転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第七十二話 二つの奥義

私―――ジャンヌはその光景から目を逸らすことができなかった。
私の盾を作る為にセシリアさんが教えてくれた精霊石。それを採りに精霊の棲家までやってきた私達の前に七つの欲セブンズ・デザイアのグリードが現れた。
かつて私が手も足もでず、この身を穢そうとした私にとって恐怖の対象。それがグリード。
彼にされたことは私はたぶん、一生忘れることが出来ないと思う。けど、トムが私の心の傷を塞いでくれたおかげで立ち直ることができた。
そしてトムは私の為に今、戦ってくれている。
「秘剣、五月雨の太刀!」
「真拳撃流 柔拳、円勁!」
トムが放つ嵐のような連撃にグリードはその拳で正確かつ精密な動きで剣の側面に拳を当てて全てを刃を受け流しただけではなく、そのまま片足を軸に回転させてトムに裏拳を炸裂させようとするけど、トムはその裏拳を紙一重で躱した。
「どんどん行くぜ!」
「なめんな!」
激しい攻防。トムもグリードも互いの攻撃を全て紙一重で躱して攻撃に転じている。
一撃でも受ければ致命傷は免れない。僅かでも手元が狂えばその攻撃が当たるというのに二人はそんな攻防を続けている。
トムの手助けをしようと思ったけど、今の二人に入り込める隙間なんてない……………。
二人の戦いは私の遥か上を行っている。もしあそこに私が入り込めば確実にトムの足を引っ張ってしまう。
「トム…………貴方は…………」
いったいどれだけ過酷な修行をしてその強さを手に入れたの?
そしてそれが他の誰でもない私の為だと思うと私の胸に痛みが走る。けど、ううん、だからこそ私はこの戦いを見届ける義務がある。
一瞬たりともこの戦いから目を逸らしたらダメ。元々彼は鍛冶師を目指しているのに私の為に私だけの騎士になってくれた。なら私は私の騎士の戦いを最後まで見届ける。
それが私の義務。
二人の戦いに視線を向けると、二人の戦いは更に苛烈さを増していた。
人間の限界を超えた速度で動く二人。ほんの少しでも気を緩めば二人の姿が目で追えず、時には二人は分身したかのように増える。
これも気というものなの……………?
以前、私はトムから聞いたことがある。
『気っていうのは生物みんなにあるもんだ。当然、俺もジャンヌにもある』
『あるって言われても、その気って魔力とどう違うの?』
『そうだな…………似て非なるものとしか言えないけど、魔力は意識しないと使えないだろ?』
『ええ』
『でも気は今こうしている時も無意識に使っているんだ』
その時、私は酷く驚いた。
『うそ…………』
『嘘じゃない。例えば怒気とか殺気とか、そういうのも気の一種だ。そうじゃなくても気は俺達の全身に流れるように巡っている。手に力を入れたら無意識に気を集まることだってよくある』
そう思った私は手を握ってみるも何も感じなかった。
それを見たトムは笑って教えてくれた。
『そうすぐには気は扱えねえよ。まずは感じる。気を扱うとしたらそれが第一歩だ。それから己の気の解放、次に気の掌握。と段階はある』
『どうすれば感じるようになるの?』
『山籠もり、かな? 大自然の気を感じるのがベターだけど…………気を感じるだけでも早くて一ヶ月、下手をすれば一年以上かかるって聞くしな…………』
『ならどうして貴方は気が使えるのよ? 山籠もりなんてしていないでしょ?』
『まぁ、スキルの副産物としか言えねえな』
結局ははぐらかされたけど、きっとこれが気による戦闘術。気の扱いに長けた者同士の戦いなのね。
魔法、魔力操作、魔力放出とは異なる戦い方に私は見続ける。
「ジエン流 双月!」
「真拳撃流 剛拳、朧月!」
幾多にも剣と拳が重なり合う死闘のなかで二人は互いの命を奪い合う技を応酬する。
「秘剣 火焔の太刀!」
「真拳撃流 気功術、鋼鎧!」
炎を纏う刃を全身に気を纏わせることで防ぎ。
「真拳撃流 剛拳、山嵐!」
「ジエン流 流水!」
今度はグリードの両手両足全てを使った拳と蹴りの縦横無尽の攻撃をトムは全て受け流す。
技と技の欧州。トムの剣技もだけど武器相手に素手で戦えているグリードも悔しいけど凄い。少なくとも私じゃ手も足も出ずに負けてしまう……………けど、どうしてあれだけの実力者が七つの欲セブンズ・デザイアなんて組織にいるのかしら?
そこまでの実力があるのならきっと国に仕えることもできた筈なのにどうして?
