獣耳男子と恋人契約

花宵

34、お見舞い

 翌朝、目覚めると私は聖奏公園に居た。


 何故こんな所に?


 自分の寝相がここまで悪いと感じたことはないはずだが……思い出そうとしても布団に入った所で記憶は途絶えている。つまり、そこで寝たということだろう……とりあえず、帰るか。


 その後朝食を済ませ、クッキーの散歩をしていつものようにコハクの元へ向かった私は、病院の入り口で見覚えのある背中を見つけて声をかける。


「橘先生、こんにちは」


 振り返った先生は軽く手をあげて挨拶してくれた。


「よぉ、一条。お前さん、身体は大丈夫なのか?」

「はい、コハクのおかげで私はほとんど無傷みたいなものです。先生もお見舞いですか?」

「ああ、可愛い甥っ子の顔でも拝みにな」

「橘先生ってコハクの叔父さんだったんですか?」


 先生の言葉に私が目を丸くして尋ねると、「なんだお前さん、知らなかったのか?」と逆に驚かれてしまった。


「初耳です」

「コハクは俺の姉、雪乃の子供なんだ」

「そういえば、コハクのお母さんはどちらに?」


 こんなに長期間入院しているというのに、一度も会ったことがない。

 きちんと謝りたいと思って尋ねると、橘先生は「あー、その、えーと」とやけに歯切れが悪くなる。

 それでも質問の返事を待つと、先生が折れた。


「あーあいつは今仕事で海外に行ってて戻って来れないんだ。というか、コハクがこんな状態なのもきっと知らないだろうな」


 そう言って頭をボリボリとかきながら、心なしか視線を右に逸らした橘先生。


「え、連絡とかしないんですか?」

「あーうん、まぁ……」


 歯切れの悪い先生を再度じっと見つめ返答を待つ。

 すると少し動揺しているのか先生は、ますます頭をかく手を速めて小さな声でポツリと呟いた。


「コハクの親父が連絡するなって言ってたからしていない」

「コサメさんがですか?」

「なんだ、コサメの事知ってたのか。あいつは姉を溺愛しているからな~少しでも気持ちがコハクに向くのが嫌なんだろう」

「え、コハクとコサメさん……仲悪いんですか?」

「いや、ただ優先順位がはっきりしてるだけだ。一番は雪乃、二番はその他って感じだな。コハクはそんな親父の血を引いてるから……お前さんもきっと苦労するぞ。悪い事は言わん、逃げるなら今のうちだぞ」

「逃げませんよ、私がコハクの傍に居たいんですから」


 冗談なのか本気なのか分からない橘先生に笑って答えると、先生は目を一瞬大きく見開いて驚いている。


「お前さん、変わったな。というより、本来の姿に戻ったと言ったが正しいのか?」

「過去と向き合って、前向きになれたのも……全部コハクのおかげです。だから、今度は私がコハクの力になりたいんです」

「そうか、頑張れよ」

「はい!」


 そうこう話しているうちに、コハクの病室に着いた。


 コハクはまだ意識を取り戻しておらず、静かに眠っている。

 換気のため病室の窓を開けていると、橘先生がコハクの顔をまじまじと見ながら呟いた。


「こうやって眠ってると、精巧に作られた人形みたいだな」


 先生の言葉が気になり、コハクの傍に歩み寄って彼の顔をのぞきこむと納得だった。


「確かに、浮世離れした美しさですよね」


 窓辺から差し込んでくる木漏れ日に照らされ、コハクの絹糸のような銀髪がキラキラと輝いて見える。

 端正な顔立ちとこの入院生活で一段と白くなった肌がそれと相まって、血の通っていない綺麗な人形のようだ。


 その時、窓から一陣の風が吹きこんできた。

 風に揺られて顔にかかった彼の前髪を元に戻すと、コハクが僅かに身じろいだ後、ゆっくりと瞼を開けた。


「コハク、俺が誰か分かるか?」


 橘先生の言葉に、コハクはゆっくりと声のした方へと視線を向ける。


「ケンさん……僕は、一体……ッ」


 身体を動かそうとして顔をしかめたコハクを支えて、私は起きるのを手伝い座らせた。


「ありがとう……君は……誰?」


 綺麗な琥珀色の瞳を私に向けて、コハクは不思議そうにこちらを見上げていた。

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