転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第七十三話 絶招

熱い、冷たい……。
そんな矛盾した経験を俺は体験している。
グリードとの攻防。俺の一撃はグリードの腕を切り落とし、グリードの一撃は俺の身体を貫いた。
あり得ないくらいの血が流れでて身体が冷たくなっていくのがわかる。
眼もかすみ始めて音も遠くなっていく……。
ああ、もうすぐ死ぬんだと。俺は自覚した。
腹に風穴が空いているのに痛みはない。いや、痛覚が麻痺しているから痛みを感じないだけなのだろう。それでも残り数分もしないうちに俺は死ぬ。
「――――ッ! ―――――ッ!!」
ジャンヌが何か叫んでいる。けど、俺の耳には届かない。
ああ、クソ……。俺は死ぬのか……。
最初の死は即死だった。だが二度目の死は自分が死んでいくことが嫌というほどに実感できてしまう。
やっと存分に剣を打つことができるこの世界に転生できたのに、俺の二度目の人生はここで終わるのか……。ジャンヌを、俺が惚れた女達を置いて……。
いやだ……死にたくなんかない……俺はまだ死ぬ訳にはいかねえ……。まだ鍛冶師の道も究めず、ジャンヌを護ることもできずに、こんなところで死ぬ訳にはいかねえんだよ……ッ!
だがしかし、俺の身体は動かない。
俺の意に反するかのように指の一本すら動かすことが出来ない今の俺は死神の鎌が振り下ろされるのを待つだけの死に体。どう足掻いても俺の死は覆ることはない。
動け、動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け―――――ッ!!
俺の身体だろうが! なら、俺の言うことを聞きやがれ!! 例え俺の死が覆すことが出来なくてもまだ俺は生にしがみつかなきゃいけねえんだよ!!
ジャンヌと約束したんだ! 俺はあいつを護る騎士になるって! 男が一度した約束を果たすこともできずにおちおち死んでいられるか!!
まだ死ぬことが出来ず、限界を超えた死に体の身体に鞭を入れて立ち上がろうとする。
そこに……。
『何故、お主は立ち上がろうとする?』
どこからか、声が聞こえた。
それと同時に倒れていた俺は立っていて、風穴が空いていた傷もなく、見知らぬ場所に俺はいた。
「ここは……工房?」
俺がよく使っている工房ではなく、他の誰かの工房に俺はいた。
『ここは我の心境世界』
「!?」
振り返るとそこには一人の男性がいた。二十代後半の着物を着た男性はその手に鎚を持ち、炉に足を運ぶと、炉に火を入れて鉄を加えて鍛冶を始める。
聞き覚えのある鎚で鉄を打つ音。飛ぶ火花に蒸し焼きにでもされるような温度。されど男性は真っ赤に染まり上げている鉄に鎚を振り下す。
ただ眼前の鉄くずを武器に作り替えようとする男性。俺はその工程をただ見ていた。
『武器は使い続ければいずれかは折れる。いかなる名剣であろうとも限界は訪れる。それは人にも言えることだ』
すると、男性は鎚を振り下ろしながら言葉を発した。
『しかし武器は、剣は生まれ変わる。我々、鍛冶師の手によって新たな姿となってその剣の輝きを取り戻せる。だが人はただ朽ちていくのみ。お主のように』
ただ淡々と語る男性の言葉に俺は耳を傾けていた。
『お主という剣はあの男の手によって砕かれた。それなのになぜお主は立ち上がろうとする? 折れた剣にいったいなにができるというのだ?』
その言葉に俺は頷く。
「……確かに俺という剣は折れた。もうすぐ俺は死ぬのも自覚している。だけど、それでもまだ俺の魂はまだ折れちゃいねえ!! 俺はまだ戦える! いや、戦わなきゃいけねえんだ!! あいつを、ジャンヌを騎士にする為に俺はあいつの未来を切り拓く剣を打たなきゃいけねえ!! その為にはまず俺はグリードを倒さないといけない!」
『無意味だ。お主の死は避けられない』
わかっている。それはもう変えられない運命だということぐらい……。例えここで立ち上がり、グリードを倒したとしても俺は死ぬ。もうジャンヌ達には会うこともできない。ジャンヌの為に剣を打つことさえできない。だけど……。
「それでも俺は戦う! 死ぬことが避けられないというのなら俺は最後の一振りをあいつの為に振りたい! その一振りに俺は俺自身の全てを賭けたい!!」
築き上げた俺の最後を後一振り分だけ振りたい。それで必ず俺はグリードを斬ってみせる。
すると、男性は僅かに笑みを見せた。
『女の為にお主は振るうか……。鎚も剣も全てはあの女子の為。鬼を斬るために刀を打ち、刀を振るってきた我とは違う道を歩むというのだな……。我が子孫よ』
「……ああ、ご先祖様には悪いがな」
ご先祖様、本物の伯耆安綱。かつて天下五剣である童子切安綱を打った鍛冶師。ということはここはやっぱり剣の深淵。俺の意識が深淵に潜り込んでいたのか……。
ということは俺が使っているあの刀はご先祖様のものだったんだな。そして秘剣も全ては鍛冶師であり、侍でもあったこの人の技。
『それならば立ち上がれ、我が子孫よ。その血、その肉、その魂の一片さえもその一振りに捧げよ。さすれば我も微力ながら手を貸そう』
「ああ!」
そして俺の意識は再び現実に戻る。
……動く。指も、手も、腕も、足も、身体もどうにか動かくことができる。きっとご先祖様が俺の身体を支えてくれているんだろうな……。
なら、ここで立ち上がらなきゃご先祖様に合わせる顔がないわ……。
「う、お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
気合と共に俺は立ち上がる。するとあれだけ身体から流れた血がまだ出てくる。人間の血って結構もんだな、とこんな状況なのにそう思ってしまった。
「おいおい、マジかよ……。腹に風穴が空いてんのにまだ生きてんのか……?」
俺が立ち上がったことに、いや、生きていることに驚きを隠せないグリードだが、残された片腕で構えを取った。
「トム!?」
ジャンヌの声が俺の耳に届くと俺は嬉しさのあまり笑ってしまった。
どんな声援よりもお前の声の方がよっぽど気合が入るよ、ジャンヌ……。
俺は刀を握りしめて上段の構えを取る。
「これで、最後だ。グリード!!」
俺の二度目の人生最後の一振り。それをお前にくれてやる!
