獣耳男子と恋人契約
25、拒絶
「美希……」
生理的な涙が一筋、瞳からこぼれていくのを感じた。
「桜! 気が付いたんだね! 良かった! 大丈夫? 僕の事分かる?」
「コラ、コハク。そんなに一気に聞いたって分かるわけねぇだろ。男ならちったぁ黙ってろ」
「だって桜が!」
「はいはい、ちょっとそこに座ってろ。カーテン開けんなよ」
バシャン! と、勢いよくカーテンが閉められる音がした。
「大丈夫か?」
橘先生が心配そうな顔で尋ねてくる。
「ここは……私は一体……」
「ここは保健室だ。お前さんは意識を失ってここに運ばれてきた」
そっか、私……桃井に呼び出されて、それで……コハクに過去がバレたんだ。
「身体に違和感あったりしないか? あるなら今から病院に連れてくが……」
「大丈夫です! 歩いて帰れます!」
身体が丈夫なだけが取り柄の私が病院になんて連れていかれたら、それこそ家族がびっくりする。
物騒な橘先生の提案を私は全力で否定した。
「それならコハク、一条を送ってやれ」
橘先生の『コハク』という言葉に、私の身体がビクリと大きく震える。
どんな顔で彼に会えばいいのか、分からない。
しかし、私の不安は「さーくーらー!」と叫びながら思いっきり抱きついてきて、頭に頬擦りしている人物によってかき消された。
「目を覚まさなかったらどうしようって、ずっと心配してたんだよ」
そう言って、コハクは私を抱き締める力を更に強めた、強め過ぎた。
「コハク……苦しいよ」
「あ、ごめん桜。嬉しくってつい……」
物理的に押し潰された私の身体は、とりあえず空気を求めていた。
「帰ろう、送っていくから」
そう言ってコハクはいつも通り手を差し出してくる。
「うん、ありがとう」
私は戸惑いながらその手をとった。するとコハクは私の震える手を、ギュッと握り返して微笑んでくれた。
いつもの事がこんなに嬉しく感じたのは初めてだった。だけどそれと同時に、その優しさが今はとても辛く感じた。
優しい人ほど、私の傍に居てはいけない。
私は人の気持ちに鈍感だ。
そのせいで、美希が辛い目に遭っているのに気付いてあげられなかった。
もし、コハクまで美希のようになってしまったら……想像しただけで、胸が押し潰されそうだった。
私はコハクの傍に居てはダメなんだ。
同じ事を繰り返してはいけないと、心が警鐘を鳴らしている。
「気ぃつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございました」
橘先生に見送られながら学園を後にするも、その事がずっと心にもやもやとして引っ掛かっていた。
人気の少ない住宅街を歩いていると、繋いだ手に力を込めてコハクが突然立ち止まった。
「桜……桃井さんが言っていた事、僕は信じてないからね」
「コハク……でも、全部本当の事なんだよ。私は親友を見殺しにした薄情な人間なんだ」
友達を作る資格も、ましてや恋人を作る資格さえも私には無かったんだ。
「桃井さんは、結果だけしか言わなかった。例え客観的に見た結果がそうだとしても、僕はその過程を知らない。だから、その結果は信じない。一人で抱え込まないで、桜には僕が付いているから」
「コハク……」
なんて真っ直ぐで、素直で、そして優しい人なんだろう。
どうして、私は美希にそんな優しい言葉をかけてあげられなかったのだろう。
コハクが大切な人だと思うなら尚更、私はこの人の一番近くで寄り添ってはいけない。
「ごめん、今はその優しさがとても辛いよ。だから……私にはもう近寄らないで」
握られた手を無理矢理振りほどいて、私は駆け出した。
「待って、桜!」
後ろからコハクの悲痛な叫びが聞こえた。
だけど、振り返るわけにはいかない。
さようなら、コハク。
私の一番大切な人。
生理的な涙が一筋、瞳からこぼれていくのを感じた。
「桜! 気が付いたんだね! 良かった! 大丈夫? 僕の事分かる?」
「コラ、コハク。そんなに一気に聞いたって分かるわけねぇだろ。男ならちったぁ黙ってろ」
「だって桜が!」
「はいはい、ちょっとそこに座ってろ。カーテン開けんなよ」
バシャン! と、勢いよくカーテンが閉められる音がした。
「大丈夫か?」
橘先生が心配そうな顔で尋ねてくる。
「ここは……私は一体……」
「ここは保健室だ。お前さんは意識を失ってここに運ばれてきた」
そっか、私……桃井に呼び出されて、それで……コハクに過去がバレたんだ。
「身体に違和感あったりしないか? あるなら今から病院に連れてくが……」
「大丈夫です! 歩いて帰れます!」
身体が丈夫なだけが取り柄の私が病院になんて連れていかれたら、それこそ家族がびっくりする。
物騒な橘先生の提案を私は全力で否定した。
「それならコハク、一条を送ってやれ」
橘先生の『コハク』という言葉に、私の身体がビクリと大きく震える。
どんな顔で彼に会えばいいのか、分からない。
しかし、私の不安は「さーくーらー!」と叫びながら思いっきり抱きついてきて、頭に頬擦りしている人物によってかき消された。
「目を覚まさなかったらどうしようって、ずっと心配してたんだよ」
そう言って、コハクは私を抱き締める力を更に強めた、強め過ぎた。
「コハク……苦しいよ」
「あ、ごめん桜。嬉しくってつい……」
物理的に押し潰された私の身体は、とりあえず空気を求めていた。
「帰ろう、送っていくから」
そう言ってコハクはいつも通り手を差し出してくる。
「うん、ありがとう」
私は戸惑いながらその手をとった。するとコハクは私の震える手を、ギュッと握り返して微笑んでくれた。
いつもの事がこんなに嬉しく感じたのは初めてだった。だけどそれと同時に、その優しさが今はとても辛く感じた。
優しい人ほど、私の傍に居てはいけない。
私は人の気持ちに鈍感だ。
そのせいで、美希が辛い目に遭っているのに気付いてあげられなかった。
もし、コハクまで美希のようになってしまったら……想像しただけで、胸が押し潰されそうだった。
私はコハクの傍に居てはダメなんだ。
同じ事を繰り返してはいけないと、心が警鐘を鳴らしている。
「気ぃつけて帰れよ」
「はい、ありがとうございました」
橘先生に見送られながら学園を後にするも、その事がずっと心にもやもやとして引っ掛かっていた。
人気の少ない住宅街を歩いていると、繋いだ手に力を込めてコハクが突然立ち止まった。
「桜……桃井さんが言っていた事、僕は信じてないからね」
「コハク……でも、全部本当の事なんだよ。私は親友を見殺しにした薄情な人間なんだ」
友達を作る資格も、ましてや恋人を作る資格さえも私には無かったんだ。
「桃井さんは、結果だけしか言わなかった。例え客観的に見た結果がそうだとしても、僕はその過程を知らない。だから、その結果は信じない。一人で抱え込まないで、桜には僕が付いているから」
「コハク……」
なんて真っ直ぐで、素直で、そして優しい人なんだろう。
どうして、私は美希にそんな優しい言葉をかけてあげられなかったのだろう。
コハクが大切な人だと思うなら尚更、私はこの人の一番近くで寄り添ってはいけない。
「ごめん、今はその優しさがとても辛いよ。だから……私にはもう近寄らないで」
握られた手を無理矢理振りほどいて、私は駆け出した。
「待って、桜!」
後ろからコハクの悲痛な叫びが聞こえた。
だけど、振り返るわけにはいかない。
さようなら、コハク。
私の一番大切な人。
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