転生鍛冶師は剣を打つ

夜月空羽

第九話 その一振りに命を

「新しい剣を買うわ」
聖シュバリエ学院の二次試験を突破して三次試験、最後の試験に向けてジャンヌはそう言った。
「こうなってしまったら仕方ないもの……………」
テーブルの上にある砕けた剣。ジャンヌがこれまで大切に使っていたジャンヌの相棒ともいえる剣はオーガの一撃に寄って無残にも砕け散った。
もはや修復不可能なのは誰が見てもわかる。こうなってしまったら新しい剣を買うしか手はない。
この剣が使えない以上はただの鉄くず。このままでは試験を受けられない。
だけど本当にそれでいいのか?
ジャンヌは騎士であった爺さんの剣で合格したいって言っていた。なのにこれとは違う剣を買って合格したとしてもジャンヌは心から合格したと言えるのか?
そんなの言える訳ねぇだろうが………………ッ!
「………………次の試験、ジャンヌの出番が回ってくるまで約一日分の時間がある」
「え?」
俺は明日の午前中に行われるが、受験者の数や試験の都合もあってジャンヌは明後日の昼頃になる。その間、約一日分の時間が空いている。
なら俺にできることはただ一つ。
「ジャンヌ。お前の剣を打ち直させてくれ」
「で、でも、この剣はもう……………」
「ならお前はこのままでいいのか? 新しい剣を買ってお前の兄貴と戦えるのか? 勝っても心から合格したって言えるのか?」
「それは…………」
「少なくとも俺はそんなお前は見たくない。俺が見たいのは心から胸を張って合格したジャンヌの笑顔だ」
「トム………………」
「俺は言ったはずだ。お前が困っている時は必ず助けると。それが今だ。俺が試験が始まる前にお前の剣を打ち直してみせる。だから俺を信じてお前の剣を俺に預けてくれ」
無茶苦茶なことを言っている自覚はある。まだ碌に剣を打っていない俺に砕けているとはいえ自分の剣を預けるなんて馬鹿なことを普通はしない。その上でそんな素人が打った剣など誰が使いたがるものか。
だけど、俺はこいつに勝って欲しい。
試験にも兄貴にも家族にも勝って本当の騎士になって欲しい。
その為の剣を俺は打ちたい。
するとジャンヌは砕けた剣を布に包んで俺の前に置く。
「私は貴方を信じるわ」
はっきりとジャンヌはそう言ってくれた。
「貴方がいてくれたから私はここまでこれた。きっとあの時、私は貴方と出会わなければ心が折れて騎士になることを諦めていたかもしれない。私は、弱い人間だから……………でも、そんな私を支えてくれた貴方を信じて貴方に剣を預けます。そして約束します。私は私と貴方が打ち直してくれた剣でお兄様に勝ってみせると」
真っ直ぐな目で言い切る彼女に俺は彼女の剣と想いを預かる。
「任せろ」
ここまで言われて何もできないじゃ男が廃る。絶対にいい剣に打ち直してみせる。
俺達は互いの決意と思いを胸に最後の試験に挑む。



