転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第六十二話 優しい騎士様

人間に報復する為にモンスターの大群を従えさせてこの都市を滅ぼしにきたエルフは本来の姿を異形に変えて太い幹のような剛腕で攻撃してくる。
互いに左右に避けることで回避するも、その一撃で地面は砕けてクレーターができる。
魔法を得意とするエルフとは思えない腕力にものを言わせた力技。
おまけに巨体とは思えない素早い動きで俺とジャンヌの攻撃を躱す。
「ハッ!」
ジャンヌの剣から放たれる聖なる炎。その炎をエルフは土の壁で防ぐ。
「喰らえ!」
「きゃあ!」
エルフの手から放たれる風の弾丸、いや、弾丸よりも砲弾。ジャンヌは盾で防ぐもその威力に吹き飛ばされてしまう。
「たくっ! 力が強くて、素早くて、魔法も無詠唱とかどんなチートキャラだ!」
愚痴を溢しながらも風の魔剣と毒の魔剣でエルフの身体に傷を負わせる。だが、その傷は瞬く間に治って毒の効果も発揮しない。
「おまけに高速再生もかよ………」
毒の方は効果は出ているだろうけど、受けた瞬間に物凄い勢いで耐性がついているのだろう。
恐らく一度受けた毒は効かない。超強力な即死性の猛毒を使ったとしてもそれすら耐性できてしまう勢いだ。
………ここまでチートならもはや笑うしかない。
俺もだいぶチートだと思っていたけどそうでもなかったわ、うん。
「聖なる剣を持つ女騎士、それに複数の魔剣を持つ貴様も確かに強い。だが、強さだけでは我が憎しみは止められぬぞ!!」
「別に止めるつもりはねえよ」
炎、風、水、土。四属性の魔法攻撃を俺に向けて放つも俺はそれを斬り裂いて言う。
「お前を倒すだけだからな」
「やってみるがいい! 人間風情が!!」
一瞬で俺の背後に移動して剛腕を振るう。だが、ジャンヌが盾でその剛椀を防いだ。
「トム!」
「おう!」
攻撃の際に動きを止めたその刹那の瞬間を狙って俺はジエン流の技を繰り出す。
「ジエン流 鉄槌撃!」
「ぐぅ!」
斬るのではなく叩きつけるジエン流の打撃技。それをエルフの肩に直撃させるとエルフは片膝をついて顔を痛みに歪ませる。
聖焔の灼斬セイクリッド・ラーク!」
そこに追撃のように聖なる炎の斬撃を放つ。
左肩から右脇腹に炎の斬撃が直撃する。だが、エルフの強靭な身体と高速再生によってその傷は瞬く間に癒えてしまう。
それなら高速再生ができないほどの強力な一撃をくれてやる!
《ドラゴニック・ソード》を構えて黒い炎を放出させ、強力な一撃を繰り出す。
黒炎竜咆ドラゴニック・キャノン!!」
放たれる漆黒の炎。この魔剣の素材に使った灼熱竜ヴォルケーノドラゴン息吹ブレスと同等以上の威力を誇る強力な一撃。
並大抵のモンスターならこの一撃の前では灰すらも残らず燃え散るのだが…………。
「不死身かよ………」
身体を黒い炎に燃やされながらもエルフは立っていた。
二本の足でしっかりと大地に踏み締めている。
「ぬるい………。貴様等人間が我等エルフにしてきた仕打ちに比べればこの程度の炎など涼しいほどだ」
強い憎悪と復讐心でその心を燃やしているエルフは既に精神が肉体を凌駕している。
きっと全ての人間を殺し尽くすまでこのエルフは決して止まらない。
さて、どうするか………。
別段、このエルフを止める手段がないわけではない。だけど、それは一種の博打だ。下手をすれば俺が死んでしまう。流石にあの技をここで使うのは避けたい。
どうしようもない時なら仕方がないが、どうしたものか………。
「………………ねぇ、トム。少しいいかしら?」
「どうした?」
「貴方、彼は黒い水晶を食べてああなったって言っていたわよね?」
「ああ」
銀の飛竜シルバー・ワイバーンを倒してすぐにエルフが持っている宝玉を壊そうとしたけど、それより早く掌で収まるサイズの水晶を食べてああなった。それは間違いはない。
「それがどうした?」
「副作用とかないのかしら? 私と貴方の攻撃をまともに受けても立っていられるなんてまずありえないわ。あれだけの力を何の代償もなしに使えるとは思えないもの」
それを聞いて俺は思わず笑った。
状況を打破する方法じゃなくて、敵の心配とは………。流石は俺が惚れた女で優しい騎士様だ。
「少なくともあれだけの力だ。命を代償に力を発揮してんだろ」
我が命を引き換えに大いなる力を。的な?
「どうにか彼を助ける方法はないかしら?」
「ジャンヌ、お前な………」
「わかってるわよ、甘いということは。それでも彼をああいう風にさせてしまった原因は私達人間にあるもの。それを敵だからという理由で私は殺したくない」
ここにいるのが俺じゃなくて師匠ならきっと甘ったれんな、ガキ。なんて言って説教の一つでもするだろうな。でもまぁ、そんなジャンヌだからこそ俺は手を貸したくなっちまう。
俺は気でエルフの気を探るとあることに気づく。
「ジャンヌ。よく聞け。エルフの心臓部にエルフの気とは違う禍々しい気が宿っている。多分だけど、エルフが食べた水晶は憎悪を糧に力を発揮する物だと思う。それならお前の力でどうにかすることが出来る筈だ」
「私の力で………」
「これはきっとお前にしかできないことだ。お前ならあのエルフを救えるはずだ。どうする?」
「やるわ」
迷うことなくジャンヌは決断した。
「トム。時間を稼いで。後は私が決めるわ!」
「了解!」
剣を構えて意識を集中させるジャンヌの為に俺は前へ出る。
「何を企んでいるかは知らぬが無駄な足掻きと知れ!」
大地を操って岩の棘で攻撃してくるも俺はそれを腐蝕の魔剣で斬って続けて風の魔剣を手にする。
風霊鳥群オルニス・フェイラッカ!」
この魔剣の前の持ち主であるグルンドの技を繰り出して風の鳥の大群を一斉に放つ。
「煩わしい!」
だが、その大群もエルフが放つ暴風によって掻き消される。
「チッ! そう上手くはいかねえか!」
だけど、これでいい。今の俺の役割は時間稼ぎだ。
背後から伝わる聖なる気。それが高まっていくのがわかる。それにこの感じは前に協会に訪れた時に出会ったアフロディーテー様と同じ感じがする。
「どうか私に力を。魔を祓う力を私に」
祈るように、願う様に、その想いに応えるように剣はその力を高めていく。そして――
「な、なんなんだ……あれは……………」
その力は肉眼でも見えるほどのオーラとなってそのオーラは天まで柱を作り出した。
闇を、魔を、邪気を、負のエネルギーを全て消し去るような聖なるオーラは人の領域を遥かに超えている。けれどそれを可能としているのがあの剣《セア》だ。
アフロディーテー様が仰っていたようにジャンヌの剣は神剣の領域に入っている。だから人の領域を超えたその力を発揮することが出来る。
自分で打った剣だけど、その剣をあそこまで昇華することはできたのは間違いなく持ち主がジャンヌだからだろう。
ジャンヌだからこそあの剣はその力を最大限に発揮することができる。
「聖処女ならぬ聖騎士ってか?」
冗談半分でそんなことをぼやいてしまう。
「お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
エルフは雄叫びを上げながらジャンヌに向かって突っ走る。
今のジャンヌは自分にとって危険な存在と捉えたのだろう。だからジャンヌが何かする前に倒そうと思ったのだろうが、もう遅い。
突っ走るエルフに対してジャンヌはその力を解き放つ。