そんな俺にグリードはこれまでに見たことがないぐらいの剛毅な笑みを見せた。
「ああ、いいぜ! やっぱりお前は最高だ! トム!! 女の為に死の淵から戻ってきたお前に敬意を称してもう一度、真拳撃流の奥義をくれてやる!! 今度は確実にお前を殺す! 俺の手で!!」
再び龍脈から気を吸収してその気をドラゴンの形に変化させる。
ジエン流の奥義ですらもグリードの命に届かなかったグリードの最強の一撃。敵を破壊する為だけに追求された絶対破壊の一撃。もう一度それをくらえば…いや、受けるも躱すもどちらにしても俺の死は免れない。それならば決死の一振りを持って奴を斬る!
俺の血も肉も魔力も気も魂の全てをこの一振りに!!
「真拳撃流 奥義、空絶龍拳!!」
ドラゴンの形をした膨大な気を拳に集中させて繰り出されるグリードの一撃必殺の奥義。その一撃の強さ、重さ、鋭さはこの身体がよく知っている。
だからこそ俺は超えなければいけない! グリードの奥義、真拳撃流の奥義を上回らないといけない! その為には持てる全ての力をこの一振りに凝縮させろ! 研ぎ澄ませろ! そんなのいつもやっているだろう! 工房で鎚を振るうのと同じだ! その一振りに俺の全てをのせろ!
「絶招――」
極限の瞬間、俺は驚くぐらいに冷静だった。
けれど、俺の魂は最後の命の炎が燃えているのがわかる。烈火の如く激しく命の炎を燃やしているその炎から俺は二度目の人生で最後の一振りにこの名を送る。
火之迦具土神ヒノカグツチ!!」
振り下ろされたその一振りはドラゴンの形をした気を両断し、そのままグリードの身体を一刀両断する。俺の全てをのせた最後の一振りは真拳撃流を、グリードを超えたのだ。
それなのにグリードは笑っていた。
「……あばよ」
最後にその一言だけ残してグリードの瞳から光が消えた。それを見届けた俺は全身の力が抜けて行き、地面に倒れそうになるも……。
「トム!?」
咄嗟にジャンヌが俺を抱きしめ、支えてくれた。
「リリスさん、鞄から治療薬を全部出して! セシリアさんも何か、何か……ッ!」
俺の傷を治そうと涙目で二人に頼むも、俺がそれを止める。
「……ジャンヌ、いい。もう、無理だ」
もうすぐ俺は死ぬ。そのつもりで俺は最後の奇跡を掴み取ったんだ。けれどもジャンヌは……。
「無理ってなに!? 貴方はまだ生きてる、生きているのよ! なら生きなさいよ! 私を騎士にしてくれるんでしょ! 鍛冶師になるんでしょ! だったらこんなことろで死ぬなんて私が許さないんだから!!」
「はは、無茶言う……」
ジャンヌもわかっている。俺が死ぬということぐらい……。けれどそれを認めたくはないからこう言ってくれるのだろう。
すると、俺の頬に温かい液体が落ちてきた。顔を上げると、ジャンヌの瞳から大粒の涙が流れていた。
「お願いだから、死なないで……胸でも、お尻でも好きなだけ触っていいから……どんなエッチな要求でも受け入れるから……だから……」
寂しがり屋の女の子を見ている気分だ。そしてそうさせているのが俺だと思うと気が重い……。
けど、不謹慎ながらもそれだけ俺の事を愛してくれていると思うと凄く嬉しい。俺はリリスとセシリアに視線を向けると二人は頬に涙を流しながらも何も言わず、頷いて応じてくれた。
本当に二度目の人生では俺はいい女に囲まれているな、この幸せ者め……。
…………ああ、やべ。もう時間か。なら最後にこれだけは言わねえとな……。
「……ジャンヌ、騎士に、なれよ……」
俺はどこまでもお前の夢を応援するから。だから、俺を驚かせるような最高の騎士になってくれ……。俺はそれを、あの世から見届ける……。
俺はその言葉を最後に、この世を去った。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品