転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第三十五話 想いを断ち切る

テイクのお姉様であるシェイクが弟であるテイクへ向けて剣を振るとその剣身は伸びて鞭のようにしなり、襲ってくる。
「バージョン2!」
私は咄嗟にトムから貰った盾の能力を使って結界を展開させてその剣を防いだけど。
「何今の………? 魔剣?」
彼女の剣身が伸びたことに驚く私は彼女の持つ剣を魔剣と思ったけどあの剣からはトムが持っている魔剣のように禍々しい気配は感じられない。
魔法剣だとしても炎や氷を放つ魔法剣は見たことはある。けど、武器の形状を変える魔法剣なんて見たことも聞いたこともない。
すると彼女は愉快気に口を開く。
「この剣に興味があるの?」
「………………少なくとも私の知っている人なら何が何でも手に入れようとしますね」
それこそ悪魔の所業のように。
「この剣の素材はオリハルコン。精神感応石を使用しているのよ。そしてその一部を私の魂に定着させることで変幻自在の剣に変わるのよ」
蛇のように剣身を蠢かせる。
なるほど。トムが聞けば喜びそうな話ね。そしてまた新しい剣を打つでしょうね、彼なら。
「随分とお喋りなんですね? 自分の武器の特徴を教えても大丈夫なんですか?」
「ええ、だって教えたところで何も変わらないもの」
…………………確かに。武器の特徴がわかったところで変幻自在の剣を破る方法が見つかったわけじゃない。
「…………………テイク。この盾を持ってて。盾に魔力を送れば結界は維持できるはずよ」
「待って! それなら僕が姉さんと!」
「無理よ。貴方じゃ間違いなく殺される。あの人には殺すことに迷いがない」
テイクを戦わせれば間違いなく殺される。なにより、テイクに身内と戦わせるわけにはいかない。
「でも、でも僕は………………ッ!」
それでも彼は自分が戦おうとする。私はそんな彼に強引に盾を持たせる。
「私にもお兄様がいるから貴方の気持ちは少しはわかるわ。だから任せて」
私は自分の夢の為に一度はお兄様と本気で戦った。そのことに迷いも後悔もない。
だけどこれは違う。
姉弟で殺し合わせてはいけない。そんなの辛いだけだもの……………。
「情けない弟でごめんなさいね」
「お姉様想いの優しい弟を殺すことに躊躇いはないのですか? テイクは、貴女の弟さんは貴女を探す為に聖シュバリエ学院に入ったのですよ?」
「………………………………そう。けどもう決めたの。私はあの人を生き返らせる為ならなんでもすると」
「……………本当にそうなのですか? 人が生き返るなんて私は信じられません」
命は一度きり。死んだらそれで終わる。
だからアンデットならともかく本当に人が生き返るなんて信じられない。
「そうね。私もその話を聞いた時は信じていなかったわ。けど、私はこの目で見てしまったのよ。死んだ人が生き返ったその瞬間をこの目で見たの」
それを聞いて私は自分の耳を疑った。
「うそ、そんなことあるわけが………………」
「本当の話よ。アンデットでもなく、ちゃんと生きた人間としてこの世に戻ってきたの。だから私もあの人を生き返らせる為に集めないといけないのよ。彼を生き返させるために必要な物をこの手で集めるの」
彼女が何を見てきたのかは私にはわからない。だけどわかることは二つある。
妄執の道を歩もうとする彼女の心をこれ以上進ませるわけにはいけない。今ならまだ引き戻せる。お姉様想いのテイクがいる限りはまだ引き戻せる。だからここでテイクを死なせるわけにはいかない。彼女の為にも、そしてテイクの為にも。
私は覚悟を固めて剣から炎を出す。
「貴女も随分と変わった剣を持っているのね。けど」
振るう彼女の剣は彼女の意思に従うように蠢く。
「勝つのは私よ」
縦横無尽に迫りくる彼女の剣。その変幻自在の動きに全く軌道が読めないけど、それならそれで戦い方がある。
魔力操作を足に集中させて私は一気に前へ出る。
斬られる覚悟の短期決戦。下手に止まっていたらいい的だと判断した私は一気に勝負を決めようと前に出る。そして彼女の剣が私に迫りくると同時に身を低くして剣の炎を後ろに噴射させて加速する。
「っ!?」
突然の加速に彼女も驚き、剣先は私の横を通り過ぎる。
このまま一気に―――
「貴女、好きな人がいるでしょう?」
「ふえ?」
不意の言葉に私は魔力操作も剣からの炎も止めてしまい、背後から迫る剣が私の肩を貫いた。
「いぐ!」
「やっぱりいるのね。ええ、わかるわ。そういう顔をしているもの」
剣が私の肩から引き抜かれて血が流れる。
「ひ、卑怯よ…………………」
「言葉に惑わされる貴女が悪いのではなくて?」
そ、それはそうかもしれないけど……………………けど、それは卑怯よ。
「好きな人がいる貴女なら私の気持ちが理解できるのではなくて?」
「べ、別に私はあんな変態のことなんか………………す、好きなんかじゃないわよ!」