聖焔の日輪セイクリッド・アルテクレーレ

それは炎というよりも太陽のような光だった。
けれどその太陽は少しも熱くはなく、眩しくもない。それどころか穏やかで心地良い。まるで優しい光に包まれているかのように気持ちがいい。
「そうか、これは………」
聖なる炎を宿す神剣とジャンヌが女神アフロディーテー様から授かった『浄化』のスキルが合わさった力だ。
「あ、ああ、私、私は……………」
涙を流して空を仰ぐエルフ。その表情は先程のように憎悪に満ちた復讐者の顔ではなかった。
全てに救われたかのような顔をしている。エルフから憎悪どころか戦意の欠片も感じられない。もはや完全に戦意を喪失したのだろう。
ジャンヌはその力でエルフが抱えている憎悪も戦意を負の感情の全てを消し去った。
そしてジャンヌはそっとエルフの胸に手を当てると、エルフの体内から感じられた禍々しい気は完全に消えてエルフの身体は元に戻った。
体内にある黒い水晶をその力で消し去ったのか? 
どちらにしてもジャンヌは敵を殺さずに無力化した。
「こんなことをしても貴方の過去を変えることはできない。けれど、これからの未来ならまだ変えることが出来るわ」
ジャンヌは剣を鞘に収めてエルフに手を伸ばす。
「私、ジャンヌ・ラス・フィルストの名において約束するわ。必ず貴方達エルフが安心して生活できる未来を作ってみせると。今はまだたかが小娘の戯言だと思うかもしれない。けれど、私の騎士道にかけて必ず成し遂げてみせる。だからどうか私を信じて」
それは聞けば本当に戯言でしかないだろう。
この世界、人間にとってエルフは奴隷として金になる。そんなことをすれば必ず何かしらの妨害や脅し、最悪の場合はジャンヌを抹殺しようとする奴も出てくるだろう。
誰だってそれを理解している。だからエルフが奴隷になるが自分や自分の大切な人を守る為に見て見ぬ振りをしている。ジャンヌだってそんなことをすればどうなるかわからないわけではない。
それでもジャンヌは必ず成し遂げようとするだろう。それこそ自分の危険も顧みずに。
優しい騎士様だからな………。
だからこそ俺はそのジャンヌを守る騎士になる。その為にももっと鍛冶師としても騎士としても強くならねえとな。
「………………」
エルフは差し伸ばされたその手を取ろうと手を伸ばす。
ドンッ、と鈍い音が俺の耳に届く。
ジャンヌとエルフの手が重なる瞬間、横合いから飛んできた何かがエルフの上半身を吹き飛ばした。
「え………?」
呆気を取られる俺とジャンヌ。上半身が消えて下半身だけとなったエルフの身体はそのまま地面に倒れ込む。何が起きたのか理解できない俺達の耳に笑い声が聞こえた。
「ひゃひゃひゃひゃ! おいおいおいおいおいなんだよ、今の炎のような光は!? すげぇすげぇ! エルフを殺さずに憎しみのみを消した? いや、浄化したってのか? どっちにしてもすげぇことには変わりがねえな!!」
楽しそうな声を発する方に視線を向けるとそこには一人の男が立っていた。
歳は俺達とそう違わない赤色の髪をした青年。その髪と同じ派手な赤い服を着ている。そして肩には炎に包まれた鳥――炎鳥ファイアーバードがいる。
突然現れたその男の登場に驚く俺達を無視して男は勝手に名乗りを上げた。
「黒幕登場ってか? 七つの欲セブンズ・ディザイアの幹部、ベルフェゴールでこいつはヘルヘルだ。よろしく♪」


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