そんな疑問を抱いていると激戦を繰り広げていた二人が距離を取ると、トムはグリードに向けて言う。
「グリード。どうしてお前は七つの欲セブンズ・デザイアなんていう組織に入った?」
「あぁ?」
「認めたくはねぇが、お前は強い。それだけの強さを身に付けるのにどれだけ過酷な訓練をしてきたのか、こうして戦えばわかる。わかるからこそわからねえ。どうして七つの欲セブンズ・デザイアに所属しているのかが」
私と同じようにトムも同じことを考えていた。するとグリードはそれを教えてくれた。
「俺は真拳撃流の当主の息子として育ち、ガキの頃から山の中で真拳撃流を叩き込まれた」
彼はつまらなそうに語った。
山の奥地にある屋敷で流派を学び続ける日々。それに疑念を抱くことなくずっと己を鍛え続けてきた彼はある日、こう思った。
ただ拳を鍛えることに意味はあるのだろうか? と。
その疑念は歳を重ねることに膨らみながらも彼は己を鍛え続けてきたある日に転機が訪れた。
「今日からお前が真拳撃流の当主だ。嫁選びは既にこちらで済ませているからお前は子に真拳撃流を教え、技を継承させるのだ」
免許皆伝。当主となった彼は喜びよりも啞然した。
―――技を継承させるのだ。
グリードは自分のお父様が言われたその一言でこれまで膨らんでいた疑念がようやく理解することができた。
これまで鍛えてきた肉体も、拳も、技も全ては真拳撃流を継承させていく。ただそれだけの為に彼は、グリードは半生を生きてきた。
そしてこれからもただ技を継承させる為だけに人生を使わなければいけないことにグリードは拳を握り、ご両親を殺めた。
「それから俺はあの狭苦しい家を飛び出して鍛えたこの拳で、技で俺の欲望のままに生きるって決めた。欲するままに己の欲望に忠実に生きるってな」
そしてグリードは七つの欲セブンズ・デザイアに入ってただ我欲を満たすだけに拳を振るう。
それを聞いたトムは……………。
「なるほどな。そりゃ嫌気もさす。だがその強欲が己の身を滅ぼす結果になるんだよ」
そう言うトムから魔力とも気とも違うなにかしらのオーラが溢れ出る。そのオーラはまるで意思を持つかのようにトムとトムの剣に纏い始める。
「ジエン流 奥義、闘仙昇華」
全身にオーラを纏うトムにグリードは笑みを深める。
「闘気と生命エネルギーを一つにした気による戦闘術か。それも一切の淀みもねぇほどに洗練されていやがる。そんな技、俺と再会するまでの短期間でよく覚えたもんだな」
「苦労はしたぞ? だがその価値はある」
そのオーラは静かだけど激しく重圧プレッシャーが凝縮されて研ぎ澄まされているのが気に詳しくない私でも感じ取れることができる。
「いいぜ。そっちがその気なら俺も奥義を持って相手をしてやる」
「!?」
すると今度はグリードからとんでもない重圧プレッシャーが放たれる。そしてトムとはまた違う、全てを破壊するような荒々しく燃え上がるオーラを全身に纏う。
「真拳撃流 奥義、空絶龍拳」
その荒々しいオーラは形を変えてドラゴンの顔に変化した。
「大地には龍脈と呼ばれる気脈が存在している。この技はその龍脈から気を吸収して絶大なまでの力をその身に宿す真拳撃流の奥義。まぁ、スキル『気功』がなけりゃ全身が吸収した気によって引き千切れる諸刃の剣だがお前相手なら不足はねぇ」
まさに奥義とも呼べる技を発動させた二人はお互いのオーラを剣と拳の一点に集中させて極限まで研ぎ澄ませる。
トムのが全てを斬り裂く刃なら、グリードは全てを破壊する拳。
二人は互いの一撃必殺の奥義を持って決着をつけようとしている。
ゴクリ、と思わず生唾を飲み込んでしまう私は恐怖と不安そして二人から放たれる重圧プレッシャーで今にも押し潰されそうになるも必死に全身に力を入れて耐える。
ううん、私だけじゃない。リリスさんやセシリアさんも同じ。二人もトムが勝つのを信じている。
「トム……………」
私達が見守るなか、二人は動いた。
「「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」」
乾坤一擲の気合と共に一撃必殺の奥義を繰り出す。
衝突する二つの奥義。その余波によって砂煙が宙を舞って私達の視界が塞がれてしまう。
「トム!!」
私は彼の名を叫ぶ。私の夢を応援してくれて、背中を押してくれて、私の為に剣を打ってくれた私の騎士の名を。
彼の無事と勝利を願いながら私は彼がいる場所に視線を向ける。
そして、奥義の余波によって舞っていた砂煙が収まり始め、二つの影を捉えることができた。
そして私は見た。
グリードの右腕が斬り落とされてトムが立っているところを。
トムが勝った。そう喜ぶ私は自分の目を疑った。
「…………流石、だな。真拳撃流の奥義を発動させた俺の右腕を斬り落とすとは。だが」
「がは……」
トムの口から大量の血を吐き出し、そのお腹にはグリードの左腕が貫いていた。
「真拳撃流は元々対武器用に開発された武術。俺が相手じゃなかったら今の一撃で確実にお前が勝っていただろう。運が悪かったな」
そしてグリードはトムのお腹から腕を引き抜くとトムのお腹から大量の血が溢れ、トムは地に伏せるように倒れ込んで動かなくなった。
「え? え? うそ……………」
トムが負けた。


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