翌日。俺は闘技場のような競技場に立っていた。観客席は聖シュバリエ学院の生徒や教師などが見世物でも見に来たように談話している声が聞こえてくる。
そして俺の前には対戦相手と思われる男性が余裕の笑みを浮かべて立っている。
「まったく、身の程を弁えない平民がこの学院に入ろうなど……………まぁ、相手が僕だったのは不運だったね。精々愉快に踊ってくれ。平民」
明らかに見下した発言。馬鹿にしているのがよくわかる。
アニメや漫画を見て思ったけど、どうして貴族や王族の坊ちゃんお嬢様は平民などなんだので人を見下すことが言えるんだ? 英才教育しているせいか、自分の都合通りに生きてきたからかは知らないけど、こいつを見ているとジャンヌがどれだけまともなのかよくわかる。
「それでは試験開始!」
試験官の合図で俺と相手は武器を抜く。すると男性の剣から炎が出てくる。
「凄いだろう? 君のような平民には手に入らない魔法剣だ。おっと、卑怯などと言わないで送れよ? ルール上は武器に制限はないのだから」
自慢げに見せてくる男性。
へぇ、そんな武器もあるんだな。いつかは打ってみたいものだが今はそれは置いておく。
「別に文句はありませんよ? 勝つのは俺ですし」
「………………フン。まぁいいだろう。まずはその減らず口を叩けなく―――」
俺は足から魔力を放出させて爆発的な速度で接近する。
「へ?」
油断していたのか、虚を突かれたのか男性は素っ頓狂な声を発するも俺は容赦なく刀を振り下ろした。勿論峰打ちだ。
「がっ………!」
魔法剣から手を離してその場で膝をつく男性はあまりの痛さに気絶して倒れる。
ふむ。魔力操作よりこっちの方が速度はあるな。だけど安定性を考えたらやっぱり魔力操作の方を使った方が良いか………………。
「しょ、勝者。受験者」
静まり返る競技場で試験官の声だけが響き渡る。
これで俺の試験は終わりだが、俺にとって本当の試験はここからだ。
競技場を出て人目のつかない場所に移動すると俺は工房を出す。
「リリス。後の事は任せるぞ」
「お任せを」
リリスに後の事は任せて俺は工房に入って早速炉に火を入れる。
まずは砕けたジャンヌの剣を炉に入れて一度溶かす。それから打ちながら繋ぎ合わせていく。それを何度も繰り返す。炉に入れ、打って、また炉に入れて打つ。それを繰り返すことで一振りの剣に戻す。
だけど――――
「ダメだ……………」
一応は剣にはなった。だけどこれはジャンヌが使っていた剣の劣化バージョンだ。ジャンヌを勝たせてやるには元の剣を超える必要がある。
「どうする…………このままじゃ何も変わらねぇ」
時間も材料もない。一刻を争うっていうのに………………クソ。
俺は苛立ちのあまり床を殴る。
考えろ。何か方法があるのかを………………………。
その時、俺の視界に光るものが目に入った。
それはこの工房にある神様がくれた石。妙に発光しているから思わず視界に入ったのだが、俺はその石を見てある決断をする。
「神様、すみません。使わせて貰います」
使わず大事に取って置こうと思っていたその石をジャンヌの剣の材料にする。
俺をこの世界に転生してくれた神様。どうか許してください。
俺にはどうしても勝たせてやりたい人がいます。夢を叶えて欲しい人がいます。
貴方への感謝は忘れません。けど俺はジャンヌの為にこれを使わせて貰います。
俺はジャンヌの剣とその石を炉に入れる。
神様、俺は貴方のおかげで夢を追いかけることができるようになりました。だけど、ジャンヌはまだその夢を追いかけることもできずに一人で戦っている。
諦めきれない夢の為にジャンヌが戦っているのなら俺はその道を切り開く剣を打つ。
燃え盛る炎から剣を取り出して一度砕き、石も砕いて再び炉に入れる。
熱く熱するとまた取り出して槌を振るう。
鉄板の上に置かれた金属を叩く。金属の打撃音が工房に響き渡る。
打つ、打つ、打つ。
炉から発する熱で皮膚が焼けるように熱い。顎から垂れる汗が床に落ちるもその全てを無視してただ一心に槌を振り下ろす。
金属を叩く槌を持つ手に強い衝撃を与えてくるも意地と根性で強く握りしめて力の限りを持って振り下ろして金属を叩く。
槌を打ち据える度に時間が溶け、赤く燃える金属に自我が吸い込まれていく。
限られた時間の中で俺にできることはただ一つ。槌を振るい、剣を打つこと。
ここが俺にとっての正念場だ。なら、この一振りに命を注げ!
神経を極限までに研ぎ澄ませてその剣に魂を込めろ! 
何もかも素人の俺にできることはそれだけだ! なら持ち得る全てを使って剣を打て!


コメント

  • 姉川京

    面白いと思います!続きもゆっくりじっくり読みますね!
    あともしよろしければ僕の作品も読んでください!

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