「無理しちゃって。自分の気持ちには素直になった方が良いわよ?」
「よ、余計なお世話よ!? 私は別にトムのことが好きなわけ、ただ恩があるだけ! それだけなのよ!!」
「私は一言もその異性の名前を口にしていないわよ。そう、トムと言うのね」
「~~~~~~~ッ」
墓穴を掘った私の顔はきっと赤くなっていると思う。
あ、穴があったら入りたい……………。
「ならその彼が死んでしまったら貴女はまた会いたいとは思わないの?」
「!?」
「彼にも夢があるでしょう? 未来もある筈。けど死んでしまったらそれは終わり。なら彼の為ならなんでもしてあげたいとは思えないの?」
「………………………………」
彼女の言葉は私の胸に響いた。
トムは鍛冶師になる為に努力している。だけど死んでしまったらその夢は絶たれて終わってしまう。そして私ももう彼に会えなくなる。
そう考えただけで私の胸は不安と孤独感で蝕まれていく。
けど――
「思わないわ」
「なんですって?」
「確かに貴女が死んでしまったその人に会いたいって気持ちはわかるわ。けど、私は例え彼が死んだとしてもそんなことはしない」
私は彼が打ってくれた剣を彼女に見せる。
「私は騎士。そして彼は私の夢を応援し、この剣を打ってくれた。この剣は騎士道に進む為の道を斬り開く為のものであって外道に進む為のものじゃない。それをしたら私は彼の想いを穢すことになるから。だから」
剣の剣先を彼女に向ける。
「私はこれからも騎士道を突き進む。私自身の為に、そして私にこの剣を打ってくれた彼の為にも」
きっと、彼ならこう言うだろう。
お前はお前の道を行け、と。変態で武器馬鹿でどうしようもない変態だけど彼はそういうことが言える人だということは知っている。
勿論彼がそう簡単に死ぬとは思えないし、死なせるつもりもないけど。
「………………………………そう。貴女は強い人なのね。だから弱い私の気持ちが理解出来ないのよ」
剣身を伸ばして乱回転させる。風を巻き起こすほどに激しく回転する剣身の中心にいる彼女の表情は憎悪に満ちていた。
「私には彼しか、あの人しかいないのよ! だからもう一度あの人に会う為にも私は貴女の言う外道を突き進むしかないのよ!!」
そして彼女はその剣を振り下ろす。
凶乱の烈斬カオストリック・エッジ!!」
それを例えるなら乱れ狂う剣撃の嵐。
剣身が縦横無尽に動き回りながら空間を斬り裂くかのようにこちらに向かってくる。
「片腕しか使えない今の貴女にはこれを防ぐ方法はない!! 細切れになりなさい!!」
彼女の言う通り、先の一撃で私の左腕は動かない。それ以前に私には彼女の剣の軌道を見切ることができない。あの間合いに入れば間違いなく細切れになるでしょう。
だけどそんなことはどうでもいい。例え片腕しか使えなくてもどんな脅威が迫ってきたとしても私は引くわけには行かない。この剣と共に前に突き進む。
「ふぅー」
剣を上段に振り上げて大きく息を吐く。
彼女は今、大切な人を失ってそれしか縋るものがないから狂ってしまった。それはそれだけ彼女がその人の事を愛しているからだ。でも、だからといってそれを理由に誰かを殺すのは間違っている。誰にだって大切な人がいる。彼女がしている行為は彼女が受けた痛みを他の人に押し付けているだけ。だからこれ以上誰も傷付けない為にもここで彼女の想いを断ち切る。
剣から溢れ出る炎をより熱く、より鋭く、全てを灼き斬る炎の斬撃へ―――
聖焔の灼斬セイクリッド・ラーク!!」
振り下ろされた剣から聖なる炎が全てを灼き斬る炎の刃となって彼女の剣を灼き斬った。
「うそ……………」
自分の得物を破壊されて啞然とする彼女に一気に接近。私は彼女に向かって――
その頬を叩いた。
「………………………」
叩かれた頬に触れ、その場にへたりと力が抜けるように座り込む。
「貴女は一人じゃない。貴女には貴女を心配してくれる家族がいる。だからもうこんなことは止めて、罪を償って……………………」
「………………………………それでも、それでも私はッ!」
折れた剣を持って再び立ち上がろうとする。その時、私の横に影が過る。
「姉さん!」
テイクがお姉様を抱きしめた。
「ごめん! 頼りない弟で本当にごめん! 僕がもっとしっかりしていたら姉さんを一人にさせることもなかった! 本当に、本当にごめん!」
「テイク………………」
「これからは一緒にいよう。これからは僕が姉さんを守る騎士になるから」
その言葉に彼女から戦意が完全に消えた。
家族の言葉が彼女の心に届いた。よかった、これで――――
「悪いがそれは無理だ」
「!?」
突然の言葉に私は声のする方を見るとそこには一人の男性が笑みを浮かばせながら立っていた。
「お前等はここで死ぬからな」
その凶悪な笑みと共にその男性はこちらに歩み寄ってくる。

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