう。一条さんは優しいね」
そう言って、コハクはふわりと優しく微笑んだ。
久しぶりに見た彼の笑顔に、胸がじんわりと温かくなるのを感じる。そして、もう二度と見れないと思っていたその笑顔に、嬉しくて涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えた。
「どうして僕は……君の事だけ覚えていないのかな?」
コハクの澄んだ琥珀色の瞳が私を捕らえている。
お願い、今だけはこちらを見ないで欲しいという私の思いとは裏腹に、コハクは私の方へ歩み寄ってきた。
「ごめん、僕が変な事を言ったから悲しませちゃったかな……」
コハクは私の頭をポンポンと優しく撫でて、「絶対思い出すから、安心して?」と、私の目線の高さまで屈んで柔らかく微笑んだ。
記憶を失っても、コハクは昔のように優しい。その優しさに触れられて、私は今とても幸せだと感じた。
生きててくれて、ありがとう。
私の傍に居てくれて、ありがとう。
優しく微笑みかけてくれて、ありがとう。
色んな感謝の気持ちを込めて、私は精一杯の笑顔で彼に応えた。
「ありがとう、結城君」
コハクは一瞬驚いたように目を丸くして、私から少しだけ視線を逸らした。
そして赤く染まった頬をポリポリとかきながら「良かったら……名前で呼んでくれないかな?」と、照れ臭そうにこちらに顔を向けて呟く。
「コハク君」
「君はいらない」
「コハク」
「僕も一条さんの事、名前で呼んでもいいかな?」
「うん、いいよ」
「ありがとう、桜」
懐かしいやり取りを終えて、私は前のようにコハクと呼べるようになった。
ただのクラスメイトから、友達にランクアップ出来たのだろうか?
それなら嬉しいなと思っていると、コハクの頭にピョコンと顔を出しているものを発見してしまった。
──ピクピク
ここは指摘した方がいいのか、それとも見てみぬフリをしたがいいのか。
もし看護師さん達にばれたら厄介な事になる。
──ピクピク
ああ、そんなにピクピク動かしたら私の理性が……
「え……あっ、やめ……ッ」
「あ、ごめん……可愛くってつい……誘惑に負けた」
やってしまった……コハクが目を潤ませてこちらを見ている。
私はコハクから少しずつ離れて逃げの体勢に入る。
「もしかして、桜は僕の秘密を知っていたの?」
しかし、ニコニコと微笑みながら彼もまた私の方へ近付いてくる。
「えーと……うん、まぁ……知ってました。でも大丈夫! 誰にも言わないから許して!」
とうとう壁側まで追いやられてしまい、後ろにはこれ以上逃げ場がない。すかさず横へ逃げようとしたら
──ドン
コハクに片手をつかれて逃げ道を塞がれてしまった。
「ねぇ……僕達、どういう関係だったの?」
コハクの真剣な瞳が真っ直ぐ私を捉えている。
「た、ただのクラスメイトだよ?」
私はその視線から逃げる様に顔を横に向けて言うと、コハクが空いた片方の手で私の顎を掴んで強制的に正面を向かせた。
「ただのクラスメイトに、僕は正体をばらしたりしないよ」
真実を探るかのようにコハクは私の瞳をじっと見つめてくる。
「と、友達だよ」
コハクの端正な顔が近くにあるのと、嘘をついている罪悪感のせいで、心臓がこれでもかというくらい激しく脈動している。
「僕、友達にも正体はばらさないよ?」
記憶のない相手から恋仲だったと聞かされても、コハクの重荷になるだけだ。
「……利害の一致した偽の恋人」
結局良い言葉が思い付かず、咄嗟に嘘をついてしまった。
私の言葉を聞いて、今までより一番納得出来る答えだったのか、コハクは楽しそうな笑みを浮かべてある提案を持ちかける。
「そうなんだ……ねぇ、桜。その関係継続出来ないかな?」
「え、どうして?」
予想外の言葉に驚き思わず尋ねると、コハクは真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
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